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第7話:仮面の男の苦悩
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地下からの帰還後、仮面の男の指揮官――カズキは
報告室の前でしばらく動けずにいた。
深く息をつき報告書を見ていた。
「……どうする。報告書はもう出来てる。
問題は――どこまで書くか、だ」
彼の手には、術式封印された情報端末。
そこには、今回の任務結果がすべて記録されていた。
封印対象をロスト、契約者はおそらく三神静馬という少年。戦闘能力は規格外。
敵性は認められず。彼を発砲した隊員以外は殺傷はなし。現在、自宅にて滞在中。
その文章を何度も見つめながら、彼は苦く笑った。
「“静馬”……まさか、あのときのガキがね。二度と会う事もないと思っていたが」
目を閉じると、昔の記憶がかすかに浮かぶ。
かつて、あの“お嬢様”――篠原美琴と一緒にいた少年。
優しくて、目がまっすぐで、だけど……ただの一般人。
そして今、その静馬が――あの女と契約した。
組織にとっては、危険分子の可能性がある。
だが、自分にとっては、いまだに“咎人”にも“被害者”にも見えなかった。
「報告を省けば……“美琴様”は知らないままでいられる。
でも、隠したと知れたら、“当主”はお怒りになるだろうな」
彼は額を押さえる。
報告すれば、静馬は監視対象となり、美琴の耳にも届くだろう。
再会があれば、何が起きるか分からない。
だが、報告しなければ、それはそれで命取りになる。
「クソ……どうすりゃいい」
そのとき、端末に着信が入る。
差出人:【篠原 美琴】
件名:『今回の任務報告について』
カズキの心臓が、ひとつ大きく脈打った。
「……はやすぎるよ、お嬢様」
彼は仮面を取り出し、再び顔に装着する。
「とりあえず、先に美琴様に報告しておくか」
彼はゆっくりと美琴の部屋へと歩き出した。
その日、篠原美琴の居室には柔らかな柑橘系のアロマが香っていた。
だが、部屋の主である彼女は、その香りを意識することなく、ただ一つのことを待っていた。
「……遅かったわね。カズキ」
「申し訳ありません、“お嬢様”」
カズキは扉を静かに閉じ一礼した。
黒髪を揃えたまま、きっちりと軍式の直立不動をとる。
その姿は完璧な従者のそれだった。
しかし、美琴の眼差しは鋭かった。
「今回の回収任務。封印対象はどうなったの?」
カズキは、数秒の間を置いてから答えた。
「封印対象は霊体状態で活動を継続しています。完全封印は未達成。
逃走経路は特定できておらず、現在は監視下にはありません」
「……契約者がいた、って本当?」
「はい。確認されています。名は――伏せられていますが、年齢、性別、状況から、一般人である可能性が高いとされています」
美琴は、そこで一瞬、視線を落とした。
そして、ごく静かに問う。
「――“彼”じゃないの?」
カズキの喉が、ごくりと鳴った。
その動揺を見逃すほど、美琴は鈍くなかった。
目の前の男が“何かを隠している”ことには、もう気づいていた。
「……そのような記録は、ありません」
「そう。じゃあ、これは“正式な報告”ってことでいいのよね?」
「……はい。私が提出したものと、同一です」
「……」
沈黙。
美琴は長い睫毛を伏せ、何かを呑み込むようにして視線をそらした。
やがて、再びカズキを見据える。
「ねぇ、カズキ。あなた、私の護衛であり、代行として報告義務を担う立場よね」
「もちろんです、“お嬢様”。あなたのためなら、私はすべてを背負う覚悟です」
「だったら一つだけ聞くわ。
――私が“何も知らずにいた方が幸せ”だと思った?」
その問いに、カズキは答えなかった。
ただ、目を伏せる。それが答えだった。
「……優しいのね、あなたは」
美琴の声は少しだけ微笑んでいた。
「だけど私は知りたいの。彼が……静馬がなぜ今回の件に絡んでいるのか」
カズキの眉がわずかに動いた。
だが、美琴はそのまま、背を向けて言った。
「これは命令よ。
静馬が関与していると、もし正式に確認されたなら
私に、真っ先に知らせなさい。
それは、当主候補としてじゃなくて……私自身の問題として、処理するから」
「……畏まりました」
