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第1章
第86話:迫る二つの瞳
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朱音は悔しさを押し殺すように唇を噛み、やがて視線を逸らした。
「……もういいわ。それより今のあんたの状況をちゃんと教えておく」
セリスが続けるように静かに頷き、柔らかな声で説明する。
「蒼真……あなたは、勇者を斬った罪で投獄すべきだ、という声が出ています」
朱音は苦々しく言葉を重ねる。
「でも同時に王都を救った恩人だって意見もある。魔族の陰謀を阻止したのは間違いなくあんたなんだから」
「勇者たちの間でも、意見は真っ二つに割れています。牢に入れるべきか、それとも称賛するべきか……」
朱音は椅子を蹴るように立ち上がり、拳を握りしめる。
「だから、目覚めたあんたの答え次第ってこと。全部はまだ保留にされてる」
セリスもまた静かに言葉を添える。
「だからこそ、今はあなた自身の想いを示す時なのです」
蒼真は二人の言葉を聞きながら、胸の奥が冷たく沈んでいくのを感じていた。
――計画が、全部壊れた。
本来なら、王都に紛れて情報を集め、魔族の地へ向かうための道筋を探すはずだった。だが今や罪人か、恩人か。その二択の狭間で揺さぶられる存在にされてしまった。
「(……このままじゃ動けない。どうにかして……魔族の地に行く方法を見つけなきゃならない)」
重い視線の中で、蒼真はただ俯きながら思考を巡らせる。
牢に入れられればすべては終わり。だが恩人として遇されても、自由に行動できる保証はない。
蒼真は心の奥で、ふと別の考えに囚われた。
――闘技場はどうなったのか。
あれほど派手に暴れたのだ。無事とは思えない。
だが同時に、あそこは街で最も人と情報が集まる場所でもある。
「(……もう報酬なんて期待できないかもしれないけどな)」
蒼真は胸中で小さく苦笑する。
(それでも、行ってみる価値はある。裏で動く者たちの噂、魔族に繋がる影……どんな形であれ、何かしら手がかりは掴めるはずだ)
どうにかして身動きを取れる自由を確保しなければならない。
勇者たちに囲まれ、恩人か罪人かを天秤にかけられるだけの日々では、魔族の地へは到底辿り着けない。
――闘技場へ。
それが、次に踏み出すべき一歩かもしれない。
蒼真の心に、静かな決意が宿り始めていた。
だが、その決意を胸に秘めた瞬間。朱音が鋭く声を投げた。
「……それはそうと、あんたに聞きたいことが山ほどあるのよ」
蒼真は眉を寄せ、顔を上げる。
朱音は真っ直ぐに睨みつけてきていた。
「まず一つ。なぜここにいるのか。あんたは道場で修行してるはずだった。なのに、気づけば王都で勇者と戦ってる……おかしいと思わない?」
静まり返る空気。
朱音は畳みかけるように言葉を重ねる。
「そしてもう一つ。……セリスとどういう仲なのか、説明してもらうわ」
その問いに、蒼真は一瞬だけ言葉を失った。
朱音の視線が鋭く突き刺さる。
セリスは黙ったまま、ただ蒼真を見ている。
重たい沈黙が落ちる中、蒼真の胸に冷たいざわめきが走った。
(……セリスを他人だと突き放せば、それで済むはずだ。だが――なぜだ……嫌な予感がする)
何かとんでもない地雷を踏んでしまう予感しかしない。しかし、朱音の疑念はさらに深まるどちらに転んでも、足を掬われる。
(どう答える……? 言葉一つで、この場の空気は決まってしまう……!)
焦燥が胸を締め付ける。
朱音の目は「はっきり言え」と迫り、セリスは黙って蒼真の選択を見つめていた。
――はぐらかすべきか、それとも真実を口にすべきか。
いずれにせよ、この一言がこれからのすべてを決定づける。
蒼真は喉を鳴らし、乾いた息を吐いた。
(……クソッ、どっちに転んでもロクな事にならなそうだ)
必死に答えを探しながらも、胸の奥に膨れ上がる嫌な予感を振り払うことはできなかった。
(……あれだ、道場で朱音が本気で怒った時と同じ空気だ。あの時は肋骨が三本折れたんだっけ……)
嫌な汗が背中をつたう。
「えーっと……その……」
しどろもどろになりながら口を開きかけるが、朱音の眼光が「言い訳は許さない」モードに突入していて、喉が詰まる。
(あ、やばい。これ以上ヘタなこと言ったら勇者を斬った罪じゃなくて、朱音を怒らせた罪で処刑される……!)
