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第二章 父の面影
28.船を借りよう
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五人は転移で真国へと渡った。真国の固定転移紋は最近整備されたばかりだ。湊町の楽来から橋で繋がる本島へ。かつて悪代官によって悪政だった真国は、帝の復帰により活気を取り戻していた。
「恵鼠、出てきて!」
聖南が鈴を鳴らす。頭の上に恵鼠が召喚された。
「おー、聖南! なんだ、もう帰ってきたのか?」
「実は父上に用があるんだ。一緒に行こ!」
「おう!」
先頭を歩く聖南の後ろ姿を見て、ルフィアはふふ、と小さく笑う。フェイラストが恵鼠をつついた。彼のサングラスがずれる。少しむっとしてフェイラストに文句を言った。キャスライがそれを見て笑う。
「さて」
ラインは後方からついていく。彼らは真国の街中を緩やかに進んでいった。
街の中でも聖南は人気者だった。通る人皆が声をかけてくる。聖南は笑顔で民に応える。赤子を連れてきた母親が名を決めてほしいと迫ってくる場面もあった。彼女は縁起のいい名前をつけてあげた。
宮廷にやって来ると、静かで厳かな雰囲気に包まれる。聖南が道案内をして、彼女の父――白羽奏輝の部屋へと入った。
「父上、ただいま!」
「恵鼠様も帰ってきたぜ!」
しかし部屋には誰もいなかった。皆が廊下で待っている。聖南は部屋の隅まで調べたが奏輝の影も形もない。
「父上、どこぉー!?」
がっかりした声を残して、聖南は部屋を出た。廊下で待たせた仲間が慰める。
「他にいそうな場所はどこ?」
「うーん、父上の好きな場所、かな」
「行ってみようぜ」
聖南に案内してもらい、宮廷を巡る。鯉泳ぐ池にかかる太鼓橋。謁見の間。どこに行っても奏輝はいない。
「あら、姉様!」
がっかりしている聖南に声をかけたのは妹の玲奈だ。聖南は彼女に抱きついた。
「父上いないんだけどぉ」
「父上は今、エイト・シャンバル王国の王様と会談中よ。留守なの」
「ふぇっ!?」
最後の追い討ちをかけられ、変な声を出した聖南は後方にふらふらと下がって、キャスライにぶつかった。
「聖南の奴がショートしやがったぞ!」
恵鼠が髪を引っ張るが反応が無い。口から魂のようなものまで出てきている。キャスライが気づいて慌てて押し戻した。
「姉様、そんなに父上と会いたかったの?」
ルフィアが代わりに説明した。閉鎖大陸に行くために海か空の船を貸してほしいと。
「そうでしたか。では、父上が戻られてからになりますね」
「父上ぇ~……」
へなへなした聖南をキャスライが立たせた。顔がやっといつもの顔に戻る。恵鼠が髪を引っ張ると、今度は痛いと返ってきた。
「聞いてたか、聖南」
「聞いてたよ。父上、こんなときにいないなんて」
「明日には帰ると思うので、お待ちになりますか?」
「じゃあ、待つことにしよ」
「僕もその方がいいと思うな」
皆の意見がまとまる。聖南は宮廷に残ると言って別れた。四人は街に繰り出す。
「聖南のあの様子だと、今すぐにでも出発したかったんだな」
「みんなの役に立ちたいって言っていたからね。人一倍その気持ちが強いんだと思うよ」
「まさかの留守だもんなぁ。聖南姫、報われねぇぜ」
「でも、明日には帰ってくるんだし、ゆっくり待とうよ」
宿を借りて彼らは部屋に入った。思い思いに過ごす。
「オレは借りてきた本をもう一回読み直すとするさ」
「僕もフェイラストと一緒にいるよ。二人はどうする?」
「じゃあ、私はラインと外に行ってくるね。夕方には戻るよ」
ラインに呼び掛ける。彼を連れてルフィアは宿を出た。
「二人で歩くのも、なんだか久しぶりだね」
「そうだな」
