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第18話:悠雅の強襲
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山の境界
日が傾き、薄明の光が木々の隙間を縫っていた。
静馬は、訓練を終えて水桶の水で顔を洗っていた。
ラウラの結界が、突然ピンと張り詰める。
「来たわよ」
「……何が?」
「今までのとは違う。殺意を隠してない。正面から来てる」
霊の気配が風を裂き、やがて姿を現すのは一人の青年だった。
軽く崩した封衣、整った顔立ち、だが笑みの奥に爬虫類のような光を宿した目。
「へぇ。お前が三神静馬で合ってるか?」
悠雅はそう言って、一歩踏み出した。
静馬は警戒を崩さず、ラウラの前に出る。
「……誰だ、お前」
「封霊機構・当主候補、狩野悠雅。名前くらいは聞いておけ。――君とは、初対面だな」
ラウラの瞳が細められる。
悠雅の背中にうっすらと浮かぶ式の影をすでに感知していた。
「……何の用だ」
静馬の問いに、悠雅はふっと鼻で笑った。
「君が契約者になったと聞いて、確認しに来ただけさ」
静馬の眉が動いた。
「敵……?」
「そう。君は今、霊的資格者。力を持ち、秩序に干渉し得る存在になった。だから俺たち当主候補にとって、もはや討伐対象なんだよ」
「それに――」
目だけが鋭くなる。
「篠原美琴。彼女のかつての恋人って意味でも、君は観察しておく価値がある」
静馬の眼がわずかに揺れる。
「……あいつのことを知ってるのか」
「そりゃあ、少しくらいは。まぁ……君は驚くほど普通だったがね」
言葉には悪意はない。だが明らかな侮蔑が含まれていた。
「……あんた、何が目的だ」
静馬が問う。
悠雅は、ただ一言。
静かに、ゆっくりと、その指先に一枚の黒い符が滑り出る。
封呪が淡く光り、地面に触れた瞬間――術式が起動した。
「出ろ」
その言葉と同時に、土を蹴って現れたのは、一体の“式”。
しなやかで黒光りする獣の身体。六つ目の仮面をつけた獣人のような影が
地を這うように悠雅の隣に立った。
「契約者になったとはいえ、訓練期間も短い君に、これは少々酷かな」
そう言いながらも、悠雅の目にはまるで同情の色がなかった。
「でもまあ、現実を教えるには丁度いい。――自分がどの位置にいるのか、ね?」
式が一歩前に出る。
牙がわずかに剥き出しになると同時に、霊気が牙先から霧のように漏れ出した。
静馬は構えもせずに悠雅を睨む。
「……こっちは戦う気なんてない。用がないなら帰れ」
「へえ。戦わない理由を作ってる間に、死ぬやつもいるんだがな?」
その言葉と同時に、悠雅は左手を軽く振った。
猛然と飛びかかってくる影――。
「静馬、下がって!」
ラウラの声が鋭く響くと同時に、結界が反射的に展開される。
だが、静馬は動かなかった。
眼前に迫る式の爪――その一撃を、わずかに揺らぐ氣の刃が弾いた。
悠雅の目がわずかに見開かれる。
(……ほう)
確かに素人のはずだった。
だが、その気配はもう、ただの人間ではない。
悠雅は、笑った。
式神の一撃を受け止めた静馬に、悠雅は楽しげに目を細める。
「へぇ。悪くない反応だ。……思ってたよりは、ね」
悠雅は歩く。軽く、優雅な足取りのまま、戦場の中心へと。
「でもさ、こっちはまだウォーミングアップのつもりなんだ」
彼がもう一枚の符を宙に浮かせると、そこから裂けるように二体目の式が出現する。
燃える炎を纏った、人型の式神。両手に持つ双剣のような霊具からは、空間を焼くような熱が走る。
「こっちも使ってあげるよ」
「……やる気かよ」
静馬が歯を食いしばる。
ラウラの背後で、結界が膨らんだまま彼女は呟く。
「やめておいたほうがいいわよ。こっちもまだ本気じゃないけど」
「おやおや。ご丁寧にどうも。でもね本気じゃないって言葉ほど信用してないんだ」
直後、二体の式が同時に動く。速度と熱、突進と範囲焼却。まさに挟撃の形で静馬を囲むように殺到する。
