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第1章
第17話:懐かしき道場
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街を抜け、懐かしい道場の門が見えてきた。
どこか現実味がなかった。
蒼真は静かに門を開ける。ちょうど稽古の時間帯なのだろう。道場からは、木刀の打ち合う音と掛け声が響いてくる。
(懐かしい……けど、あの頃とは何もかも違う)
戸口に立ったその瞬間、中で稽古していた弟子たちの視線が一斉に集まった。
誰もが警戒するように、蒼真を見る。
「……誰だ?」
「お客さん……ですか?」
蒼真の髪は無造作に伸び、乱れたままだった。
左目は手ぬぐいで覆われ、風雨に晒された衣服には旅の厳しさが滲んでいる。
この風貌じゃ、たとえ長年顔を合わせてきた道場の仲間でも、すぐには気づかないだろう。
蒼真は、一歩踏み出し、まっすぐに皆を見渡して言った。
「……天城蒼真です。久しぶりに戻りました」
一瞬、沈黙が落ちた。
誰もがその名に聞き覚えがあるのに、眼前の青年と結びつかない。
だが、ゆっくりとその言葉の意味が広がると、ざわめきが起こった。
「えっ……蒼真、って……あの?」
「ウソだろ……背、こんなに高かったっけ?」
道場の面々が次々に驚きの声を上げる。
旅と修行で鍛え上げられた肉体は少年の面影を脱し、眼差しは静かで鋭く、どこか人ならざる威圧感すら帯びていた。
そんな皆の反応を見つめながら、蒼真はただ、苦笑する。
「……ちょっと、山で修行してただけです」
あまりに簡潔な言葉に、一同は言葉を失った。
一瞬の静寂のあと、誰かがはっとしたように言った。
「琴音さん……! 琴音さんを呼ばないと!」
若い門下生が道場の奥へと駆け出していく。
蒼真は微動だにせず、木の床に立ち尽くしたまま目を閉じた。
扉の向こうから駆け寄る足音が響く。軽やかで、だが焦りを孕んだ足音。
「なに? どうしたの?」
その声と共に、道場の引き戸が勢いよく開かれる。
現れたのは、稽古着姿のままの早乙女琴音だった。
彼女の視線が蒼真に注がれた瞬間。
その足が止まった。
言葉が、喉の奥で凍りついたように、何も出てこない。
「……久しぶりです、琴音さん」
静かに、深く、蒼真が頭を下げる。
琴音は、しばらく何も言わなかった。
けれど、その瞳がかすかに揺れ、やがて絞り出すように呟いた。
「……蒼真……なの?」
頷く蒼真。
琴音は目を見開いたまま、ふらりと数歩歩み寄ると堪えきれずに彼の胸元へ飛び込んだ。
「このバカ……! なんで、あんな手紙だけ残して……!」
彼女の声は怒りと安堵、そして胸を突くような寂しさが混ざっていた。
旅立ちの前にはできなかったその一瞬が、今ようやく果たされたのだった。
夕暮れ時
道場の広間には懐かしい香りが漂っていた。
味噌の匂いに、炊き立ての米、そして琴音の料理。蒼真にとって、それは帰ってきた実感そのものだった。
「いやー、しかし本当に蒼真だったんだなぁ!」
「背も伸びて、声まで変わってるし……そりゃ分かんないって!」
弟子たちがわいわいと食卓を囲む中、蒼真は少し照れくさそうに箸を動かしていた。
「……ありがとな。こうして迎えてもらえて、嬉しいよ」
「当たり前でしょ」と言ったのは
道場の年下の女の子・柚葉だった。
「でもさ、その髪……ちょっとひどくない?」
「え、ああ……山で切る道具もなかったし、放ったらかしで……」
「ダメダメ!ご飯のあと、整えてあげる!せっかくイケメンに育ったんだから、ちゃんと見えるようにしなきゃ損でしょ!」
そう言って笑う柚葉に、道場の皆も「やれやれ」と笑いながら茶碗を運ぶ。
夕食後、蒼真は道場の一角で女の子たちに囲まれていた。
「はいはい、じっとしててくださいね~!」
明るい声とともに、ハサミの音が軽やかに響く。
「よーし、覚悟してね。いきなり坊主にしたりしないから安心して」
「……そこが一番怖いな」
「ねえ、蒼真さん。ずっと気になってたんですけど……その手ぬぐい、なんで巻いたままなんですか?」
「その手ぬぐい髪を切るのに邪魔なんで、取ってもらえます?」
蒼真は一瞬、無言になる。
「みんな心の準備をしておいてね。ちょっと驚くかもしれないから」
ざわつく空気。
弟子たちは首をかしげながらも、その視線を蒼真へと向けた。
蒼真は小さく息を吐き、手ぬぐいをゆっくり外す。
その下から現れたのは――
深い黒に染まった、左の瞳だった。
