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第三章 魔王の息子
43.レジスタンスのアジト
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ソリッド半島。
南ベルク大陸の北西に突き出た、山がそびえる半島である。山の中には、奴隷を解放しようと立ち上がったレジスタンス達が洞窟をくり貫いてアジトにしていた。
到着した頃には夕暮れ。西の空に太陽が沈んでいく。一行はレジスタンスのアジト入り口を探していた。
「迷路になってる~」
歩き疲れた聖南が天然の迷路に悩まされていた。背の高い草木が生い茂り道を塞ぐ。キャスライが空を飛んで上から正解の道を示し、皆を誘導する。なんとか天然の迷路を抜けた。キャスライが下りてくる。ふと、彼の耳に物音が入る。
「人の声がするよ。こっちだ」
キャスライを先頭に山裾を進んでいく。すると人影があった。見張りの人だ。持っていた槍を向けられて、キャスライがフェイラストの後ろに隠れた。
「俺達は奴隷解放のためにここへ来ました。よければ手伝わせてください」
「本国の人間じゃないんだな?」
「本国?」
「北ベルク大陸の機械都市だよ。……って、聞いてきたってことはそうじゃないんだな。よし、入っていいぞ」
見張りは槍を収めてくれた。ラインと握手を交わすと中に入れてくれた。
アジトは山と山の裾野を抜けた先にある洞窟の中にあった。中は広いが荷物で雑然としている。聖南は座れるところを探していた。一日中歩いたためにくたくただ。
「なんだ、あんた達」
筋骨隆々の大きな男がこちらにやって来た。ラインは訳を話すと、男は笑顔で迎え入れてくれた。
「以前俺らに助けてもらったことがあんのか! 通りでここを知ってる訳だ」
「それで、旅の途中に寄りました。できれば奴隷解放の際に協力してもいいでしょうか」
「そいつはありがてぇ。だがな、今は、なかなか動けねぇんだ」
「何故?」
「本国の連中が軍の一部を動かして俺らの仕事を邪魔してきやがる。本国の連中は、奴隷の鉱山で得た金や銀を独占してるからな。王国や帝国にも輸出しているが、ほぼ密輸みてぇなもんさ」
男はため息を吐いた。苦労がうかがえる。レジスタンスも楽ではない。骨が折れる仕事だと語る。
「だが、やりきった後の酒はめちゃくちゃ美味いぞ。あんた、名前は」
「ラインです」
「俺はダンク。よろしくな」
二人は握手を交わした。ダンクはライン達を休ませる部屋まで案内すると、仲間に呼ばれて去っていった。
「わぁ、二段ベッドだぁ」
聖南が物珍しそうに眺めている。簡素な二段ベッドであるが、彼女にとっては珍しいもののようだ。
「あたし上で寝るー!」
「じゃあ僕その下で寝ようかな」
「まだ夜じゃないし気が早いよ二人とも」
「だって疲れたー」
聖南は二段ベッドのはしごを上ってベッドに寝転んだ。ようやく休めるとあって気も緩みきっていた。
「俺はここのリーダーと話をしてくる。みんなは待っててくれ」
「あ、それなら私も行く。私達のこと覚えている人がいるかもしれないから」
黒いのとフェイラストとキャスライは、休みたいと言うので残して部屋を出た。
洞窟の中は広く作られていた。しかし、そこかしこに荷物が置いてあってその分スペースが狭められている。片付ける暇もないようだ。通りがかった人にレジスタンスのリーダーの居場所を聞き出す。教えてもらった道を行くと、ある部屋に辿り着いた。
「これは……」
ラインとルフィアは静かに驚いた。広い部屋を埋め尽くすように人が横たわっている。布一枚を敷いたその上に寝ている人もいた。そして、彼らを看病する人達が忙しそうに動き回っていた。
「まるで戦時中の医療施設みたいだ」
「この人達、怪我を負ってる。治してあげようよ」
「いや、やめておこう」
「どうして?」
「治してほしいと言われたらにしよう。勝手に手を出して何か言われるよりはいい」
