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ホケチョのあやまち
しおりを挟むホケチョのあやまち
「おしおし、お前のザイルはよう役に立つのう」
「いえいえ、ベンケェさんのアイディアとザイル投げのコントロールのおかげですよ」
「いやいや、ワシは軽く放り投げただけじゃ。このザイルはとっくに命を持って自分の意志で生きとる。あるいはこの島に来て覚醒したか。どちらにせよ、お前が大切にしてきたからこそだろう。いつでもお前の役に立てるよう準備しとったんじゃ。さっきもお前さんを樹の上に寝かしつけて、掛布団のように巻きついとった。あっぱれなザイルじゃ」
ホケチョから解かれたザイルの先端は鎌首をもたげる竜のように一点を指し示す。
「ホレ、前を見てみィ! あの百花繚乱の花園まで導こうとしとる」
「あれがキタキツネ先生の仰ってた頂上……」
「そうじゃ! ホレ、オーエスオーエス、もう一息」
「はい、オーエスオーエス」
ベンケェとホケチョが林を抜けると、麓では翳りつつあった太陽の光が惜しみなく注いだ。その光は百花繚乱の花々を等しく照らし、美しさを競わせた。ザイルは蛇行しつつ花園の遊歩道らしきものへと導く。そして道案内はここまでとばかりに自らベンケェの右肩に巻かれていった。そのはるか末端は、まだ崖の途中に斜立する柏の樹に括られたままだ。ひょいと右肩を下げて巻かれやすくしたベンケェがにんまりと言う。
「ええとこじゃ。ひょっとしたら、お前さんの父ちゃん母ちゃんはここでのんびり暮らしとるかもしれん……」
ベンケェの後ろを歩くホケチョがが不意に立ち止まった。
「可愛いですねぇ。ひとつ・・・・・」
「うわぁっつ!たぁっ!と、と、駄目や!」
ベンケェが振り返って気付いたときはすでに遅かった。あろうことか、ホケチョは線香花火の最後の火魂のような花をひとつ手折ってしまった。
「ああ~っ、ヒメシャクナゲをやってしまいおったかぁ……」
ベンケェは天を仰いだ。
ヒメシャクナゲとは、ツツジの仲間で高さ十センチほどの小さな落葉小高木だ。十センチでも立派な木であり、わずか五~六ミリのピンクの花を下向きに咲かせる。その密やかな佇まいは、北国の過酷な環境を生き延びてきた謙虚な高貴さをまとう。
ホケチョは、栄養価の乏しい高層湿原を生き延びてきた小さな花を一輪手折ってしまった。
ベンケェの慌てぶり以上に、太陽が真っ赤になって怒っているようだ。ホケチョはやった事の重大さに気付いていない。ベンケェの狼狽ぶりに呆然としていると、突如足元の遊歩道が波打ち始め、鎌首をもたげ、長い舌をシュルシュル言わせながら、巨大な蛇と化し、ホケチョに襲い掛かってきた。
「お前はキタキツネ先生の話のどこを聞いとったんじゃ!」
「あぁ……」
顔を真っ赤にして涙ぐむホケチョの手を掴んだベンケェが一目散に駆け出した。大蛇は荒れ狂い、ずんずんと2人を追う。もはや花々に配慮する余裕などなく、戦場のように踏み散らかしていく。大蛇はなおも追ってくる。
点在する池塘を横目に駆け抜けたところで、ホケチョは三日月の形をした大きな湖に飛び込んだ。一方のベンケェは立ち止まり大蛇と向き合う。幼き日より剛力で知られたベンケェだ。何百年か年老いたとはいえ、石組みの野天風呂をこさえるなどまだまだ筋力の衰えは見られない。何とか組み伏せて、今回だけは許してもらおうと身構えた。
しかし、大蛇は2メートルのベンケェを軽々と飛び越え、ホケチョを追って三日月湖に入っていった。慌ててザイルを投げつけたベンケェだったが、ザイルは大蛇の尻尾に巻き付くと、自らの意志の如くベンケェを離れて大蛇と共に湖に入った。
ざわめく波間から大蛇が苦しそうに頭をもたげる。そことばかりにザイルの先端が飛び掛かる。ザイルはときに大蛇の牙のようにも角のようにも髭のようにも見え、踊りながら絡まっていく。頂上台地での巨大な格闘は、ザイルの末端を括っていた崖の柏の樹を呼び込んだ。根こそぎ持ってこられた柏の樹が大蛇にのしかかる。波間に見え隠れする大蛇のウロコ紋様と巻き付いたザイルの区別がつかなくなった。ザイルの締め付けに柏の樹の重しが加わり、大蛇の息は絶え絶えだ。大蛇が大口を開けて天を仰いだとき、その口の中にホケチョが呑み込まれていたかかどうか、ベンケェの位置からはわからない。ただ、大蛇の全体のフォルムがゴツゴツして手足のようなものさえ見えた気がした。あるいはそれが大蛇に食い散らかされたホケチョかも知れない。いやしかし、絡まったザイルと波しぶきがそう見させているだけか。ベンケェは唇を噛みながら池の畔に佇んだ。
波打ち荒れ狂った池面が少しずつ落ち着きを見せ始める。ブクブクと昇ってきていた泡が平たく凪いだ頃には、踏み荒らされた花園の花たちも立ち直りの気配を見せ始めていた。ホケチョに手折られたヒメシャクナゲは、もう次の蕾が開こうとしていた。
何事もなかったかのような静けさの中、シッカリ山の頂上台地の三日月池の畔に、二本目の柏の樹が斜めに立った。
太陽は相変わらず真っ赤だ。
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