蒼真は喉を鳴らしながら、ふと胸の奥にもう一つの感覚を覚えた。
――自分はもう、朱音よりも強くなっている。
あの道場で打ち合った日々から、何度も死地を越え、魔族と剣を交え、確かに力を得た。今なら朱音と刃を交えたとしても、決して負けはしないだろう。
だが、拳を振り上げて睨みつける朱音を前にすると、幼いころから叩き込まれた上下関係が脳裏をよぎる。
(……ダメだ。頭じゃ勝てるって分かってるのに、体が勝手に縮こまる……!)
逃げ場はない。そう理解しながらも、蒼真の心は道場の少年だった頃のまま、朱音の一睨みに押し潰されていくのだった。
沈黙が続くほどに空気は重く、蒼真は必死に頭を回転させた。
だが出てくるのは、どれも自爆確定の選択肢ばかり。
(詰んでるッ!!)
心の中で悲鳴を上げながら、蒼真はどうにか第三の選択肢を捻り出そうと、喉の奥で唸った。
(……もうダメだ! なら――!)
蒼真は突如、胸を押さえて呻き声を上げた。
「ぐっ……! また……傷が……ッ!」
そう言うなり、布団に身を沈め、ぎゅっと目を閉じて寝たふりを決め込む。
「……ぐ……僕はもう……話せない……」
――沈黙。
次の瞬間。
「ふざけんなァッ!」
朱音の怒声が炸裂し、枕が思い切り蒼真の顔に叩きつけられた。
「ちょっ……!? 息でき……ごぼっ!」
「痛みがぶり返したとか、嘘でごまかすんじゃないの! こっちは真剣に聞いてるのよ!」
朱音は顔を真っ赤にして怒鳴り、腕を組んで仁王立ち。
セリスも眉をひそめ、珍しく厳しい声を落とした。
「蒼真……これは逃げてはいけないことです。ちゃんと向き合って答えてください」
「ぐぅ……」
枕に顔を埋めたまま、蒼真は心の中で叫ぶ。
(どうすりゃいいんだよ!!)
両側からの圧に、蒼真は布団の中で丸まるしかなかった。
「……もういいわ。それより今のあんたの状況をちゃんと教えておく」
セリスが続けるように静かに頷き、柔らかな声で説明する。
「蒼真……あなたは、勇者を斬った罪で投獄すべきだ、という声が出ています」
朱音は苦々しく言葉を重ねる。
「でも同時に王都を救った恩人だって意見もある。魔族の陰謀を阻止したのは間違いなくあんたなんだから」
「勇者たちの間でも、意見は真っ二つに割れています。牢に入れるべきか、それとも称賛するべきか……」
朱音は椅子を蹴るように立ち上がり、拳を握りしめる。
「だから、目覚めたあんたの答え次第ってこと。全部はまだ保留にされてる」
セリスもまた静かに言葉を添える。
「だからこそ、今はあなた自身の想いを示す時なのです」
蒼真は二人の言葉を聞きながら、胸の奥が冷たく沈んでいくのを感じていた。
――計画が、全部壊れた。
本来なら、王都に紛れて情報を集め、魔族の地へ向かうための道筋を探すはずだった。だが今や罪人か、恩人か。その二択の狭間で揺さぶられる存在にされてしまった。
「(……このままじゃ動けない。どうにかして……魔族の地に行く方法を見つけなきゃならない)」
重い視線の中で、蒼真はただ俯きながら思考を巡らせる。
牢に入れられればすべては終わり。だが恩人として遇されても、自由に行動できる保証はない。
蒼真は心の奥で、ふと別の考えに囚われた。
――闘技場はどうなったのか。
あれほど派手に暴れたのだ。無事とは思えない。
だが同時に、あそこは街で最も人と情報が集まる場所でもある。
「(……もう報酬なんて期待できないかもしれないけどな)」
蒼真は胸中で小さく苦笑する。
(それでも、行ってみる価値はある。裏で動く者たちの噂、魔族に繋がる影……どんな形であれ、何かしら手がかりは掴めるはずだ)
どうにかして身動きを取れる自由を確保しなければならない。
勇者たちに囲まれ、恩人か罪人かを天秤にかけられるだけの日々では、魔族の地へは到底辿り着けない。
――闘技場へ。
それが、次に踏み出すべき一歩かもしれない。
蒼真の心に、静かな決意が宿り始めていた。
だが、その決意を胸に秘めた瞬間。朱音が鋭く声を投げた。
「……それはそうと、あんたに聞きたいことが山ほどあるのよ」
蒼真は眉を寄せ、顔を上げる。
朱音は真っ直ぐに睨みつけてきていた。
「まず一つ。なぜここにいるのか。あんたは道場で修行してるはずだった。なのに、気づけば王都で勇者と戦ってる……おかしいと思わない?」
静まり返る空気。
朱音は畳みかけるように言葉を重ねる。
「そしてもう一つ。……セリスとどういう仲なのか、説明してもらうわ」
その問いに、蒼真は一瞬だけ言葉を失った。
朱音の視線が鋭く突き刺さる。
セリスは黙ったまま、ただ蒼真を見ている。
重たい沈黙が落ちる中、蒼真の胸に冷たいざわめきが走った。
(……セリスを他人だと突き放せば、それで済むはずだ。だが――なぜだ……嫌な予感がする)
何かとんでもない地雷を踏んでしまう予感しかしない。しかし、朱音の疑念はさらに深まるどちらに転んでも、足を掬われる。
(どう答える……? 言葉一つで、この場の空気は決まってしまう……!)
