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第1章
第62話:魔族の悪意
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倉庫の扉に近づいたとき、リリーナが手を挙げて止まる。
視線は鍵の部分へ。だが、扉に罠は見当たらない。
「物理的には施錠されていません。……ですが、結界があります」
「魔族の術か?」
「いえ、人間のものですね。熟練の結界師による封印。内部の音や気配を遮断するためのものです」
リリーナの目が細められる。
彼女の指が結印を描き、結界の縁を撫でるように辿っていく。
細い銀糸のようなものを取り出し、結界の一点にそっと押し当てる。
「……解除します。中の敵に気取られる前に入る準備を」
「了解」
蒼真は膝を曲げ、刀を低く構えた。
その背後、リリーナが静かに呟く。
「結界解除――始動」
ほんの一瞬、空気が震えた。
結界が破られる音はない。だが魔力の流れが波立ち、耳の奥に鈍い圧がかかる。
「行くぞ!」
蒼真が先行し、扉を開け放った。
倉庫内は暗い。だが、複数の気配。しかも人間ではない。
「魔族か……!?」
低く唸るような呻き声。
目が闇に慣れるより先に、二つ、三つと影が飛び出してきた。
「リリーナ、左を頼む!」
「はい!」
鋭い斬撃が闇を裂く。
蒼真の一太刀が影の身体を断ち割り、刃越しに肉を裂く手応えが確かに伝わってきた。異形の手足に歪んだ骨格。本当に魔族なのかと疑いたくなるほどの獣じみた存在だった。
「……これが、本当に魔族なのか?」
隣で短剣を構えるリリーナが、即座に答える。
「いいえ。ただの魔獣です。魔族に飼われ、捨て駒にされる哀れな存在ですよ」
リリーナの声は淡々としていたが、その瞳には冷たい怒りが宿っていた。
「魔族は、こういう個体を作るんです。 捕らえた人間や獣に瘴氣を流し込んで、心も理性も壊して……使い捨ての兵器にする」
蒼真は目の前の魔獣を見やった。
唸り声をあげながら、残った個体が這い寄ってくる。
すでに言葉を持たず、意思もなく、ただ壊せという命令だけで動いているかのようだった。
皮膚は裂け、骨は突き出し、瞳には光すら宿っていない。
そこにあったのは、命ではなく、ただの道具だった。
――殺すためだけに造られた生き物。
それを平然と利用する魔族に、蒼真は静かに怒りを覚える。
(本当に……魔族は、完全に人類の敵なのか?)
蒼真にとって魔族という存在は、師である羅刹丸の影響もあって、完全な敵とは思えなかった。その中には、対話の余地がある者もいる。そう信じたい気持ちが、どこかにあった。
だが――
目の前の現実は、その甘い願いを冷たく否定してくる。
這い寄る魔獣たちは、すでに対話という言葉の届かない場所にいた。
彼らは思考を持たず、意思を失い、ただ命令に従って殺すために存在している。
人の姿を捨て、魂すら削られたその在り様に、蒼真は言葉を失った。
(これは……もう、人と魔族という問題じゃない)
こんな非道を平然と行う魔族が確かに存在するという現実を目の前に突きつけられていた。
「……それでも、まだ諦めたくない」
蒼真は唇を噛みしめたまま、視線を魔獣の骸から逸らさなかった。
信じたかった。対話できる存在がいると。すべてを否定するにはまだ早すぎる。
(見届けなきゃいけない。羅刹丸のような存在が……本当に例外だったのかどうか)
「――絶対に魔族の地に行く」
小さく、だが確かな声で蒼真は言った。
「この目で見極める。魔族が、本当に全て敵なのか……それとも、違う何かがあるのか」
リリーナが振り返る。その目に浮かぶのは、驚きでも反対でもなく、静かな理解。
「……魔族の地へ行くつもりなんですね」
「何としてでも行く。王国に逆らってでも。俺自身の答えを見つけるために」
たとえその先が、血に塗れた地獄であろうとも。
それでも、剣を持って進む価値があると、今の蒼真は確かに思っていた。
「くっ……まだ来ます!」
四体、五体と倒しても、なお闇の奥から新たな影が這い出してくる。
その気配は先ほどの魔獣とは異なり、より重く、濁っていた。
だが、蒼真の目は、その背後にある倉庫中央の大きな木箱へと向けられていた。
異様な氣の流れが、そこから静かに漏れ出しているのを感じ取っていた。
(あれか……!)