二人はリーダーがどこにいるか聞く。だが、忙しいのか相手にされない。確かにこの部屋に案内されたのだが、入れ違ったのか。そう思ったとき、こちらにやって来る人影があった。
「お前達、暇をしているなら手伝ってくれ!」
たくましい体つきの女性が、長いポニーテールを揺らして近づいてきた。彼女にレジスタンスのリーダーか問うと、そうだと答えが返ってくる。
「ん? ……お前達、どこかで会ったか?」
ラインはかつて奴隷鉱山で働かされ、レジスタンスに助けられた旨を伝える。今回ここへ来たのは、奴隷解放のためだということも。
「そうか。それは助かる。私の意思に賛同してくれてありがたい。名前は?」
「ラインだ」
「ルフィアです。よろしくお願いします」
「私はミラ。ラインにルフィア、まずはここにいる怪我人の治療を手伝ってもらいたい。術式が使えるなら行使してもいい。頼めるか?」
「そういうことならお任せあれ、ですよ!」
ルフィアが早速とばかりに治癒術を唱え始める。癒しの力を生来内包する彼女だ。治癒術は一番得意だった。
「みんなを癒して」
部屋一面に広がる術式を起動する。治癒の紋はフィールド一帯を覆い尽くし、怪我人をたちまち治療していった。
「おお、なんだこの光は」
「傷が治っていく!」
「す、すごい!」
治癒術が収まる。自分の怪我をした箇所が急激に治ったのを見て驚く人々で溢れた。
「私達が何日もかかる治癒を、たった数秒で全快にさせただと……!?」
これにはミラも驚く他なかった。ルフィアの笑顔を見るに、彼女がただ者ではないと悟る。
「とてつもない力を持つ者だとは。これは驚いた。はは、うちのレジスタンスに入る気はないか?」
「それはラインが決めることなので。私からはなんとも」
そう言われてラインを見る。彼は表情ひとつ変えずに腕を組んで立っている。
「俺達は通りがかった旅人です。レジスタンスに入ることはできません。ですが、今回は奴隷鉱山の解放を目的にお手伝いができないかと思ってやって来ました。近い内に奴隷解放を行うのであれば、俺達は協力します」
「願ってもいない申し出だ。いいだろう。客将としての参戦を許す。他に仲間はいるのか?」
「部屋で休息を取っている者が四人います」
「なるほど分かった。明後日に仕掛ける鉱山があるんだ。そこに襲撃する。それまでアジト一帯の使用を許可しておく。他の者にも伝えておこう」
ルフィアの治癒によってミラの信頼を得た二人は、一旦皆の元に戻ることを伝えて部屋を後にした。
「お前、いきなりやりすぎじゃないか?」
「どのみち治療が必要な人達だったもの。一気にやった方がいいでしょ」
「一人一人治療に当たるよりは楽だがな」
「まだ文句ある?」
「いや、やめておこう」
部屋の前に戻ると、ダンクが出てくるのが見えた。二人は声をかける。
「おう、アジトの中にいてくれてよかったぜ」
「何かあったのか?」
「スパイ活動してる奴から良くない知らせが入ってな。本国の連中が動き出したみてぇだ」
「北ベルク大陸の人間が動いてるのか」
「なんとしても奴隷解放を防ぎたいみてぇだな。そうだ、リーダーには会えたか?」
「はい。会いました。明後日の作戦に私達も参加することを伝えてきましたよ」
「そいつは心強いぜ。だけどあんた達は旅人なんだ。あんまり無茶はするなよ」
ダンクはそう言って去っていった。二人は部屋の中に入る。聖南とキャスライが既に夢の中に入っていた。フェイラストと黒いのが椅子に腰かけて喋っている最中だった。
「おう、戻ったみてぇだな」
「どうだったん?」
ラインとルフィアが椅子に座る。先程のことを説明し、明後日に襲撃を仕掛けることを伝えた。
「ほーん。明後日には襲撃があるんだ」
「そんな気楽な口調で言えることかよ。重大任務だぞ」
「気楽でいいじゃない。私にとってはその程度のことだよ」
フェイラストが黒いのの頭をコツンとグーで叩いた。彼女はにゃははと笑う。
「さっきダンクさんが来ていたみたいだけど、何か話でもあった?」
「いんや、重要そうな話は特にないよ。奴隷解放手伝ってくれてありがとうとは言ってたかな」