まるで闇を閉じ込めたような、異質な光を宿した眼。
空気が凍りつくような静寂のなか、誰かがぽつりと漏らす。
「……なに、あの眼……」
「色が、黒い……」
柚葉も言葉を失い、琴音でさえ目を細めたまま動かなかった。
蒼真はそっと目を閉じた。
みんなのざわつく空気を感じながら、少しだけ照れたように笑った。
「……修行中に、いろいろあってね。こんな目になっちゃったんだ。まあ、自分でもまだ慣れてないけど気にしてない。だから、みんなも気にしないでくれ」
その言葉に、弟子たちは一瞬戸惑いながらも、徐々に表情を和らげていった。
「……はい!」
「びっくりしたけど、蒼真さんは蒼真さんです!」
「髪、最後まで切っちゃいますね!」
空気が少しずつ元に戻っていく。
髪を切り終えた瞬間、ぱっと部屋の空気が明るくなった。
「できたーっ!」
鏡に映る自分の姿を見て、蒼真は少し目を見張った。
乱れていた髪は整えられ、長さも程よく整い、凛とした輪郭が際立つ。
「うわ……」
「蒼真さん、めっちゃかっこいいじゃないですか!」
「なんか……別人みたい!」
弟子たちのあちこちから、歓声と賞賛の声が次々にあがる。
蒼真は照れたように首をかきながら、
「そ、そうかな?」
と苦笑するが、その表情にはどこか誇らしげな色があった。
琴音も、少し離れた場所からそっと彼を見ていた。
(……立派になったね、蒼真)
胸の奥に、こみあげるものを押し殺しながら、微笑みを浮かべていた。
琴音に再び旅立つ旨を伝えようとしていたが
ふと壁に貼られた一枚の張り紙に目を留めた。
「……これは?」
「それ、今話題のやつだよ」と弟子の一人が答える。
「ワノクニ最大の剣術大会、神刀祭(しんとうさい)。優勝賞金は金貨一千枚。
格式高い大会らしくて、参加者もすごい猛者ばっかり」
蒼真はじっとその張り紙を見つめた。
賞金。金貨一千枚。それだけあれば、大陸への渡航費はもちろん、旅の資金も十分に賄える。
「ルールは?」と蒼真が問うと、別の弟子が答えた。
「個人戦。トーナメント方式らしい。流派は問わず、ただ勝つことがすべてだとか。場所は城下の大広場。予選は数日後で、参加登録は明日までだよ」
蒼真は静かに頷いた。
「……ちょうどいい。金もいるし、力試しもしておきたかった」
ワノクニ最大の剣士たちが集う舞台。
そこに、かつて凡人と呼ばれた少年が姿を現す。
ここから、蒼真の名が世に知れ渡ることになる。
どこか現実味がなかった。
蒼真は静かに門を開ける。ちょうど稽古の時間帯なのだろう。道場からは、木刀の打ち合う音と掛け声が響いてくる。
(懐かしい……けど、あの頃とは何もかも違う)
戸口に立ったその瞬間、中で稽古していた弟子たちの視線が一斉に集まった。
誰もが警戒するように、蒼真を見る。
「……誰だ?」
「お客さん……ですか?」
蒼真の髪は無造作に伸び、乱れたままだった。
左目は手ぬぐいで覆われ、風雨に晒された衣服には旅の厳しさが滲んでいる。
この風貌じゃ、たとえ長年顔を合わせてきた道場の仲間でも、すぐには気づかないだろう。
蒼真は、一歩踏み出し、まっすぐに皆を見渡して言った。
「……天城蒼真です。久しぶりに戻りました」
一瞬、沈黙が落ちた。
誰もがその名に聞き覚えがあるのに、眼前の青年と結びつかない。
だが、ゆっくりとその言葉の意味が広がると、ざわめきが起こった。
「えっ……蒼真、って……あの?」
「ウソだろ……背、こんなに高かったっけ?」
道場の面々が次々に驚きの声を上げる。
旅と修行で鍛え上げられた肉体は少年の面影を脱し、眼差しは静かで鋭く、どこか人ならざる威圧感すら帯びていた。
そんな皆の反応を見つめながら、蒼真はただ、苦笑する。
「……ちょっと、山で修行してただけです」
あまりに簡潔な言葉に、一同は言葉を失った。
一瞬の静寂のあと、誰かがはっとしたように言った。
「琴音さん……! 琴音さんを呼ばないと!」
若い門下生が道場の奥へと駆け出していく。
蒼真は微動だにせず、木の床に立ち尽くしたまま目を閉じた。
扉の向こうから駆け寄る足音が響く。軽やかで、だが焦りを孕んだ足音。
「なに? どうしたの?」
その声と共に、道場の引き戸が勢いよく開かれる。
現れたのは、稽古着姿のままの早乙女琴音だった。
彼女の視線が蒼真に注がれた瞬間。
その足が止まった。
言葉が、喉の奥で凍りついたように、何も出てこない。
「……久しぶりです、琴音さん」
静かに、深く、蒼真が頭を下げる。
琴音は、しばらく何も言わなかった。
