いざない

未知之みちる

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 ある日、有彩の美味しい紅茶にぴったりと合う茶菓子を探して、悟は幾つかの菓子店を散策していた。

 彼女の美味しい紅茶のおかげで、すっかり街の洋菓子屋を知り尽くしてしまった。

 最近出来たばかりの、初めて訪れた店で目に付いたのは、彼女の愛おしいものを嬉しそうに見つめる時の瞳のような綺麗な丸いチョコレートだった。
 ショコラの店であるそこには綺麗な様式のチョコレートがずらりと並ぶが、その中でも彼は丸いそのチョコレートに釘付けになった。

 悟はそれを直ぐに購入し、いつ渡そうかと考えた。

 その日購入した茶菓子のうち、そのチョコレートにだけ彼はメッセージを込めていた。

 四月に近い三月、ホワイトデーはとうに過ぎている。

 有彩がこの年、彼にくれたものはチョコレートではなく、この上なく甘いキャンディだった。
 悟はホワイトデーのお返しに、更に甘いキャンディを彼女へプレゼントして、彼女の頬へ口付けを贈った。それはこの上なく甘いキャンディよりも、彼女にとっては極上に甘いものだった。

 有彩の淹れた紅茶を一口含むと、彼は今渡したいと感じた。

 心を打つあの幻想的な彼女の姿を見たからではなく、彼女の愛おしむ心へ敬愛を込めて。

「ありす、これを君に」

 悟は有彩に口を開けてと促すと、綺麗に丸いチョコレートを含ませた。

 口の中で溶けたチョコレートから溢れたウィスキーが、爛漫さ故に本当は少しだけ遠く感じていた大人の世界へと有彩を誘った。

 うっとりと有彩が目を細めて、愛おしそうに悟を見つめた。

 貴方の世界は美しいとでも言いたいかのように。

 彼女の綺麗で広い世界と、そんなに広いと思っていなかった平坦な彼の世界は、交わり続けて無限に広がる。

 彼女の愛によって広がって行く世界を、自らの手で広げようとしてみたそれは、成功のようだった。

 彼女の綺麗で広い世界は、彼によって確かに心地良く広がった。

 悟は一瞬だけ、いつだかの彼女のような、悪戯な眼差を浮かべると、隣に腰掛ける有彩を抱き寄せ、頰に口付けを与えた。
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