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溢れて零れ出したもの
( 四 )
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部屋に戻って電話をかけようとしたものの、メールで連絡が来ていたからメールでいいのかと考えつつも、大事なことを確認するためだから電話にした。
少し鳴らして出なかったから、メールにしようと打ちはじめたら、篤からかけ直されてきた。
「もしもし」
天音が出ると、篤が「なにかあった?」とすぐに聞いた。
「先生に、ちゃんと確認しておかなきゃいけないことがあったの」
「行き先? 教えないって言ったじゃん。格好もメールの通り」
「ちがうの。そういうことじゃないの」
少し強い口調で天音はそう返した。急に彼女から強い口調が飛び出してきて、篤は反応が少し遅れたから、ゆっくりと「なに?」と聞き返した。
「……あたし、先生に迷惑かけてない?」
「なんの迷惑を?」
「聞いてるのあたし」
「だってわからない」
電話越しに嫌な沈黙が落ちた。
「今度はなにがあったの」
具体的なわかりやすい返事はもう期待していない。ただ片鱗がないことには天音になにも伝えてあげられない。
「先生、あたしが嫌ならそばに寄らないって言ったけれど、先生はあたしがそばに居ること嫌じゃない? 困らない?」
「なにそれ」
思わず篤は言ってしまった。それ以外の言葉を見つけろと言われても彼には到底無理な話だった。
「駿河、いい加減日本語を喋ってくれ」
怒られるのは覚悟で篤はそう言ったが、天音はなにも言わなかった。
どうせまた彼女は冷静じゃない、待つしかない。彼女が冷静になれるなら、嘘以外のどんな言葉もくれてやる。あの顔はあまり見たいものじゃない。
「俺、そばに寄らないなんてきっと出来ないよ。言った、屋上で。俺は自分が困らないようにお前の横に居られるし、お前が困っている時に俺は自分が困らない方法でちゃんと助けてやれる自信がある」
だからなにが不安なのか篤は知りたい。
「……先生。わたしは先生の生徒だわ」
不安に思っていたことと全く違う発想で天音はそう言った。
ふたりで出掛けることが、教師である篤のデメリットでしかないことを不安に考えていたはずなのに、天音は不満を口にしていた。
どこかでずっと思っていた。
篤は教師であり、教師として自分を可愛がってくれているのであり、それなのにあまりにも彼は近くに寄って来るから、彼女は知らずわがままな気持ちを抱いていたのだ。
悪いのは篤だ。いろいろな顔を自分に魅せてくる篤が全部悪いのだと、天音は勝手に押し付けようとした。
篤のせいで溢れそうだったなにかの一滴はもう零れた。花純が蓋を開けてしまったから。再び蓋を閉じても、零れたものは戻らない。
「駿河は駿河だけど」
この男は恋愛に関して、本当に恐ろしく鈍感である。天音の言いたいことなど微塵も伝わった様子もなく、率直に本音を言った。
「あー、安心しろ。明日は留美ちゃんも来るから。現地集合だけど。さっきも言ったけど、俺は自分が困るようなことをするのは好きじゃない。それでもお前、困る?」
「わからない、そんなの」
蚊の鳴くような声で天音が言った。
これは今なにを言っても駄目だなと篤は判断した。
「明日、来るよな?」
「もちろん、行く」
「安心しろ、絶対に後悔はさせないからさ」
「どこに行くの?」
「だから、秘密だって言ってるだろ。……あのさ、明日」
少し落ち着いた声で天音の返事が返って来たから、篤は伝えておくことにした。きちんと話しておきたい、天音がしっかりとわかってくれるように。話せるうちに話しておきたい。
「今の話、明日また聴いてほしい」
少し鳴らして出なかったから、メールにしようと打ちはじめたら、篤からかけ直されてきた。
「もしもし」
天音が出ると、篤が「なにかあった?」とすぐに聞いた。
「先生に、ちゃんと確認しておかなきゃいけないことがあったの」
「行き先? 教えないって言ったじゃん。格好もメールの通り」
「ちがうの。そういうことじゃないの」
少し強い口調で天音はそう返した。急に彼女から強い口調が飛び出してきて、篤は反応が少し遅れたから、ゆっくりと「なに?」と聞き返した。
「……あたし、先生に迷惑かけてない?」
「なんの迷惑を?」
「聞いてるのあたし」
「だってわからない」
電話越しに嫌な沈黙が落ちた。
「今度はなにがあったの」
具体的なわかりやすい返事はもう期待していない。ただ片鱗がないことには天音になにも伝えてあげられない。
「先生、あたしが嫌ならそばに寄らないって言ったけれど、先生はあたしがそばに居ること嫌じゃない? 困らない?」
「なにそれ」
思わず篤は言ってしまった。それ以外の言葉を見つけろと言われても彼には到底無理な話だった。
「駿河、いい加減日本語を喋ってくれ」
怒られるのは覚悟で篤はそう言ったが、天音はなにも言わなかった。
どうせまた彼女は冷静じゃない、待つしかない。彼女が冷静になれるなら、嘘以外のどんな言葉もくれてやる。あの顔はあまり見たいものじゃない。
「俺、そばに寄らないなんてきっと出来ないよ。言った、屋上で。俺は自分が困らないようにお前の横に居られるし、お前が困っている時に俺は自分が困らない方法でちゃんと助けてやれる自信がある」
だからなにが不安なのか篤は知りたい。
「……先生。わたしは先生の生徒だわ」
不安に思っていたことと全く違う発想で天音はそう言った。
ふたりで出掛けることが、教師である篤のデメリットでしかないことを不安に考えていたはずなのに、天音は不満を口にしていた。
どこかでずっと思っていた。
篤は教師であり、教師として自分を可愛がってくれているのであり、それなのにあまりにも彼は近くに寄って来るから、彼女は知らずわがままな気持ちを抱いていたのだ。
悪いのは篤だ。いろいろな顔を自分に魅せてくる篤が全部悪いのだと、天音は勝手に押し付けようとした。
篤のせいで溢れそうだったなにかの一滴はもう零れた。花純が蓋を開けてしまったから。再び蓋を閉じても、零れたものは戻らない。
「駿河は駿河だけど」
この男は恋愛に関して、本当に恐ろしく鈍感である。天音の言いたいことなど微塵も伝わった様子もなく、率直に本音を言った。
「あー、安心しろ。明日は留美ちゃんも来るから。現地集合だけど。さっきも言ったけど、俺は自分が困るようなことをするのは好きじゃない。それでもお前、困る?」
「わからない、そんなの」
蚊の鳴くような声で天音が言った。
これは今なにを言っても駄目だなと篤は判断した。
「明日、来るよな?」
「もちろん、行く」
「安心しろ、絶対に後悔はさせないからさ」
「どこに行くの?」
「だから、秘密だって言ってるだろ。……あのさ、明日」
少し落ち着いた声で天音の返事が返って来たから、篤は伝えておくことにした。きちんと話しておきたい、天音がしっかりとわかってくれるように。話せるうちに話しておきたい。
「今の話、明日また聴いてほしい」
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