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そばにいるから出来ること
( 一 )
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引っ越してきてから初めて電車に揺られる。バスと徒歩、智也の運転する車でしか、天音は外出をしていない。
興味に尽きないはずの景色を、天音はぼうっと眺めていた。夕暮れへと変わりかけている。
留美が来ると聞かされているけれども、篤と出かけることには違いなく、背徳感がある。しかしそれとは違う感情で、昨日篤に先生の生徒であることが嫌だと言った。彼は全くその意味を気付いてくれなかった。いつだって対等に見つめてくれる彼に、天音は内緒で全ての不安を押し付けた。
屋上で見た本当に自然な篤といつもと違う場所で過ごすことが不思議だ。彼の留美とやり取りする時の子供っぽい姿、自分に対する不躾じゃない時の優しい姿を思い浮かべて、ぼんやりと見た景色は一応綺麗だった。
天音が改札を出ると、ちょうどよく篤から着信が入った。
「改札でたら右。ロータリーにいるから」
「車?」
「そう、シルバーのワゴン」
ロータリーに出た天音が停まっている車を見回していると、見つけた篤が窓を開けて「こっち」と声をかけた。
「眼鏡してる」
「車乗る時だけ」
窓越しに挨拶するようにそう交わす。
助手席に座り込みシートベルトを留めた天音に、一枚のフライヤーを篤が渡した。
「これ。今から行くやつ」
目的地がFEUのライブだと気付いた天音の目が輝く。
「後輩なんだよ。お前の先輩てこと」
「天文部の?」
「いや、音楽部」
篤に音楽好きなの? と聞きこうとしてやめた。気に入ったものはとことん追求するに違いない彼にとって、きっと音楽が好きかどうかは関係ない。
「CD、あたし全部持ってる!」
「……そんなに好きなの?」
「ええ。でもライブは初めて! ここの出身なのも初めて知った!」
好きなものはとことん追求するタイプの天音が聴くだけで満足しているということが、篤は意外だった。
追求したくなる好きとはきっとなにかが違うのだろうか。そういう好きを篤は知っている。
「音楽部って昔は有名だったんだよ。で、あいつらがデビューしたらもっと盛り上がると思うじゃん? 何故か衰退した」
「膨らみ過ぎて破裂したのよ、きっと」
その物言いが親友たちを彷彿させた。全てを忘れる前の彼女のことも彷彿させられる。そして誰かの顔が脳裏に浮かぶ。
FEUという時点で、付き纏うのは仕方がない。甲斐のことが大好きな天と新は、それはもう篤にしてみたらうざいくらいに彼の書いた曲を小出しにしている。まだ収録されていない篤の知る彼の曲はたくさんある。
甲斐が書くラブレターがちゃんと本人に届いているかもしれないことは教えてやらない。どうせ、面白くない反応が返ってくるに決まっている。
篤は敢えてFEUのどこが好きなのかも、どの曲が一番好きかも聞かなかった。
届ける気があるのかないのかわからない甲斐のラブレターは、一応届ける気もあったのかもしれないと最近になって思うようになった。ごく最近のことだ。
顔色をあまり変えない甲斐の顔色が少しだけ変わるさまを一瞬だけ見た。長いこと親友をしていればそのくらい流石にわかる。甲斐は無意識だったに違いなくとも。
興味に尽きないはずの景色を、天音はぼうっと眺めていた。夕暮れへと変わりかけている。
留美が来ると聞かされているけれども、篤と出かけることには違いなく、背徳感がある。しかしそれとは違う感情で、昨日篤に先生の生徒であることが嫌だと言った。彼は全くその意味を気付いてくれなかった。いつだって対等に見つめてくれる彼に、天音は内緒で全ての不安を押し付けた。
屋上で見た本当に自然な篤といつもと違う場所で過ごすことが不思議だ。彼の留美とやり取りする時の子供っぽい姿、自分に対する不躾じゃない時の優しい姿を思い浮かべて、ぼんやりと見た景色は一応綺麗だった。
天音が改札を出ると、ちょうどよく篤から着信が入った。
「改札でたら右。ロータリーにいるから」
「車?」
「そう、シルバーのワゴン」
ロータリーに出た天音が停まっている車を見回していると、見つけた篤が窓を開けて「こっち」と声をかけた。
「眼鏡してる」
「車乗る時だけ」
窓越しに挨拶するようにそう交わす。
助手席に座り込みシートベルトを留めた天音に、一枚のフライヤーを篤が渡した。
「これ。今から行くやつ」
目的地がFEUのライブだと気付いた天音の目が輝く。
「後輩なんだよ。お前の先輩てこと」
「天文部の?」
「いや、音楽部」
篤に音楽好きなの? と聞きこうとしてやめた。気に入ったものはとことん追求するに違いない彼にとって、きっと音楽が好きかどうかは関係ない。
「CD、あたし全部持ってる!」
「……そんなに好きなの?」
「ええ。でもライブは初めて! ここの出身なのも初めて知った!」
好きなものはとことん追求するタイプの天音が聴くだけで満足しているということが、篤は意外だった。
追求したくなる好きとはきっとなにかが違うのだろうか。そういう好きを篤は知っている。
「音楽部って昔は有名だったんだよ。で、あいつらがデビューしたらもっと盛り上がると思うじゃん? 何故か衰退した」
「膨らみ過ぎて破裂したのよ、きっと」
その物言いが親友たちを彷彿させた。全てを忘れる前の彼女のことも彷彿させられる。そして誰かの顔が脳裏に浮かぶ。
FEUという時点で、付き纏うのは仕方がない。甲斐のことが大好きな天と新は、それはもう篤にしてみたらうざいくらいに彼の書いた曲を小出しにしている。まだ収録されていない篤の知る彼の曲はたくさんある。
甲斐が書くラブレターがちゃんと本人に届いているかもしれないことは教えてやらない。どうせ、面白くない反応が返ってくるに決まっている。
篤は敢えてFEUのどこが好きなのかも、どの曲が一番好きかも聞かなかった。
届ける気があるのかないのかわからない甲斐のラブレターは、一応届ける気もあったのかもしれないと最近になって思うようになった。ごく最近のことだ。
顔色をあまり変えない甲斐の顔色が少しだけ変わるさまを一瞬だけ見た。長いこと親友をしていればそのくらい流石にわかる。甲斐は無意識だったに違いなくとも。
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