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第一章 帰還を目指して
06.洞窟を抜けて
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船は緩やかに海を進む。
「いよいよ帝国だね」
「あぁ」
「ラインさんは、帝国のどこの生まれなの?」
「帝国第二の都市と名高いフォートレスシティの生まれだ。名前の通りの要塞都市。有事の時には巨大な防護障壁で街を籠城に変えてしまうところさ」
「すごい街なんだね。楽しみ!」
三人はわくわくしていた。新たな国に、街に、期待で胸が膨らんでいた。
港町ワイアットが見えてきた。帝国へ、第一歩を踏み出そうとしていた。
*******
港町ワイアット。シンプルな造りの建物が立ち並ぶ。白を基調とした町並みは海に反射する光を受けて明るく見えた。ライン達は帝国へ足を踏み入れる。聖南がぴょんぴょん跳ねていた。
「港町ワイアットについたー!」
「ふふ、聖南ったら元気そうだね」
「はしゃぎすぎて海に落ちるなよ」
「はーい!」
聖南は元気に駆け回る。作業している人にぶつかりそうになって、ようやく落ち着いた。
三人は港町の案内係に話しかける。すると、衝撃的な回答が得られた。
「帝国が」
「閉鎖してる!?」
聖南とルフィアが驚いた。
「何故、閉鎖を?」
係の人が言うには。
帝国――アポステル帝国は、エイトシャンバル王国との関係悪化によって国境閉鎖をしているとのこと。許可申請した商人以外は帝国の主要都市に入ることはできず、仕方なく帰る者も多い。
残念がる彼らに、係はルレインシティの話をした。
「ルレインシティか。たしか、閉鎖大陸のやりかたに反旗を翻した者が、流れ着いた土地に創った機械の街、だったな」
「かなり遠回りになるけど、そこへ行こっか」
「機械都市って、どんなところなんだろう」
案内係は帝国大陸の地図をラインにプレゼントした。よい旅を、と言って彼らを送り出した。
機械都市ルレインシティまでは長い旅になる。港町ワイアットで必要な物資を揃える。オアーゼで稼いだ大金も残り三分の二となった。旅支度を済ませ、港町を後にした。
港町から出てしばらく行ったところで、森に囲まれたガーディニア砦が見えた。山と山の間にそびえ立つ砦は、帝国の首都へ海から攻め入る王国軍を防ぐために造られた。森と山に囲まれたそこは敵の行く手を阻むのに適している。
ライン達はガーディニア砦に入った。荷馬車を連れた商人達が足止めを食らっている。何事かと背伸びをして覗くと、砦を越える門が閉められていた。
「頼むよ、今日中に運ばなきゃいけないんだ!」
「国境を越える許可証もある!」
「どうして門を開けないんだ!」
口々に文句を言う人々を前に、整然と横に並んだ兵は動かない。帝国所属の軍隊は銀色を基調とした鎧を身につけている。顔の下半分が出た兜を着けていた。見える口すら一文字に紡がれているようで、まるでびくともしない。
「困ったな。ここを越えないと、ルレインシティにも行けないぞ」
「どうしよう」
「他に行く道はないの?」
「お前ら、ルレインシティに行きたいのか?」
背後から声がした。振り返ると、燕尾白衣をまとった紫髪の男が眼鏡を直して立っていた。
「オレはフェイラスト。フェイラスト・ディクストスだ。ルレインシティで医者をやってる。オレもここを通って帰るつもりだったんだが、ちょいとトラブル発生でなぁ」
「トラブルって、何さ?」
「魔物が強大な力を持ってでかくなった、巨大獣が門の向こうに現れた。帝国は今、王国と冷戦状態だってのに面倒な巨大獣ときた。頭抱えてるのさ」
話を聞くに、フェイラストはルレインシティの生まれで、王国にある薬剤師の町から帰る途中だそうだ。ルレインシティに帰るためにも砦を越える必要があるのだが、巨大獣がいなくならない限り砦の門は開かないそうだ。
「ねぇ、他に抜け道ないの?」
「抜け道かぁ。実はあるんだよなぁ」
地図を見せてくれ、とフェイラストが言う。ラインは地図を広げた。
「ここが今いるガーディニア砦。東に行くと森に入る。森を北東に進んで山側に行くと、山すそを貫く洞窟がある。魔物が出てくるから、素人にはオススメしない。お前達はどうする?」
彼は三人を見つめる。恐れをなして怯えて逃げるのかと思ったが、そうではないようだ。ラインはルフィア、聖南と少し会話し、再びフェイラストに向き直る。
「そこへ行こう。ここで足踏みする訳にはいかないんだ」
「よぉし、じゃあお兄さんについてきな」
フェイラストを先頭に、三人はガーディニア砦を後にした。東にある森の中へ足を踏み入れる。人の歩いた跡が残されていた。草も踏み固められている。
「オレ達より先に通った人がいたみたいだぜ」
フェイラストがどんどん先へ進んでいく。
「虫とかいっぱい出そう……」
聖南がルフィアにくっついたまま離れない。ラインは背後の二人の様子を見ながら先を進んだ。フェイラストの背中を見失わないように。
魔物の声がする。横の茂みの中に影が見えた。うなり声から牙を向いた声に変わる。魔物が飛びかかってきた。ラインが反応して剣を抜こうとした瞬間。
――バァン!