「リリーナ、陽動する! お前は中央の箱を確認しろ!」
「わかりました!」
言い残して蒼真は前に出る。
足元を蹴り、床を滑るように突進。異形の魔族の間をすり抜け刃を叩き込む。
リリーナはわずかに息を呑み、すぐに動き出す。
彼の背を預けられたのなら、自分も応えなければならない――
跳ねるように軽やかに走り、箱の側面に指先を滑らせた。
(これは……魔道具? いや、爆破術式の核……?)
わずかに箱の中から感じる魔力。それは、混じりけのない破壊のための力。
しかも、それはどこかで見たことがある印だった。
「……まさか、これって……」
リリーナの声に緊張がにじむ。
これは、ただの爆弾じゃない。
神術を歪め、破壊の力に転じた禁忌の術具。もし使われれば、会場周辺一帯を吹き飛ばすには十分な威力だ。明確な殺意が込められていた。
(これを会場で起動されたら、王も、勇者も、聖女も……!)
背に冷たい汗が伝う。
「……何としても、ここで始末しないと」
木箱の術具に触れ、構造と仕掛けを探るその手は、一分の隙もない。
そこに魔獣をすべて仕留めた蒼真が寄ってきた。
「蒼真さん……これは勇者たちを狙った爆破兵器で間違いありません」
リリーナは険しい表情で言いながら、指先で装置の構造を慎重に探る。
「解体には、少しだけ時間をください」
「わかった。お前は解体に集中しろ。また新手が来ても僕が抑える」
その言葉と同時に――倉庫の奥。
崩れた木箱の山を押し退けるようにして、闇の中から一つの気配が現れる。
視線は鍵の部分へ。だが、扉に罠は見当たらない。
「物理的には施錠されていません。……ですが、結界があります」
「魔族の術か?」
「いえ、人間のものですね。熟練の結界師による封印。内部の音や気配を遮断するためのものです」
リリーナの目が細められる。
彼女の指が結印を描き、結界の縁を撫でるように辿っていく。
細い銀糸のようなものを取り出し、結界の一点にそっと押し当てる。
「……解除します。中の敵に気取られる前に入る準備を」
「了解」
蒼真は膝を曲げ、刀を低く構えた。
その背後、リリーナが静かに呟く。
「結界解除――始動」
ほんの一瞬、空気が震えた。
結界が破られる音はない。だが魔力の流れが波立ち、耳の奥に鈍い圧がかかる。
「行くぞ!」
蒼真が先行し、扉を開け放った。
倉庫内は暗い。だが、複数の気配。しかも人間ではない。
「魔族か……!?」
低く唸るような呻き声。
目が闇に慣れるより先に、二つ、三つと影が飛び出してきた。
「リリーナ、左を頼む!」
「はい!」
鋭い斬撃が闇を裂く。
蒼真の一太刀が影の身体を断ち割り、刃越しに肉を裂く手応えが確かに伝わってきた。異形の手足に歪んだ骨格。本当に魔族なのかと疑いたくなるほどの獣じみた存在だった。
「……これが、本当に魔族なのか?」
隣で短剣を構えるリリーナが、即座に答える。
「いいえ。ただの魔獣です。魔族に飼われ、捨て駒にされる哀れな存在ですよ」
リリーナの声は淡々としていたが、その瞳には冷たい怒りが宿っていた。
「魔族は、こういう個体を作るんです。 捕らえた人間や獣に瘴氣を流し込んで、心も理性も壊して……使い捨ての兵器にする」
蒼真は目の前の魔獣を見やった。
唸り声をあげながら、残った個体が這い寄ってくる。
すでに言葉を持たず、意思もなく、ただ壊せという命令だけで動いているかのようだった。
皮膚は裂け、骨は突き出し、瞳には光すら宿っていない。
そこにあったのは、命ではなく、ただの道具だった。
――殺すためだけに造られた生き物。
それを平然と利用する魔族に、蒼真は静かに怒りを覚える。
(本当に……魔族は、完全に人類の敵なのか?)
