Ancient Artifact(エンシェント アーティファクト)

黒之輪

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第三章 魔王の息子

39.【後編】王国領ラスカ集落

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 朝が来る。夜に降った雨は収まり、気持ちよく晴れていた。

 日の出と共に起きたキャスライはあずま屋で朝日を眺める。冥夜めいやを抜き、朝日にかざす。

「今日は特別な日だ。力を貸して」

 語りかける冥夜は朝日に照らされ美しくしかし妖艶に光る。皮のカバーに戻し、彼は家に戻った。

*******

 長老へ挨拶をしてから、皆は山を登る。
 風の神殿は山の頂上にあるという。道中に現れる魔物は、風の力を使って襲いかかってきた。ラインの火の術式で追い返したが、また襲ってくるだろう。

「風の魔物が多いねー」
「風の力は地の力に弱いの。聖南、そのときはお願いね」
「うん、頑張るぞー!」

 聖南が腕を突き上げる。後ろでキャスライが笑っていた。

「僕も頑張らなくちゃ」

 契約はどんな感じなのだろうか。強くなるだろうか。期待と不安で胸を膨らませた。

「ところでよ、先行くクロエ嬢は道分かるのか?」

 フェイラストが疑問を口にする。先頭を行く黒いのは迷わず進んでいく。時折後ろを見てこちらがついてきてるか確認していた。

「あいつクロエさんじゃないから、真っ黒くろすけでいいじゃんー!」
「真っ黒くろすけだと長いだろ、聖南」
「フェイラストだって長いじゃないかー」
「そりゃないぜぇ」

 戯れながら山を登る。神殿に繋がる道は少し整備されていて、歩く場所は平らに整えられている。階段も用意されていた。道幅も広く、崖に落ちる心配も少ない。空飛ぶ魔物が多く、縄張りに入ってきた彼らを見ては上空から奇襲をしかけてきた。

「そらよ!」

 フェイラストが速射で一体撃ち落とせば、ルフィアが氷の術式で翼を凍らせる。高い場所から降ってきた大型のカマキリは、聖南が地の術式で固めて動きを封じる。

「それ!」

 キャスライが冥夜を逆手に構えて一閃した。彼の隙を縫うようにラインが聖剣で斬り伏せる。

 魔物との戦いを続けながら、険しい山の稜線にやって来た。遠くに神殿らしき建物が確認できた。一行は広い場所で一旦休憩しようとしたが。

「うおあ!?」

 フェイラストが飛び退く。地面から木の根が飛び出したのだ。皆を捕まえようと地中から蠢く根が次々と姿を現す。ラインが剣で斬り捨てるが間に合わない。フェイラストは魔眼を起動して弱点を探るが、地中に赤い印があって太刀打ちできなかった。
 黒いのが鋭い眼差しで手を上げ、振り下ろす。

「爆ぜろ」

 闇の術式を起動する。闇紋を地面に浮かばせると、闇の力は地中を駆け抜けた。爆発を起こして地表が砕ける。地中の本体が露になった。聖南が地と光の術式を合わせ新術を放つ。大きな招き猫が地紋からどしんと降ってきて、金の小判をばらまいた。小判は根に突き刺さった。

「やった、大成功!」
「おいおい、でっけぇ猫だな」

 やがて招き猫と小判が消えると、再び樹木は動き出す。ダメージはそれほど入らなかったようだ。

「ええ、効いてないの!?」
「たしかに弱点に入ってたぜ! もしかしたらこいつ地属性だ!」
「あたしじゃだめだー!」
「それなら僕が!」

 鎌首をもたげた樹木の幹が現れる。人の顔をし口を大きく開けた木は、遮るように根を張りキャスライの行く手を阻む。

「任せろ!」

 ラインが炎を放ち、キャスライを邪魔する根を焼き払った。ルフィアが水の術式を放つ。何個もの水瓶が現れて傾ける。水流は木の幹の動きを阻害した。

「はぁあ!」

 呼気と共にキャスライが幹を一閃し、羽ばたいて姿勢を変えてもう一閃。深く入った傷からぷしゅー、と煙が巻き起こる。毒気が抜けたのだ。

「風よ、力を貸して!」

 キャスライが刃に魔力を込める。再び肉薄し、冥夜を木に突き立てた。風の力をまとった短剣は紙を破るかの如く木を両断した。
 三枚におろされた幹は割れ、ぷしゅー、と毒気を吐き出す。ルフィアが浄化の力を以て場を清浄化した。毒気が抜けてみるみる小さくなる木はついに双葉に戻った。