道を進む。民は働き、隣人と会話し、子ども達は元気に遊び回る。
「平和だね。ひずみも見当たらないし、黒服もいないし」
「突然現れることがあるから、油断はできないぞ」
「そうだけどさ。平和な今を楽しもうよ」
ルフィアが手を後ろに組んで少し屈み、ラインを見る。彼は一瞥しただけで特に気にしていなかった。むー、とルフィアがうなる。
「兄さんは二人きりになってもなんとも思わないんだなぁ」
「恋人として見ろと?」
「うーん、お兄ちゃんって意識以外に感じないからなぁ」
「じゃあ妹として見ればいいのか?」
「そういうことじゃなくてー! もう、頭固いんだから」
ルフィアの言いたいことが分からず、ラインは頭を掻いた。彼にとって乙女心は難しすぎた。困ってため息を吐く。ラインはそっと手を差し出した。
「手くらい繋いでやる」
「あらあら、ふふ」
ルフィアは嬉しそうに手を繋いだ。ラインの温かな手の温度を感じる。何度この手に頭を撫でられ、安心したことか。
「大人になってから、こうするの少なくなったね」
「……そうだな」
「ラインは私のこと好き?」
「仲間として信頼している」
しれっとして答える。ルフィアがもう、とむっとした。
「冗談ではないんだが」
「分かってますー」
手を繋いで二人は真国を散歩する。街の活気からは遠ざかり、神社へやって来た。立派な犬の石像が向かい合っている。朱色の柱に白い壁は、宮廷と同じ作りでできていた。
「聖南から教えてもらったの。お金を賽銭箱に入れて、願いをお祈りするんだって」
賽銭箱の前にやって来た。硬貨を出してそっと投げる。ルフィアが鈴を鳴らす。二礼二拍手。お祈りをする。ラインは彼女の作法を見て真似をする。
「よし」
「何を願ったんだ?」
「ひーみーつ」
ルフィアはウインクして口元に人差し指を当てた。ラインは困ったように笑った。
二人は再び手を繋ぎ、ゆっくり宿に戻ることにした。手のぬくもりを感じながら。
宿に帰ると、キャスライとフェイラストが本を読み返して気づいたことをまとめていた。ラインはベッドサイドに座って目を通す。ルフィアも隣に座って眺めた。
「魔劫界は気温が低く基本的に寒い。空は曇っていて、晴れても赤い空が広がっているそうだぜ」
「フェイラストの言うことを僕が書いたんだよ。難しい話だけど、なんとか理解できたよ」
彼らの話を聞きながら目を通していく。
魔劫界の気候については先ほどフェイラストが言った通りだ。大陸のほとんどに悪魔や魔物が住み着いている。本に記載されていた冥府行きの転移の紋は、針山の中にあるという。死地の汚泥と呼ばれる泥が世界の半分を占め、泥の中心部に断罪の大樹が汚泥を吸収しているとのこと。
「断罪の大樹なんて初めて聞いたぜ。どうやら天上界にも似たような大樹が生えているそうだぞ」
「子どもの頃、お父さんが教えてくれた。天上界の東端にある天光の大樹が、天上界にある浄化された魂を星に還してるって。楽園の花園の花ひとつひとつが、浄化された魂なんだって」
「魔劫界にある断罪の大樹は何をしてるんだ?」
「断罪の大樹は、死地の汚泥に溶け込んだ不浄な魂を吸収して、魔力の素……プリエに変換してから星へ還すの。プリエになった魂は、彩星エルデラートの魔力場に送られて、新たな命に生まれ変わるの」
「天上界と魔劫界で、星を巡る魔力の循環がおこなわれているのか」
「世界の構造、僕も初めて知ったよ」
「オレも驚いたぜ。普通に生きていたら知らないことだからな」
「これから、たくさんの知らないことの中に飛び込んでいくんだよ」
ルフィアが笑う。フェイラストもつられて笑った。
「まぁしかし、魔劫界か。普通に生きていたら絶対に行かない世界。どうなってるんだろうな」
「本を読んでいたらわくわくしてきたよね!」
