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拾六 ヨシツネ
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拾六 ヨシツネ
「もし」
「もしもし婆さん?」
「あ~これこれ、あぶないあぶないですよ」
誰かに呼ばれているような気がしたのは、そろそろ海峡の半分に差し掛かろうかという時だった。荒れ狂うと噂されていた禁断の海が、稀に見る静けさを保っているうちに1mmでも先へ進もうと急いでいたし、耳栓越しでまったく気付かなかったのだ。振り返る故郷、かつ、第二の人生の終の棲家のヘヴン島が小さく見える。対する正面のオシリ島がいかめしい。
「もし、もしもし、お婆さん」
「婆さんとはなんじゃい!」
あまりにしつこい「婆さん」というフレーズが耳栓を突き破ってきたため、先を急いでいたお春もさすがに激怒した。
「 こう見えてもまだ77じゃ。女盛りよ」
そして耳栓を外し、ほんの少しスクール水着の胸元を開いて見せた。ところが、声の主は見当たらない。細長い木切れがプカプカ浮かんでいるだけだ。
「何じゃい、誰もおらへんがな。空耳かい、あほらし」
お春はふたたび耳栓を装着して、先を急いだ。
「もし・もしもぉし、婆さんじゃなかったお姉さん! 良かったら乗ってきませんか」がなりたてるような声が後頭部をかき回す。これまでのどんな鳥たちよりも五月蠅くって忌まわしい。けれど、振り返る海面には誰も居ない。細長い木切れがゆらゆら浮いているだけだ。もちろん見上げる上空にも何にも。雲さえも浮かんでいない青空だ。どうやら透明人間の仕業らしい。
「じゃっかぁしぃやい!この変態透明人間め。どこぞに居るねんか、さっさと正体あらわさんかい!」
「おぉ、元気な婆さん何よりでござる。拙者ヨシツネと申す。以後お見知りおきを」とは聞こえるものの、やはり見えない。
「あ~、婆さんや婆さんや、此処でござる」
声の発生源と思しきエリアを絞って絞って、ようやく辿り着いた背中のザックにかからぬように結わいた後ろ髪。その結んだリボンの上に、チョコンと、腰に刀を差した小さな侍が仁王立ちしている。
「何じゃい、一寸法師か? コロポックルか? 産まれたばかりのかぐや姫じゃないとは思うが、冷蔵庫おじさんか? それともマダニかい」
初めて見る小さな侍に、お春は知り得る限りの小さな生き物の呼称で呼びかけた。
「あの島へ行かれるのですね。どうぞお乗り下さい」
小人が丁寧に言った。とは言うもののそれらしい物といえばさっきから追いかけてくる細長い木切れしかない。まさか、と目配せすると小人は自信たっぷりに頷いた。どう考えても乗ったら沈むと思えたが、ひたすら泳ぐよりは体力を温存できると思ったお春は、「ほな、遠慮のう」と言って木切れを掴んだ。
「あぁ、乗っても大丈夫です。この船はかの弁慶も一緒に乗ったハヤカゼ号、もう800年以上経ちますが、まだまだ海を行けば行くほど元気を取り戻すような舟です。ご安心ください。さぁ、どうぞどうぞ」」
馴れ馴れしいニヤけた小人だと警戒したお春だったが、今後の旅程のための体力を温存するためにひとまず好意に甘えることにした。
「それがしはヨシツネと名乗る旅の者です。長い航海のさなか嵐に遭い、仲間とはぐれてしまいました。どこへどう向かえばよいかもわからず、未だにひとりでここらを彷徨っている次第です。ここでお逢いしたのも何かのご縁。宜しければ貴女様のお名前をお聞かせ下さい」
誰かに似てウザい奴だと、お春は背中のザックから筆と硯を出すと、彼がハヤカゼ号と呼ぶ板切れに大きな字で「お春」と書いた。
「ふ~ん達筆でらっしゃる。お春さんですね。素敵なお名前です。名は体を表すと言いますが、まさに春爛漫の生気に溢れてらっしゃいます。よいお暮しをされておるのでしょう。しかしながら、今朝方は何ゆえあの島へお急ぎでござるか?」
お春は憮然とした表情で、手に持った筆をスラスラと走らせた。
てっぺんかけたか
「てっぺんかけたか? あ~ホトトギスを探しに? なるほどナルホド! ここらではあまり見かけない鳥と聞き及びますが、それがあの島へ棲息しているわけですね。大層な愛鳥家のようで結構なことです。しかしながら女人お一人ではあまりに危険な旅と存じます。それがし何かのお役には立てるかもしれませぬ。ご迷惑でなければご一緒させていただきたい」
思いがけない申し出に一瞬戸惑ったが、一寸法師の例もあるし、お春はザックからオムスビを一つ取り出してヨシツネに渡した。
「ほな、あんじょう頼むで」
