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第9話 食べ放題

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『あ、アルス様さえよろしければ、私の家で一緒に暮らしませんか!?』

 突然のお誘い。
 人と深くかかわるつもりはないし、一度は断ったのだが、まずは家を見るだけでもと食い下がられたため、とりあえずついていくことにした。

 それから一時間後。
 俺たち三人は山を歩き、別の場所にまでやって来ていた。

 山の中に突如としてひらかれた空間が現れ、そこには巨大な館が建っていた。
 縦に低く、横に広い、これまで見たことがないタイプの館だ。

 初めて見る光景に驚いていると、紫音は言った。

「ここは一ノ瀬家が所有する別宅です。人里からは離れた場所にあるので、アルス様の希望にも沿っているかと思います」

 確かに、感知魔法を使ってみても周囲に人はいない。
 即興で作り上げた小屋とは比べ物にならない、この立派な館で暮らすことができたら確かに幸せだろう。

 しかし――。


「悪いけど、やっぱり断らせてもらうよ」
「ご満足いただけませんでしたか?」
「いや、そうじゃない。こんな施しを与えてもらえるほど、大層なことをしたつもりがないからな。ちょっと恐れ多い」
「アルス様は私の命を救ってくださったお方です。この程度ではむしろ足りないくらいかと思うのですが……」


 そういうものなのだろうか?
 世界を救った結果が異世界追放だった過去があるせいで、感覚がおかしくなっているのかもしれない。

 いや、違うか。
 たとえその過去がなかったとしても、俺は同じことを言っていただろう。

 と、ここで俺は先ほどの会話を思い出した。

「そういえばさっき、紫音は私の家で一緒に暮らさないかと言っていたな。仮に俺が申し出を受けたとしても、ここが別宅だというなら、紫音は別の場所で暮らすことになるんじゃないか?」

 問うと、紫音は少しだけ困った表情を浮かべた後、ゆっくりと口を開いた。

「実は――――」

 紫音はゆっくりと、自分の事情を話し始める。

 先ほども聞いた話だが、紫音は昨日、自分でも倒せる実力の妖魔がいると聞いてこの山にやってきた。
 しかし実際に出現したのは、彼女一人ではとても倒せない強力な妖魔だった。

 討伐依頼を持ってくるのは魔術師協会なのだが、協会がそのような失敗を犯すことはまずないらしい。
 ということは、誰かが故意的に嘘の依頼を持ってきたと考えるのが自然らしい。


「つまり、紫音が命を狙われたってことか?」

 その問いに答えたのは千代だった。


「その通りです。魔術師の世界は常に蹴落とし合いです。過去に類を見ないほど優秀な紫音お嬢様を処分しようとする者がいてもおかしくありません」
「そのためお父様に命じられて、私は一時的にこの別宅に避難することになったんです。この地は強力な龍脈が存在しているので、それを利用した周囲の認識を欺く強力な結界が張られています。私の居場所がバレることはまずないでしょう」


 なるほど、と俺は頷いた。

 そんな俺に向けて、紫音は続ける。


「ただ、それでも完全に安全だというわけではありません。正直に申し上げますと……アルス様のようなお方がそばにいてくれたら安心できるな、という気持ちもあったりします」
「要するに、護衛か」
「はい」


 ふむ、どうするべきか。
 彼女は事情を話したことによって、まるで情に訴えかけるようになったことを悔いているような表情だが、俺としてはむしろありがたかった。

 たった一体妖魔を倒しただけで、こんな立派な館に住めると言われたら申し訳なくなるが、向こうにとっても利益があると分かれば随分気が楽になる。

 俺が無言を続けるのをどう思ったのか、紫音は上ずった声で言う。

「た、ただ、これはあくまで後から付け足した理由です。私はただ、アルス様にお礼がしたいだけで……ここで暮らしていただけるのなら、アルス様に満足していただけるような、何一つとして不自由のない生活を提供いたします!」

 それを聞いても、なお悩み続ける俺だったが――。

「アルス様さえ良ければ、朝昼晩の三食を私の手で作ります。さらには好きなだけお菓子を食べていただいても構いませ――」
「本当か!?」
「っ!?」

 好きなだけお菓子を食べてもいいという言葉につられ、俺は紫音の手を強く握りしめた。
 紫音は両目を丸くしながら答えてくれる。

「は、は、はい! ア、アルス様が望むのなら!」
「めちゃくちゃ望む。よし、乗ったぞ! これからよろしく頼む、紫音!」
「は、はい……」

 ぷしゅーと、赤面した顔から蒸気を出しながら、紫音はコクコクと何度も頷く。

「そ、そんなに私の手料理が食べたいだなんて……」
(お菓子食べ放題、やったぞ!)

 テンションが上がりすぎていたせいで、紫音が何を言っていたのかは分からなかった。

 何はともあれ、こうして俺と紫音は一緒に暮らすことになるのだった。


「……一応、世話係として私も一緒に暮らす予定なんですけど」
「「あっ」」

 最後に、千代のむなしい声が響き渡るのだった。
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