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第一部 最弱魔術師から最強剣士への成り上がり

20 人魔大戦と魔族

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 模擬戦が俺の勝利で終わった後、レーニスは真剣な表情でおもむろに呟く。

「しかし、この時代にこれほどのイレギュラーな力を持った実力者が現れるか……偶然ではないかもしれぬな」

 非常に気になる言葉だった。

「父上、偶然ではないとはどういうことですか?」
「うむ、ルークとティナには伝えておいた方がよかろう。重要な話だ、覚悟して聞いてくれ」

 俺とティナはごくりと唾を呑み込んだ後、一つ頷く。

「話の前に確認しておくが、二人は人魔大戦(じんまたいせん)のことを把握しているか?」
「はい」
「もちろんです」

 俺とティナは同時に頷く。

 人魔大戦。それはかつて神話の時代に行われた、人族と魔族による全面戦争のことだ。
 遥か昔の戦争だが、俺にとっては重大な意味を持つ戦いでもある。
 何故ならその戦争をきっかけに、人族は剣や槍などの武器と接近戦の技術を失ったからだ。

 人族は魔族に人数面で圧倒的に勝っていた。
 しかしその代わり、魔族は一人一人が強靭な体躯と大量の魔力を持っており、それによって均衡は保たれていた。

 その均衡が崩れ始めたのは、人族が魔術を中心に戦いを繰り広げるようになってからだ。
 剣や槍などを持って行う接近戦では、少人数でしか連携をとることができず、自力の差を覆すことができなかった。
 しかし魔術ならば、数十数百の人間によって一つの魔術を行使することが可能である。
 さすがの魔族とはいえ、数百人の魔力が込められた魔術には耐えられない。
 徐々に人族が各地で勝利を重ねていくようになる。

 だが、そう簡単に人族側の完全勝利とはいかない。

「負けが込んだ魔族たちは自分の命と引き換えに莫大な魔術行使を実現する禁術を使用し始め、また戦況は混沌と化した。これ以上は共倒れとなると判断した互いの王が休戦協定を結ぶことにより大戦は終わった……ですよね?」
「いかにも。その際に人族と魔族がそれぞれ暮らす大陸の間には巨大な魔力の壁……戦妨滝(フリーデントーア)が築かれた。これは現在に至るまで残っており、人族と魔族の移動を防いでいる」

 人魔大戦の詳しい内容はともかく、戦妨滝(フリーデントーア)が人族と魔族が再び戦争を起こさないために築かれたことを知らない者はいないだろう。
 その壁があるため、この世界の人族は魔族を見たこともないのだ。

 ここまでで前置きは終わったのだろう。
 レーニスは次に、驚愕的な一言を口にする。

「しかし今、その常識が崩れ落ちようとしている。先日、隣国で魔族が目撃されたらしい」
「っ」
「なっ! 嘘ですよね、お父様!?」

 俺は小さく息を呑み、ティナは大声でその真偽を問う。
 レーニスは首を横に振る。

「嘘ではない、事実だ。その地の領主一家が殺害されるのを多くの領民が目撃している」
「父上はそれを誰から聞いたのですか?」
「国王陛下からだ。隣国では手に余るとのことで、我が国に縋ってきたのだろう。その上で、もしもの際に対処できるだけの戦力を持つ領主などには事前に知らされているのだ」

 ということは、力を持たない領地には知らされていないのか。
 ……ユナが心配だ。確かミアレルト領は小さく、戦力にも乏しかったはず。
 無事でいてくれるといいのだが。

 いや、話を戻そう。
 今重要なのは、魔族が現れたという事実だ。

「しかし何故、そもそも魔族が人族の地に……戦妨滝(フリーデントーア)に何かあったのですか?」
「今のところは何も異常は確認できていない。気になるところだが、詳しい原因の究明は王家の役目だ。我々がすべきことは被害の拡大の防ぐこと。そして」
「魔族を発見次第、討伐すること」
「いかにも」

 ようやく話が繋がる。
 そこで俺の力を借りたいのだろう。

 人魔大戦以降、人々は魔術を主体に戦うようになった。
 それは人同士の戦争や、魔物との戦いであっても相違はない。
 戦略や戦術は十分に発展してきた。

 けれど、人々がもう忘れてしまっていることがある。
 それが魔族の脅威だ。
 人や魔物を相手にするのと同じ感覚で戦えば、痛い目に合うどころでは済まない。

 対応を間違えれば一瞬で蹂躙されてしまうような現在の人族の状況において、俺というイレギュラーが現れたこと。
 それが偶然か偶然ではないかなど、俺には判断できない。
 ただ、戦う意思自体はある。

「父上のお考えは理解できました」
「ええ、私もです。お兄様には敵わずとも、いくらかは協力できるでしょう」

 俺に続くように、ティナも力強く頷く。
 それを見てレーニスはほっとしたように息を吐いた。

「感謝する、二人とも。とはいえ今は目撃情報を追っている最中だ、特別何かをしてほしいわけではない。緊急事態に備え、心構えだけはしておいてくれ」
「はい」
「ええ」

 そうして俺たちは、未来の危機に対する覚悟を決めるのだった。


 決意の後、レーニスは用事があると出て行った。
 魔族に関する件で、他の貴族たちと情報を共有し方針を決めておく必要があるらしい。

「お兄様、ユナ様からお返事がきました」

 ティナがそう教えてくれる。
 ユナが心配になったため、他言無用を条件に魔族の件について伝達魔術で伝えてもらったのだ。

「なんて言ってた?」
「『教えてくれてありがと。嘘みたいな話だけど二人が言うなら本当なんだろうね。念のため、対策だけはしておくよ。それともうすぐそっちに戻るからまたよろしくね』とのことです」
「そうか、無事ならよかったよ」

 ほっと安堵する。
 しかし、これからどうしよう。
 これまでは進級試験や転入試験、レーニスとの再会といった目標があったが、今回の魔族については現時点でできることは何もないという。
 手持ち無沙汰だ。

 そんなことを愚痴ると、ティナがそうですと手を叩く。

「お兄様さえよろしければ、明日にでも冒険者ギルドに行ってみませんか?」
「冒険者ギルドか」

 今は長期休暇中なため学園から依頼を受けることはできない。
 戦闘経験を得るためにも、冒険者ギルドが選択肢に上がるのは自然だろう。
 一からギルドカードなどを作るのは少々面倒だが、それもティナと一緒なら楽しめそうだ。

「そうだな。それじゃ行くか」
「はい、デートですね!」

 不思議な単語が最後に聞こえた気がしたが、とりあえず明日は冒険者ギルドに行くことになった。
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