銃声が響いた。音源は目の前から。フェイラストが太もものガンホルダーから銃を抜いていた。硝煙が銃口から上る。魔物はラインに噛みつく寸前で崩れ落ちた。頭を撃ち抜かれていた。
「それは、機械都市の武器か」
「銃って言うんだぜ。オレは二丁持つのが好きでさ。こいつともうひとつある」
フェイラストはガンホルダーに銃をしまう。確かに、太もものガンホルダーには二丁の銃が見えた。
「ルレインシティの人間は、剣より銃が好きなんだ。オレも例外に漏れず銃が好きでなぁ。名前までつけちまうくらいだよ」
「銃、初めて見たよ」
「あたしも。びっくりしたぁ」
「音が大きいから、一発撃つと獣はびびって逃げる。魔物は逃げない奴もいるからご用心だ」
眼鏡を直して、フェイラストはまた先を歩き始めた。
森を進んで行くと、山が迫ってくるのを感じた。徐々に山のふもとまで近づいてきている。と、ひんやりした風が吹いた。魔物の攻撃ではない。自然の風だ。
「お、洞窟が近いぜ。確か、ローガン洞窟って言うんだ。水の魔物が多く出るから、雷の力を持っていたら楽だぞ」
言うが早いか、フェイラストは洞窟へと入っていった。ライン達も追いかけた。
中はひんやりしていて少し寒いくらいだ。フェイラスト曰く、水の力が強く流れているらしい。
水の力を感じて、ラインは自分の力が火属性だけではないことに気がついた。歩きながら、試しに指先へ雷を呼んでみる。バチバチと弾けた。
「えー! ラインさん、雷も使えるの?」
「生き物には、主属性と副属性が備わっていると聞いたことがある。俺は火が主属性、雷が副属性らしいな」
「へぇー、そんなことがあるんだぁ」
聖南の主属性は地、ルフィアの主属性は氷である。副属性は、ルフィアは水だと分かる。聖南はまだ分からなかった。種族によっては、星のバランスを司る光や闇も使える。ハーフエンジェルであるラインとルフィアは光を扱える。種族が悪魔であれば、闇を扱えることだろう。
「代わりに、主属性と副属性の対となる属性は使いづらい。こればかりは先天的なものだから、練習しても上手くいかないことが多いぜ」
「そうなんだぁ」
聖南が感嘆としてはぁーと息を吐いて頷いた。
「俺は氷と水が不得意で、ルフィアは火と雷、聖南は風だな。フェイラスト、あんたは?」
「オレは、人間だけど闇が少し使えてね。ちょいと話せない事情で使えるようになった。あと、使える属性は火に少しだけ向いてる。氷と水は苦手だ。使えるって言っても微弱なもんでさ」
フェイラストは立ち止まってラインを見た。彼らも立ち止まる。聖南がラインの背にぶつかった。ふぎゃ、と声が上がる。
「ルレインシティの成り立ちは知ってるか?」
「閉鎖大陸のやりかたに反旗を翻した、移民の造り上げた都市と習った」
「そうだ。今もそうなんだが、純ルレイン生まれの人間は、術式を扱うのが苦手なんだ。オレもその一人さ。銃ひとつで、魔物も悪魔も神も撃てるなら、これで生きていこうっていうのが、ルレイン流だぜ」
フェイラストは視線を虚空に投げると銃を抜き、引き金を引いた。迫ってきていたスライムを撃ち抜いた。音に驚いた他のスライムが水の中へと消えた。
「またびっくりした!」
「銃の音に慣れないと、毎回びっくりしちゃうね」
聖南とルフィアが笑う。ははっ、とフェイラストも困ったように笑った。
「銃を扱うのは、ルレインの人間か帝国軍ぐらいだからな。冷戦状態になる前は、王国にも輸出してたって話だぜ」
先へ行くぞ、とフェイラストは声をかけた。ローガン洞窟を進んで行く。水の音が途切れることなく聞こえてくる。川の中に足場が浮いている場所は、落ちないように跳んで進んだ。階段状になった岩を登ると、小さな滝の上流にやって来た。誰かが作った焚き火の跡がある。
「滝の所は旅人向けに魔物避けの術式が展開してるんだ。少し休もうぜ」
フェイラストは焚き火跡を囲む岩に座った。ライン達も腰かける。一休みだ。
一通り自己紹介を終えると、聖南が体を乗り出す。
「ねぇねえ、さっきの属性の話、もっと聞かせて!」
興味津々だ。フェイラストはラインに視線を向けた。
「俺の得意属性は、主属性に火、副属性に雷だ。得意属性は母親の腹の中で決まると聞いた。どの属性が得意になるかはランダムだ」
「ご名答。オレは元々どの属性にもならない無属性だった。そういう奴もごまんといる」
火と氷、水と雷、地と風。対となる属性はこのように組合わさる。これらの自然を司る属性を六大属性と呼ぶ。他にあるのが、星の属性バランスを司る光と闇の二大属性だ。それに加え、聖性と穢れという性質を表すものがある。
「聖性は教会で清められると効果を増すんだぜ。穢れは、悪いことをしたり、穢れた土地に向かうと体に染み付く。積もりつもって体に染み込んでいくと、不幸な出来事が起こりやすくなる。それでも穢れを払わなければ、最悪魔物となることも、だな」
「フェイラストさん、詳しいですね」
「すごいねー!」
「勉強して医者になるくらいだからな。あと、呼び捨てのため口でいいぜ。仕事以外で敬語はあんまり好きじゃなくってな」
苦笑いして頭を掻いた。
「じゃあ、フェイラスト」
「おう、なんだルフィア嬢?」
「さっき、闇属性が少し使えるって言っていたけど、どうして?」
闇属性が使えるのは、悪魔に属する者と、呪術を極めた者ぐらいで、地上での数は少ない。天使やハーフエンジェルであれば光が使えるのと同じで、悪魔は闇を扱える。彼は人間なのに闇が使えると言っていた。一介の医師が、どうして。
フェイラストの目が一旦伏せられる。少しうなって、ルフィアに顔を向けた。
「あー、こればかりは話せないなぁ。ごめんな。初対面でこの話はできねぇ」
フェイラストの口から語られることはなかった。
しばらく休憩して、ライン達は洞窟探検を再開した。岩を人の手でくりぬいたような大きな穴の中を通る。水の音が大きくなった。左を見ると、水飛沫を上げながら大きな滝が流れている。右には人が二人並んで通れる幅の鉄橋が掛けられていた。聖南はルフィアにくっついたまま渡った。
「ここを抜ければもうすぐ出口だ」
橋を越え、外の明かりが漏れる広い場所へと出てきた。
キィィィィ!
耳をつんざく鳴き声が響く。皆が耳を押さえた。
「でかいコウモリのお出ましだな」
フェイラストは眼鏡を直す。目の前にコウモリが集合し始めた。大小様々なコウモリの魔物が、一際大きな、ビリビリと電気を放つコウモリの周りを飛び交う。聖南がむー、とうなる。
「キィキィうるさーい!」
「耳がおかしくなるまえに片付けようぜ」
フェイラストが二丁の銃を抜いた。ラインも亜空間から剣を抜く。
「手加減なしだ、行くぜ!」
フェイラストが銃を撃つ。聖南が地の術式を唱え、尖った岩をぶつける。術式と弾丸の間を抜けるように、ラインは駿足を起動し一体屠った。
「一瞬で距離を詰めただと?」
初めて見る動作にフェイラストが驚いた。剣を振り払ったラインを見る。
(まさか、本当にお前なのか)
少し動揺した隙を狙って、コウモリは牙を剥いて襲ってくる。紙一重で反応しコウモリを捕まえ、銃で頭を撃ち抜いた。
(ライン、たしか実験体No.2081と言われていた。もしや、ゲヘナに捕らわれた、あのときの子どもか!)