 皆の足は山登りによって疲労が蓄積していた。魔物の相手も加わって尚更疲れが溜まる。砕けた地面に腰かけてしばし休憩を取ることにした。

「キャスライ、さっきのかっこよかったよ」

 ルフィアが治癒術をフィールドにかけて皆を癒している。キャスライはえへへ、と照れ臭そうに笑った。

「風の力を持った敵だと思ったら、まさか地の力だったなんてぇ」

 聖南がふてくされている。せっかく新術を編み出したのに無効化されては意味がない。

「まぁまぁ、今度敵が出てきた時にやってやろうぜ」
「そうするー! あたしだってできるんだぞ!」

 二人の会話を聞きながら、ラインは遠くに見える建物を見つめていた。サラマンダーがぼうと炎を揺らめかせて肩に現れる。

「懐カシイ力ヲ感ジル。シルフィードガアソコニイル」
「それなら、あの場所が風の神殿なんだな」
「健闘ヲ祈ル。我ハ眺メテイヨウ」

 サラマンダーが引っ込んだ。ふと、ラインは地中に光る物を見つけた。歩いてその場所でしゃがみこみ、砕けた地面を避ける。手のひらに収まるくらいの緑色の宝玉が姿を現した。拾い上げると、中で風が渦巻いている。

「これは、サラマンダーの時と同じような宝玉か」

 興味を持った仲間が皆集まってくる。

「これ、さっきの魔物が落としたのかな」
「オレの眼で見たところ、風の力が詰まっているぜ。こいつは、神殿で何かの鍵になるんじゃないか?」
「キャスライ、お前が持ってろ」
「えぇ、僕が!?」
「風の力は俺よりお前が強い。もしかすると、俺がサラマンダーと契約した時に持っていた宝玉と似たような物かもしれない」

 ラインはどうやってサラマンダーと契約したのかを話した。炎蛇の涙と呼ばれていた赤い宝玉を持って、その中にサラマンダーが収束して自分と契約したことを。

「だから、今回はお前だ。お前がやるんだ」

 少し自信の無さそうなキャスライは、一回頭を振って不安を振り払う。ラインをしっかりと見て、風の宝玉を受け取った。

「分かったよ。僕がやる」
「頼んだぞ」

 休憩を終え、彼らは稜線を歩き出す。一歩踏み間違えば崖下に転落して戻ってこれないだろう。慎重に進んだ。


 建物が近づくにつれ、そこが風の神殿だとはっきり分かるようになった。ところどころ風に吹かれてぼろぼろだが、威厳ある佇まいはまさしくそれだ。

 ライン達は神殿の階段を上る。建物の中へ入ると、天井が丸く切り取られた広間が現れた。黒いのが前に出る。広間の中心で何かを感じ取っているようだ。追ってきた皆の方を振り向く。

「……風の精霊はただでは迎えてくれないようだよ」
「どういうことだ?」
「シルフィード、説明」

 黒いのが話しかけると、穴の開いた天井から少年の声がした。

「風の宝玉に力を込めてから再び此処に戻ってこい。そうしたら姿くらい現してやる」

 少々高圧的な口調で言葉が聞こえた。聖南がむすーっとしている。

「風の精霊、なんかとっても偉そうなんだけど」
「言葉を慎め、人間。ぼくは忙しいんだ」

 それっきり声は聞こえなくなった。風の力を込めるとは、どうすればいのだろうか。

「ねぇ、ここから風を感じるよ」

 キャスライが耳をぱたぱたさせて気流を読み取る。建物にひとつしかないアーチ状の通路から風が吹いているようだ。皆は顔を見合わせ頷き、通路へ入っていく。

 突き抜けた先は、台座に設置された風車がいくつも立っていた。東西南北に向いた風車の台座がそこかしこに置いてある。壁の穴から吹き抜ける風の流れが途絶えない広間だ。宝玉を置く祭壇もある。

