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第10話:とりあえず、夏休みだし
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静馬は、ソファにだらりと寝転びながら、天井を見上げていた。
蝉の声が、窓の外でしつこく鳴いている。
「……あー、どうすっかな、俺」
日常をぶち壊された数日だった。
恋人にフラれ、謎の地下に足を踏み入れ、封印された女と契約し、銃で撃たれ、謎の仮面集団に命を狙われた。
でも――今は、冷房の効いた部屋に寝そべって、昼飯のカップ麺を食べたあと。
「……つーか、もう夏休みだしな。学校行く理由もねえし、しばらくこのまま潜っててもバレねぇんじゃね?」
ひとり言のようにぼやいたその声に、透明な存在がふわりと近づいてきた。
「――愚か者」
ぴしゃり、と冷たい声。
振り向けば、霊体のラウラが、腕を組んで浮かんでいた。
「お前、ほんの数日前に撃たれたこと、もう忘れたのか?」
「いや、忘れてないよ……まだ痛いし」
「なら言わせてもらうけど、今のお前じゃ次は生き残れない」
静馬は眉をひそめた。
「お前、俺に修行しろって言うつもりか?」
「当然だ」
ラウラは、ぴたりと静馬の目の前に立ち、真剣な眼差しを向けてきた。
「確かにお前の身体は常人離れしている。だが、あのときの動き……あれは鍛えただけじゃ出ない。適性がある」
「……適性?」
「術師としてのな」
静馬は眉をしかめた。正直そんな適正欲しくない。
「お前なら私の力を真に扱える可能性がある。だから契約が成立したの。だから修行しろ」
「……なんか褒められてんだか、脅されてんだか」
ラウラは薄く笑った。
「どっちもよ。私は別に機構に復讐するつもりも世界を救う気もない。
でも――このまま狙われ続けて、無抵抗で終わるのはつまらないわ」
静馬はしばらく黙っていたが、やがて溜息をつき、起き上がった。
「……わかったよ。どうせ暇だしな。
この夏、ちょっと強くなるってのも悪くないかもな」
ラウラの瞳が、ふっと細まる。
「ふふ……いい覚悟。ではさっそく山籠もりの準備よ」
「え、おい、帰ってきたばかりなのに!?」
静馬の叫びが、夏の空に響いた。
次の日。
「……で、ここは何なんだ?いかにもって感じの場所だが」
静馬は、見渡す限り木々に囲まれた渓谷の奥――ひっそりと佇む廃寺の前で眉をひそめた。
「ここはかつて、強力な魔物が封じられていた場所。霊脈が交差し、霊圧も不安定……修行にはうってつけ」
「つまり、“危ない場所”ってことだよな?」
「そうとも言うわね」
ラウラはさらりと頷いた。
静馬は肩をすくめると、荷物を背負いなおす。
「まぁいいか。どこでやっても同じだし」
「さっそく修行を始めるわよ。覚悟しなさい」
静馬は汗だくで丸太を肩に担ぎながら、泣きそうな声を上げた。
「なあラウラ……これ、もはや修行じゃなくて、ただの肉体労働だよな?」
「違うわよ。これは気脈を整えるための立派な訓練。氣は流れてこそ意味があるの。
筋肉? ふふ、それはまあ……飾りみたいなものね。見栄えはいいけど、本質じゃないのよ」
「飾りで丸太担がせるなよ!!」
静馬は肩の上の丸太に押しつぶされそうになりながら絶叫した。
「文句言わないの。あと十往復よ。でないと氣の巡りが偏るわ」
「どこの誰だよ、氣の巡りに丸太が必要って言い出したの!?」
「私よ」
即答である。
静馬は頭を抱えつつ、ふらつきながら丸太を降ろした。
周囲には同じように運ばれた丸太たちが等間隔に並べられている。
「……なあ、これ、霊道を整えるってより、ただのウッドデッキじゃない?」
「違うわ。これは“氣の導路陣”の準備。ほら、ちゃんと方角と間隔は術式に則ってるのよ?」
「まさか……“氣”の修行がDIYになるとは……!」
ラウラは小さく笑った。
「……で、ラウラ? 俺たちは今、何をしてるんだっけ?」
静馬は、手にトンカチを持ったまま尋ねた。
その背後には、柱、梁、そして組み上がった屋根。
「氣の通り道を正しく整えるための結界構造を形成してるのよ」
「つまり……家を建ててるんだよね?」
「簡易拠点よ。重要な修行場になるわ」
静馬は思わず空を仰いだ。
山奥に突如として現れた、木造のしっかりした小屋――しかもなぜか二階建て。
「俺、今日、霊力とか氣の使い方を教わるはずだったよな?」
「それはこの小屋の完成によって整えられる環境の中で行うのよ。基礎工事みたいなものね」
「その基礎工事がガチ建築なのどうかと思うわ!!」
ラウラは満足げに宙に浮かび、小屋を眺める。
「いい出来ね。見て、東西南北の結界線も完璧。“氣”が巡る拠点としては理想的よ」
「……霊の修行がこんなにもDIY依存だとは思わなかった」
「人は、住まいとともに成長するのよ。さ、次は内装作業ね」
「内装!? おい、まだ終わらねぇのかよ!!」
数時間後――
静馬は畳を敷いていた。
「……ラウラ、俺、だんだん本気で大工になれる気がしてきたわ」
「素晴らしい成長よ静馬。次は霊符で冷蔵庫を再現しましょう」
「もう修行関係ないよね!? 完全に快適に暮らす方向にシフトしてるよね!?」
「それは違うわ。これは長期戦への備え」
