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第1章
第85話:強者の足音(魔族side)
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魔族ベルクは体を引きずりながら、王都近郊の森に潜む隠れ家へと戻ってきた。
軋む扉を押し開けた瞬間、張り詰めた空気が肺を突き刺し、全身を圧迫する。
椅子に腰掛けていたのは、ただそこに存在するだけで場を圧倒する巨躯の男。
黒衣に包まれた姿は静謐ですらあるのに、呼吸一つで全てを圧し潰す重圧を放っていた。ベルクの背筋を冷たい汗が伝い、膝は自然と床へ沈む。
「……ただいま戻りました、グラウゼル様」
声を震わせ、頭を垂れるベルク。
「王都への爆破計画は……失敗しました。人間どもに邪魔され……申し訳ございません」
報告の言葉は重圧に押し潰され喉に詰まった。
だが沈黙を保っていたグラウゼルは、やがて低く笑みを洩らす。
「気にすることはない。もとより儂は、あの計画に乗り気ではなかった」
静かな声でありながら、その一言は隠れ家の梁をきしませるほどの重みを帯びていた。
ふっと、その背後から柔らかな気配が差し込む。
冷酷な空気を和らげるように一歩前へ出たのは、副官のイリスだった。
「ベルクさん……ひどいお怪我ですね」
慈母のような眼差しと共に、優しい声が降り注ぐ。
「無理に動かないでください。今は立っているだけで精一杯でしょう。後でゆっくり治療しますから」
ベルクは荒い息の合間に顔を上げ、その柔らかな横顔を見た。
威圧の主グラウゼルの隣に立ちながらも、彼女だけは救いの光のように思えた。
「イリス様……お気遣い、痛み入ります……」
かすれた声で礼を述べると、イリスは微笑んで首を振った。
「気にしなくていいのです。あなたは無事に帰った。それで充分です」
その言葉を遮るように、グラウゼルが椅子に身を預け低く告げる。
「イリス、あまり甘やかすな。失敗は失敗だ」
部屋の空気が再び重く沈む。
しかし彼女は怯まず柔らかに言葉を重ねた。
「ですが、彼は戻りました。生きて、こうして報告をしています。それこそが次に繋がる証になるでしょう」
グラウゼルは深いため息をつき、肘掛けに手を置いたまま吐き捨てる。
「それもそうだな……命令とはいえ、爆破などくだらん策だ。失敗して逆に良かったやもしれん」
イリスは一歩前に出て、微笑を浮かべて口を開いた。
「グラウゼル様……このまま、いったん魔族領へお戻りになりますか?」
長い沈黙ののち、グラウゼルは目を閉じて低く笑った。
「……流石に、何の成果もなく戻るわけにはいかん」
ベルクは膝をついたまま、必死に声を絞り出す。
「で、では……次は何を……?」
「勇者の首一つでも持ち帰れば、文句は言われまい」
「ゆ、勇者の首……!」
ベルクの目に驚愕と興奮が混じる。
イリスは彼に向けて優しく微笑んだ。
「グラウゼル様ならきっとやれます。……ただ、遊びに溺れなければ、ですが」
挑発めいた言葉に、グラウゼルの奥歯が軋む。
「……言われなくてもわかっている。で、今回召喚された勇者というのは……強者なのだろうな?」
「ええ、強者ではありましょう。ですが所詮は選ばれただけの駒にすぎません」
イリスも静かに続ける。
「そうですね。力は備わっていても、それを真に振るえるかどうかは別。人は皆、欲望に揺らぐものですから」
グラウゼルはゆっくりと椅子の背に身を預け、赤い瞳を細めた。
その口元に、薄く歪んだ笑みが浮かぶ。
「今回こそは期待したいものだ」
「これまで幾度となく勇者どもを葬ってきたが……どれもハズレばかりだった」
その言葉には嘲笑と退屈の色が混じっていた。
「神に選ばれし英雄? 笑わせる。脆く、醜く、力を持ちながら己の欲望に堕ちていく……」
