鎖姫と

ワスプ

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第一章 終わり、そして始まる

第一話 「あの世の管理者」

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 カチッ、何かの接続音と共に重い瞼がゆっくりと開いていく。

 背中は木のような物にもたれていて、足は直角より少し外側に曲がって地面らしき物に触れている。

 どうやら椅子に座っているらしい。

 ぼそぼそと、誰かがしゃべっている声が聞こえてくる、誰か居るのだろうか。


「おや、起きたようだね。おはよう、そしてようこそあの世へ。歓迎するよ、リン」


 その声を辿り、まだ朧気な視界を一点に絞りながら声の主を見る。

 そこには綺麗な栗色の髪に、白身掛かった黒い瞳。そして少し華奢な体に、整った顔立ちの男が椅子に座っていた。


「……貴方は一体」

「……そうだね、君と僕は初めて会う。なのに僕だけが、君の名前を知っているのは不平等だ。だから僕も名を名乗ろう。僕の名前は……ノイズマン、以後お見知りおきを。なんて、社交辞令はこれくらいにしよう」


 本題に移ろうか、そう言ってノイズマンは、椅子の上で寝たきりになっている僕の体を座りやすいように起こして、また自分の椅子にそっと座る。


「うん、そうだね。本題へ入る前に、君には知りたいことがあると思う。なのでできる限りたくさん質問に答えようじゃないか。さあ、何が聞きたい?」

「ええと、まず……ここは一体どこですか? あの世とか言ってましたけど……」


 こくこく、浅くうなずきながら彼は口を開く。


「ここは君の、君たちの世界におけるあの世――死後の世界だ。まああの世といっても、多くの人はここに来ることも、ここで悠々と過ごすことも無い。本人の意思に関係無く消えるんだ。つまり、君は特例ということさ」


 今とても恐ろしいのにほっとしている。今までこの手で殺してきた人達に会わなくて済むのだから。

 幽霊が背をなぞるように、寒気が神経を刺激して痙攣を起こす。その度に心臓の鼓動が一つ二つ、また一つと早くなり、それを戻すために深く息を吸い、吐く。


「じゃ、じゃあ次は、本当に僕は死んだんですか? 魔……いやマルク・レリラスも」

「君があの男を魔王でなくその名で呼ぶとはね、意外だ」

「……」


 静寂が流れる、そのせいで泥沼に浸かったように体が怠い。
 僕が何も話したくないのを感じ取ったのか、彼はすぐに僕の質問に答える。


「ああ、確かに君は彼を道連れにして死んだ。それが確認されたと同時に、彼の死も確認した。完全に君たちは死んだんだ」

「ありがとうございます。じゃあ最後に、なんで僕はここに居るんですか? 貴方の言葉を借りるなら、僕は特例だと……」

「それが僕の話そうとしている本題についてだ、もう質問は無いということで良いのかな? ならもう、後戻りは出来ないからね」

「はい……」


 その瞬間、余裕のあったように見えた彼の顔は、陽を雲で隠すように暗く、冷たい。そんな真剣な眼差しに切り替わった。


 背筋がピンとまっすぐになり、緊張のせいで喉が乾き、ゴクリと唾をのむ


「何を隠そう。君はこの世界の人間じゃない、別の世界から来た人間なんだ」


 ……また静寂が訪れた。


「……は?」

「僕も詳しいことは知らなくってね、何かがあったのは確かなんだ。その何かがあって君はこの世界に来たという訳だ」


 あまりに突拍子のない話に体が押しつぶされてしまいそうになる。


「ま……まあ、僕が別の世界から来たってのは分かりました。だけど、これから僕はどうなるんです? やっぱり消えるんですか?」

「いや、君には元の世界に帰って貰いたい。向こうで君の本当の家族が待っているからね」


 本当の家族……か。どんな感じなのかな、まるで実感が沸かない。まあでもそんなことは今考えても仕方がない。

 会えるのであれば、その時に何かしらの感情が湧き上がってくるだろう。


「だけど、帰るには色んな諸事情があってね。後五年の時間が必要なんだ。その間、君には今までいた世界に戻ってもらい、自由に過ごして貰いたい。一応の保険として君が死ぬまで持っていた所持品、装備を与える。そして僕個人の贈り物なんだけど、宿十泊分とそれに伴う食事用の金も一緒に加えておくよ。今じゃ、通貨が違うからね」


 拒否権は無いのだろうか、彼は僕に主導権を奪われないようにひたすら情報を垂れ流す。こういう輩ははっきり言って嫌いだ。


「あ、そうだ。君を今から現世へ飛ばす訳だけど。実は君を復元するのに五百年掛かっちゃってね。だから君の知ってる顔は、もう居ないと思ったほうが良い」


 五百年……あまりに大きな数字に実感を持てない。確かにそうだ、そりゃあみんな死んでるに決まってる。そう思うと寂しさみたいなものがどろっと体の中で流れていく。
 


『みんな、居なくなったのか……』



他にも何か大事なことをノイズマンは淡々と言っていたのだが、自然に言葉が右から左へと流れるだけで聞くことを忘れてしまった。

もう自分を知っている人は誰もいない、なら何を楽しみに生きていけば良いのか。なんのために戦ってきたのだろうか。

分からなくなった。


「……色々とありがとうございました。もう、終わりですよね?」


 僕が不自然に話を終わらせると、彼は少し疑問に思いながらもまた淡々と言葉を発する。


「ん? ああ、こちらこそ。とても有意義な時間だった。僕は変わらず、ここから君を見守っている。どうかそれだけは頭の片隅にでも良いから覚えておいてくれ。じゃあ、送るよ。『転移』を騙る〈燐光〉よ、我が血肉を喰らいて顕現せよ。【転移魔術テレポーテーション】」


 彼は口頭で魔術を発動させると、どこからともなく現れた青白い光が僕を優しく包みこんでいく。
 全身を光が覆うと、一瞬意識がプツッと途切れる。

 するとあっという間。目の前にはあの世とは明らかに違う風景が飛び込んできた。
 見渡す限りの木々と緑。そう、森だ。


「どこでもいいけど、もうちょっと分かりやすい場所にしてくれたって……」


はぁ……ため息を吐いた。
こんなどこかも分からない森の中で、一人だけ。


「でも、まあ仕方ない……か」


なんて呟きながら、僕はこの静かな森の中を歩き回るのだった。





 ////



 

 青白い光りの消失と同時に、彼は跡形も無く消えた。それと同時に転移魔術の成功を確認することが出来た。

 彼が居なくなったことで少し肩の荷が下りた気がする。僕は大きく背伸びをして、肩をもみほぐす。少々だらしなくもたれながら座り、ほっとため息をする。


「やっぱり記憶が無くても口調が変わっても……君は君のままなんだね。あぁ五年か……まあ、長いけどもう少しだ。また会える日を楽しみに待っているよ」


 頑張れ、僕の友達。
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