永遠故に愛は流離う

未知之みちる

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諦めた者が願う着地点

( 三 )

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 一曲弾き終わって自分のギターの音が溢れた部屋で、甲斐はその余韻に浸っていた。
 目を閉じて、記憶に残っているこの世で一番綺麗な人の姿を思い浮かべた。
 あの人がどこかでこの曲を聴いていたら面白い。なにも知らずにどんな気持ちで聴くのだろうか。


 甲斐が十歳になった時、彼女にお願いをされた。子供にはまだ多少重いギターケースを軽々と持ち、慣れない電車に乗り、浅木花純という女性を訪ねた。
 今ならまだ間に合うと言った花純は妊婦だった。
 花純の中に消えていく彼女を呆然と見送っていたら、花純が言った。
「預かっただけ。今はちょっと必要だったの。じきに返るわ」
 花純が言った「じき」がどのくらいの長さなのか、その時の甲斐は見つけられなかった。
 もしかしたら、生きて死ぬまで会うことはないかもしれないと高を括った。
 そんな甲斐の有り様に、思い出を持てど所詮は十歳、この妙に達観した十歳がこれからどんな人生を歩むのかと花純は非常に興味を惹かれたが、彼の素性は聞かずに別れた。

 
 どうして今年は夕立が少ないのだろう。ふと甲斐は思った。
 雷があまり鳴らなければ、自分たちに呪いをかけた日を思い出すことも少ない。しかし、それはそれで不自然な感覚も覚えた。
 最悪な終わりと最高の始まりを兼ねたそれは、素晴らしい思い出かもしれないが、雷は好きじゃない。
 遠過ぎて朧げにしか覚えてないその記憶の中で、最悪な部分と最高な部分だけが印象深く鮮明に残っている。

 夏の星座が去りかけているこの頃、あの人は何を思いながら空を見上げているだろうか。 
 空を見上げた拍子に、互いに違うことを思ったならそれでよかった。

 重なり過ぎることは必ずしも良いこととは言えないと甲斐は思う。
 同じものを見て違うことを感じて、交わした言葉の先に思いが重なれば、それが彼の幸せに繋がった。
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