「フェイラスト、後ろだ!」
「ッ!」
意識を瞬時に戦闘に戻し、フェイラストは振り向きざまに弾丸の雨を発射した。
「ねぇ、この洞窟は水の力が強いんだよね?」
「そうだぜ。雷が使えるなら楽勝だ」
「でもあの子、雷の力を使っているみたい」
後方で術式を唱えるルフィアは違和感に気づいていた。一番大きなコウモリから、ビリビリと電気が発せられている。ならば、彼の弱点は。
「水に弱いなら、やらなくちゃね」
今まで剣を抜かなかったルフィアが、ついに亜空間から己の聖剣を引き抜いた。ラインの持つ聖剣と対となる聖剣だ。淡く青い色の剣にレイピア状の剣身が伸びた。
「水よ、我が呼び掛けに応えよ!」
ルフィアが剣に魔力を込める。呼応した剣が淡く水色に輝いた。横に一閃すると水紋がいくつも現れる。紋から水が蛇のようにうねりくねり、勢いよく一番大きなコウモリめがけて発射された。
キィィィ、キィッ!
避けようにも水の力は強く、もろに食らったコウモリは大ダメージを負う。よろよろと飛び、逃げ場を探す。そこへ聖南が追い討ちの地の術式を放った。地面が大きく盛り上がり、コウモリを貫く。リーダーとなる大きなコウモリが敗れ、小さなコウモリは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「ふぅ、お疲れさん」
ガンホルダーに銃をしまった。ラインに目をやる。
(やっぱり間違いないな)
フェイラストはラインに聞き出そうとしたが、ここで聞くのはよしておこうと思った。
皆が武器をしまい、洞窟を抜け出した。木漏れ日が差し込む。
「北西に進むと、森の中に小さな集落がある。そこで一晩泊めてもらおう。じゃないと、夜通し歩いても辿り着かないからな」
フェイラストの言う通り、森の中を進んで行くと、途端に道が開けた。人の踏み固めた道を行くと、煙突から煙を出している家が数件現れた。どうやら彼の言う集落のようだ。
一番大きい家の扉をノックする。しわがれた声がした。扉が開く。白髪のおじいさんが出てきた。事情を話すと、快く引き受けてくれた。
「そこの屋敷は、旅人さん用の空き家になっておるんじゃ。ゆっくりお休みくだされ……ごほ、ごほっ」
「体調悪いのか、じいさん」
「そうじゃな。ルレインシティに腕の良い医者がいると聞くが、この体では動けなくてなぁ。孫は魔物狩りに出たまま帰って来ないし、どうにもできないんじゃよ」
「安心しなじいさん。オレはルレインの医者だ。宿代の代わりに診察してもいいか?」
「おぉお! ルレインのお医者様でしたか。元々宿代はいただいておりませぬので、けっこうですよ。ありがたや、ありがたや」
フェイラストはおじいさんの診察のため一旦別れた。空き家となっている屋敷にお邪魔することにした。
「空き家だけど、綺麗に片付けられているね」
「ねぇ、交換ノートだって」
聖南が棚の上のノートをぺらぺらめくった。ここに訪れた人が書いたのだろう。
「魔物狩りのチームの話が書いてあるよ」
聖南が読み上げる。
「今日は集落の爺さんの孫と魔物狩りに出発する。巨大獣討伐へ出かけるのだ」
「巨大獣って、砦が封鎖される理由になっていた魔物のことだよね」
「爺さんの孫は魔物狩りに出たきり帰って来ない、か」
「あたし達で、連れ戻すことできないかなぁ」
「今どこにいるかも分からないんだ。気が向いたら捜せばいいさ」
交換ノート以外、屋敷の中の特に変わったものは見当たらなかった。ルフィアがソファーに座ってくつろぐ。聖南も椅子に座って暇そうにしていた。
ラインは交換ノートをぺらぺらめくっていた。取り立てて面白い話はない。平凡な内容ばかりだ。と、血のような赤い染みとかすれた文字列に気がついた。目を少し大きく開いた。
「ダーカー に 気を 付けろ」
読み上げはしなかった。誰が書いたかは記されていない。ダーカーがどこかにいると言うことは、自分とルフィアが狙われる可能性がある。
「あ、雨降ってきたよ」
外は暗くなってきていた。雨足が強まる。ざぁっという音が家の中でもよく聞こえた。
「いやー、雨降ってきたなぁ。ちぃっと濡れちまった」
フェイラストが入ってきた。ラインは交換ノートを閉じて、彼に近寄る。
「容態は?」
「心配いらねぇよ。ただの風邪だった。薬を数日服用すれば治るさ」
フェイラストも椅子に座って一息ついた。聖南があれ、と疑問を浮かべる。
「風邪とか病気って、治癒術じゃ治せないの?」
ルフィアがうん、と頷く。
「治癒術は万能じゃないの。擦り傷や切り傷みたいな怪我から、骨折や重傷までの大怪我なら治癒術で治せるけれど。風邪や病気は治癒術じゃ治せないの。だからお医者様がいるんだよ」
「さっき洞窟でも言ったが、オレをはじめとする純ルレインの人間は術式を上手く使えない。だから、治療するにはどうしたらいいかから始まり、今の医療技術の進歩がある。元々閉鎖大陸にあった技術も用いているから、独自の発展を遂げたんだ」
「へぇー、そうなんだ!」
「聖南はだんだん賢くなっていくな」
「いろんなこと知りたいもん!」
「はっは、そいつはいいや」
他愛もない会話をして、その日の夜を迎えた。
夕食を済ませ、余暇を楽しみ、就寝の頃。フェイラストは起きていた。
「……」
サイドテーブルに置いた眼鏡をかける。隣のベッドで寝ていたラインがいない。ルフィアと聖南は別室だ。
彼は部屋を出て、一階へ下りる。ラインがソファーに足を組んで座っていた。
「……ライン、お前に聞きたいことがある」
「奇遇だな。俺もだ」
フェイラストは向かいの合皮の椅子に座った。
「お前、ゲヘナ脱出の時の、あのライン・カスティーブか?」