「静馬っ!」
ラウラが反射的に力を貸そうとするが――
「……俺に任せろ!」
静馬は一歩踏み出した。
氣を纏う。全身の筋肉が細かく震え、呼吸が整い、意識が一点に集中する。
彼は、ラウラとの修行で培った気の操作を、ここで初めて実戦で展開する。
その動きに、悠雅がわずかに目を見開いた。
「……今のを捌いた? へぇ」
けれど、すぐに薄く笑みを取り戻す。
「いいねぇ。ちょっとだけ見直したよ、三神静馬くん」
その言葉とは裏腹に、悠雅の目は冷たい。
まるで、捕らえた獲物の動きを観察する研究者のような眼差し。
「でも――見直したところで、“格”が違うってことは教えてあげなきゃね」
悠雅が三枚目の符を手のひらで弾くように空中へ放つ。
パチンッ、と指を鳴らした瞬間、空が軋んだ。
そこに現れたのは、翼の生えた細身の人型。
銀の羽を無数に浮かべ、周囲の氣を乱す干渉式で満たしていく。
ラウラが眉をひそめた。
「……精神干渉型。やっかいなのを出してきたわね」
「おや、さすが封印されし何かさんは詳しいね。そう、これは視覚と聴覚に直接作用する錯乱干渉だ。戦場で混乱を起こすのに最適なんだよ」
悠雅は指を鳴らし、三体の式に同時に命令を下した。
「じゃあ、やろうか。一度に三方向から殺しに来る遊び――開始」
三体の式が一斉に動き出す。
まるで、包囲網。
立ち止まれば焼かれ、逃げれば斬られ、上を見れば意識を喪う。
静馬は眉間に皺を寄せたまま、瞬時に呼吸を整える。
だが、不思議と恐怖はなかった。
ラウラとの修行。あの狂気と紙一重のスパルタの数々。
ここ数週間で、死にかけたのは一度や二度ではなかった。
(俺は、もっと酷いのを喰らってきた……!)
静馬が両足を地に打ちつけるようにして構えを取り直す。
「かかってこいよ、三体でも五体でも――全部、倒す!」
氣が逆巻いた。
ラウラが目を見開く。
「……まさかこの短期間でここまで――!」
悠雅が口元を引きつらせる。
はじめて、彼の顔から余裕が消えた。
日が傾き、薄明の光が木々の隙間を縫っていた。
静馬は、訓練を終えて水桶の水で顔を洗っていた。
ラウラの結界が、突然ピンと張り詰める。
「来たわよ」
「……何が?」
「今までのとは違う。殺意を隠してない。正面から来てる」
霊の気配が風を裂き、やがて姿を現すのは一人の青年だった。
軽く崩した封衣、整った顔立ち、だが笑みの奥に爬虫類のような光を宿した目。
「へぇ。お前が三神静馬で合ってるか?」
悠雅はそう言って、一歩踏み出した。
静馬は警戒を崩さず、ラウラの前に出る。
「……誰だ、お前」
「封霊機構・当主候補、狩野悠雅。名前くらいは聞いておけ。――君とは、初対面だな」
ラウラの瞳が細められる。
悠雅の背中にうっすらと浮かぶ式の影をすでに感知していた。
「……何の用だ」
静馬の問いに、悠雅はふっと鼻で笑った。
「君が契約者になったと聞いて、確認しに来ただけさ」
静馬の眉が動いた。
「敵……?」
「そう。君は今、霊的資格者。力を持ち、秩序に干渉し得る存在になった。だから俺たち当主候補にとって、もはや討伐対象なんだよ」
「それに――」
目だけが鋭くなる。
「篠原美琴。彼女のかつての恋人って意味でも、君は観察しておく価値がある」
静馬の眼がわずかに揺れる。
「……あいつのことを知ってるのか」
「そりゃあ、少しくらいは。まぁ……君は驚くほど普通だったがね」
言葉には悪意はない。だが明らかな侮蔑が含まれていた。
「……あんた、何が目的だ」
静馬が問う。
悠雅は、ただ一言。
静かに、ゆっくりと、その指先に一枚の黒い符が滑り出る。
封呪が淡く光り、地面に触れた瞬間――術式が起動した。
「出ろ」
その言葉と同時に、土を蹴って現れたのは、一体の“式”。
しなやかで黒光りする獣の身体。六つ目の仮面をつけた獣人のような影が
地を這うように悠雅の隣に立った。
「契約者になったとはいえ、訓練期間も短い君に、これは少々酷かな」
