Ancient Artifact(エンシェント アーティファクト)

黒之輪

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第一章 帰還を目指して

20.【後編】天上界《ファンテイジア》

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 聖南の召喚した優馬ユウマと眷属の馬に乗って急いで戻ってきた彼らは、グローリアから煙が上がっているのを確認した。

「みんなで街を守らなきゃ!」

 聖南が鈴を鳴らして召喚術を発動した。喚び出されしは筋肉の発達した猛虎だった。優馬ユウマと並行に走る虎は、聖南を見てがうと吠える。

「ようやく当方を召喚してくれたな! 虎蓮コレン、主に従い敵を屠らん!」
「よろしく、虎蓮コレン!」

 虎を従え、一行はグローリアへと入った。騎士団が黒服と交戦中だ。皆は馬を下りる。聖南が優馬ユウマを戻した。

「もう一人、呼び出せる!」

 聖南が高らかに鈴を鳴らす。虎蓮コレンの隣に現れたは二足歩行の桃色のうさぎだ。腰にエプロンを巻いている。

卯沙ウシャ母さんを呼び出してくれてありがとう~! 母さん頑張っちゃうわよ!」
「お、お母さんなんだ」
「聖南姫の呼ぶ動物はキャラが濃いねぇ」

 ルフィアとフェイラストが笑う。武器を構えて、黒服と対峙した。

「みんなで倒すよ!」
「あぁ!」
天上界ファンテイジアに黒は似合わねぇんだよなぁ」

 一斉に散らばって駆け出す。ティファレトの入り口で追い返した仮面の男とは違って、攻撃は通りやすかった。ラインの駿足によって敵の体が泣き別れる。フェイラストの銃撃で蜂の巣にされた。

虎蓮コレン卯沙ウシャ母さん、サポートお願い!」
「応!」
「母さんだってやるときはやるのよ!」

 鋭い爪と牙を武器に戦う虎蓮コレンと、フライパンを敵に叩きつけることで屠る卯沙ウシャ。聖南を守りながら戦い、時に卯沙ウシャはフライパンから回復の光を飛ばして仲間を元気付けた。

「聖南のうさぎさんすげえな。治癒術もできるのかよ!」
「戦いやすくなるな」

 フェイラストとラインが前線を切り開く。黒服は次々に襲いかかってきた。ルフィアが氷と光の術式を合体させた新術を発動した。大きな氷の玉が弾けると、光の矢に変化して黒服を貫く。浮遊する何体かを地面に引きずり下ろした。そこを聖南が地の術式で閉じ込める。黒服の四肢は岩に包まれ身動きが取れなくなった。

「ルフィア様!」

 声に振り向く。ハウトレイがペガサスに股がって空から舞い降りた。

「ご無事でしたか!」
「ハウトレイ、伝令の兵が」

 ティファレトの前で自分達に伝令を飛ばした兵が黒服にやられたことを伝える。彼は悔しそうな顔をした。

「惜しい者を亡くしてしまった。彼のためにも奴等を追い返します!」
「浄化の術式を展開したいの。時間を稼いでくれる?」
「分かりました。ルフィア様のサポートを致します!」
「オレ達もやるぜ!」
「ルフィア、浄化の力でやっつけて!」
「防衛は任せろ。やってやる」
「ありがとう、みんな」

 ルフィアを背に、皆が戦いに赴く。黒服は徐々にこちらへ集まり始めていた。ハウトレイは騎士団へ指示を出しにペガサスを飛ばす。

「我ら天聖の騎士団、ルフィア様の援護に回るぞ! 黒服を寄せ付けるな!」

 遠巻きに黒いのが見ていた。剣に指示を出す手を休めずに彼らを見守る。

「私の出番は無さそうだね」

 安心したように笑って、黒いのはサポートに回る。一対の剣に指示を出し始めた。彼女はまるで踊るような動きを見せる。彼女が舞えば一対の剣が宙を舞う。彼女の剣舞に黒服は次々に斬り伏せられた。

「頑張れよ。期待してんだからさ」
 にゃは、と猫のような笑みを浮かべて剣を舞い上げる。

「おらおらぁ!」

 フェイラストが浄化の力が込められた弾丸で黒服の数を減らす。浄化の力は効くようだ。

「はぁっ!」

 ラインが剣を振るう。浄化の力を持つ聖剣で斬り落とせば、黒服は粒子となって浄化された。

「そぉれ!」

 聖南は鈴を鳴らして地の術式を放つ。威力の大きな地を揺るがす術式だ。浮遊する黒服を岩が掴み、地面に叩きつけた。果実が弾けるようにびちゃりと潰れる。穢れが溢れだしていた。