「そうだ。お前は俺に聖剣の有りかを示してくれた、フェイラストだな?」
「やっぱりそうかよ。生きてたんだな」
ラインは旅を始める前、奴隷鉱山に捕まって働かされていた。その前に、ダーカーのはびこる世界ゲヘナに誘拐されていた。目的は人体実験。ハーフエンジェルでも特殊な存在であるトレイトエンジェラーとして生まれてきたがために、別の意味で可愛がられた。
「脱出の手筈を組んでくれたのがあんただったな。色々あって一緒に転移できなかったが。俺はなんとかルフィアを連れて逃げることに成功したんだ」
「そうだったのか。ダーカーに殺されたんだとばかり思っていた。よく生きていたな、お前」
「俺も生きているのが不思議なくらいだ。背に刻まれた刻印は疼いて俺を苦しめてくる。が、ルフィアがいると大人しくなってくれる。ルフィア様々だな」
「魔王の息子を封じた刻印な。……オレもその準備に関わっていたし、お前の悲鳴を聞いた。どれだけ悲惨だったかは知っている。すまなかった」
「今さら謝らなくてもいいさ。無事に会えただけ良しとしよう。それより」
ラインは交換ノートに血文字で書いてあったあの一文を伝えた。フェイラストの眉間にしわが寄る。
「気をつけて行こう」
「おう」
二人は立ち上がり、部屋に戻って寝ることにした。
*******
朝になって、雨はすっかりやんでいた。屋敷の中に備えてあった食材を使い、朝食を作って食べる。身支度を済ませ、屋敷を出た。おじいさんが花壇の水やりをしていた。
「お屋敷使わせていただいて、ありがとうございました」
ルフィアがぺこりとお辞儀をする。おじいさんは嬉しそうに笑った。
「うむうむ。気を付けてな、旅人さん」
「体調悪くなったら、すぐ休んでくれよ」
「お医者様もありがとうございます。おかげさまで元気になりました」
フェイラストが笑顔を見せる。
「薬を飲んでくれれば治るから、忘れないように」
「はい、分かりました」
皆はおじいさんに別れを告げた。出発して再び森の中へ。
「おじいさん、喜んでたね」
「ただの風邪だったからまだ良かったぜ。手持ちの薬でなんとかできたからなぁ」
「人を助けて喜ばれるお仕事って、なんだか憧れちゃうね!」
聖南が楽しそうだ。フェイラストを尊敬の眼差しで見つめた。照れるぜ、とフェイラストが笑う。
「さて、それじゃあルレインシティに行きますかね」
踏み固められた道を進んでいく。しばらくは森の中だ。魔物も出てきた。フェイラストの速撃ちによって難なく事を終えた。
森を進んでしばらく経つ。ようやく木々がまばらになり、森の出口へとやって来た。久々の青空に一息ついた。
「ここからは、街道沿いに行けばルレインに辿り着く。海沿いの都市だから、海を見てればそのうち着くぜ」
ここの街道は整備され、土の道は平らに伸びていた。歩きやすく、もし馬車で移動したとしても不快な思いをしない。ぐんぐん先へ進んでいくと、遠くに街の影が見えた。
「あれがルレインシティだ。あと少しだな」
ふと、フェイラストは違和感を覚えた。不穏な気配が近づいてくる。太ももから二丁の銃を抜いた。ただならぬ気配にライン達も警戒する。空から黒い悪意が舞い降りた。頭が蛇の形をした、飛竜型のダーカーだ。背に翼を二対生やし、羽ばたいて浮いている。
「あの黒いやつ、何?」
「聖南はダーカーと戦うの初めてだっけ」
「うん。怖いね……」
聖南とルフィアの前に、ラインが立つ。彼は既に剣を抜いていた。ゆっくりとフェイラストも前にやって来る。
「女の子二人は下がってな」
ダーカーが吠える。ラインとフェイラストが地を蹴った。飛竜型ダーカーは蛇のように体をくねらせて上昇、翼を大きく広げてのしかかってきた。フェイラストがステップを踏んで回避行動を取る。ラインも駿足で回避した。銃声。フェイラストが一発撃ち込んだ。敵はひるまない。
「ルフィア、浄化の術式を頼む!」
「はい!」
ルフィアが詠唱を始めたのを見て、ダーカーがターゲットをルフィアに変えた。二人を無視してルフィアを狙う。
「おいおい、オレ達を無視すんなよ」
フェイラストがターンして翼を撃つ。穴があくもすぐに再生した。ラインが駿足を起動してダーカーの上へ瞬間移動する。上に乗って剣を突き立てた。聖剣の浄化の力に苦しみ、ダーカーの軌道が逸れた。
「ライン、降りろ!」
フェイラストの指示に従いダーカーから離れた。突き刺された部位が痛むのか、奇怪な悲鳴の声が響き渡る。
「お兄さんも本気出さねぇとな」
深緑色の瞳が光る。彼の目に上弦の三日月模様が浮かび上がる。ライン達に、何故闇を使えるのか語れなかった理由だ。
彼の目は、魔眼。闇の者の眼を持っていた。視界に弱点を示す赤の印が浮かぶ。飛竜型ダーカーの頭部に刻印が見える。
「そこかよ」
ただならぬ気配を感じ、ダーカーがフェイラストにターゲットを変えた。彼の眼鏡の奥の瞳が鋭くなる。弾丸に火の魔力を込めて撃った。狙い過たず赤い印を撃ち抜いた。ダーカーが断末魔を上げ地に伏した。暴れているが、もう飛ぶことはできないようだ。弾丸は中枢を貫いていた。
ルフィアが浄化の術式を発動する。白く美しい光に包まれて、ダーカーは浄化されて消失した。
「よし、一件落着だな」
フェイラストが魔眼を収めた。三日月模様が消える。魔眼の使用は誰も気づいていなかった。眼鏡を直す。
「ラインの動きは見切ることできそうにねぇな」
彼は皆のもとへ集まる。銃をしまった。
「新しいタイプのダーカーだったね」
「あたし、怖くて何もできなかった……」
「ダーカーとの戦いは、浄化の術式を使えないと延々と戦うはめになる。通常の攻撃は通らない。無理はするな」
「じゃあ、ダーカーが出てきたら、ルフィアのそばにいるね!」