「おお!かたじけない。ではいざゆかん!」
よほど腹が減っていたのかヨシツネと名乗る小さな侍は、自分と同じくらいの背丈のオムスビをペロリと平らげた。そして、少し大きくなった。
「もし」
「もしもし婆さん?」
「あ~これこれ、あぶないあぶないですよ」
誰かに呼ばれているような気がしたのは、そろそろ海峡の半分に差し掛かろうかという時だった。荒れ狂うと噂されていた禁断の海が、稀に見る静けさを保っているうちに1mmでも先へ進もうと急いでいたし、耳栓越しでまったく気付かなかったのだ。振り返る故郷、かつ、第二の人生の終の棲家のヘヴン島が小さく見える。対する正面のオシリ島がいかめしい。
「もし、もしもし、お婆さん」
「婆さんとはなんじゃい!」
あまりにしつこい「婆さん」というフレーズが耳栓を突き破ってきたため、先を急いでいたお春もさすがに激怒した。
「 こう見えてもまだ77じゃ。女盛りよ」
そして耳栓を外し、ほんの少しスクール水着の胸元を開いて見せた。ところが、声の主は見当たらない。細長い木切れがプカプカ浮かんでいるだけだ。
「何じゃい、誰もおらへんがな。空耳かい、あほらし」
お春はふたたび耳栓を装着して、先を急いだ。
「もし・もしもぉし、婆さんじゃなかったお姉さん! 良かったら乗ってきませんか」がなりたてるような声が後頭部をかき回す。これまでのどんな鳥たちよりも五月蠅くって忌まわしい。けれど、振り返る海面には誰も居ない。細長い木切れがゆらゆら浮いているだけだ。もちろん見上げる上空にも何にも。雲さえも浮かんでいない青空だ。どうやら透明人間の仕業らしい。
「じゃっかぁしぃやい!この変態透明人間め。どこぞに居るねんか、さっさと正体あらわさんかい!」
「おぉ、元気な婆さん何よりでござる。拙者ヨシツネと申す。以後お見知りおきを」とは聞こえるものの、やはり見えない。
「あ~、婆さんや婆さんや、此処でござる」
声の発生源と思しきエリアを絞って絞って、ようやく辿り着いた背中のザックにかからぬように結わいた後ろ髪。その結んだリボンの上に、チョコンと、腰に刀を差した小さな侍が仁王立ちしている。
「何じゃい、一寸法師か? コロポックルか? 産まれたばかりのかぐや姫じゃないとは思うが、冷蔵庫おじさんか? それともマダニかい」
初めて見る小さな侍に、お春は知り得る限りの小さな生き物の呼称で呼びかけた。
「あの島へ行かれるのですね。どうぞお乗り下さい」
小人が丁寧に言った。とは言うもののそれらしい物といえばさっきから追いかけてくる細長い木切れしかない。まさか、と目配せすると小人は自信たっぷりに頷いた。どう考えても乗ったら沈むと思えたが、ひたすら泳ぐよりは体力を温存できると思ったお春は、「ほな、遠慮のう」と言って木切れを掴んだ。
「あぁ、乗っても大丈夫です。この船はかの弁慶も一緒に乗ったハヤカゼ号、もう800年以上経ちますが、まだまだ海を行けば行くほど元気を取り戻すような舟です。ご安心ください。さぁ、どうぞどうぞ」」
馴れ馴れしいニヤけた小人だと警戒したお春だったが、今後の旅程のための体力を温存するためにひとまず好意に甘えることにした。
「それがしはヨシツネと名乗る旅の者です。長い航海のさなか嵐に遭い、仲間とはぐれてしまいました。どこへどう向かえばよいかもわからず、未だにひとりでここらを彷徨っている次第です。ここでお逢いしたのも何かのご縁。宜しければ貴女様のお名前をお聞かせ下さい」
誰かに似てウザい奴だと、お春は背中のザックから筆と硯を出すと、彼がハヤカゼ号と呼ぶ板切れに大きな字で「お春」と書いた。
「ふ~ん達筆でらっしゃる。お春さんですね。素敵なお名前です。名は体を表すと言いますが、まさに春爛漫の生気に溢れてらっしゃいます。よいお暮しをされておるのでしょう。しかしながら、今朝方は何ゆえあの島へお急ぎでござるか?」
お春は憮然とした表情で、手に持った筆をスラスラと走らせた。
てっぺんかけたか
「てっぺんかけたか? あ~ホトトギスを探しに? なるほどナルホド! ここらではあまり見かけない鳥と聞き及びますが、それがあの島へ棲息しているわけですね。大層な愛鳥家のようで結構なことです。しかしながら女人お一人ではあまりに危険な旅と存じます。それがし何かのお役には立てるかもしれませぬ。ご迷惑でなければご一緒させていただきたい」
思いがけない申し出に一瞬戸惑ったが、一寸法師の例もあるし、お春はザックからオムスビを一つ取り出してヨシツネに渡した。
「ほな、あんじょう頼むで」
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