それだけを告げて、カズキは深く頭を下げた。
報告室の前でしばらく動けずにいた。
深く息をつき報告書を見ていた。
「……どうする。報告書はもう出来てる。
問題は――どこまで書くか、だ」
彼の手には、術式封印された情報端末。
そこには、今回の任務結果がすべて記録されていた。
封印対象をロスト、契約者はおそらく三神静馬という少年。戦闘能力は規格外。
敵性は認められず。彼を発砲した隊員以外は殺傷はなし。現在、自宅にて滞在中。
その文章を何度も見つめながら、彼は苦く笑った。
「“静馬”……まさか、あのときのガキがね。二度と会う事もないと思っていたが」
目を閉じると、昔の記憶がかすかに浮かぶ。
かつて、あの“お嬢様”――篠原美琴と一緒にいた少年。
優しくて、目がまっすぐで、だけど……ただの一般人。
そして今、その静馬が――あの女と契約した。
組織にとっては、危険分子の可能性がある。
だが、自分にとっては、いまだに“咎人”にも“被害者”にも見えなかった。
「報告を省けば……“美琴様”は知らないままでいられる。
でも、隠したと知れたら、“当主”はお怒りになるだろうな」
彼は額を押さえる。
報告すれば、静馬は監視対象となり、美琴の耳にも届くだろう。
再会があれば、何が起きるか分からない。
だが、報告しなければ、それはそれで命取りになる。
「クソ……どうすりゃいい」
そのとき、端末に着信が入る。
差出人:【篠原 美琴】
件名:『今回の任務報告について』
カズキの心臓が、ひとつ大きく脈打った。
「……はやすぎるよ、お嬢様」
彼は仮面を取り出し、再び顔に装着する。
「とりあえず、先に美琴様に報告しておくか」
彼はゆっくりと美琴の部屋へと歩き出した。
その日、篠原美琴の居室には柔らかな柑橘系のアロマが香っていた。
だが、部屋の主である彼女は、その香りを意識することなく、ただ一つのことを待っていた。
「……遅かったわね。カズキ」
「申し訳ありません、“お嬢様”」
カズキは扉を静かに閉じ一礼した。
黒髪を揃えたまま、きっちりと軍式の直立不動をとる。
その姿は完璧な従者のそれだった。
しかし、美琴の眼差しは鋭かった。
「今回の回収任務。封印対象はどうなったの?」
カズキは、数秒の間を置いてから答えた。
「封印対象は霊体状態で活動を継続しています。完全封印は未達成。
逃走経路は特定できておらず、現在は監視下にはありません」
「……契約者がいた、って本当?」
「はい。確認されています。名は――伏せられていますが、年齢、性別、状況から、一般人である可能性が高いとされています」
美琴は、そこで一瞬、視線を落とした。
そして、ごく静かに問う。
「――“彼”じゃないの?」
カズキの喉が、ごくりと鳴った。
その動揺を見逃すほど、美琴は鈍くなかった。
目の前の男が“何かを隠している”ことには、もう気づいていた。
「……そのような記録は、ありません」
「そう。じゃあ、これは“正式な報告”ってことでいいのよね?」
「……はい。私が提出したものと、同一です」
「……」
沈黙。
美琴は長い睫毛を伏せ、何かを呑み込むようにして視線をそらした。
やがて、再びカズキを見据える。
「ねぇ、カズキ。あなた、私の護衛であり、代行として報告義務を担う立場よね」
「もちろんです、“お嬢様”。あなたのためなら、私はすべてを背負う覚悟です」
「だったら一つだけ聞くわ。
――私が“何も知らずにいた方が幸せ”だと思った?」
その問いに、カズキは答えなかった。
ただ、目を伏せる。それが答えだった。
「……優しいのね、あなたは」
美琴の声は少しだけ微笑んでいた。
「だけど私は知りたいの。彼が……静馬がなぜ今回の件に絡んでいるのか」
カズキの眉がわずかに動いた。
だが、美琴はそのまま、背を向けて言った。
「これは命令よ。
静馬が関与していると、もし正式に確認されたなら
私に、真っ先に知らせなさい。
それは、当主候補としてじゃなくて……私自身の問題として、処理するから」
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それだけを告げて、カズキは深く頭を下げた。
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