蒼真にとって魔族という存在は、師である羅刹丸の影響もあって、完全な敵とは思えなかった。その中には、対話の余地がある者もいる。そう信じたい気持ちが、どこかにあった。
だが――
目の前の現実は、その甘い願いを冷たく否定してくる。
這い寄る魔獣たちは、すでに対話という言葉の届かない場所にいた。
彼らは思考を持たず、意思を失い、ただ命令に従って殺すために存在している。
人の姿を捨て、魂すら削られたその在り様に、蒼真は言葉を失った。
(これは……もう、人と魔族という問題じゃない)
こんな非道を平然と行う魔族が確かに存在するという現実を目の前に突きつけられていた。
「……それでも、まだ諦めたくない」
蒼真は唇を噛みしめたまま、視線を魔獣の骸から逸らさなかった。
信じたかった。対話できる存在がいると。すべてを否定するにはまだ早すぎる。
(見届けなきゃいけない。羅刹丸のような存在が……本当に例外だったのかどうか)
「――絶対に魔族の地に行く」
小さく、だが確かな声で蒼真は言った。
「この目で見極める。魔族が、本当に全て敵なのか……それとも、違う何かがあるのか」
リリーナが振り返る。その目に浮かぶのは、驚きでも反対でもなく、静かな理解。
「……魔族の地へ行くつもりなんですね」
「何としてでも行く。王国に逆らってでも。俺自身の答えを見つけるために」
たとえその先が、血に塗れた地獄であろうとも。
それでも、剣を持って進む価値があると、今の蒼真は確かに思っていた。
「くっ……まだ来ます!」
四体、五体と倒しても、なお闇の奥から新たな影が這い出してくる。
その気配は先ほどの魔獣とは異なり、より重く、濁っていた。
だが、蒼真の目は、その背後にある倉庫中央の大きな木箱へと向けられていた。
異様な氣の流れが、そこから静かに漏れ出しているのを感じ取っていた。
(あれか……!)
「リリーナ、陽動する! お前は中央の箱を確認しろ!」
「わかりました!」
言い残して蒼真は前に出る。
足元を蹴り、床を滑るように突進。異形の魔族の間をすり抜け刃を叩き込む。
リリーナはわずかに息を呑み、すぐに動き出す。
彼の背を預けられたのなら、自分も応えなければならない――
跳ねるように軽やかに走り、箱の側面に指先を滑らせた。
(これは……魔道具? いや、爆破術式の核……?)
わずかに箱の中から感じる魔力。それは、混じりけのない破壊のための力。
しかも、それはどこかで見たことがある印だった。
「……まさか、これって……」
リリーナの声に緊張がにじむ。
これは、ただの爆弾じゃない。
神術を歪め、破壊の力に転じた禁忌の術具。もし使われれば、会場周辺一帯を吹き飛ばすには十分な威力だ。明確な殺意が込められていた。
(これを会場で起動されたら、王も、勇者も、聖女も……!)
背に冷たい汗が伝う。
「……何としても、ここで始末しないと」
木箱の術具に触れ、構造と仕掛けを探るその手は、一分の隙もない。
そこに魔獣をすべて仕留めた蒼真が寄ってきた。
「蒼真さん……これは勇者たちを狙った爆破兵器で間違いありません」
リリーナは険しい表情で言いながら、指先で装置の構造を慎重に探る。
「解体には、少しだけ時間をください」
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