 どうやら風車の台座を動かして、祭壇に置いた風の宝玉へ力を込める仕組みになっているようだ。

「こりゃあ少し頭使うな」

 フェイラストが部屋の様子を見て呟く。壁の穴から吹く風を風車に当てて繋げていく形式だと理解した。

「キャスライくんや、宝玉を祭壇に置いてみて」
「うん、分かった」

 黒いのに促されて風の宝玉を祭壇のくぼみにセットした。

「左右二つの穴から出る風を風車に当てて祭壇まで持ってくるギミックだよ。私は見てるから頑張ってね」
「君は手伝ってくれないの?」
「私がやっても意味がないからさ」

 黒いのは風車を設置する場所の答えを知っているようだ。しかし、やるのは皆でなければ意味を成さない。祭壇の前で待っているとのこと。

「ケチなやつー」
「なんとでも言っておくれ聖南姫」
「まぁまぁ、私達で考えて風車を動かそうよ」
「だな。オレは奥の風車を動かしてくるぜ」
「俺は祭壇右奥側の風車を動かしてこよう」
「あたしは近くの風車やるね!」
「僕は飛ばないと行けない場所の風車を動かすよ」

 皆の動きかたは決まった。各々散らばって、それぞれが担当する風車の台座を動かす。フェイラストが奥の風車を動かして穴から直接風を受けるようにする。

「これは東向きの風車だな。ライン、そっちの西向きの風車をこいつと向き合うようにしてくれ!」
「分かった」

 ラインが台座を動かし、右奥の風穴から出る風を西向きの風車に当てる。風車が回り、フェイラストの風車と向かい合い、二つの風がぶつかり合った。

「僕の南向きの風車を当てればいいね」

 ぶつかり合う風の中心にキャスライが南向きの風車を動かす。風は南に向かって吹き出した。彼は翅を羽ばたかせ空を飛ぶ。祭壇は背の壁が邪魔して風が防がれている。風を再び二つに分けて左右から祭壇に当てるしかないだろう。

「あたしの出番だね!」

 聖南がよいしょよいしょと声を出しながら風車の台座を動かす。この台座の風車は東西ふたつの風車がついていた。運ばれてきた風を再び二つに分断する。聖南が風を受けて髪がぶわっとなびいた。

「で、これをこうして」

 聖南が近くの南向きの風車を動かして、固定台の東向き風車に風を当てた。固定台の風車から祭壇に向かって風が送られる。左側はこれで完成だ。空から見ていたキャスライがオッケーサインを出す。