その声音は静かだが、底に退屈と飢えが入り混じっていた。
「……対等に戦える相手がいなくなって、久しいな」
椅子に腰を沈めたまま、天井を見上げるように呟く。
「勇者だの英雄だのと持ち上げられた者どもも、結局はただの駒。牙を剥く前に折れる、脆弱な奴らばかりだった」
唇の端が歪み、低い笑みが漏れる。
「一矢報いる者すらなく、ただ消えゆくだけ……。退屈にも程がある」
「イリス。ひとつ聞いておきたい」
その声は普段よりも低く、底冷えするような響きを帯びていた。
「人間界に居座り続けている――羅刹丸。あやつはどうしている? ……魔族の軍に入る気にはなったのか?」
「……羅刹丸様は、姿を消してしまいました」
その言葉に、隠れ家の空気が凍りつく。
「いなくなっただと? どういうことだイリス」
「消息を絶たれて久しいのです。人間界に身を置いていたのは確かですが……ある日を境に、まるで跡形もなく掻き消えたように」
グラウゼルは肘掛けに指を置いたまま、ゆっくりと瞼を閉じた。
そして、静かに呟く。
「……かつて、儂と対等に戦えたのは羅刹丸ただ一人だった」
その声音には苛立ちでも嘲りでもなく、珍しく僅かな熱が混じっていた。
「何度も打ち合い、刃の先で死を感じた……あれほどの高揚は他にはない」
ベルクはごくりと唾を飲む。
威圧と冷酷さしか知らない主が、過去を語り、誰かを認める姿を初めて見たからだ。
イリスはその横顔を見つめ、柔らかく口を開く。
「だからこそ……いなくなったことが、グラウゼル様にとっては何よりの苦痛なのでしょう」
「……ああ。羅刹丸は消えた。奴は人間を好いていたからな……だからこそ儂はずっと飢えている。対等に牙を剥いてくる者が現れることを……」
その言葉と共に、隠れ家全体を圧する重圧が再び放たれる。
「勇者でも誰でも構わん。羅刹丸に代わる者が現れるのなら、この手で確かめてやろう」
炎のような光がその瞳に宿り、場の空気は一層凍りついた。
勇者たちを狩るため――魔族最強の戦士が迫り来る。
軋む扉を押し開けた瞬間、張り詰めた空気が肺を突き刺し、全身を圧迫する。
椅子に腰掛けていたのは、ただそこに存在するだけで場を圧倒する巨躯の男。
黒衣に包まれた姿は静謐ですらあるのに、呼吸一つで全てを圧し潰す重圧を放っていた。ベルクの背筋を冷たい汗が伝い、膝は自然と床へ沈む。
「……ただいま戻りました、グラウゼル様」
声を震わせ、頭を垂れるベルク。
「王都への爆破計画は……失敗しました。人間どもに邪魔され……申し訳ございません」
報告の言葉は重圧に押し潰され喉に詰まった。
だが沈黙を保っていたグラウゼルは、やがて低く笑みを洩らす。
「気にすることはない。もとより儂は、あの計画に乗り気ではなかった」
静かな声でありながら、その一言は隠れ家の梁をきしませるほどの重みを帯びていた。
ふっと、その背後から柔らかな気配が差し込む。
冷酷な空気を和らげるように一歩前へ出たのは、副官のイリスだった。
「ベルクさん……ひどいお怪我ですね」
慈母のような眼差しと共に、優しい声が降り注ぐ。
「無理に動かないでください。今は立っているだけで精一杯でしょう。後でゆっくり治療しますから」
ベルクは荒い息の合間に顔を上げ、その柔らかな横顔を見た。
威圧の主グラウゼルの隣に立ちながらも、彼女だけは救いの光のように思えた。
「イリス様……お気遣い、痛み入ります……」
かすれた声で礼を述べると、イリスは微笑んで首を振った。
「気にしなくていいのです。あなたは無事に帰った。それで充分です」
その言葉を遮るように、グラウゼルが椅子に身を預け低く告げる。
「イリス、あまり甘やかすな。失敗は失敗だ」
部屋の空気が再び重く沈む。
しかし彼女は怯まず柔らかに言葉を重ねた。
