才能に打ち砕かれた日から、僕の最強は始まった

雷覇

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第1章

第72話:悪逆勇者の影

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蒼真は正座を解き、静かに立ち上がった。
膝に残るしびれがじんわり広がるが、それ以上に胸の奥に残る緊張感の方が強かった。

(……魔族との戦いよりも、セリスを怒らせた時の方が怖い気がするのは俺だけか?)

冗談めかした思考を抱えつつも、表情はいつもの冷静さを取り戻す。
セリスはすでに気持ちを切り替えているようで、凛とした背筋で歩みを進めていた。

「蒼真。申し訳ありませんが、これから始まる会議には、あなたを同席させられません」
「……だろうな。俺が情報を持ってきたことは誰にも言わなくていい。朱音にもな」

蒼真は即答する。元より、各国の王と勇者が集う場に自分が顔を出すつもりはなかった。正体を隠して動く彼にとって、あまりに危うい場所だからだ。
セリスは頷き、やわらかく微笑む。

「わかりました。魔族に関する情報は私が責任を持って伝えます」

「任せたよ」

短いやり取りだったが、その裏には深い信頼があった。
セリスは聖女としての気高さを湛えながらも、ふと足を止め、振り返る。

「蒼真。昨夜、あなたが命を懸けて戦ってくれたこと……私は忘れません」
「当然のことをしただけだ」

そう言い切る蒼真の声は淡々としていたが、誠意の重みが確かにあった。
セリスはわずかに微笑み、再び歩き出す。

やがて彼女の背は長い回廊の奥に消え、蒼真はひとりその場に残された。
窓越しに差し込む朝日を受けながら、彼は低く息を吐く。

(爆破計画を潰せたのは前進だが……まだ終わりじゃない。奴らは必ず次を仕掛けてくる)

静かな決意を胸に、蒼真は腰の剣に手をやり、誰もいない神殿の片隅で気配を研ぎ澄ませた。

蒼真が窓際に立ち、静かに気配を整えていると、背後から軽やかな足音が近づいてきた。
振り返ると、そこに現れたのはリリーナだった。

「……あら、蒼真さん。セリス様とはちゃんとお話できました?」
彼女は小首をかしげ、いたずらっぽい笑みを浮かべる。

蒼真は額に手を当て、深いため息をついた。
「……お前のせいで、とんでもない目にあったんだが」

「え? とんでもない目って……まさか、あの優しいセリス様に?」
リリーナは口元を押さえてくすりと笑う。

「あのな……」
蒼真の眉間に深い皺が刻まれる。
「正座させられて、説明させられたんだぞ。お前のせいでな・・・」

「まぁ、それは大変でしたねぇ」
リリーナは心底楽しそうに両手を合わせる。
「でも……それって、蒼真さんが大事だからこそ、気になっちゃったんですよ。ふふ……」

「笑い事じゃない」
蒼真は恨めしげに睨んだが、その視線さえリリーナにとっては面白いらしく、彼女はさらに楽しげに目を細めていた。

(……こいつを調子に乗らせると面倒だな。完全に楽しんでやがる)

蒼真はリリーナのにやにやした笑顔をしばらく睨んでいたが、やがて観念したように小さく肩を落とした。

「……もういい。疲れた。宿に戻る」

その声音には、戦闘の疲労だけでなく、セリスの取り調べを受けた心労も色濃く滲んでいた。リリーナはくすくす笑いながらも、ほんの少しだけ心配そうに首を傾げる。

「ふふ、そうしてください。昨日からずっと動きっぱなしですもんね。倒れられても困りますし」
「そうする・・・じゃあな」
蒼真はゆっくりと歩き出す。足取りは重く、まるで背中に見えない荷を背負っているかのようだった。リリーナはその後ろ姿を見送りながら、小声でぽつりと呟く。

「……本当に不器用な人ですね~」

その表情は、先ほどまでの小悪魔めいたものとは違い、どこか柔らかい色を帯びていた。

蒼真がようやく宿に戻り、扉をくぐったその瞬間だった。
木の床をばたばたと踏み鳴らすような音が響き、場違いなほど慌ただしい気配が駆け寄ってくる。

「ラセツっ! やっと戻ってきたか!」

声を張り上げて現れたのは、闘技場の支配人だった。
普段は威勢よくふんぞり返っている男が、今は額に汗を浮かべ、顔色を青ざめさせている。

「……なんだ、あんたか」
蒼真は思わず眉をひそめる。心底疲れていたところに、この慌ただしさ。嫌な予感しかなかった。

「なにがあった」

支配人は大きく息を整え、声を震わせながら告げる。

「た、大変なんだ……! 闘技場に、やばい三人組が現れたんだよ!」

蒼真の目が細くなる。
「やばい三人組……?」

支配人は喉を鳴らしながら言葉を絞り出した。
「連中は戦いを遊びとしか思っていない。人を殺して笑い、人の女を力ずくで奪い、金品を根こそぎ巻き上げる……悪鬼のような奴らだ!」

言葉を吐きながら、その顔には恐怖が色濃く浮かんでいた。
「しかも……ただのならず者じゃない。腕が恐ろしく立つ! 腕自慢の傭兵でも誰一人、敵わなかった!」

蒼真の脳裏に、嫌な予感がさらに膨らむ。
(ただの暴れ者……じゃないな。力を誇示して暴虐を楽しむ……人間の皮を被った獣か)

支配人は必死に蒼真へとすがりつくように言った。
「お願いだ……! あんたしか止められる人はいない! このままじゃ、闘技場どころか街がメチャメチャにされる!」

蒼真は静かに息を吐いた。
休む間もなく次々と押し寄せる厄介事に心底うんざりしながらも、腰の剣にそっと手を添える。

「……わかった。案内しろ。その三人組のところへ」

その声には、揺るぎない鋼鉄のような決意が宿っていた。
だが、まさか国を背負うはずの勇者こそが、この惨劇の中心にいるとは、蒼真はその瞬間まだ知る由もなかった。
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