「明日聖南に伝えてあげようね」
皆は夜遅くまで起きていた。明日を楽しみにして話し合い、ようやく就寝した。
*******
少し遅い朝を迎えて、皆は宮廷に入って聖南と合流した。玲奈が丁寧に奏輝の部屋へ案内してくれた。奏輝は朝に帰ってきて待っていた。
「お邪魔します」
「おう。愛い娘の仲間達。俺に何か用か?」
快活な奏輝は椅子の上にあぐらをかいて座る。ライン達を一人一人見た。鋭い緑の瞳に見られキャスライがびくりと姿勢を正す。
「父上、あたし閉鎖大陸に行きたいの! 海か空の船を貸して!」
聖南の願いに笑顔で頷いた。が、すぐに真剣な顔に変わる。
「閉鎖大陸に行くのは危険すぎる。あの大陸は奴隷の地でもあるんだぞ」
「分かってるよ。それでも行かなきゃいけないの。あたしもみんなと旅をして、世界を見てきたいもん!」
聖南の強い思いは確かに伝わっていた。うんうんと奏輝は頷く。玲奈は心配そうに見守っていた。ラインが一歩前に出る。
「俺達が聖南を守ります。必ずまたここに連れてきます。信じてもらえないでしょうか」
奏輝は視線をラインに向けた。威圧感が凄まじい。そこにいるだけで奏輝は他を圧倒していた。ラインは視線にひるまず返事を待つ。
「必ず連れてくると言ったな。嘘であれば打ち首だぞ」
「それも覚悟の上です。聖南は大切な仲間です。俺達に必要なんです」
「ラインさん……!」
奏輝はラインと仲間達をもう一度見た。皆いい顔をしている。彼らから充分に覚悟を感じ取った。
「かはははは!」
突如奏輝が笑いだした。驚いて思わず身構えてしまう。いやいや、と奏輝は手を振った。
「お前達なら任せられそうだ。俺の娘をよろしく頼むぞ」
一同顔が明るくなる。聖南はやった、と腕を突き上げて喜んだ。玲奈もほっとした様子で笑みがこぼれた。ラインは息を吐いた。鋭い視線に緊張していたのだ。
(凄まじい闘気だった。ただ者じゃない。何か武を極めた者の目だ)
もう一度奏輝を見る。彼は呵々と笑っていた。帝ではなく愛する娘の父親がそこにいた。
「船を貸してやろう。空の船の方が早く着く。彩行船のひとつ借りるなど容易いことよ!」
奏輝が椅子から下り、聖南を抱き上げた。たくましい体つきの奏輝は軽々と聖南を持ち上げる。
「父上ぇ! もうそんな歳じゃないってばぁ!」
聖南が慌て始めたので仕方なく下ろしてあげた。奏輝は口を尖らせて子どものように拗ねる。
「カカカ、聖南、頑張ってこいよ」
「頑張るよー!」
こうして、奏輝から彩行船の用意ができるまで待機することに。その間に聖南が行きたいところがあるらしく、仲間を連れて向かった。宮廷から西に行ったところに、立派なお墓が立てられている。
「母上、あたしが話してた友達、連れてきたよ」
「お母さんのお墓?」
「うん。母上のお墓」
聖南は恵鼠を呼び出す。頭の上に現れた彼は、場所を理解するとサングラスを取って墓に一礼した。
「あたし、これから魔劫界に行くんだよ。どんなところかわくわくするよ。みんなもいるから大丈夫。恵鼠もいる。ちゃんと帰ってくるからね!」
「聖南のことは任せておけって。恵鼠様がなんとかするぜ」
母の墓に聖南は手を合わせた。ライン達も真似して手を合わせる。聖南がこちらを向いた。
「魔劫界に行ったらしばらく帰れないから、必要なものは真国で揃えていこうね!」
「もういいのか?」
「うん。いってきますって、ちゃんと言ったよ!」
いつもの明るい聖南に戻った。改めて仲間に加え、彼らは彩行船の準備が終わるまでの間、真国を眺めていこうと決めた。
昼を過ぎた頃、彩行船の準備ができたと報告があってポートへとやって来た。必要物資は買いそろえた。いつでも出発できる。
「姉様、いってらっしゃい」
「うん、いってくるよ!」
「お前達、聖南を頼んだぞ」