「……まあ、ベッドふかふかだし、文句は言わん」
こうして、謎の小屋――いや、修行拠点が完成した。
蝉の声が、窓の外でしつこく鳴いている。
「……あー、どうすっかな、俺」
日常をぶち壊された数日だった。
恋人にフラれ、謎の地下に足を踏み入れ、封印された女と契約し、銃で撃たれ、謎の仮面集団に命を狙われた。
でも――今は、冷房の効いた部屋に寝そべって、昼飯のカップ麺を食べたあと。
「……つーか、もう夏休みだしな。学校行く理由もねえし、しばらくこのまま潜っててもバレねぇんじゃね?」
ひとり言のようにぼやいたその声に、透明な存在がふわりと近づいてきた。
「――愚か者」
ぴしゃり、と冷たい声。
振り向けば、霊体のラウラが、腕を組んで浮かんでいた。
「お前、ほんの数日前に撃たれたこと、もう忘れたのか?」
「いや、忘れてないよ……まだ痛いし」
「なら言わせてもらうけど、今のお前じゃ次は生き残れない」
静馬は眉をひそめた。
「お前、俺に修行しろって言うつもりか?」
「当然だ」
ラウラは、ぴたりと静馬の目の前に立ち、真剣な眼差しを向けてきた。
「確かにお前の身体は常人離れしている。だが、あのときの動き……あれは鍛えただけじゃ出ない。適性がある」
「……適性?」
「術師としてのな」
静馬は眉をしかめた。正直そんな適正欲しくない。
「お前なら私の力を真に扱える可能性がある。だから契約が成立したの。だから修行しろ」
「……なんか褒められてんだか、脅されてんだか」
ラウラは薄く笑った。
「どっちもよ。私は別に機構に復讐するつもりも世界を救う気もない。
でも――このまま狙われ続けて、無抵抗で終わるのはつまらないわ」
静馬はしばらく黙っていたが、やがて溜息をつき、起き上がった。
「……わかったよ。どうせ暇だしな。
この夏、ちょっと強くなるってのも悪くないかもな」
ラウラの瞳が、ふっと細まる。
「ふふ……いい覚悟。ではさっそく山籠もりの準備よ」
「え、おい、帰ってきたばかりなのに!?」
静馬の叫びが、夏の空に響いた。
次の日。
「……で、ここは何なんだ?いかにもって感じの場所だが」
静馬は、見渡す限り木々に囲まれた渓谷の奥――ひっそりと佇む廃寺の前で眉をひそめた。
「ここはかつて、強力な魔物が封じられていた場所。霊脈が交差し、霊圧も不安定……修行にはうってつけ」
「つまり、“危ない場所”ってことだよな?」
「そうとも言うわね」
ラウラはさらりと頷いた。
静馬は肩をすくめると、荷物を背負いなおす。
「まぁいいか。どこでやっても同じだし」
「さっそく修行を始めるわよ。覚悟しなさい」
静馬は汗だくで丸太を肩に担ぎながら、泣きそうな声を上げた。
「なあラウラ……これ、もはや修行じゃなくて、ただの肉体労働だよな?」
「違うわよ。これは気脈を整えるための立派な訓練。氣は流れてこそ意味があるの。
筋肉? ふふ、それはまあ……飾りみたいなものね。見栄えはいいけど、本質じゃないのよ」
「飾りで丸太担がせるなよ!!」
静馬は肩の上の丸太に押しつぶされそうになりながら絶叫した。
「文句言わないの。あと十往復よ。でないと氣の巡りが偏るわ」
「どこの誰だよ、氣の巡りに丸太が必要って言い出したの!?」
「私よ」
即答である。
静馬は頭を抱えつつ、ふらつきながら丸太を降ろした。
周囲には同じように運ばれた丸太たちが等間隔に並べられている。
「……なあ、これ、霊道を整えるってより、ただのウッドデッキじゃない?」
「違うわ。これは“氣の導路陣”の準備。ほら、ちゃんと方角と間隔は術式に則ってるのよ?」
「まさか……“氣”の修行がDIYになるとは……!」
ラウラは小さく笑った。
「……で、ラウラ? 俺たちは今、何をしてるんだっけ?」
静馬は、手にトンカチを持ったまま尋ねた。
その背後には、柱、梁、そして組み上がった屋根。
「氣の通り道を正しく整えるための結界構造を形成してるのよ」
「つまり……家を建ててるんだよね?」
「簡易拠点よ。重要な修行場になるわ」
静馬は思わず空を仰いだ。
山奥に突如として現れた、木造のしっかりした小屋――しかもなぜか二階建て。
「俺、今日、霊力とか氣の使い方を教わるはずだったよな?」
「それはこの小屋の完成によって整えられる環境の中で行うのよ。基礎工事みたいなものね」
「その基礎工事がガチ建築なのどうかと思うわ!!」
ラウラは満足げに宙に浮かび、小屋を眺める。
「いい出来ね。見て、東西南北の結界線も完璧。“氣”が巡る拠点としては理想的よ」
「……霊の修行がこんなにもDIY依存だとは思わなかった」
「人は、住まいとともに成長するのよ。さ、次は内装作業ね」
「内装!? おい、まだ終わらねぇのかよ!!」
数時間後――
静馬は畳を敷いていた。
「……ラウラ、俺、だんだん本気で大工になれる気がしてきたわ」
「素晴らしい成長よ静馬。次は霊符で冷蔵庫を再現しましょう」
「もう修行関係ないよね!? 完全に快適に暮らす方向にシフトしてるよね!?」
「それは違うわ。これは長期戦への備え」
「……まあ、ベッドふかふかだし、文句は言わん」
こうして、謎の小屋――いや、修行拠点が完成した。
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