「ルフィア、右側はお願いするよ!」
「任せて!」

 ルフィアは東向きの風を南向き風車で拾う。固定台の西向きの風車が回った。祭壇に風が送られる。ギミックを解いた皆は祭壇に集まってきた。

「風の宝玉に風が注がれているみたいだぜ」
「見て、緑色に光ってきた!」

 祭壇の宝玉は風を吸い込んで魔力を高めていく。しばらくすると風の宝玉は中に吹き荒ぶ風を内包した。変化が無くなったのを見て、黒いのが取り出す。

「ほい、キャスライくん」
「ありがとう。わぁ、綺麗だなぁ」

 光に透かして見ると緑色の美しい風が吹いている。持っているだけで風の魔力を感じた。

「これでシルフィードも姿を現してくれるかな」
「そうだといいね!」

 聖南がにっこり笑う。つられてキャスライも笑った。

*******

 再び広間に戻ってきた。キャスライが手に持つ風の宝玉を掲げる。

「風の精霊シルフィード、宝玉に風を送りました。出てきてはもらえないでしょうか」

 彼の言葉の数秒後、天井の丸く開いた穴から凄まじい風が吹き込んだ。一点に集束すると風は緑色に光り、人型のシルエットを映し出す。

「あんな簡単な仕掛けも解けなかったら、早急に帰ってもらうつもりだったけど。まあいいや。しっかり解いてきたんだから、姿くらい見せるさ」

 風の精霊シルフィードは高圧的な態度で話すと皆に姿を見せた。シルクハットをかぶりモノクルをつけた、黒緑色の燕尾服を着た小柄な青年が現れた。背には虫の翅が四枚生えている。本を片手に、宙に浮いたまま皆を見下ろした。

「風の精霊、シルフィードだ。ぼくに何か用があるのは分かってる。そのためにここまで来たんだろうし」

 片手に持った本を読みながら彼は話す。キャスライが前に出た。

「僕達の仲間に加わってほしいんです。魔王の息子を倒すために、力を貸してください!」

 シルフィードはキャスライをちらりと見ると、おや、と声を漏らした。

「おまえ、どこかで見たことあるな。何年前だったか。……そうだ、思い出した」
「え?」
「ぼくの力を感じるってことは、以前ぼくが加護を与えたらしいね。そうだ、最近だと健気な母親が自分の息子を助けてくれって懇願してきたことがあった」

 キャスライはその話を聞いて疑問を浮かべている。ラインは自分が見た彼の過去の話を静かに聞いた。

「その子どもは死にかけで、魔力も枯れ果ててしまった状態。既に死んでいてもおかしくなかった。ぼくは子どもに風の加護を与えて魔力を分けた。助ける代償に母親へ呪いをかけた。その母親は、子どもをキャスライって呼んでいたのを覚えてる」

 キャスライははっとした。子どもの頃、自分は死にかけたことがある。誰の仕業だったかは覚えていないが、その時死を覚悟したのは確かだ。薄れゆく意識の中で母親の声を聞いていた。助かってから、母親の様子が徐々におかしくなっていったのは、はっきりと記憶していた。

「僕が、そのキャスライです。キャスライ・カルムヴェールです」
「へぇ、生きてたんだ。少しは褒めてやるよ。ぼくの魔力が合わなくて、おまえも死んだとばかり思っていた。でもなんでおまえまで呪われているんだ?」
「え?」
「ぼくはおまえの母親にしか呪いをかけていない。おまえにはぼくの加護を与えただけなのに。おかしいな」

 キャスライにも分からなかった。自覚は無い。シルフィードは続ける。

「まぁいいや。閑話休題。本題に戻ろう。ぼくの力を貸して欲しいっていうことだろう。率直に言って面倒だから嫌だね」

 ざっくりと切り捨てられてしまった。黙って聞いていた聖南がむっとする。

「力が必要だって言ってるじゃない!」
「そんなに大声出さなくても聞こえてる。うるさいよ、きみ」

 聖南が頬を膨らませてイライラしている。なだめるようにフェイラストが頭をぽんと叩いた。

「力を貸してもらえない理由ってのがあるだろ。風の精霊サマはどうしてだ?」
「決まってるじゃないか。本が読めないからだよ」

 手に持つ本に栞を挟んで閉じた。後ろへ片付けると、新たな本を召喚した。

「本が読めないから、ってなぁ……」
「ぼくは本が好きなんだ。人間達が編纂した資料からつたない物語まで、ありとあらゆる本を網羅したいのさ。その時間を奪われるっていうなら拒む以外の選択肢はないよ」
「そこをなんとかしてくれねぇか。オレ達は風の精霊サマの力が必要なんだ」
「そうだなぁ。……仕方ない、せっかくここまで来たことに敬意を払おう。じゃあキャスライ、ぼくと一体一で勝負だ。それでぼくを納得させられたら渋々だけどついていってやる」
「え、ぼ、僕が!?」
「この中で風の力を感じるのがおまえしかいないからだ。他意はない」