「あ、あんまり良くなかったかな?」
「いいや、充分だぜ聖南」

 フェイラストが後退してきた。すぐさま銃撃を黒服に浴びせる。マガジンを切り替え、火の術式の込められた弾をセットした。

「ついでにオレの眼で覗いてやろうかなぁ?」

 魔眼を起動する。黒服を見ると、弱点を示す赤い印が付いていなかった。

「なんだと」

 フェイラストは即座に屋根の上へ移動した。魔眼で見渡すと、白亜の城に緑の印が浮かび上がった。緑の印は穢れの濃い部分を示していると同時に重要な印であった。そこを狙えば態勢が大きく変化するかもしれない。

「ルフィア、城だ! 城を浄化するんだ!」

 フェイラストが叫ぶ。ルフィアが大きくうなずいた。

「浄化の力よ、お願い!」

 詠唱を終えたルフィアが広範囲に渡る浄化の術式を放つ。場を制圧するかのような力は、グローリアの街全体を覆い尽くした。浄化を司る紋が空に浮かんだ。光が雨のように降り注ぐ。黒服が次から次へと浄化されていったが、減った分が補填されていく。数が一向に減らない。

「城を狙え!」

 フェイラストが指差す。ルフィアは城に向けて単体を効果的に浄化する術式を放った。緑の印が浄化の術式を受けて赤へと変わった。

「あと一押しなんだ、もう少しだ!」

 フェイラストの言う通りに城を浄化すると、黒服の補填が収まった。次々に粒子となって浄化される黒服。ルフィアはもっと力を込めて術式を放つ。場を制圧する術式が黒服を減らし、単体を狙う術式が城を浄化する。

「もう少しが、足りない……!」
「ほらよ」

 隣に現れた黒いのが、光の剣を飛ばして、発動しているルフィアの術式の中心に突き刺した。フェイラストの眼に映る赤い印が砕け散る。瞬間、全ての黒服が蒸発した。術式を徐々に弱めていく。ルフィアはその場にへたりこんでしまった。

「場を制圧しながら強化された術式を単体に向けるなんて高等技術、よくやる気になったな、ルフィア嬢」
「そうしようと思ったら、できちゃった」

 黒いのが手を差し伸べる。彼女の手を取りルフィアは立ち上がった。

「ありがとう、クロエ」
「あいよ、クロエさんも頑張ったぜ」

 聖南とラインが戻ってくるのが見えた。フェイラストも屋根から下りてくる。近くにいた騎士団員も武器を収めて警戒を解いた。

*******

 混乱は収束し、街も落ち着きを取り戻していく。一行は騎士団に連れられ玉座の間へとやって来た。レミエル王と城に住む賢者達が迎えた。ハウトレイがひざまずく。

「此度の騒動を収めた者達をお連れしました」
「ご苦労。ハウトレイ始め騎士団の者達もよくやりましたね」

 幼さ残る青年は玉座から立ち上がる。耳の翼がぴくりと動く。

「穢れを放つ者がいるぞ」
「あの金髪の男、どこかで見たことがないか?」
「小娘共がでしゃばりおって」

 ざわつく賢者達を一瞥する。王の視線に気づいた彼らは咳払いをして誤魔化した。

天上界ファンテイジアの王として君達を祝福します。ありがとう」

 咳払いが聞こえた。賢者の一人が小さく手を上げる。

「あの、そちらの旅のかたがた」
「はい、なんでしょう」
「そちらの中に穢れを放つ者がいるようだが? 今回の騒動はその者が誘導したのではないか?」
「彼は私達の仲間です。穢れを持っていたとしても、大切な仲間です。彼はずっと私と一緒にいました。ハウトレイ団長からの試練を受けて、見事こなして帰ってきたのですよ。それで信用に足るはずです」