「オレ達にできることならやらせてくれと言っておいたぜ」
「そうだね。私達にもできることあるはずだもんね」
ところで、とラインが話を変える。
「奴隷解放の際、確実に戦闘になるだろう。きっと人を斬ることになる。その覚悟はできるか」
「そうだな。人間を相手にするわけだ。オレはできるぜ」
「私はできれば斬りたくないけど、そうは言っていられないもの。戦うよ」
「それなら私も平気よ。問題は聖南姫じゃないかい?」
「確かにな……」
恐らく彼女は尻込みするだろう。普段は魔物相手ばかりだから。出会った時、砂漠の国オアーゼで人間を相手にしたとき以来だ。もしかしたら遅れを取るかもしれない。
「聖南には明日、俺から伝えておこう」
「あぁ。その方がいいぜ」
フェイラストが大あくびをした。ねみぃ、と一言漏らす。掛け時計を見れば既に夜の時間だ。
「そういやメシ食いたいときは、部屋から出て左に行った突き当たりにあるってよ。食堂になってるとさ」
「腹減ったねぇ~」
「少し食べてくるか」
「私も行く」
寝ている二人を残して、彼らは夕食を食べに向かう。食堂で軽く腹ごしらえをして、部屋に戻って寝ることにした。
*******
翌朝。襲撃を明日に控えたレジスタンスの動きが活発だ。聖南とキャスライも食堂に連れていき朝食を済ませる。二人は昨晩熟睡だったようで、すっかり元気になっていた。
部屋に戻って昨夜の懸念を相談する。聖南は口をへの字にしてむっとしていた。
「奴隷解放の際、戦闘になった場合は人を斬ることになりかねない。お前はできるか?」
椅子に座った聖南は真剣なラインの視線と目が合う。
「魔物相手じゃないもんね。人を相手にしなきゃいけないんだよね」
「そうだ。命の奪い合いになるかもしれない。臆することなく戦えるか?」
「んー……、が、頑張るよ」
「戦いに綺麗も汚いもあったものではないからな。お前が一国の姫であっても戦いには関係無い。奪うか、奪われるかだ」
「分かったよ」
「もし、きつかったら俺達の後ろにいろ。無理して前線に出ることはない」
「うん」
キャスライにも大丈夫か聞いたが、彼は大丈夫と答えた。強くうなずいたのを見て、ラインの懸念は晴れた。
「いいか聖南。戦闘になったらオレの近くにいろよ。敵の攻撃を防いでやるからよ」
「ありがとフェイラスト」
扉が開いた。ダンクが呼びにきたのだ。案内するからついてこいと言われ、一行は彼の後に続いた。
教会の内装のような部屋に通された。長椅子の代わりに木の椅子が並べられている。椅子はレジスタンスの面々で埋め尽くされていた。ライン達は後方の椅子に座る。部屋の奥には、教会と同じように彩星エルデラートを模した球体を支える、翼の生えた彫像が飾られてあった。
ミラが登壇する。さながら司祭が聖なる言葉を紡ぐ教会の場に見えるが、彼女の決意のこもる眼差しがそれではないと伝えた。
「お前達、覚悟はできているな」
レジスタンスの皆が力強く返事をした。キャスライが驚いて耳をふさいだ。
「明日の朝、ミドガルズ鉱山を襲撃する。手薄となっている西側の山道から攻め入る。その後、各部隊で鉱山にはびこる監視役を叩く。本国の軍が動いているが、気負いするな。我らの力を示すのだ!」
レジスタンスのメンバーが力強く返事をする。聖南がびっくりして跳びはねた。
「これは殺戮ではない。人を助けるための行為だ。そのことを間違えるな!」
「はい!」
「今回は心強い者がいる。客将として我らに参加してくれるそうだ。彼らに負けないようにな」
「はい!」
まるで軍隊を指揮する将軍のように、ミラは仲間達を鼓舞する。話が終わり、一同解散となった。レジスタンスの面々は持ち場に戻っていった。
一息吐いたミラの元にライン達が向かう。彼女も気づいてこちらを見る。
「会議に参加してくれてありがとう。明日は思う存分暴れてくれ」
「そのつもりだ。俺達はどう動けばいい?」
「お前達はお前達で好きに動くといい。臨機応変に立ち回ってくれ。それと、今回は本国の連中が動いている。やりづらくなりそうだ。危険を感じたら深追いせずにすぐ逃げろ。逃げることも戦略の内だ」
