異世界錬金術士~母の歩いた道へ~

やなせいのり

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第一章 始まりの村

第四話 焼きリンゴ

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 アリスはアラフト村で薬屋の家業を営んでいるらしい。
 村にある唯一の薬屋で、村人からの評判も高い。
 その評判を勝ち取ったのは、正確な錬金術を扱えることに他ならない。
 植物の造詣に深いアリスは、見ただけでその植物が持つ効力が分かるのだという。
 それも、長年の勉強の末に身に付けた一つのスキルなんだろう。

 薬屋は案外こじんまりとしていて、棚の中にいくつも小さな瓶が並べられている。
 瓶の中身はピンク色だったり青色だったりの怪しい色をした薬たち。
 いつも通り、俺とルミカさんは端っこで椅子を並べて、邪魔にならないようにアリスの仕事ぶりを見ていた。
 といっても、今は昼時だから客なんて一人もいなかった。

「あんたいい加減邪魔だから帰ってくれないかな」
「えー、いいじゃん暇なんだし」
「暇じゃないから! これからお店に出す薬の錬成しなきゃいけないのよ!」

 隣のルミカさんはクスクスと笑っていた。

「そんなことより、そろそろ家を建ててくれたお礼をさせてくれよ。少しでもいいからアリスの手伝いがしたい」
「手伝いなんていらないわ。今までだって一人で薬屋をやってきたんだもん」

 帳簿のようなものを開いて売り上げの計算をしていた。
 俺が話しかけるたびに少しだけ手が止まるから、本当に邪魔なのかもしれない。
 そんなことを考えてると、ルミカさんがそっと耳打ちしてきた。
 綺麗な顔が近づいて、ドキリと胸が跳ねる。

「恥ずかしくて照れてるだけですよ。本当は嬉しいんです」
「て、照れてなんてないから?!」

 聞こえていたのだろう、顔が真っ赤に染まっていた。
 相変わらず村から出ていないけれど、案外こんな風にのんびり暮らすのもいいかもしれない。

「アリス、それよりもう休憩してお昼にしましょうよ」
「えっ、もうそんな時間?」

 壁時計を見てアリスは驚いた。
 それほど仕事に根を詰め過ぎていたんだろう。
 どうやらこの世界の時間は、俺がいた世界と同じ風に回っているらしい。
 すごい御都合主義だ。

「待っててくださいね。今作りますので」
「あー今日はいいや、ちょっと待ってて」

 そう言って、奥へと引っ込んでいった。
 ルミカさんはというと、なにやら呆れて額に手を当てていた。

「アリスってば、もう……」

 数分経ってアリスが戻ってきた。
 手にはお盆が握られていて、その上にリンゴが二つと調味料が置かれている。

「なんだそれ。リンゴとグラニュー糖とバターって、焼きリンゴでも作る気か?」
「へぇー、ユウトさんって料理にお詳しいんですね」
「いや、これくらいは普通だと思うけど……」

 そんな会話を交わしてるうちに、アリスは机の上に羽ペンを走らせて錬成陣を書き始めた。

「おい待て、火とかいらないのか?」
「そんなのいらないわよ。空気中の酸素と可燃物さえあればどうとでもなるわ」

 錬成陣に両の手のひらを置く。
 もう何度も見慣れた光景に驚きはなく、だけど出来上がったものに俺は驚愕した。

「マジかよ……」

 お皿の上に数秒前に置かれていたリンゴが、焼きリンゴに変化していた。
 しかも綺麗に切り揃えられていて湯気が立っている。
 あたりには甘い匂い。

「もう、アリスが錬成しちゃうと私の仕事が無くなっちゃうじゃない」
「早く食べたかったの。たまにはいいじゃない」

 ルミカさんが取り分けてくれた焼きリンゴにフォークを突き刺し、口に入れる。
 ホクホクとしていて、焼きリンゴ独特の食感。
 そして、甘い匂いが口中に広がる。
 なるほど、錬金術というのはこういうことも出来てしまうのか。

「ほらほらユウト、美味しいでしょ?」

 ドヤ顔で聞いてくる。

「フォークをこっちに向けるなよ……いや、でもこれすごく美味しいな……」

 気が付いたらお皿の上の焼きリンゴは無くなってしまっていた。
 ルミカさんはやっぱり不服そう。
 焼きリンゴの温かさがメガネを曇らせていて、それも相まってかすごく可愛かった。

「俺ルミカさんの作る料理好きですよ。何年も誰かのために作ってきたんですから、愛情が込められてますし」
「ちょっと! なにルミルミのこと口説いてんのよ!」
「なっ!? 口説いてねーよ!!」

 俺たちの言い合いを見てクスクスと笑うルミカさん。
 やっぱり大人の余裕というものがある。

「でもありがとねユウトくん。アリスってば恥ずかしがって私の料理を美味しいって言わないのよ」
「恥ずかしくなんてないから!」

 温かい会話に花を咲かせて、気が付いたら三人のお皿に焼きリンゴは残っていなかった。
 洗い物を手っ取り早く済ませて、客が来る前にアリスにお願いすることにした。

「頼む! 俺に錬金術を教えてくれ!」
「は? 嫌よ、なんであんたにわざわざ教えなきゃいけないのよ。どうせ失敗するんだから教えても意味無いじゃない」

 にべもなく断られてしまった。
 しかし俺はめげない。
 手を合わせて頭をさげる。
 こういう時、俺は下手なプライドは捨てることにしている。

「なんかキモい……」
「まあまあ、もしユウトさんに錬金術の才があればアリスのお手伝いが出来るんですから。少しだけ試してみるのもいいんじゃない?」
「ルミルミがそこまで言うなら……」

 アリスは最後まで渋い顔をしていたけど、俺にはその表情の意味が分からなかった。
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