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拾八 ヨシツネの八艘跳び
しおりを挟む~不老不死の泉あります~‘
オシリ島を前にしたハヤカゼ号から、高い崖の上にはためくノボリが見える。
「うん、よう書けちょる」
「フローフシノイズミアリマス?」
「せや、不老不死の泉があるんや。この島に」
「おハルさんはそれを?」
「いや、別に欲しいわけやあらへん。さっきもチラッと言うたけど家族が居るんや、この島に!ホウにホケチョにシヅカはん。愛する吾が夫、源ジイまで。ベンケェはんと一緒に」
「おぉ、何と連れ添う相方が居ったでござるか!あいや残念……と」
「いま何と?」
舌打ちをするヨシツネの背後から、青蛇が鎌首をもたげる。
「いや、何でもござらん。それよりベンケェはんとは?」
「せや、ベンケェはんや。ずっとこの島に棲んどるらしいで。かれこれ八百年とか言っとったなあ」
「聞いた事のある名前だが、もしかして弁慶という名ではござらぬか?」
「せや」
「そのベンケェは大男ではござらぬか?」
「当たりや」
「ギョロギョロ目玉にワシ鼻、ぶっきらぼうで髭ぼうぼう?」
「全くもってその通り。怪力無双でこっからへブン島まで砂で路を造って渡りおったんやで」
「おお、それはまさしく鬼若の伝説。かの弁慶に相違ない」
「知り合いかえ?」
「おそらく」
ヨシツネは振り返って青蛇を仰ぎ見た。
「弁慶様もわたくしも、この北の果てで、ヨシツネ様に、相見える日を、ずっとずっと待ち望んで孤独な日々を過ごしていたのです」
「そうであったか……」
オシリ島を目の前にしてヨシツネがむせび泣く。
「いかんいかん!感涙に咽いでる暇はない。早々に上陸せねばと気は急くが、見上げる崖は垂直に切り立っておる。三十間はあろうか。容易には登れぬのう。青蛇よ、すまぬが先にこの縄を持ってひとつ偵察に行ってくれぬか」
「お安い御用ですわ。ヨシツネ様」
青蛇は、ヨシツネから受け取った縄を咥え、切り立つ崖を平地のように這い上っていった。青蛇の後を追ってスルスルと伸びていく縄の末端を持ったヨシツネは、手際よくハヤカゼ号に括り付ける。お春がヨシツネの些細な所作に感心していると青蛇が戻ってきた。
「縄はノボリの柱に括り付けております。途中の何本かの木や岩にも掛けてありますから多少の波がきても持って行かれることはないでしょう」
「うん、忝い」
ヨシツネは青蛇をまっすぐ見つめて頭を下げた。青蛇がまた紅くなった。
「では、お春さんを頼む」
「ヨシツネ様は?」
「私には八艘跳びがある。見よ!」
掛け声一閃、ふっとハヤカゼ号がバウンドしたかと思うと、ヨシツネが波飛沫のように飛び上がり崖の中ほどの高さに達した。そのまま縄を掴みぶら下がっている。
「青蛇よ、お春さんを早く」
「小っちゃいが、カッコええのう」
青蛇は、背に乗せたお春の呟きにうなずくと、またスルスルと崖を這い上った。お春がハヤカゼ号から離れたことを確かめたヨシツネは、縄を大きく揺らし、反動をつけた二度目の八艘跳びで崖の上に着地した。
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