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三
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屋上の入り口を潜ると、途端に世界が広がった。
とにかく桜が多いこの街をこの場所は一望出来る。
有彩は色々なところへ足を運んでみたけれど、ここ以上に見渡しが良い場所は今のところ見つかっていない。
まるで世界一面を埋め尽くすように眼前に、眼下に、花弁が溢れているような感覚を悟は覚えた。
悟が感嘆を漏らすと、有彩が可笑しそうに微笑んだ。
それから蕾が綻ぶ瞬間のように笑顔を満開にさせた。
それほど広くない屋上の柵へ走り寄り、凭れて頬杖を突きながら有彩が言った。
「あの桜はわたしがこの街の中で一番好きな桜なの」
一番好きな桜とこの素晴らしい景色は彼女の中で別物らしい。有彩に対する新しい興味が悟の中に生まれた。
「この景色よりも?」
「この景色とあの桜は違うの」
確かにあの桜の木はとても綺麗だった。
その綺麗な桜の木を隣で見つめていた有彩を悟は春の妖精のように美しく見つけた。
あの桜の木を見上げていた姿と、ここで桜が埋め尽くす街を見つめる彼女の顔は、確かにどこか違う。
有彩は悟の心へ新鮮な興味を植え付けては火を灯していく。
「どう違うのか、知りたい。とても興味がある」
悟がそう言うと、有彩はうっとりとした目で彼を見た。
「わたし、貴方に興味があるから教えてあげる」
「僕も君に興味があるから、教えて」
この街はまるで小さいのに、この景色はまるでこの街が広い世界のように感じさせると彼女は言った。
だから心が躍る。
桜が咲いて、この景色を見る度に、どんどん自分の世界が広がっていく。
大人になる度に自分の世界が広がっていけるのだと思うと胸が熱くなる。
そうして新たに広がった世界で特別なものも見つけられた。
「わたし、貴方だから、教えたくなったの。きっとわたしより広い世界を知っている貴方にはこの風景がどんな風に映るのか、教えてほしくなったの」
綺麗に笑う有彩の横顔と眼下に広がる世界を交互に見つめた末に悟は言った。
「僕の知ってる世界なんて、とてもちっぽけだよ。少なくとも、ここに僕を連れて来て、これを見せてくれた君の世界の方が広くて幸せが溢れているように感じる」
少し逡巡してから有彩は言った。
「じゃあ、そういうことにしてあげる。だからお願い聞いてくれないかしら」
「お願い?」
「わたし、貴方とこの幸せを分かち合いたいと、今感じているの」
柔らかな表情でそう言った彼女は、まるでお伽話から飛び出して来て、自分を幻想の世界へと誘おうとしているように見えた。
「勿論、君の居る世界に僕も居られるのなら、それはとても幸せなことだね」
ひどく穏やかな感覚が悟の心に満ちた。
きっと彼女は桜のように散ることがなく可憐に在り続けると感じた。
「それには貴方をもっと知ることが重要ね」
「そうだね。僕も君をもっと知る必要があるね」
「また会えるかしら?」
期待を灯した眼差しで有彩が悟を見つめる。
「勿論」
そうしてふたりは逢瀬を幾度も交わして恋人となった。
有彩はそのうち大学生となった。悟は勿論驚いたが、まるで驚いた様子もなく彼女はうっとりと彼の講義に耳を澄ませていた。
「貴方は貴方だもの。驚く必要性を感じなかったの」
歌うように弾ませた口調で有彩が告げた時、悟の心がもっと広い世界を知りたいと訴え出した。
愛おしい彼女と過ごす時間は至福の時。
日常と少しだけ違うふたりだけの秘密の世界をふたりで育む。
ふたりで育むのだから貰ってばかりはおかしいと悟は思い始めた。
そうする為にはどうするべきか。