 キャスライはおどおどしていた。後ろを向くとルフィアが頑張ってと応援してきた。その後ろのラインに視線で助け船を出すが、首を横に振って、お前がやるんだという無言の意思を放ってきた。
 手に持つ風の宝玉を見る。風の力を内包した石は力強く光る。キャスライはやらなきゃと呟き宝玉を懐にしまう。

「分かりました。僕がやります」
「いい返事だ。じゃあ、やろう」

 シルフィードは持っていた本を片付けた。皆も後ろに下がる。

「風の試練だ。少しは頑張ってくれよ」

 キャスライが冥夜を構える。それを見て、シルフィードは手を開くと淡緑色に輝く本を召喚した。ページがパラパラとめくれていく。

「っ!?」

 キャスライが横っ飛びに回避する。元いた場所が風の刃に削られた。受け身を取って着地した彼はすぐさま体勢を立て直し、滑りながら向きを変える。地を蹴り上げ、羽ばたき、冥夜に風の力をまとわせシルフィードに斬りかかる。

「甘いね」

 シルフィードは風を織り込み盾を作って攻撃を受け止めた。弾かれたキャスライは羽ばたいて空を飛び、シルフィードの死角から一気に加速した。瞬殺型の彼の動きは一手で敵を仕止める動きだ。ラインの持続する瞬速とは違い、瞬間的な速さを以て敵に襲いかかる。
 シルフィードは、死角の攻撃を同じく瞬間的な速さで移動し回避した。本をかざすと風紋から円盤型の風の刃を放った。キャスライに円盤が幾重にも襲いかかる。逆手に持った冥夜を構えてガードした。しかしダメージはいくらか受けた。攻撃を受けてばかりではいられない。キャスライは羽ばたいて速さを増し、シルフィードの周りを飛ぶ。

「なんの意図があるのかは知らないけど、攻撃しないと終わらないよ」

 シルフィードは術式を発動して大きな風紋を地上に現した。紋から吹き出した風は竜巻となってキャスライを襲う。

「キャスライ!」

 聖南が心配して飛び出しそうになるのをフェイラストが押さえた。

「これはあいつの戦いだ。黙って見てろ」
「でも、あんなのくらったらキャスライがぁ!」

 もどかしそうな聖南を押さえるフェイラストもまた心配でならない。それでも見ているしかなかった。彼らにも荒れた風が吹いてきた。
 竜巻に飲まれると思われていたキャスライだが、竜巻の中を飛び冥夜の力で風を断つ。切り落とした風を冥夜にまとわせ、一気に距離を詰めた。

「だから、甘いって」

 瞬間的な速さでシルフィードは避ける。しかし移動先にキャスライがいた。

「そこ!」

 一瞬の出来事に目を見開いて驚くシルフィード。キャスライが呼気と共に冥夜で斬り裂いた。血ではなく風が吹き出す。ぐう、とシルフィードはうなる。

「ぼくの竜巻を自分の剣にまとわせたのか。しかも動きを読むなんて。なんだ、やるじゃない」

 風の噴出が収まったところで、再び円盤型の風の刃を風紋から放つ。幾重にも連なる風刃をキャスライは真っ向から受け止める。冥夜で斬り伏せ、円盤を蹴り上げて風をまとい上昇。シルフィードめがけて急降下した。上からの急襲と思わせておきながら、彼は瞬殺の構えで肉薄する。
 シルフィードが身を引いて避ける。キャスライは待っていた。その瞬間を。

「はぁあああ!」

 彼はシルフィードを狙わず下に行った。そこにいたシルフィードの姿は残像。本体のシルフィードが気づくのと、キャスライが真正面から迫るのは同時だった。防御も間に合わず瞬殺の一手をもろに受けた。風が大きく噴出する。シルフィードはよろけた。自慢のシルクハットが落ちて風に戻る。