けれど、その瞳がかすかに揺れ、やがて絞り出すように呟いた。
「……蒼真……なの?」
頷く蒼真。
琴音は目を見開いたまま、ふらりと数歩歩み寄ると堪えきれずに彼の胸元へ飛び込んだ。
「このバカ……! なんで、あんな手紙だけ残して……!」
彼女の声は怒りと安堵、そして胸を突くような寂しさが混ざっていた。
旅立ちの前にはできなかったその一瞬が、今ようやく果たされたのだった。
夕暮れ時
道場の広間には懐かしい香りが漂っていた。
味噌の匂いに、炊き立ての米、そして琴音の料理。蒼真にとって、それは帰ってきた実感そのものだった。
「いやー、しかし本当に蒼真だったんだなぁ!」
「背も伸びて、声まで変わってるし……そりゃ分かんないって!」
弟子たちがわいわいと食卓を囲む中、蒼真は少し照れくさそうに箸を動かしていた。
「……ありがとな。こうして迎えてもらえて、嬉しいよ」
「当たり前でしょ」と言ったのは
道場の年下の女の子・柚葉だった。
「でもさ、その髪……ちょっとひどくない?」
「え、ああ……山で切る道具もなかったし、放ったらかしで……」
「ダメダメ!ご飯のあと、整えてあげる!せっかくイケメンに育ったんだから、ちゃんと見えるようにしなきゃ損でしょ!」
そう言って笑う柚葉に、道場の皆も「やれやれ」と笑いながら茶碗を運ぶ。
夕食後、蒼真は道場の一角で女の子たちに囲まれていた。
「はいはい、じっとしててくださいね~!」
明るい声とともに、ハサミの音が軽やかに響く。
「よーし、覚悟してね。いきなり坊主にしたりしないから安心して」
「……そこが一番怖いな」
「ねえ、蒼真さん。ずっと気になってたんですけど……その手ぬぐい、なんで巻いたままなんですか?」
「その手ぬぐい髪を切るのに邪魔なんで、取ってもらえます?」
蒼真は一瞬、無言になる。
「みんな心の準備をしておいてね。ちょっと驚くかもしれないから」
ざわつく空気。
弟子たちは首をかしげながらも、その視線を蒼真へと向けた。
蒼真は小さく息を吐き、手ぬぐいをゆっくり外す。
その下から現れたのは――
深い黒に染まった、左の瞳だった。
まるで闇を閉じ込めたような、異質な光を宿した眼。
空気が凍りつくような静寂のなか、誰かがぽつりと漏らす。
「……なに、あの眼……」
「色が、黒い……」
柚葉も言葉を失い、琴音でさえ目を細めたまま動かなかった。
蒼真はそっと目を閉じた。
みんなのざわつく空気を感じながら、少しだけ照れたように笑った。
「……修行中に、いろいろあってね。こんな目になっちゃったんだ。まあ、自分でもまだ慣れてないけど気にしてない。だから、みんなも気にしないでくれ」
その言葉に、弟子たちは一瞬戸惑いながらも、徐々に表情を和らげていった。
「……はい!」
「びっくりしたけど、蒼真さんは蒼真さんです!」
「髪、最後まで切っちゃいますね!」
空気が少しずつ元に戻っていく。
髪を切り終えた瞬間、ぱっと部屋の空気が明るくなった。
「できたーっ!」
鏡に映る自分の姿を見て、蒼真は少し目を見張った。
乱れていた髪は整えられ、長さも程よく整い、凛とした輪郭が際立つ。
「うわ……」
「蒼真さん、めっちゃかっこいいじゃないですか!」
「なんか……別人みたい!」
弟子たちのあちこちから、歓声と賞賛の声が次々にあがる。
蒼真は照れたように首をかきながら、
「そ、そうかな?」
と苦笑するが、その表情にはどこか誇らしげな色があった。
琴音も、少し離れた場所からそっと彼を見ていた。
(……立派になったね、蒼真)
胸の奥に、こみあげるものを押し殺しながら、微笑みを浮かべていた。
琴音に再び旅立つ旨を伝えようとしていたが
ふと壁に貼られた一枚の張り紙に目を留めた。
「……これは?」
「それ、今話題のやつだよ」と弟子の一人が答える。
「ワノクニ最大の剣術大会、神刀祭(しんとうさい)。優勝賞金は金貨一千枚。
格式高い大会らしくて、参加者もすごい猛者ばっかり」
蒼真はじっとその張り紙を見つめた。
賞金。金貨一千枚。それだけあれば、大陸への渡航費はもちろん、旅の資金も十分に賄える。
「ルールは?」と蒼真が問うと、別の弟子が答えた。
「個人戦。トーナメント方式らしい。流派は問わず、ただ勝つことがすべてだとか。場所は城下の大広場。予選は数日後で、参加登録は明日までだよ」
蒼真は静かに頷いた。
「……ちょうどいい。金もいるし、力試しもしておきたかった」
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