彼の世界をどんどん広げて行く彼女、彼女が知る幸せなものを分けてくれると言った彼女を、彼自身しか知らない幸せな世界へ誘いたいという願が生まれた。
とにかく桜が多いこの街をこの場所は一望出来る。
有彩は色々なところへ足を運んでみたけれど、ここ以上に見渡しが良い場所は今のところ見つかっていない。
まるで世界一面を埋め尽くすように眼前に、眼下に、花弁が溢れているような感覚を悟は覚えた。
悟が感嘆を漏らすと、有彩が可笑しそうに微笑んだ。
それから蕾が綻ぶ瞬間のように笑顔を満開にさせた。
それほど広くない屋上の柵へ走り寄り、凭れて頬杖を突きながら有彩が言った。
「あの桜はわたしがこの街の中で一番好きな桜なの」
一番好きな桜とこの素晴らしい景色は彼女の中で別物らしい。有彩に対する新しい興味が悟の中に生まれた。
「この景色よりも?」
「この景色とあの桜は違うの」
確かにあの桜の木はとても綺麗だった。
その綺麗な桜の木を隣で見つめていた有彩を悟は春の妖精のように美しく見つけた。
あの桜の木を見上げていた姿と、ここで桜が埋め尽くす街を見つめる彼女の顔は、確かにどこか違う。
有彩は悟の心へ新鮮な興味を植え付けては火を灯していく。
「どう違うのか、知りたい。とても興味がある」
悟がそう言うと、有彩はうっとりとした目で彼を見た。
「わたし、貴方に興味があるから教えてあげる」
「僕も君に興味があるから、教えて」
この街はまるで小さいのに、この景色はまるでこの街が広い世界のように感じさせると彼女は言った。
だから心が躍る。
桜が咲いて、この景色を見る度に、どんどん自分の世界が広がっていく。
大人になる度に自分の世界が広がっていけるのだと思うと胸が熱くなる。
そうして新たに広がった世界で特別なものも見つけられた。
「わたし、貴方だから、教えたくなったの。きっとわたしより広い世界を知っている貴方にはこの風景がどんな風に映るのか、教えてほしくなったの」
綺麗に笑う有彩の横顔と眼下に広がる世界を交互に見つめた末に悟は言った。
「僕の知ってる世界なんて、とてもちっぽけだよ。少なくとも、ここに僕を連れて来て、これを見せてくれた君の世界の方が広くて幸せが溢れているように感じる」
少し逡巡してから有彩は言った。
「じゃあ、そういうことにしてあげる。だからお願い聞いてくれないかしら」
「お願い?」
「わたし、貴方とこの幸せを分かち合いたいと、今感じているの」
柔らかな表情でそう言った彼女は、まるでお伽話から飛び出して来て、自分を幻想の世界へと誘おうとしているように見えた。
「勿論、君の居る世界に僕も居られるのなら、それはとても幸せなことだね」
ひどく穏やかな感覚が悟の心に満ちた。
きっと彼女は桜のように散ることがなく可憐に在り続けると感じた。
「それには貴方をもっと知ることが重要ね」
「そうだね。僕も君をもっと知る必要があるね」
「また会えるかしら?」
期待を灯した眼差しで有彩が悟を見つめる。
「勿論」
そうしてふたりは逢瀬を幾度も交わして恋人となった。
有彩はそのうち大学生となった。悟は勿論驚いたが、まるで驚いた様子もなく彼女はうっとりと彼の講義に耳を澄ませていた。
「貴方は貴方だもの。驚く必要性を感じなかったの」
歌うように弾ませた口調で有彩が告げた時、悟の心がもっと広い世界を知りたいと訴え出した。
愛おしい彼女と過ごす時間は至福の時。
日常と少しだけ違うふたりだけの秘密の世界をふたりで育む。
ふたりで育むのだから貰ってばかりはおかしいと悟は思い始めた。
そうする為にはどうするべきか。
彼の世界をどんどん広げて行く彼女、彼女が知る幸せなものを分けてくれると言った彼女を、彼自身しか知らない幸せな世界へ誘いたいという願が生まれた。
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