「そりゃあいい。下手に動き回られると、こっちも狙うのが大変だからな」
気を取り直して、行こうぜ。フェイラストが声をかけて、皆は歩き出した。
途中で休憩を取り、街道をひたすら歩く。一回馬車とすれ違うだけで、人は少ない。聖南が声を上げた。
「ねえ、あの街がルレイン?」
指差す先に街並みが見えた。
「お、ルレインシティだな。やっと帰ってこれたぜ」
「疲れちゃったー! 休みたいー!」
「もうすぐだ。街で休もう」
機械都市ルレイン。街並みは異様な形を浮かべている。期待と不安を胸に、皆はルレインシティへと向かった。
空の上で浮遊し、見守る影があった。
「なんとかここまで来たかね。よしとするかな」
黒い彼女は転移し、姿を消した。
「いよいよ帝国だね」
「あぁ」
「ラインさんは、帝国のどこの生まれなの?」
「帝国第二の都市と名高いフォートレスシティの生まれだ。名前の通りの要塞都市。有事の時には巨大な防護障壁で街を籠城に変えてしまうところさ」
「すごい街なんだね。楽しみ!」
三人はわくわくしていた。新たな国に、街に、期待で胸が膨らんでいた。
港町ワイアットが見えてきた。帝国へ、第一歩を踏み出そうとしていた。
*******
港町ワイアット。シンプルな造りの建物が立ち並ぶ。白を基調とした町並みは海に反射する光を受けて明るく見えた。ライン達は帝国へ足を踏み入れる。聖南がぴょんぴょん跳ねていた。
「港町ワイアットについたー!」
「ふふ、聖南ったら元気そうだね」
「はしゃぎすぎて海に落ちるなよ」
「はーい!」
聖南は元気に駆け回る。作業している人にぶつかりそうになって、ようやく落ち着いた。
三人は港町の案内係に話しかける。すると、衝撃的な回答が得られた。
「帝国が」
「閉鎖してる!?」
聖南とルフィアが驚いた。
「何故、閉鎖を?」
係の人が言うには。
帝国――アポステル帝国は、エイトシャンバル王国との関係悪化によって国境閉鎖をしているとのこと。許可申請した商人以外は帝国の主要都市に入ることはできず、仕方なく帰る者も多い。
残念がる彼らに、係はルレインシティの話をした。
「ルレインシティか。たしか、閉鎖大陸のやりかたに反旗を翻した者が、流れ着いた土地に創った機械の街、だったな」
「かなり遠回りになるけど、そこへ行こっか」
「機械都市って、どんなところなんだろう」
案内係は帝国大陸の地図をラインにプレゼントした。よい旅を、と言って彼らを送り出した。
機械都市ルレインシティまでは長い旅になる。港町ワイアットで必要な物資を揃える。オアーゼで稼いだ大金も残り三分の二となった。旅支度を済ませ、港町を後にした。
港町から出てしばらく行ったところで、森に囲まれたガーディニア砦が見えた。山と山の間にそびえ立つ砦は、帝国の首都へ海から攻め入る王国軍を防ぐために造られた。森と山に囲まれたそこは敵の行く手を阻むのに適している。
ライン達はガーディニア砦に入った。荷馬車を連れた商人達が足止めを食らっている。何事かと背伸びをして覗くと、砦を越える門が閉められていた。
「頼むよ、今日中に運ばなきゃいけないんだ!」
「国境を越える許可証もある!」
「どうして門を開けないんだ!」
口々に文句を言う人々を前に、整然と横に並んだ兵は動かない。帝国所属の軍隊は銀色を基調とした鎧を身につけている。顔の下半分が出た兜を着けていた。見える口すら一文字に紡がれているようで、まるでびくともしない。
「困ったな。ここを越えないと、ルレインシティにも行けないぞ」
「どうしよう」
「他に行く道はないの?」
「お前ら、ルレインシティに行きたいのか?」
背後から声がした。振り返ると、燕尾白衣をまとった紫髪の男が眼鏡を直して立っていた。
「オレはフェイラスト。フェイラスト・ディクストスだ。ルレインシティで医者をやってる。オレもここを通って帰るつもりだったんだが、ちょいとトラブル発生でなぁ」
「トラブルって、何さ?」
「魔物が強大な力を持ってでかくなった、巨大獣が門の向こうに現れた。帝国は今、王国と冷戦状態だってのに面倒な巨大獣ときた。頭抱えてるのさ」
話を聞くに、フェイラストはルレインシティの生まれで、王国にある薬剤師の町から帰る途中だそうだ。ルレインシティに帰るためにも砦を越える必要があるのだが、巨大獣がいなくならない限り砦の門は開かないそうだ。
「ねぇ、他に抜け道ないの?」
「抜け道かぁ。実はあるんだよなぁ」
地図を見せてくれ、とフェイラストが言う。ラインは地図を広げた。
「ここが今いるガーディニア砦。東に行くと森に入る。森を北東に進んで山側に行くと、山すそを貫く洞窟がある。魔物が出てくるから、素人にはオススメしない。お前達はどうする?」
彼は三人を見つめる。恐れをなして怯えて逃げるのかと思ったが、そうではないようだ。ラインはルフィア、聖南と少し会話し、再びフェイラストに向き直る。
「そこへ行こう。ここで足踏みする訳にはいかないんだ」
「よぉし、じゃあお兄さんについてきな」
フェイラストを先頭に、三人はガーディニア砦を後にした。東にある森の中へ足を踏み入れる。人の歩いた跡が残されていた。草も踏み固められている。
「オレ達より先に通った人がいたみたいだぜ」
フェイラストがどんどん先へ進んでいく。
「虫とかいっぱい出そう……」
聖南がルフィアにくっついたまま離れない。ラインは背後の二人の様子を見ながら先を進んだ。フェイラストの背中を見失わないように。
魔物の声がする。横の茂みの中に影が見えた。うなり声から牙を向いた声に変わる。魔物が飛びかかってきた。ラインが反応して剣を抜こうとした瞬間。
――バァン!