「分かりました!」
彩行船へ乗り込んだ。皆は甲板へと出てくる。聖南が窓に手をついて、いってきますと大声で言った。
まだ見ぬ地へと。彩行船は空を進む。
さぁ、閉鎖大陸へ。
「恵鼠、出てきて!」
聖南が鈴を鳴らす。頭の上に恵鼠が召喚された。
「おー、聖南! なんだ、もう帰ってきたのか?」
「実は父上に用があるんだ。一緒に行こ!」
「おう!」
先頭を歩く聖南の後ろ姿を見て、ルフィアはふふ、と小さく笑う。フェイラストが恵鼠をつついた。彼のサングラスがずれる。少しむっとしてフェイラストに文句を言った。キャスライがそれを見て笑う。
「さて」
ラインは後方からついていく。彼らは真国の街中を緩やかに進んでいった。
街の中でも聖南は人気者だった。通る人皆が声をかけてくる。聖南は笑顔で民に応える。赤子を連れてきた母親が名を決めてほしいと迫ってくる場面もあった。彼女は縁起のいい名前をつけてあげた。
宮廷にやって来ると、静かで厳かな雰囲気に包まれる。聖南が道案内をして、彼女の父――白羽奏輝の部屋へと入った。
「父上、ただいま!」
「恵鼠様も帰ってきたぜ!」
しかし部屋には誰もいなかった。皆が廊下で待っている。聖南は部屋の隅まで調べたが奏輝の影も形もない。
「父上、どこぉー!?」
がっかりした声を残して、聖南は部屋を出た。廊下で待たせた仲間が慰める。
「他にいそうな場所はどこ?」
「うーん、父上の好きな場所、かな」
「行ってみようぜ」
聖南に案内してもらい、宮廷を巡る。鯉泳ぐ池にかかる太鼓橋。謁見の間。どこに行っても奏輝はいない。
「あら、姉様!」
がっかりしている聖南に声をかけたのは妹の玲奈だ。聖南は彼女に抱きついた。
「父上いないんだけどぉ」
「父上は今、エイト・シャンバル王国の王様と会談中よ。留守なの」
「ふぇっ!?」
最後の追い討ちをかけられ、変な声を出した聖南は後方にふらふらと下がって、キャスライにぶつかった。
「聖南の奴がショートしやがったぞ!」
恵鼠が髪を引っ張るが反応が無い。口から魂のようなものまで出てきている。キャスライが気づいて慌てて押し戻した。
「姉様、そんなに父上と会いたかったの?」
ルフィアが代わりに説明した。閉鎖大陸に行くために海か空の船を貸してほしいと。
「そうでしたか。では、父上が戻られてからになりますね」
「父上ぇ~……」
へなへなした聖南をキャスライが立たせた。顔がやっといつもの顔に戻る。恵鼠が髪を引っ張ると、今度は痛いと返ってきた。
「聞いてたか、聖南」
「聞いてたよ。父上、こんなときにいないなんて」
「明日には帰ると思うので、お待ちになりますか?」
「じゃあ、待つことにしよ」
「僕もその方がいいと思うな」
皆の意見がまとまる。聖南は宮廷に残ると言って別れた。四人は街に繰り出す。
「聖南のあの様子だと、今すぐにでも出発したかったんだな」
「みんなの役に立ちたいって言っていたからね。人一倍その気持ちが強いんだと思うよ」
「まさかの留守だもんなぁ。聖南姫、報われねぇぜ」
「でも、明日には帰ってくるんだし、ゆっくり待とうよ」
宿を借りて彼らは部屋に入った。思い思いに過ごす。
「オレは借りてきた本をもう一回読み直すとするさ」
「僕もフェイラストと一緒にいるよ。二人はどうする?」
「じゃあ、私はラインと外に行ってくるね。夕方には戻るよ」
ラインに呼び掛ける。彼を連れてルフィアは宿を出た。
「二人で歩くのも、なんだか久しぶりだね」
「そうだな」
道を進む。民は働き、隣人と会話し、子ども達は元気に遊び回る。
「平和だね。ひずみも見当たらないし、黒服もいないし」
「突然現れることがあるから、油断はできないぞ」
「そうだけどさ。平和な今を楽しもうよ」
