てっぺんかけたか

しっかり村

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拾七 青蛇

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拾七 青蛇
ヨシツネのハヤカゼ号とやらは板切れをほんの少しくり抜いた程度の代物だ。しかし、なかなかの優れもので、だんだんと大きくなる波を潜り抜けてすいすいと進む。今しがた「てっぺんかけたか」と書き記した船底には一滴の水も入っていない。ヨシツネの櫂捌きも見事なもので、瞬く間にオシリ島の威容が近づいてきた。同時に波がいっそう高くなる。不規則なうねりがハヤカゼ号を弄ぶ。
「ちくっと横になってもエエやろか」
お春はザックを下ろし横になった。久しぶりに泳いだ二の腕がパンパンに膨れ上がっていい腕枕だ。荒れ狂う波と対照的に、見上げる空はどこまでも青く澄んでいる。ヨシツネの巧みな櫂捌きで寝心地は悪くない。
~ちっちゃいけど、頼もしい男や。源ジィの若い頃を思い出すわい~
「ヨシツネはん、これも一個どうや?」
「おぉ、かたじけない」ヨシツネは片手で櫂を操りながら、お春から渡されたオムスビをムシャムシャと頬張った。そしてまた少し大きくなり、力強く櫂を漕いだ。
「ほな、ワシャ寝るで」
小さなヨシツネの逞しい後ろ姿に安堵したお春が目を閉じようとしたその矢先だ。
 ざぶぶ~ん、ざぶぶ~ん!
 
 突如大きな波飛沫がお春の顔面に降りかかってきた。目を開けると、先程までの青い空は何処にもない。景色は一変し、世界の海の始まりを思わせるような青黒い巨大なうねりがお春とヨシツネの周りを覆う。うねりは留まることなく螺旋を描き、縦に横に竜巻のようにハヤカゼ号の周りに集中する。ふっと、冷たい固いウロコのようなものが飛沫と共に跳ね上がった。
蛇だ!
体長20メートルはあろうかという真っ青な大蛇がハヤカゼ号の周りで踊り狂っている。舳先に立つヨシツネは櫂を捨て、腰の刀に手をやった。お春も腰を上げて身構えた。
これが噂の大蛇か……。
ざぶぶぶ~ん、ざぶぶぶ~ん!
「ヨシツネさまぁ~!ヨシツネさまぁ~!ならぬならぬ、倭人のおなごを行かせてはならぬ」
一段と激しくなる波飛沫と共に、青い大蛇が人間のような声で叫ぶ。
「なんだなんだ!なにゆえ某の名を知っておるのだ。バケモノの分際で!」
「ヨシツネ様ぁ~ヨシツネ様ぁ~私を裏切るのですかあ!永遠の愛を誓ったというのに。そのおなごは誰ですか? 倭人のおなごですかぁ。あぁ、憎い、憎い。私からヨシツネ様を奪っていくそのおなごが憎い」
青い大蛇が黄色い目をらんらんと輝かせ、絞め殺さんばかりの距離に近づいてきた。ヨシツネが刀を抜く。よく手入れされた刀が乱舞する大蛇のウロコを弾き、眩いほどの輝きを放つ。
「ヨシツネ様ぁ、ヨシツネ様ぁ、おやめ下さい。私をお忘れですか?永遠の愛を誓い合った仲ではありませんかぁ~」
「知らぬ知らぬ何処のどいつじゃ。この化け物め!化け物の知り合いはおらぬ。え~い、世迷言を申す化け物はここでひといきに成敗してくれよう」
ヨシツネの電光石火の一太刀が大蛇の腹を掠める。
「あ~れぇ~、ヨシツネ様どうかお慈悲を!あの夜、あの晩に岬より大陸へと船出した貴方様を追いかけて、荒れ狂う海へと身を投げた私。もがき苦しみ波にもまれながら、貴方様への思慕と共にこのような姿になってしまいました。あ~ヨシツネ様、ヨシツネ様、再びこうしてお逢いできたのに、そのような仕打ち、ひどいむごい。あまりと言えばあまりなこと~」
荒れ狂う大蛇が火を吐く。たちまちに海面が真っ赤に燃え上がり、そしてその炎をさらなる高みから波飛沫が打ち消す。波と炎と大蛇と、あらゆるエネルギーが行き交う。異空ならではの光景だろうか。お春は、ふと我に返った。源ジィと少年少女だった頃、ヘヴン島がオシリ島の噴火で燃えたことを思い出したのだ。
腰に下げた瓢箪徳利の栓を抜くと、ゴクリゴクリとふた口だけ呑み、ヨシツネに促した。
「ヨシツネはん!ホレ呑め!ただしひとくちだけやで」
「おお、何だかわからぬが忝い。戴くとする。ゴクリゴクリ」
ヨシツネは小さい体で、お春と同じふた口呑んで返した。そして口元を拭いながら、しばし考えた。
~だれだっけ?あの日、あの晩、あの岬? シャコタンのことでござるかな? それともヒノデミサキ? 本別でも少し遊んだが……? いやしかし、数多の女人と恋仲になったゆえ、間違った名前など呼ぼうものならますますこじれてしまうことは火を見るよりも明らか……さて、どうしたものか……~

テッペンカケタカ

また鳥の声や。
「おぉ、ホトトギスでござるか! 鳴きつる方を……という奴ですな」
落ち着きを取り戻したヨシツネは、刀を鞘に納めて巨大な青蛇に真向かった。
「姫、すまなかったな。あの夜遅くに鎌倉からの追手が迫っていると聞かされたのだ。某は本念を遂げるため、捕まるわけにはいかなかったのだ。そなたと別れることはそれはそれは断腸の想いだった。その報いの如く、あれから嵐に遭い、仲間ともはぐれ、幾夜を過ごしたことだろう。未だにこうして海を彷徨うている。永い時間を、お互い孤独に過ごしてしまった。寂しい思いをさせた。申し訳ない。しかし、それぞれに変わってしまったとはいえ、こうしてまた再会できて某は嬉しいぞ」
瓢箪徳利が効いたのだろう。ヨシツネの滑舌は留まることを知らない。
「そなたのことを青蛇と呼んで差し支えないだろうか? ここでこうして逢えたのは神々の引き合わせに他ならない。我々は、ここで逢うべくして、長い時間の孤独を試されてきたのだ。これからは一緒だ」
矢継ぎ早に繰り出されるヨシツネの美辞麗句に、青蛇の黄色い瞳はうるうる歪み、滝のような涙が溢れ出た。
「青蛇はん!すんまへんけどアタイがオシリ島に行きたくて、ヨシツネはんのハヤカゼ号に乗せてもらったんや。何でかゆうたら、オシリ島にアタイの家族が全員行ったきり戻って来んのや。ほんで、ヨシツネはんに案内を頼んでんねん。堪忍しとくれ。こないな皺皺の婆さんや、アンタみたいな別嬪さんの恋敵なんてなるわけあらへんがな。誰が見てもアンタがヨシツネはんのパートナーやで。こうして今日、巡り逢うたんは一緒になる運命やったいうことや」
青蛇が紅くなった。お春はすかさずオムスビを差し出す。
「よかったらオシリ島まで案内して貰えんやろか? アンタはおそらくこの海のことを知り尽くしちょるだろうから、ヨシツネ殿と一緒に案内してくれたら百人力や。オムスビ二個でどうやろ」
「有難うございます。ヨシツネ様と一緒にお仕事できるなんて、ずっと私の願ってきたことです。きっとお役に立てると思います」
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