 キャスライは着地して、きりとシルフィードを睨みつける。攻撃を仕掛けようとしたところで、シルフィードから声がかかる。

「そこまでだ。……なんだ今のは。ラスカ族の秘宝をよく扱えているからか?」

 シルフィードは初めて地上に下りた。地に足をつけると、風でシルクハットを作り出してかぶり直す。

「悔しいけれどきみの勝ちだ。しばらくついていくことにする。その代わり、珍しい本があったらすぐに言うんだ。分かったな」
「分かりました。ありがとう、シルフィード」

 キャスライは武器を片付けて、風の宝玉を取り出す。シルフィードが風の宝玉に触れると輝き出した。緑色の光と共に宝玉の中へ入ると、風の宝玉は白く光り出してキャスライの中へと入っていった。彼の足元で風がふわりと吹き出した。収まったところで皆のもとへ戻る。聖南が駆け出してきて抱きついた。キャスライはびっくりして体が跳ねる。

「よかったよう、キャスライやったよう!」
「聖南、苦しいよ」

 彼女はようやく離れてくれた。ルフィアが微笑んで見守っていた。

「よくやったな、キャスライ」
「うん、頑張ったよ、ライン」
「おうおう、竜巻が出てきた時にはオレも焦ったぜ」
「なんとかできたよ、フェイラスト」

 黒いのがほっとした様子で皆の様子を眺める。キャスライがこちらを向いた。

「君もありがとう」
「私は何もしてないぜ」
「ううん、してくれたよ」

 キャスライの言葉に首をかしげる。黒いのは分からないと呟いた。

「集落に帰ろうよ」

 キャスライの提案に皆が頷く。彼らは神殿を出て来た道を戻っていった。

*******

 彼らは下山して集落の長老の家へ。事の顛末を話すと、長老はほうと声を漏らした。

「シルフィード様と契約を交わすとは。キャスライ、強くなったな」
「みんながいてくれたから、僕、なんとかやれたんです」

 長老は彼らを一人一人見る。皆の瞳には力強い意志が込められていた。うむ、と長老はうなずく。

「キャスライ、集落に戻ってくる気はないか?」
「え、えぇっ?」
「わしももう老い先短い。二百年は生きた。息子に長を務めさせるつもりだが、その補佐にお前を選びたくてな」

 急な申し出にキャスライは戸惑う。ラスカ族の一員として山にいるべきかと悩んだ。

「今すぐにとは言わん。いつか、わしが引退したときにいてほしいと思ってな。冥夜に選ばれたお前なら、適任だと思うのじゃ」
「推薦ありがたいです。でも、僕はまだ気持ちを決めきれません。旅を終えたら、そのときに考えてもいいでしょうか」
「構わんよ。好きにしなさい」
「ありがとうございます」

 キャスライは深々とお辞儀した。

「皆様、キャスライをよろしく頼みましたよ」

 長老の言葉に、皆はそれぞれ返事をして答えた。ルフィアが一礼する。皆は長老の家をあとにした。

「長老補佐かぁ。僕に務まるかなぁ」
「まだ先の話だろ。あとからゆっくり考えようぜ」
「そうするよ」

 キャスライは微笑んだ。フェイラストもにっと笑う。

「ねぇねぇ、次はどこに行くの?」
「残るは水と地の精霊だな。心当たりはあるか?」

 ラインが皆に問う。ルフィアが手を上げた。

「水の力が強い場所、ローガン洞窟!」
「そういや、ルレインシティに行きたがってたお前達に声をかけて行ったところだな」

 初めてお前達に会って行動した場所だから覚えてるぜ。フェイラストががははと笑う。ラインも思い出したようで納得していた。

「黒いの、次はローガン洞窟だ。それでもいいか?」
「私に拒否権は無いよ。あんたさん達が向かいたい場所に行きなさいな」
「じゃあ、決まりだな」

 皆はラスカ集落から出て下山する。
 次なる精霊との契約へ、一行はローガン洞窟を目指した。
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