ルフィアが手を後ろに組んで少し屈み、ラインを見る。彼は一瞥しただけで特に気にしていなかった。むー、とルフィアがうなる。
「兄さんは二人きりになってもなんとも思わないんだなぁ」
「恋人として見ろと?」
「うーん、お兄ちゃんって意識以外に感じないからなぁ」
「じゃあ妹として見ればいいのか?」
「そういうことじゃなくてー! もう、頭固いんだから」
ルフィアの言いたいことが分からず、ラインは頭を掻いた。彼にとって乙女心は難しすぎた。困ってため息を吐く。ラインはそっと手を差し出した。
「手くらい繋いでやる」
「あらあら、ふふ」
ルフィアは嬉しそうに手を繋いだ。ラインの温かな手の温度を感じる。何度この手に頭を撫でられ、安心したことか。
「大人になってから、こうするの少なくなったね」
「……そうだな」
「ラインは私のこと好き?」
「仲間として信頼している」
しれっとして答える。ルフィアがもう、とむっとした。
「冗談ではないんだが」
「分かってますー」
手を繋いで二人は真国を散歩する。街の活気からは遠ざかり、神社へやって来た。立派な犬の石像が向かい合っている。朱色の柱に白い壁は、宮廷と同じ作りでできていた。
「聖南から教えてもらったの。お金を賽銭箱に入れて、願いをお祈りするんだって」
賽銭箱の前にやって来た。硬貨を出してそっと投げる。ルフィアが鈴を鳴らす。二礼二拍手。お祈りをする。ラインは彼女の作法を見て真似をする。
「よし」
「何を願ったんだ?」
「ひーみーつ」
ルフィアはウインクして口元に人差し指を当てた。ラインは困ったように笑った。
二人は再び手を繋ぎ、ゆっくり宿に戻ることにした。手のぬくもりを感じながら。
宿に帰ると、キャスライとフェイラストが本を読み返して気づいたことをまとめていた。ラインはベッドサイドに座って目を通す。ルフィアも隣に座って眺めた。
「魔劫界は気温が低く基本的に寒い。空は曇っていて、晴れても赤い空が広がっているそうだぜ」
「フェイラストの言うことを僕が書いたんだよ。難しい話だけど、なんとか理解できたよ」
彼らの話を聞きながら目を通していく。
魔劫界の気候については先ほどフェイラストが言った通りだ。大陸のほとんどに悪魔や魔物が住み着いている。本に記載されていた冥府行きの転移の紋は、針山の中にあるという。死地の汚泥と呼ばれる泥が世界の半分を占め、泥の中心部に断罪の大樹が汚泥を吸収しているとのこと。
「断罪の大樹なんて初めて聞いたぜ。どうやら天上界にも似たような大樹が生えているそうだぞ」
「子どもの頃、お父さんが教えてくれた。天上界の東端にある天光の大樹が、天上界にある浄化された魂を星に還してるって。楽園の花園の花ひとつひとつが、浄化された魂なんだって」
「魔劫界にある断罪の大樹は何をしてるんだ?」
「断罪の大樹は、死地の汚泥に溶け込んだ不浄な魂を吸収して、魔力の素……プリエに変換してから星へ還すの。プリエになった魂は、彩星エルデラートの魔力場に送られて、新たな命に生まれ変わるの」
「天上界と魔劫界で、星を巡る魔力の循環がおこなわれているのか」
「世界の構造、僕も初めて知ったよ」
「オレも驚いたぜ。普通に生きていたら知らないことだからな」
「これから、たくさんの知らないことの中に飛び込んでいくんだよ」
ルフィアが笑う。フェイラストもつられて笑った。
「まぁしかし、魔劫界か。普通に生きていたら絶対に行かない世界。どうなってるんだろうな」
「本を読んでいたらわくわくしてきたよね!」
「明日聖南に伝えてあげようね」
皆は夜遅くまで起きていた。明日を楽しみにして話し合い、ようやく就寝した。
*******
少し遅い朝を迎えて、皆は宮廷に入って聖南と合流した。玲奈が丁寧に奏輝の部屋へ案内してくれた。奏輝は朝に帰ってきて待っていた。
「お邪魔します」