「ですが、彼は戻りました。生きて、こうして報告をしています。それこそが次に繋がる証になるでしょう」
グラウゼルは深いため息をつき、肘掛けに手を置いたまま吐き捨てる。
「それもそうだな……命令とはいえ、爆破などくだらん策だ。失敗して逆に良かったやもしれん」
イリスは一歩前に出て、微笑を浮かべて口を開いた。
「グラウゼル様……このまま、いったん魔族領へお戻りになりますか?」
長い沈黙ののち、グラウゼルは目を閉じて低く笑った。
「……流石に、何の成果もなく戻るわけにはいかん」
ベルクは膝をついたまま、必死に声を絞り出す。
「で、では……次は何を……?」
「勇者の首一つでも持ち帰れば、文句は言われまい」
「ゆ、勇者の首……!」
ベルクの目に驚愕と興奮が混じる。
イリスは彼に向けて優しく微笑んだ。
「グラウゼル様ならきっとやれます。……ただ、遊びに溺れなければ、ですが」
挑発めいた言葉に、グラウゼルの奥歯が軋む。
「……言われなくてもわかっている。で、今回召喚された勇者というのは……強者なのだろうな?」
「ええ、強者ではありましょう。ですが所詮は選ばれただけの駒にすぎません」
イリスも静かに続ける。
「そうですね。力は備わっていても、それを真に振るえるかどうかは別。人は皆、欲望に揺らぐものですから」
グラウゼルはゆっくりと椅子の背に身を預け、赤い瞳を細めた。
その口元に、薄く歪んだ笑みが浮かぶ。
「今回こそは期待したいものだ」
「これまで幾度となく勇者どもを葬ってきたが……どれもハズレばかりだった」
その言葉には嘲笑と退屈の色が混じっていた。
「神に選ばれし英雄? 笑わせる。脆く、醜く、力を持ちながら己の欲望に堕ちていく……」
その声音は静かだが、底に退屈と飢えが入り混じっていた。
「……対等に戦える相手がいなくなって、久しいな」
椅子に腰を沈めたまま、天井を見上げるように呟く。
「勇者だの英雄だのと持ち上げられた者どもも、結局はただの駒。牙を剥く前に折れる、脆弱な奴らばかりだった」
唇の端が歪み、低い笑みが漏れる。
「一矢報いる者すらなく、ただ消えゆくだけ……。退屈にも程がある」
「イリス。ひとつ聞いておきたい」
その声は普段よりも低く、底冷えするような響きを帯びていた。
「人間界に居座り続けている――羅刹丸。あやつはどうしている? ……魔族の軍に入る気にはなったのか?」
「……羅刹丸様は、姿を消してしまいました」
その言葉に、隠れ家の空気が凍りつく。
「いなくなっただと? どういうことだイリス」
「消息を絶たれて久しいのです。人間界に身を置いていたのは確かですが……ある日を境に、まるで跡形もなく掻き消えたように」
グラウゼルは肘掛けに指を置いたまま、ゆっくりと瞼を閉じた。
そして、静かに呟く。
「……かつて、儂と対等に戦えたのは羅刹丸ただ一人だった」
その声音には苛立ちでも嘲りでもなく、珍しく僅かな熱が混じっていた。
「何度も打ち合い、刃の先で死を感じた……あれほどの高揚は他にはない」
ベルクはごくりと唾を飲む。
威圧と冷酷さしか知らない主が、過去を語り、誰かを認める姿を初めて見たからだ。
イリスはその横顔を見つめ、柔らかく口を開く。
「だからこそ……いなくなったことが、グラウゼル様にとっては何よりの苦痛なのでしょう」
「……ああ。羅刹丸は消えた。奴は人間を好いていたからな……だからこそ儂はずっと飢えている。対等に牙を剥いてくる者が現れることを……」
その言葉と共に、隠れ家全体を圧する重圧が再び放たれる。
「勇者でも誰でも構わん。羅刹丸に代わる者が現れるのなら、この手で確かめてやろう」
炎のような光がその瞳に宿り、場の空気は一層凍りついた。
勇者たちを狩るため――魔族最強の戦士が迫り来る。
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