銃声が響いた。音源は目の前から。フェイラストが太もものガンホルダーから銃を抜いていた。硝煙が銃口から上る。魔物はラインに噛みつく寸前で崩れ落ちた。頭を撃ち抜かれていた。
「それは、機械都市の武器か」
「銃って言うんだぜ。オレは二丁持つのが好きでさ。こいつともうひとつある」
フェイラストはガンホルダーに銃をしまう。確かに、太もものガンホルダーには二丁の銃が見えた。
「ルレインシティの人間は、剣より銃が好きなんだ。オレも例外に漏れず銃が好きでなぁ。名前までつけちまうくらいだよ」
「銃、初めて見たよ」
「あたしも。びっくりしたぁ」
「音が大きいから、一発撃つと獣はびびって逃げる。魔物は逃げない奴もいるからご用心だ」
眼鏡を直して、フェイラストはまた先を歩き始めた。
森を進んで行くと、山が迫ってくるのを感じた。徐々に山のふもとまで近づいてきている。と、ひんやりした風が吹いた。魔物の攻撃ではない。自然の風だ。
「お、洞窟が近いぜ。確か、ローガン洞窟って言うんだ。水の魔物が多く出るから、雷の力を持っていたら楽だぞ」
言うが早いか、フェイラストは洞窟へと入っていった。ライン達も追いかけた。
中はひんやりしていて少し寒いくらいだ。フェイラスト曰く、水の力が強く流れているらしい。
水の力を感じて、ラインは自分の力が火属性だけではないことに気がついた。歩きながら、試しに指先へ雷を呼んでみる。バチバチと弾けた。
「えー! ラインさん、雷も使えるの?」
「生き物には、主属性と副属性が備わっていると聞いたことがある。俺は火が主属性、雷が副属性らしいな」
「へぇー、そんなことがあるんだぁ」
聖南の主属性は地、ルフィアの主属性は氷である。副属性は、ルフィアは水だと分かる。聖南はまだ分からなかった。種族によっては、星のバランスを司る光や闇も使える。ハーフエンジェルであるラインとルフィアは光を扱える。種族が悪魔であれば、闇を扱えることだろう。
「代わりに、主属性と副属性の対となる属性は使いづらい。こればかりは先天的なものだから、練習しても上手くいかないことが多いぜ」
「そうなんだぁ」
聖南が感嘆としてはぁーと息を吐いて頷いた。
「俺は氷と水が不得意で、ルフィアは火と雷、聖南は風だな。フェイラスト、あんたは?」
「オレは、人間だけど闇が少し使えてね。ちょいと話せない事情で使えるようになった。あと、使える属性は火に少しだけ向いてる。氷と水は苦手だ。使えるって言っても微弱なもんでさ」
フェイラストは立ち止まってラインを見た。彼らも立ち止まる。聖南がラインの背にぶつかった。ふぎゃ、と声が上がる。
「ルレインシティの成り立ちは知ってるか?」
「閉鎖大陸のやりかたに反旗を翻した、移民の造り上げた都市と習った」
「そうだ。今もそうなんだが、純ルレイン生まれの人間は、術式を扱うのが苦手なんだ。オレもその一人さ。銃ひとつで、魔物も悪魔も神も撃てるなら、これで生きていこうっていうのが、ルレイン流だぜ」
フェイラストは視線を虚空に投げると銃を抜き、引き金を引いた。迫ってきていたスライムを撃ち抜いた。音に驚いた他のスライムが水の中へと消えた。
「またびっくりした!」
「銃の音に慣れないと、毎回びっくりしちゃうね」
聖南とルフィアが笑う。ははっ、とフェイラストも困ったように笑った。
「銃を扱うのは、ルレインの人間か帝国軍ぐらいだからな。冷戦状態になる前は、王国にも輸出してたって話だぜ」
先へ行くぞ、とフェイラストは声をかけた。ローガン洞窟を進んで行く。水の音が途切れることなく聞こえてくる。川の中に足場が浮いている場所は、落ちないように跳んで進んだ。階段状になった岩を登ると、小さな滝の上流にやって来た。誰かが作った焚き火の跡がある。
「滝の所は旅人向けに魔物避けの術式が展開してるんだ。少し休もうぜ」
フェイラストは焚き火跡を囲む岩に座った。ライン達も腰かける。一休みだ。
一通り自己紹介を終えると、聖南が体を乗り出す。
「ねぇねえ、さっきの属性の話、もっと聞かせて!」
興味津々だ。フェイラストはラインに視線を向けた。
「俺の得意属性は、主属性に火、副属性に雷だ。得意属性は母親の腹の中で決まると聞いた。どの属性が得意になるかはランダムだ」
「ご名答。オレは元々どの属性にもならない無属性だった。そういう奴もごまんといる」
火と氷、水と雷、地と風。対となる属性はこのように組合わさる。これらの自然を司る属性を六大属性と呼ぶ。他にあるのが、星の属性バランスを司る光と闇の二大属性だ。それに加え、聖性と穢れという性質を表すものがある。
「聖性は教会で清められると効果を増すんだぜ。穢れは、悪いことをしたり、穢れた土地に向かうと体に染み付く。積もりつもって体に染み込んでいくと、不幸な出来事が起こりやすくなる。それでも穢れを払わなければ、最悪魔物となることも、だな」
「フェイラストさん、詳しいですね」
「すごいねー!」
「勉強して医者になるくらいだからな。あと、呼び捨てのため口でいいぜ。仕事以外で敬語はあんまり好きじゃなくってな」
苦笑いして頭を掻いた。
「じゃあ、フェイラスト」
「おう、なんだルフィア嬢?」
「さっき、闇属性が少し使えるって言っていたけど、どうして?」
闇属性が使えるのは、悪魔に属する者と、呪術を極めた者ぐらいで、地上での数は少ない。天使やハーフエンジェルであれば光が使えるのと同じで、悪魔は闇を扱える。彼は人間なのに闇が使えると言っていた。一介の医師が、どうして。
フェイラストの目が一旦伏せられる。少しうなって、ルフィアに顔を向けた。
「あー、こればかりは話せないなぁ。ごめんな。初対面でこの話はできねぇ」
フェイラストの口から語られることはなかった。
しばらく休憩して、ライン達は洞窟探検を再開した。岩を人の手でくりぬいたような大きな穴の中を通る。水の音が大きくなった。左を見ると、水飛沫を上げながら大きな滝が流れている。右には人が二人並んで通れる幅の鉄橋が掛けられていた。聖南はルフィアにくっついたまま渡った。
「ここを抜ければもうすぐ出口だ」
橋を越え、外の明かりが漏れる広い場所へと出てきた。
キィィィィ!
耳をつんざく鳴き声が響く。皆が耳を押さえた。
「でかいコウモリのお出ましだな」
フェイラストは眼鏡を直す。目の前にコウモリが集合し始めた。大小様々なコウモリの魔物が、一際大きな、ビリビリと電気を放つコウモリの周りを飛び交う。聖南がむー、とうなる。
「キィキィうるさーい!」
「耳がおかしくなるまえに片付けようぜ」
フェイラストが二丁の銃を抜いた。ラインも亜空間から剣を抜く。
「手加減なしだ、行くぜ!」
フェイラストが銃を撃つ。聖南が地の術式を唱え、尖った岩をぶつける。術式と弾丸の間を抜けるように、ラインは駿足を起動し一体屠った。
「一瞬で距離を詰めただと?」
初めて見る動作にフェイラストが驚いた。剣を振り払ったラインを見る。
(まさか、本当にお前なのか)
少し動揺した隙を狙って、コウモリは牙を剥いて襲ってくる。紙一重で反応しコウモリを捕まえ、銃で頭を撃ち抜いた。
(ライン、たしか実験体No.2081と言われていた。もしや、ゲヘナに捕らわれた、あのときの子どもか!)