「おう。愛い娘の仲間達。俺に何か用か?」
快活な奏輝は椅子の上にあぐらをかいて座る。ライン達を一人一人見た。鋭い緑の瞳に見られキャスライがびくりと姿勢を正す。
「父上、あたし閉鎖大陸に行きたいの! 海か空の船を貸して!」
聖南の願いに笑顔で頷いた。が、すぐに真剣な顔に変わる。
「閉鎖大陸に行くのは危険すぎる。あの大陸は奴隷の地でもあるんだぞ」
「分かってるよ。それでも行かなきゃいけないの。あたしもみんなと旅をして、世界を見てきたいもん!」
聖南の強い思いは確かに伝わっていた。うんうんと奏輝は頷く。玲奈は心配そうに見守っていた。ラインが一歩前に出る。
「俺達が聖南を守ります。必ずまたここに連れてきます。信じてもらえないでしょうか」
奏輝は視線をラインに向けた。威圧感が凄まじい。そこにいるだけで奏輝は他を圧倒していた。ラインは視線にひるまず返事を待つ。
「必ず連れてくると言ったな。嘘であれば打ち首だぞ」
「それも覚悟の上です。聖南は大切な仲間です。俺達に必要なんです」
「ラインさん……!」
奏輝はラインと仲間達をもう一度見た。皆いい顔をしている。彼らから充分に覚悟を感じ取った。
「かはははは!」
突如奏輝が笑いだした。驚いて思わず身構えてしまう。いやいや、と奏輝は手を振った。
「お前達なら任せられそうだ。俺の娘をよろしく頼むぞ」
一同顔が明るくなる。聖南はやった、と腕を突き上げて喜んだ。玲奈もほっとした様子で笑みがこぼれた。ラインは息を吐いた。鋭い視線に緊張していたのだ。
(凄まじい闘気だった。ただ者じゃない。何か武を極めた者の目だ)
もう一度奏輝を見る。彼は呵々と笑っていた。帝ではなく愛する娘の父親がそこにいた。
「船を貸してやろう。空の船の方が早く着く。彩行船のひとつ借りるなど容易いことよ!」
奏輝が椅子から下り、聖南を抱き上げた。たくましい体つきの奏輝は軽々と聖南を持ち上げる。
「父上ぇ! もうそんな歳じゃないってばぁ!」
聖南が慌て始めたので仕方なく下ろしてあげた。奏輝は口を尖らせて子どものように拗ねる。
「カカカ、聖南、頑張ってこいよ」
「頑張るよー!」
こうして、奏輝から彩行船の用意ができるまで待機することに。その間に聖南が行きたいところがあるらしく、仲間を連れて向かった。宮廷から西に行ったところに、立派なお墓が立てられている。
「母上、あたしが話してた友達、連れてきたよ」
「お母さんのお墓?」
「うん。母上のお墓」
聖南は恵鼠を呼び出す。頭の上に現れた彼は、場所を理解するとサングラスを取って墓に一礼した。
「あたし、これから魔劫界に行くんだよ。どんなところかわくわくするよ。みんなもいるから大丈夫。恵鼠もいる。ちゃんと帰ってくるからね!」
「聖南のことは任せておけって。恵鼠様がなんとかするぜ」
母の墓に聖南は手を合わせた。ライン達も真似して手を合わせる。聖南がこちらを向いた。
「魔劫界に行ったらしばらく帰れないから、必要なものは真国で揃えていこうね!」
「もういいのか?」
「うん。いってきますって、ちゃんと言ったよ!」
いつもの明るい聖南に戻った。改めて仲間に加え、彼らは彩行船の準備が終わるまでの間、真国を眺めていこうと決めた。
昼を過ぎた頃、彩行船の準備ができたと報告があってポートへとやって来た。必要物資は買いそろえた。いつでも出発できる。
「姉様、いってらっしゃい」
「うん、いってくるよ!」
「お前達、聖南を頼んだぞ」
「分かりました!」
彩行船へ乗り込んだ。皆は甲板へと出てくる。聖南が窓に手をついて、いってきますと大声で言った。
まだ見ぬ地へと。彩行船は空を進む。
さぁ、閉鎖大陸へ。
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