才能に打ち砕かれた日から、僕の最強は始まった

雷覇

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第1章

第59話:裏の顔

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「……わかったよ。どうせここまで関わっちまったんだ、最後まで面倒見てやるよ」

そう吐き捨てるように言った蒼真に、リリーナはぱっと花が咲いたような笑みを浮かべた。

「やった! じゃあ、さっそく――」

「ただし、一つ聞いておきたいことがある」

その声に、リリーナの表情が一瞬だけ硬くなる。
蒼真は真っ直ぐに彼女を見つめた。

「お前……なんで、こんなに冷静なんだ。魔族が王都を襲うってのに、あのときからずっと怯えた様子もない。神殿の人間とは思えないほど……妙に場慣れしてる」

一拍の沈黙。

リリーナはしばらく無言のまま、空を仰いだ。
そして静かに微笑み、ぽつりと漏らす。

「……昔のことですよ。蒼真さんが思ってるより、ずっと前の話」

風が吹き抜ける中庭で、彼女の瞳だけがやけに澄んでいた。

「神殿に拾われる前、私は名前すら持っていませんでした。呼ばれていたのは、番号だけ」

蒼真の眉がわずかに動く。

「暗殺者だったんです。貧民街に売られて、育てられて、戦わせられて……殺して、殺されかけて、それでも生きてきた」

リリーナの声音は淡々としていた。
まるで他人の過去を語るように。

「そういう人間が、ある日突然、神殿にふさわしい娘がいるなんて言われて連れて来られたんです。嘘みたいでしょ?」

蒼真は言葉を失ったまま、彼女を見ていた。

「でも、私は神殿で初めて“リリーナ”って名前をもらって、服を与えられて、綺麗な部屋で眠ることを覚えました。
……初めて、人に笑いかけられたんです。だから、この場所は――守りたい」

そう言った彼女の声は、どこまでもまっすぐで静かだった。

「だからこそ、今回の件で神殿が巻き込まれるのは我慢できない。
蒼真さんと会えて、正直……助かりました」

いつものようなチャラけた調子ではない。
仮面のような明るさを脱ぎ捨てた、どこか影のある本当の顔だった。

「驚いたかもしれないけど、これは神殿でも誰にも言ってないことです。だから、蒼真さんだけに話したんですよ?」

不意に、彼女がくすっと笑った。

「――信じるかどうかは、自由ですけど♪」

その瞬間、蒼真の胸の奥で、何かがわずかに揺れた。

「……信じるさ。あんな目で言われたら、嘘だなんて言えねぇ」

そう返すと、リリーナはぱちぱちと拍手しながら、また調子を戻すように言った。

「じゃあ、作戦会議です! 詳細は部屋で――あ、もちろん変な勘違いはしないでくださいね?」

「お前が言うと、全部怪しく聞こえるんだよ……」

ため息をつきつつも、蒼真はその背を追い、静かに歩き出した。
名もなき少女だった彼女が背負ってきた過去に、蒼真はほんの少し、敬意のような感情を覚えていた。

リリーナに案内され、蒼真は神殿内の一室に通された。

「ここ、私の私室です。普段は人を入れないんですけど……特別ですから♪」

そう言いながらリリーナは軽やかに鍵を閉め、カーテンを引いて室内の光を落とす。

「……特別って、もうちょっと言い方を選べ」

「え? 他意はないですよ? まさかドキドキしてるんですか、蒼真さん?」

リリーナはいたずらっぽく微笑んでみせたが、すぐに真顔に戻った。

「……じゃあ、そろそろ“仕事の顔”に戻りますね」

そう言うと、リリーナは鏡台の前に立ち、髪をほどいて一つにまとめ始めた。
白衣の下に重ねていた装飾布を外し、足元から革のホルスターを取り出す。
そこには小型の短剣が数本、隠しポケットに差し込まれていた。

蒼真の目がわずかに鋭くなる。

「……最初から準備してたのか」

「ええ。蒼真さんが動いてくれたら、私も動くつもりでした」

リリーナは、腕を上げて肩口の布を締め直しながら、少し寂しげに笑った。

「……こうして武器を握るのは、久しぶりですけど。案外、身体が覚えてるものですね」

少女らしさの残るその横顔に、かつて暗殺者として生きた者の影が差していた。
蒼真は無言のまま、その気配を見ていた。

「神殿では、誰にも見せていない顔ですよ。ほんとはね、こういうの、隠して一生過ごすつもりだったんですけど」

彼女はくるりと振り返り、少しだけ苦笑した。

「でも、正義感とか使命感とかじゃないんです。あの時――命をくれた人がいた。その恩を返したいだけです」

その言葉に、蒼真はほんの一瞬、自分と似たものを感じた。

「……そっか」

リリーナは短剣を手に取ると、それをベルトに差し、深呼吸をひとつ。
少女の笑みが、次第に戦士の面差しへと変わっていく。

「さて――魔族の計画、潰しに行きましょうか」

その目には、迷いの色はなかった。
蒼真もまた、腰の剣に手を当てて頷く。

「……わかった。今度は僕自身の意志で動くよ」

「ふふっ、それじゃあ、お互い正体がバレないように気をつけましょうね」

扉の前で立ち止まったリリーナが、ちらりと僕を振り返る。
その笑顔は変わらないはずなのに、どこか静かな影を落としていた。

「もし……私が魔族に捕まるようなことがあったら――助けに来ちゃダメですよ」

「……え?」

一瞬、何を言っているのか理解できなくて、僕は思わず聞き返した。
けれどリリーナは、淡々と続ける。

「神殿の人間って、情報を持ちすぎてるんです。捕まって尋問されれば……たぶん、私は耐えられない。どんなに訓練してても、痛みや恐怖には勝てないから」

「それでも……」

「だから、もしそうなったら見捨ててください。捕まった時は私は死を選びます」

その瞳は、まっすぐで――ひどく遠くを見ていた。
僕は唇を噛んだあと、しばらく黙ってから、ゆっくりと言った。

「それは無理だよ。僕は見捨てるなんて選ばない」

「……ほんと、優しいんですね。でも、そんな優しさが一番危ないのに」

リリーナは少しだけ笑って、でも目は笑っていなかった。
その横顔を見つめながら、僕は胸の奥に重たい何かを抱えた。

(――見捨てろなんて、簡単に言うなよ)

でもその覚悟を、僕は否定できなかった。
その軽さの裏に、鋼の覚悟が見えた。

そして二人は、神殿を抜け、夜の王都へと歩み出す――
魔族の計画を阻止するために。
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