「フェイラスト、後ろだ!」
「ッ!」
意識を瞬時に戦闘に戻し、フェイラストは振り向きざまに弾丸の雨を発射した。
「ねぇ、この洞窟は水の力が強いんだよね?」
「そうだぜ。雷が使えるなら楽勝だ」
「でもあの子、雷の力を使っているみたい」
後方で術式を唱えるルフィアは違和感に気づいていた。一番大きなコウモリから、ビリビリと電気が発せられている。ならば、彼の弱点は。
「水に弱いなら、やらなくちゃね」
今まで剣を抜かなかったルフィアが、ついに亜空間から己の聖剣を引き抜いた。ラインの持つ聖剣と対となる聖剣だ。淡く青い色の剣にレイピア状の剣身が伸びた。
「水よ、我が呼び掛けに応えよ!」
ルフィアが剣に魔力を込める。呼応した剣が淡く水色に輝いた。横に一閃すると水紋がいくつも現れる。紋から水が蛇のようにうねりくねり、勢いよく一番大きなコウモリめがけて発射された。
キィィィ、キィッ!
避けようにも水の力は強く、もろに食らったコウモリは大ダメージを負う。よろよろと飛び、逃げ場を探す。そこへ聖南が追い討ちの地の術式を放った。地面が大きく盛り上がり、コウモリを貫く。リーダーとなる大きなコウモリが敗れ、小さなコウモリは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「ふぅ、お疲れさん」
ガンホルダーに銃をしまった。ラインに目をやる。
(やっぱり間違いないな)
フェイラストはラインに聞き出そうとしたが、ここで聞くのはよしておこうと思った。
皆が武器をしまい、洞窟を抜け出した。木漏れ日が差し込む。
「北西に進むと、森の中に小さな集落がある。そこで一晩泊めてもらおう。じゃないと、夜通し歩いても辿り着かないからな」
フェイラストの言う通り、森の中を進んで行くと、途端に道が開けた。人の踏み固めた道を行くと、煙突から煙を出している家が数件現れた。どうやら彼の言う集落のようだ。
一番大きい家の扉をノックする。しわがれた声がした。扉が開く。白髪のおじいさんが出てきた。事情を話すと、快く引き受けてくれた。
「そこの屋敷は、旅人さん用の空き家になっておるんじゃ。ゆっくりお休みくだされ……ごほ、ごほっ」
「体調悪いのか、じいさん」
「そうじゃな。ルレインシティに腕の良い医者がいると聞くが、この体では動けなくてなぁ。孫は魔物狩りに出たまま帰って来ないし、どうにもできないんじゃよ」
「安心しなじいさん。オレはルレインの医者だ。宿代の代わりに診察してもいいか?」
「おぉお! ルレインのお医者様でしたか。元々宿代はいただいておりませぬので、けっこうですよ。ありがたや、ありがたや」
フェイラストはおじいさんの診察のため一旦別れた。空き家となっている屋敷にお邪魔することにした。
「空き家だけど、綺麗に片付けられているね」
「ねぇ、交換ノートだって」
聖南が棚の上のノートをぺらぺらめくった。ここに訪れた人が書いたのだろう。
「魔物狩りのチームの話が書いてあるよ」
聖南が読み上げる。
「今日は集落の爺さんの孫と魔物狩りに出発する。巨大獣討伐へ出かけるのだ」
「巨大獣って、砦が封鎖される理由になっていた魔物のことだよね」
「爺さんの孫は魔物狩りに出たきり帰って来ない、か」
「あたし達で、連れ戻すことできないかなぁ」
「今どこにいるかも分からないんだ。気が向いたら捜せばいいさ」
交換ノート以外、屋敷の中の特に変わったものは見当たらなかった。ルフィアがソファーに座ってくつろぐ。聖南も椅子に座って暇そうにしていた。
ラインは交換ノートをぺらぺらめくっていた。取り立てて面白い話はない。平凡な内容ばかりだ。と、血のような赤い染みとかすれた文字列に気がついた。目を少し大きく開いた。
「ダーカー に 気を 付けろ」
読み上げはしなかった。誰が書いたかは記されていない。ダーカーがどこかにいると言うことは、自分とルフィアが狙われる可能性がある。
「あ、雨降ってきたよ」
外は暗くなってきていた。雨足が強まる。ざぁっという音が家の中でもよく聞こえた。
「いやー、雨降ってきたなぁ。ちぃっと濡れちまった」
フェイラストが入ってきた。ラインは交換ノートを閉じて、彼に近寄る。
「容態は?」
「心配いらねぇよ。ただの風邪だった。薬を数日服用すれば治るさ」
フェイラストも椅子に座って一息ついた。聖南があれ、と疑問を浮かべる。
「風邪とか病気って、治癒術じゃ治せないの?」
ルフィアがうん、と頷く。
「治癒術は万能じゃないの。擦り傷や切り傷みたいな怪我から、骨折や重傷までの大怪我なら治癒術で治せるけれど。風邪や病気は治癒術じゃ治せないの。だからお医者様がいるんだよ」
「さっき洞窟でも言ったが、オレをはじめとする純ルレインの人間は術式を上手く使えない。だから、治療するにはどうしたらいいかから始まり、今の医療技術の進歩がある。元々閉鎖大陸にあった技術も用いているから、独自の発展を遂げたんだ」
「へぇー、そうなんだ!」
「聖南はだんだん賢くなっていくな」
「いろんなこと知りたいもん!」
「はっは、そいつはいいや」
他愛もない会話をして、その日の夜を迎えた。
夕食を済ませ、余暇を楽しみ、就寝の頃。フェイラストは起きていた。
「……」
サイドテーブルに置いた眼鏡をかける。隣のベッドで寝ていたラインがいない。ルフィアと聖南は別室だ。
彼は部屋を出て、一階へ下りる。ラインがソファーに足を組んで座っていた。
「……ライン、お前に聞きたいことがある」
「奇遇だな。俺もだ」
フェイラストは向かいの合皮の椅子に座った。
「お前、ゲヘナ脱出の時の、あのライン・カスティーブか?」
「そうだ。お前は俺に聖剣の有りかを示してくれた、フェイラストだな?」
「やっぱりそうかよ。生きてたんだな」
ラインは旅を始める前、奴隷鉱山に捕まって働かされていた。その前に、ダーカーのはびこる世界ゲヘナに誘拐されていた。目的は人体実験。ハーフエンジェルでも特殊な存在であるトレイトエンジェラーとして生まれてきたがために、別の意味で可愛がられた。
