才能に打ち砕かれた日から、僕の最強は始まった

雷覇

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第1章

第58話:後悔先に立たず

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蒼真は息を殺し、屋根の影に身を潜めたまま男たちの様子をうかがった。
木箱を運び終えた彼らは、重々しい扉を閉め、倉庫の中に消える。
しんと静まり返った路地に、金属が触れ合う音と、低く濁った声だけが漏れ聞こえてくる。

蒼真は、音もなく倉庫の裏手に回り込んだ。
古びた小窓の板の隙間から覗くと、薄暗い倉庫の中で異様な光景が広がっている。

木箱の中には、黒い布に包まれた武具や、魔術の刻印が彫り込まれた金属の筒がぎっしりと並ぶ。
それらを運んできた男たちは、どこか人の形をしていながら、
皮膚に不自然な黒い紋が浮かび、目は暗赤色に光っていた。

(あれは・・・まさか魔族か!?)

男たちの会話が、夜気に混じって耳に届く。

「明日の夜には、王都の中心部まで運ぶ」
「連合会議の会場に仕掛ければ、人間どもは終わりだ」
「……聖女も、勇者も、まとめて葬る」

蒼真は無意識に拳を握りしめた。
連合会議――各国の王と勇者が集う、あの密談の場だ。
ここで仕掛けられれば、王都は混乱に包まれ、戦争の火種になるのは間違いない。

(……リリーナ、これは洒落にならない)

蒼真は、屋根の陰から声の主たちを見下ろしながら、迷っていた。

(今なら、仕留められる。だが――)

拳に力がこもる。しかし同時に、背筋を冷たいものが走った。
自分は今、王都に仮面の剣士ラセツとして潜入している身。正体が露見すれば、これまでの苦労はすべて水の泡だ。だが、会場にはセリスも、朱音もいる可能性が極めて高い。

蒼真は袖の中から薄い紙と鉛筆を取り出し、倉庫の内部、木箱の形状、魔族の姿、魔術兵器の刻印を素早く描き写した。
小さな窓の外で夜風が吹くたび、心臓の鼓動がやけに大きく聞こえる。

男たちがふと入口の方を振り向いた瞬間、蒼真は身を伏せ、気配を完全に消した。
息を潜めたまま、彼は胸の奥で静かに決意する。

(証拠は十分……次はリリーナに伝える)

やがて倉庫を後にした蒼真は、夜の路地を抜け、屋根伝いに宿へ戻った。
月明かりの下、手の中の紙には、連合会議を狙う魔族たちの計画の証拠がしっかりと刻まれている。

(……とんでもないことに巻き込まれたな)

だが、蒼真はどこかで確信していた。
リリーナは、この危険を承知で自分に調査を頼んだのだと。

蒼真は翌日の昼、王都の神殿を訪れていた。
高い尖塔の間を抜ける風は清らかで、街の喧騒から切り離されたような静けさが広がっている。
白い石畳を踏みしめ、門をくぐると、祈りの歌が遠くからかすかに聞こえてきた。

(……こんな場所に、あのちゃっかりした女がいるんだよな)

妙な感慨を抱きつつ、中庭を抜けて侍女の詰所に向かう。
声をかけるまでもなく、背後から弾むような声が飛んできた。

「やっと来ましたね、蒼真さん!」

振り向くと、リリーナが花のような笑顔で駆け寄ってきた。
彼女は両手を腰に当てて、まるで遅刻を責める教師のような目つきをしている。

「ほらほら、ちゃんと調べてくれました?」

蒼真はため息をつき、懐から折り畳んだ紙を取り出した。
そこには倉庫の配置、運び込まれた木箱の内容、そして魔族の姿が簡単な絵で記されている。

「……ああ。お前の言った通り、裏通りで怪しい連中が動いてた」
「ふむふむ……おおっ、絵まで! あはは、似てる似てる。こりゃ間違いなく魔族ですね~」

リリーナは身を乗り出して覗き込み、無邪気な笑みを浮かべた。
しかし、次の瞬間、その表情にかすかな緊張が走る。

「……しかも、この荷物……魔術兵器ですね。しかも、連合会議の会場を狙ってる」

蒼真は黙ってうなずく。
彼女はひと呼吸おき、顔を上げて小声で続けた。

「このままだと、王都は大混乱です。聖女様と勇者様たちも……」

声が自然と細くなる。
蒼真は腕を組み、短く答えた。

「もうこれで十分だろ。あとは神殿が動けば――」

言いかけた蒼真を、リリーナが指先でぴしっと指した。
その瞳は、いたずらっ子のようにきらりと光っている。

「ここまで来たら、最後まで手伝ってくださいよ」

「はあ? 俺の役目はもう済んだだろ」

「そう言うと思いました。でも、蒼真さん――闘技場で活躍してるそうじゃないですか」

蒼真の眉がぴくりと動いた。
思わず声を潜めて問い返す。

「……どこでそれを聞いた」

「ふふふっ、神殿を甘く見ないでください。情報はだいたい入ってきますからね」
リリーナは紙を胸に抱えたまま、くるりと背を向けると、楽しげに続けた。

「魔族がこのまま動いたら、神殿の護衛だけじゃ手が足りないかもしれません。
ねぇ、闘技場で無敗の剣士さん? ちょっとくらい私たちの力になってくれてもいいと思いません?」

蒼真は額に手を当て、深々とため息をついた。
(……やっぱりとんでもない女を助けちまった)

それでも、彼女の無邪気な笑みの奥に、神殿を守ろうとする本気があることは感じ取れる。蒼真はしばし黙したまま、視線を落とした。

リリーナはくるりと身を寄せ、蒼真の耳元でささやくように言った。

「じゃあ、手伝ってくれたら、いかがわしいお店で女の子と遊んでたことは忘れてあげます。手伝わないとセリス様にうっかり話すかも♪」

「なっ……!?」

蒼真は、目を見開いたまま後ずさった。
顔に熱が集まり、思わず言葉が詰まる。

「お、おま……な、何を……っ」

「ふふっ、冗談ですよ~。でも、顔真っ赤ですよ、蒼真さん♪」
リリーナは両手を口元に当て、くすくす笑う。

蒼真は髪をかき上げ、思わず目を逸らした。
(こいつ、ほんっとにたち悪い……)

けれどその胸の奥では、どうしようもなく落ち着かない鼓動が跳ねていた。
蒼真はリリーナの言葉に真っ赤になったまま、思わず視線を逸らした。
頭の中に、朱音とセリスの顔が同時に浮かぶ。

(……やばい。これ、セリスに知られたら最悪の場合、朱音にも……)

朱音は間違いなく、腕組みをして怒鳴りつけてくるだろう。
そしてセリスも確実に眉を寄せ、ゴミを目で見てくるに違いない。想像しただけで、背筋に冷たいものが走った。

(やっぱり、あの店に行ったのは間違いだった!)

リリーナはそんな蒼真の心中などお見通しなのか、にこにこと笑いながら軽く肩をつついた。
「ほらほら、顔に出てますよ? ね、手伝ってくれる気になったでしょ♪」

蒼真はぐっと言葉を飲み込み、ただ心の中で深くため息をついた。
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