焦燥が胸を締め付ける。
朱音の目は「はっきり言え」と迫り、セリスは黙って蒼真の選択を見つめていた。
――はぐらかすべきか、それとも真実を口にすべきか。
いずれにせよ、この一言がこれからのすべてを決定づける。
蒼真は喉を鳴らし、乾いた息を吐いた。
(……クソッ、どっちに転んでもロクな事にならなそうだ)
必死に答えを探しながらも、胸の奥に膨れ上がる嫌な予感を振り払うことはできなかった。
(……あれだ、道場で朱音が本気で怒った時と同じ空気だ。あの時は肋骨が三本折れたんだっけ……)
嫌な汗が背中をつたう。
「えーっと……その……」
しどろもどろになりながら口を開きかけるが、朱音の眼光が「言い訳は許さない」モードに突入していて、喉が詰まる。
(あ、やばい。これ以上ヘタなこと言ったら勇者を斬った罪じゃなくて、朱音を怒らせた罪で処刑される……!)
蒼真は喉を鳴らしながら、ふと胸の奥にもう一つの感覚を覚えた。
――自分はもう、朱音よりも強くなっている。
あの道場で打ち合った日々から、何度も死地を越え、魔族と剣を交え、確かに力を得た。今なら朱音と刃を交えたとしても、決して負けはしないだろう。
だが、拳を振り上げて睨みつける朱音を前にすると、幼いころから叩き込まれた上下関係が脳裏をよぎる。
(……ダメだ。頭じゃ勝てるって分かってるのに、体が勝手に縮こまる……!)
逃げ場はない。そう理解しながらも、蒼真の心は道場の少年だった頃のまま、朱音の一睨みに押し潰されていくのだった。
沈黙が続くほどに空気は重く、蒼真は必死に頭を回転させた。
だが出てくるのは、どれも自爆確定の選択肢ばかり。
(詰んでるッ!!)
心の中で悲鳴を上げながら、蒼真はどうにか第三の選択肢を捻り出そうと、喉の奥で唸った。
(……もうダメだ! なら――!)
蒼真は突如、胸を押さえて呻き声を上げた。
「ぐっ……! また……傷が……ッ!」
そう言うなり、布団に身を沈め、ぎゅっと目を閉じて寝たふりを決め込む。
「……ぐ……僕はもう……話せない……」
――沈黙。
次の瞬間。
「ふざけんなァッ!」
朱音の怒声が炸裂し、枕が思い切り蒼真の顔に叩きつけられた。
「ちょっ……!? 息でき……ごぼっ!」
「痛みがぶり返したとか、嘘でごまかすんじゃないの! こっちは真剣に聞いてるのよ!」
朱音は顔を真っ赤にして怒鳴り、腕を組んで仁王立ち。
セリスも眉をひそめ、珍しく厳しい声を落とした。
「蒼真……これは逃げてはいけないことです。ちゃんと向き合って答えてください」
「ぐぅ……」
枕に顔を埋めたまま、蒼真は心の中で叫ぶ。
(どうすりゃいいんだよ!!)
両側からの圧に、蒼真は布団の中で丸まるしかなかった。
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