そう言いながらも、悠雅の目にはまるで同情の色がなかった。
「でもまあ、現実を教えるには丁度いい。――自分がどの位置にいるのか、ね?」
式が一歩前に出る。
牙がわずかに剥き出しになると同時に、霊気が牙先から霧のように漏れ出した。
静馬は構えもせずに悠雅を睨む。
「……こっちは戦う気なんてない。用がないなら帰れ」
「へえ。戦わない理由を作ってる間に、死ぬやつもいるんだがな?」
その言葉と同時に、悠雅は左手を軽く振った。
猛然と飛びかかってくる影――。
「静馬、下がって!」
ラウラの声が鋭く響くと同時に、結界が反射的に展開される。
だが、静馬は動かなかった。
眼前に迫る式の爪――その一撃を、わずかに揺らぐ氣の刃が弾いた。
悠雅の目がわずかに見開かれる。
(……ほう)
確かに素人のはずだった。
だが、その気配はもう、ただの人間ではない。
悠雅は、笑った。
式神の一撃を受け止めた静馬に、悠雅は楽しげに目を細める。
「へぇ。悪くない反応だ。……思ってたよりは、ね」
悠雅は歩く。軽く、優雅な足取りのまま、戦場の中心へと。
「でもさ、こっちはまだウォーミングアップのつもりなんだ」
彼がもう一枚の符を宙に浮かせると、そこから裂けるように二体目の式が出現する。
燃える炎を纏った、人型の式神。両手に持つ双剣のような霊具からは、空間を焼くような熱が走る。
「こっちも使ってあげるよ」
「……やる気かよ」
静馬が歯を食いしばる。
ラウラの背後で、結界が膨らんだまま彼女は呟く。
「やめておいたほうがいいわよ。こっちもまだ本気じゃないけど」
「おやおや。ご丁寧にどうも。でもね本気じゃないって言葉ほど信用してないんだ」
直後、二体の式が同時に動く。速度と熱、突進と範囲焼却。まさに挟撃の形で静馬を囲むように殺到する。
「静馬っ!」
ラウラが反射的に力を貸そうとするが――
「……俺に任せろ!」
静馬は一歩踏み出した。
氣を纏う。全身の筋肉が細かく震え、呼吸が整い、意識が一点に集中する。
彼は、ラウラとの修行で培った気の操作を、ここで初めて実戦で展開する。
その動きに、悠雅がわずかに目を見開いた。
「……今のを捌いた? へぇ」
けれど、すぐに薄く笑みを取り戻す。
「いいねぇ。ちょっとだけ見直したよ、三神静馬くん」
その言葉とは裏腹に、悠雅の目は冷たい。
まるで、捕らえた獲物の動きを観察する研究者のような眼差し。
「でも――見直したところで、“格”が違うってことは教えてあげなきゃね」
悠雅が三枚目の符を手のひらで弾くように空中へ放つ。
パチンッ、と指を鳴らした瞬間、空が軋んだ。
そこに現れたのは、翼の生えた細身の人型。
銀の羽を無数に浮かべ、周囲の氣を乱す干渉式で満たしていく。
ラウラが眉をひそめた。
「……精神干渉型。やっかいなのを出してきたわね」
「おや、さすが封印されし何かさんは詳しいね。そう、これは視覚と聴覚に直接作用する錯乱干渉だ。戦場で混乱を起こすのに最適なんだよ」
悠雅は指を鳴らし、三体の式に同時に命令を下した。
「じゃあ、やろうか。一度に三方向から殺しに来る遊び――開始」
三体の式が一斉に動き出す。
まるで、包囲網。
立ち止まれば焼かれ、逃げれば斬られ、上を見れば意識を喪う。
静馬は眉間に皺を寄せたまま、瞬時に呼吸を整える。
だが、不思議と恐怖はなかった。
ラウラとの修行。あの狂気と紙一重のスパルタの数々。
ここ数週間で、死にかけたのは一度や二度ではなかった。
(俺は、もっと酷いのを喰らってきた……!)
静馬が両足を地に打ちつけるようにして構えを取り直す。
「かかってこいよ、三体でも五体でも――全部、倒す!」
氣が逆巻いた。
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はじめて、彼の顔から余裕が消えた。
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