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第21話〜命の灯火〜
しおりを挟む「湊尹殿…っ」
伊織が圧し殺した悲鳴を上げた。私をきつく抱き締める湊尹の背中を見つめている。
私は目を見開いた。
急にカタカタと震え出した私の腕――。ゆっくりと湊尹の背中に回した。
――――――愕然
悪い現実が指先に触れた。
「…っそ…」
「湊…尹……っ」
彼の背中には大きな太刀傷――
ドクンドクンと激しく流血していた。
「…間に合って、良かった―…」
湊尹は安堵したように呟く。私は青ざめた顔で彼を見上げた。
「今すぐお医師を呼ぶから…!」
立ち上がろうとした私を湊尹は制止した。強く手首を掴んでいる。
「湊尹…離して」
それでも湊尹は放さない。
「早く手当てさせてよぉっ!」
私は狂いそうな気持ちだった。早く手当てしないと湊尹は…!湊尹は……!
それでも腕を掴んで放そうとしない湊尹を私は見つめた。ハァハァと荒い呼吸を繰り返している。
「湊尹!お願い―…!」
悔し涙が頬を伝った。
「奏尹―――…」
それでも腕を掴んで離さない湊尹を私は成すすべもなく抱き締めるより他になかった。
「桜…姫…これを……」
「幼少の時よりずっと…身に付けていた数珠です」
「あなたを…護る筈です」
「――――――…」
たまらずに黙りこんだ。今声を出したら嗚咽がもれてしまう。湊尹を不安にさせてしまうと思った。
―――けれど…
「――…あ…!」
無常にも一粒の涙は湊尹の手のひらに落ちてしまった。
「…姫…」
私の涙に気付いた奏尹は苦し気に閉じていた瞼を開いた。
「泣かないで…ください。私は姫の…涙を止める術が分からないのですから…」
前にも湊尹は同じことを言った。湊尹が雨の中逢いに来てくれた時だ…。
私は懐かしさに笑って、泣いた―…
涙を止めなくてはと思ってもどうしても止められなかった。
「湊尹、ありがとう…」
ただ、今は湊尹のぬくもりを感じたかった。私の腕の中にいるかけがえのない人を感じていたかった。
そして心から伝えたい…
偽りのない愛と、感謝の気持ちを――
出逢ってからの数ヵ月、湊尹はたくさんの気持ちを私にくれた。
初めての恋。
初めての想い。
初めての…。
数え切れない思い出たちが蘇る。それは、どんなに感謝してもし足りない日々だった。
私たちの周りは騒がしいはずなのに、私の耳には何も聞こえなかった。
湊尹との関係を隠さなくてはとずっと思ってきた気持ちも消えていた。
ただ…今は湊尹だけを感じていたかった…
湊尹の額にそっと顔を寄せる。命をかけて私を守ってくれた人……私が生涯愛するただ一人の人…
「湊尹…愛してる」
耳元で囁いた私の瞳からは新たな涙が流れていた。湊尹は震える指先でそれを優しく拭ってくれた。
私はその手を取って頬を寄せる…
「もしも…」
「…もしも…願いがたった一つ叶うなら…」
湊尹が呟いた。
「…あの桜の木の下で…もう一度逢っていただけますか…?」
それは
何も望まなかった彼のたった一つの願い―…
私は唇を噛みしめた。
今にも泣き叫びそうだった――
「必ず、また逢える。絶対、約束よ」
ねえ、湊尹…。
私、今笑えてる?
湊尹は私を見つめ、嬉しそうに笑った…。私の耳元にそっと口を寄せる。
そして―…
「湊尹………?」
異変に気づいて私は湊尹を呼んだ。先程まで笑ってくれていた彼は静かに目を閉じて動かない。
「湊尹…っ」
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