「脱出の手筈を組んでくれたのがあんただったな。色々あって一緒に転移できなかったが。俺はなんとかルフィアを連れて逃げることに成功したんだ」
「そうだったのか。ダーカーに殺されたんだとばかり思っていた。よく生きていたな、お前」
「俺も生きているのが不思議なくらいだ。背に刻まれた刻印は疼いて俺を苦しめてくる。が、ルフィアがいると大人しくなってくれる。ルフィア様々だな」
「魔王の息子を封じた刻印な。……オレもその準備に関わっていたし、お前の悲鳴を聞いた。どれだけ悲惨だったかは知っている。すまなかった」
「今さら謝らなくてもいいさ。無事に会えただけ良しとしよう。それより」
ラインは交換ノートに血文字で書いてあったあの一文を伝えた。フェイラストの眉間にしわが寄る。
「気をつけて行こう」
「おう」
二人は立ち上がり、部屋に戻って寝ることにした。
*******
朝になって、雨はすっかりやんでいた。屋敷の中に備えてあった食材を使い、朝食を作って食べる。身支度を済ませ、屋敷を出た。おじいさんが花壇の水やりをしていた。
「お屋敷使わせていただいて、ありがとうございました」
ルフィアがぺこりとお辞儀をする。おじいさんは嬉しそうに笑った。
「うむうむ。気を付けてな、旅人さん」
「体調悪くなったら、すぐ休んでくれよ」
「お医者様もありがとうございます。おかげさまで元気になりました」
フェイラストが笑顔を見せる。
「薬を飲んでくれれば治るから、忘れないように」
「はい、分かりました」
皆はおじいさんに別れを告げた。出発して再び森の中へ。
「おじいさん、喜んでたね」
「ただの風邪だったからまだ良かったぜ。手持ちの薬でなんとかできたからなぁ」
「人を助けて喜ばれるお仕事って、なんだか憧れちゃうね!」
聖南が楽しそうだ。フェイラストを尊敬の眼差しで見つめた。照れるぜ、とフェイラストが笑う。
「さて、それじゃあルレインシティに行きますかね」
踏み固められた道を進んでいく。しばらくは森の中だ。魔物も出てきた。フェイラストの速撃ちによって難なく事を終えた。
森を進んでしばらく経つ。ようやく木々がまばらになり、森の出口へとやって来た。久々の青空に一息ついた。
「ここからは、街道沿いに行けばルレインに辿り着く。海沿いの都市だから、海を見てればそのうち着くぜ」
ここの街道は整備され、土の道は平らに伸びていた。歩きやすく、もし馬車で移動したとしても不快な思いをしない。ぐんぐん先へ進んでいくと、遠くに街の影が見えた。
「あれがルレインシティだ。あと少しだな」
ふと、フェイラストは違和感を覚えた。不穏な気配が近づいてくる。太ももから二丁の銃を抜いた。ただならぬ気配にライン達も警戒する。空から黒い悪意が舞い降りた。頭が蛇の形をした、飛竜型のダーカーだ。背に翼を二対生やし、羽ばたいて浮いている。
「あの黒いやつ、何?」
「聖南はダーカーと戦うの初めてだっけ」
「うん。怖いね……」
聖南とルフィアの前に、ラインが立つ。彼は既に剣を抜いていた。ゆっくりとフェイラストも前にやって来る。
「女の子二人は下がってな」
ダーカーが吠える。ラインとフェイラストが地を蹴った。飛竜型ダーカーは蛇のように体をくねらせて上昇、翼を大きく広げてのしかかってきた。フェイラストがステップを踏んで回避行動を取る。ラインも駿足で回避した。銃声。フェイラストが一発撃ち込んだ。敵はひるまない。
「ルフィア、浄化の術式を頼む!」
「はい!」
ルフィアが詠唱を始めたのを見て、ダーカーがターゲットをルフィアに変えた。二人を無視してルフィアを狙う。
「おいおい、オレ達を無視すんなよ」
フェイラストがターンして翼を撃つ。穴があくもすぐに再生した。ラインが駿足を起動してダーカーの上へ瞬間移動する。上に乗って剣を突き立てた。聖剣の浄化の力に苦しみ、ダーカーの軌道が逸れた。
「ライン、降りろ!」
フェイラストの指示に従いダーカーから離れた。突き刺された部位が痛むのか、奇怪な悲鳴の声が響き渡る。
「お兄さんも本気出さねぇとな」
深緑色の瞳が光る。彼の目に上弦の三日月模様が浮かび上がる。ライン達に、何故闇を使えるのか語れなかった理由だ。
彼の目は、魔眼。闇の者の眼を持っていた。視界に弱点を示す赤の印が浮かぶ。飛竜型ダーカーの頭部に刻印が見える。
「そこかよ」
ただならぬ気配を感じ、ダーカーがフェイラストにターゲットを変えた。彼の眼鏡の奥の瞳が鋭くなる。弾丸に火の魔力を込めて撃った。狙い過たず赤い印を撃ち抜いた。ダーカーが断末魔を上げ地に伏した。暴れているが、もう飛ぶことはできないようだ。弾丸は中枢を貫いていた。
ルフィアが浄化の術式を発動する。白く美しい光に包まれて、ダーカーは浄化されて消失した。
「よし、一件落着だな」
フェイラストが魔眼を収めた。三日月模様が消える。魔眼の使用は誰も気づいていなかった。眼鏡を直す。
「ラインの動きは見切ることできそうにねぇな」
彼は皆のもとへ集まる。銃をしまった。
「新しいタイプのダーカーだったね」
「あたし、怖くて何もできなかった……」
「ダーカーとの戦いは、浄化の術式を使えないと延々と戦うはめになる。通常の攻撃は通らない。無理はするな」
「じゃあ、ダーカーが出てきたら、ルフィアのそばにいるね!」
「そりゃあいい。下手に動き回られると、こっちも狙うのが大変だからな」
気を取り直して、行こうぜ。フェイラストが声をかけて、皆は歩き出した。
途中で休憩を取り、街道をひたすら歩く。一回馬車とすれ違うだけで、人は少ない。聖南が声を上げた。
「ねえ、あの街がルレイン?」
指差す先に街並みが見えた。
「お、ルレインシティだな。やっと帰ってこれたぜ」
「疲れちゃったー! 休みたいー!」
「もうすぐだ。街で休もう」
機械都市ルレイン。街並みは異様な形を浮かべている。期待と不安を胸に、皆はルレインシティへと向かった。
空の上で浮遊し、見守る影があった。
「なんとかここまで来たかね。よしとするかな」
黒い彼女は転移し、姿を消した。
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