永遠故に愛は流離う

未知之みちる

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懐古の音が鳴り響けば

( 五 )

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 女子話で盛り上がってからそろそろ寝ようかと誰かが欠伸をした後、天音は星を見てくると部屋を出て行った。
 小夜と柚葉は気にせず布団に潜りぽつぽつと会話しているとすぐに眠りに落ちた。
 縁側でサンダルに履き替え庭に出ると、満点の星空が広がる。
 時刻と方角を確認した天音は、普段見ることの出来ない星々を探し出した。それは途方もない安寧の時間に感じた。
 どうして街中では星が綺麗に見えなくなってしまったのだろう。
 ふとそんな思考が走り、天音は自身に困った。
 どうして美しい星が見えないような街を人間は作ってしまったのだろう。
 おかしな疑問だと自分に呆れる。
 現代の生活は利便性が溢れすぎて物悲しさまで覚えるのはどうしてだろう。
 それはこんな風に美しい自然が身近に存在しないからであると天音は定義付けているが、物悲しさを覚える本当の理由はきっと違う。
 自分はこの星空に何を求めているのだろうか。
 ふとそんな思考が脳裏を走ったら天音は戦慄を覚えた。
 まだ見ぬものへの好奇心とは違うそれに、自分のことながら驚き慄きたくなった。
 星空の向こうには不可視のなにかがある。それだけはわかりきっていた。
 それは時々切なさを伴えど、未知なるものへの好奇と欲求でしかないと思っていた。それなのに無性に胸を締め付けてくる時がある。そうして最近、そんなことが増えはじめていた。


 天音と同じように庭で星を見ようとビールを片手に縁側へ出た篤は、そのまま暫くそこから動くことが出来なかった。
 眼前には、彼の中で完璧に美しい顔で切なそうに夜空を見上げる天音がいた。
 例えば走り寄って抱きしめてしまえば、天音は彼女の顔から可愛らしいいつもの顔へと戻るだろうか。わかっていても貪欲を手放すつもりはない。
 更に昔の姿へと近づいてしまうのだろうか。
 わからないから身動きは取れなかった。
 可愛らしい天音が好きだ。
 天音が好きだというこの気持ちの反対側に、美しい彼女を渇望しだした自分もいると自覚しても、これだけは変わらない。
 篤に気付いた天音が見上げていた顔を彼に向けると微笑みを浮かべた。
 星よりもそのさまを見ていたくなった篤は縁側に腰をかけ、缶ビールに口を付けた。そばにいる相手が天音だから縁側に置きっ放しにしていた灰皿と煙草に目をやると、構わず煙草を飲みだした。
 天音は縁側へ戻り、篤の右隣に腰を下ろした。彼女が彼の右側へ来ることは滅多になく、篤は少しだけ驚いた。
「あたし早く成人したい」
 いきなりそう言った天音に篤は怪訝な表情を浮かべてしまったが、眼前に広がる星空を見つめたままの天音には見えていない。
 「どうして?」と篤は静かに天音に問いかけた。最近言わない変なわがままなのか不安なのかよくわからない言い方をされた気分だった。
「煙草吸ってみたい。お酒飲みたい」
 真顔でそう言い切った天音自身に他意はない。
 篤は思わずcometで煙草を飲みながら男前の酒を嗜む天音の姿を想像してしまったら、どうにも似合い過ぎて笑えた。
 お前がそんな風になったら喜ぶ奴らがいるとは教えられない。もう教えてしまいたい、本当は。しかしそれは悔しさも伴う。少なくとも春までは、この優越感を手放すつもりがない。 
 教えてしまったら、なにがどう変わるのか。
 考えても仕方なく、考えてもきっと変わらない。変わりようがないことだけは明確だった。
「体に悪いだけだぞ」
「その体に悪いそれをしている先生に言われても」
「俺は別にいいの」
 駄目だとは言わない篤が彼らしい。
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