 ルフィアの発言にざわつく賢者達。

 まさかそんな訳ないだろう。
 穢れを放つ者が何故天上界ファンテイジアにいるんだ。
 天使の世界には必要ない。
 堕天使ではないのか。

「黙りなさい」

 レミエルの声に賢者は少しずつ静かになった。

「あとで僕の部屋に来てください。ハウトレイ、彼らの案内お願いしますよ」
「はっ」
「ルフィア、またあとで」
「うん、分かった」

 ハウトレイに連れられて、皆は玉座の間から出ていった。

「レミエル王、あやつらの中にいた金髪の男……」
「僕も似ていると思います。それよりも、先ほどの言葉、よろしくないですよ」
「は、はい……」

 深く頭を垂れ、賢者は引き下がった。


 ハウトレイに連れられて、レミエルの私室へ移動する。

「失礼のないようにな」
「はい!」
「お邪魔しまーす」

 扉の向こうは高貴な道具や飾りで占められていた。それでも机の上は質素だった。来客用の椅子に腰かける。レミエルを待つことにした。

「聖南はお姫様だから、あんまり違和感ないね」
「あたしの部屋はきらきら少ないよー?」
「ほんとかねぇ」
「ほんとだよー!」

 他愛ない会話をしながら待つ。黒いのが部屋を見回す。この部屋唯一の本棚をいじる。壁際にある本棚の本を動かし、棚の中で交差すると。本棚が横に動いた。

「な、何してんの?」

 聖南が驚いて立ち上がる。壁に寄りかかっていたラインも体で壁を押してすっと立つ。

「隠し扉か?」
「いんや、地下への入り口よ」

 皆が興味津々に下へ続く階段を眺める。がちゃりと扉が開く音。レミエルが入ってきた。

「こら、人の隠し扉を開けない」

 レミエルに怒られた。仕方がないので黒いのは本を元に戻して本棚を動かした。

「気になるじゃないのよー」
「そこは有事の時に僕が逃げるための隠し通路だよ。気になるものはないから、忘れてね」

 レミエルが黒いのを見てこらと叱る。彼女は手をひらひらしてごめんと謝った。皆はまた椅子に腰かけた。ラインは壁に体を預ける。黒いのは本棚のそばにいた。
 レミエルは自分用の椅子に座る。

「さてと。賢者達もざわついていたけど。ライン、君について聞きたい」

 壁に寄りかかっていたラインの顔が上がる。レミエルと視線が交錯した。

「初めてあったときから、君は似ていると思っていました。……かつて、地上に降りて悪魔と戦った熾天使を知っていますか?」
「あぁ。知っている」
「君は彼とよく似ています。何故なのか、分かりますか?」

 ラインは瞳を伏せた。語るべきか悩んだ。

「あんたさんが語らないなら、私が代わりに言うけど?」
「いや、自分の口から言おう。どこから話せばいいのか」

 ラインは腕を組んで壁に頭を付けて天井を見た。深く吸って一息吐く。レミエルとまた視線を合わせる。

「『熾天使量産計画』。堕淫魔リリス、そしてダーカーが行っていた計画。熾天使の遺体から抽出した遺伝子を使い、現代によみがえらせるための」
「『熾天使量産計画』?」
「リリスは天使だった時から熾天使を愛していた。堕天使になり大戦で死んだが、闇と穢れを喰らって復活した。どうやら、狂ったように愛していたそうだ。ダーカーと共にゲヘナを創り、そこに研究施設を用意した。計画によって実験体として創られた三千人の内、とても良い状態だった奴が生まれる。……それが俺です」

 フェイラストが眼鏡を直す。伏せた瞼の奥で忌まわしき活動を思い出していた。人を動物どころか素材のように扱う恐ろしい実験を。

「つまり君は、新たな熾天使として生み出されたということですか?」
「少し違います。再びリリスが熾天使に愛されるがために実験体を作っていた。愛玩用のために」

 黒いのは口を一文字にして、鋭い眼差しでラインを見ていた。彼のことは、知りすぎているくらい知っていた。

「君が穢れを含んだ理由は、そのために?」
「……かつての大戦で封じられた魔王の息子が、俺の背に刻まれた刻印にいて。そいつが俺の固有魔力すら汚染し、現在も蠢いている状態が続いています。穢れを感じるのはそのせいかと」

 ルフィアは静かに彼の語りを聞いていた。自分はゲヘナに誘拐されたとき、夢魔に操られて身動きがとれなかった。ラインのことを知ったのは、接触実験の七日間が行われた時だ。彼の言葉に助けられ、救われたのを思い出した。

「なるほど。背中に魔王の息子が潜んでいるのか……。それが表に出ることは?」
「何度かあります。俺が強い殺意や憎悪に飲まれた時に顔を出すらしくて。今はルフィアの癒しの力によって大人しくしています。何度か浄化の術式をかけてもらって、今は眠っているみたいです」

 聖南は彼の話を聞いて、とんでもないことが起きているんだと知った。ラインを詳しく知ることは今までなかった。こうして話を聞いて自分の想像を越えた域にいるのだと実感する。緊張した面持ちで二人の顔を見ていた。

「君が熾天使に似ていたのはそのせいなのか。分かりました。穢れが蝕む天使、か。けれど、ハウトレイの試練を乗り越えて、火の精霊サラマンダーと契約できたんだ。君はきっと、すごく強くなれますよ」

 レミエルが笑顔で答える。

「固有魔力にこびりつく穢れを消す方法は今のところ存在しない。刻印のせいで沈着した穢れを落とすのは、並大抵のことじゃできないですね」
「一生このままか、魔王の息子が浄化されればあるいは、といったところです」
「……分かりました。話してくれてありがとう」

 レミエルは立ち上がって、黒いのに近づいた。いや、本棚に用があった。先ほど黒いのがやったように本を動かしていく。地下への入り口を現した。

「さっきも言ったけど、僕の有事の時に使う逃げ道ですからね。ここからグローリアの外へ出られます。花園の入り口に出られるはずですよ」
「人に忘れろって言っておきながら、急にどういう風の吹き回しだい?」

 黒いのを見て、レミエルは苦笑いする。

「ラインのことをよく思っていない賢者がいてね。彼らに攻撃されないようにと思って。ここからなら静かに出られますよ」

 皆が立ち上がる。ラインはレミエルに礼を言った。黒いのは地下階段を下り始めた。

「君の道はきっと険しい。それでも必ず救いはあるはず。頑張ってください。また、グローリアにみんなで遊びに来てくださいね」
「……また来ます」

 ラインは地下階段を足早に下りていった。残る皆も後に続いた。


 地下は、等間隔に壁掛けの燭台が灯されていた。足元に注意しながら、長い通路を進んでいく。

「ラインさんは、大変な目に遭ってきたんだね」
「さっき話したのはほんの一部さ。本当はもっと長い。半年ほどゲヘナで実験される毎日を送ってきたからな」
「お前は半年だけど、オレはそれより少し長いぜ。期間が長いからって自慢にはならねぇけどな」
「私は、誘拐されてから覚えてない。夢魔に入られて、乗っ取られてたから、記憶がおぼろげなの」
「おぼろげで済ませられるならその方がいい。はっきりと覚えてるほどきついものはないさ」

 ラインは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。思い出したくないのに思い出してしまう。フラッシュバックすることもあった。


 更に通路を進む。燭台の明かりがあるおかげで迷わず進むことができた。歩き始めてから五分は経っただろうか。壁に突き当たるとはしごが伸びていた。ラインを先頭にはしごを上り、ふたを開ける。花の香りがふわりと鼻をくすぐった。ふちに手をかけて体を持ち上げる。楽園の花園に出られたようだ。

「本当に出られるんだな」

 皆が外へと出てくる。ふたを閉めた。花園の花は動いて彼らの立つ場所を避けるように移動した。

「さて、無事にグローリアから出られたところでどうするよ?」

 フェイラストが皆に尋ねた。聖南とルフィアが顔を見合わせてから、フェイラストに向き直る。

「ラインの家に行こうよ!」
「ラインさんのおうちに行こ!」

 二人同時に、息ぴったりに答えた。ラインがおいおい、と苦笑する。

「帝国は戦争中だ。街に入るのは不可能に近いぞ」
「大丈夫だよ。私達には王様が身分を保証してくれるもの、二つもあるじゃない」
「きっと通してくれるよー!」
「通してくれたら天上界ファンテイジア目指さなかっただろぉ。お前らなぁ」
「一か八かやってみるか」
「お前も乗り気かよ!」

 話し込む彼らを見て、黒いのは少しずつ後ろに下がっていく。

「ここからは干渉しない方がいいかな。一旦私はおさらばするよ」

 転移をして一人帰るべき場所に帰った。ラインが気づいて振り返るも、既に黒い彼女の姿はなかった。

「クロエ嬢はどこいったんだ?」
「いつの間にかいなくなったね」
「いなくていいよ、あんなヤツ」

 聖南が膨れっ面で黒いのを思い出す。やっと嫌なヤツが消えたとぼやいた。

「転移するぞ。目的地はどうする」
「帝国本土に行く前に、一旦港町で情報を集めた方がいいと思うぞ」
「となると、帝国の港町ワイアットだな。そこへ転移する」
「みんな、ラインの近くに寄って」

 皆はラインの近くに集まった。ラインが転移を起動する。

 皆の家に帰る、最後の地点。ラインの家に向けて出発した。
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