「もし本国の連中に捕まったら?」
「そうなったら我々は助けられない。覚悟してくれ」
「分かった」
一通り話し終え、ライン達は講堂を後にした。
レジスタンスのメンバーが慌ただしくなっている。昨夜ルフィアが治療して復活したメンバーも動き回っていた。
「明日までどうする」
「ウォーミングアップする?」
「それもそうだな」
ラインが皆に伝えると、聖南が手を上げた。
「あたし、もしかしたら怖くて動けなくなるかもしれないから。手伝って」
「いいだろう。外へ出よう」
皆はアジトの外へ向かう。途中、ルフィアが治療した者が礼を言うことがあった。彼女は笑顔で答えた。
アジトから出て海の方へ歩いていく。山頂には雪が積もっている。冬が近くに感じられた。
「ちょ、ちょっと寒いね」
寒がりなキャスライが震えていた。フェイラストが上着を貸してあげた。目を細めてぽかぽかだぁと呟いた。
ラインが聖南と間合いを取る。彼女は麗鈴を構えて少し震えていた。
「聖南はどうしたいんだ?」
「あたしは……」
「何も要望がなければ突っ込むぞ」
瞬速を使う構えを取る。聖南は待って待ってと手をぶんぶん振った。
「あのね、ぶっちゃけるとね。あたし、人間相手に本気で戦ったことないから、怖いの」
ぽつりと言葉を漏らした。
「魔物ならいつも通り戦えばいいでしょ。でも人間を相手にして、命を奪うようなこと、あたし、できるか分からない」
「普通はそういうもんだぜ、聖南」
「フェイラスト……」
「それでもやらなきゃ、こっちがやられる。捕まれば、捕虜となって拷問を受けるかもしれない。自分の命を守るために動かないといけないんだからよ」
「そうだよ。私だってできれば誰も殺したくないよ。けれど、そうは言ってられない状況でためらっていたら、私達がやられちゃう」
「ルフィア……」
「でもね、聖南。あなたは無理して人を殺めることはない。私達の後ろにいて、足止めをしてくれてもいい。無理はしないで」
仲間の助言を受けて聖南は考える。
これからの戦いの場面で、人間を相手にすることは大いに有りうる。臆することなく戦えるかは分からない。足が震えて、手が震えて、得意の術式も使えないまま捕らえられてしまうかもしれない。
聖南は下を向いた。責められている訳ではないのは分かっている。しかし、彼女には難しい問題だった。
「聖南」
ラインが近づいてきて、しゃがみこんだ。
「今は俺達がいるからいい。俺達がいないときや、お前だけが戦えるときに、お前が動けなければ全滅する」
「うん……」
「そのときは逃げろ」
「えっ」
ラインの意外な言葉に彼と目を合わせる。彼は真剣な眼差しだ。
「依頼屋で盗賊や賞金首を相手にしているから、俺は慣れているつもりだ。戦える。だが、お前は一国の姫だ。俺達と来なければ、誰かと戦うことなんてなかっただろう」
ラインは静かに話す。聖南は聞き入っていた。
「とにかく逃げろ。無理に人を殺めることなんてない。もし、そうしなければいけないときにやるんだ。俺達がいるときはお前を守ってやる。いいな」
「……うん」
聖南は小さく頷いた。ラインが立ち上がる。聖南の頭をぽんと叩いて慰めた。
「とにかく、逃げる」
「逃げることも戦略の内だ。覚えておけ」
「うん」
聖南は麗鈴を見つめる。ライン達は逃げることを許してくれた。危ない目に遭わないように努めると言ってくれた。
(あたしは、本当にそれでいいの?)
自分に問う。守られてばかりでいいのか。逃げてばかりでいいのか。仲間を助けず逃げてしまうのか?
「あたし……」
聖南の手が震えている。鈴がしゃらしゃら鳴った。ラインを再び見据える。今度は力強い眼差しで。
「ねぇ、あたしも、戦うから!」
聖南の悩み不安を湛えた瞳は晴れていた。栗色の瞳がきりと深海色を突き刺す。
「確かに、人を殺してしまうのは怖いよ。でも、みんながピンチのときに一人で逃げたくない! あたしも一緒に戦うし、捕まるし、拷問でもなんでも受ける!」
「本気だな?」
「本気だよ!」
ラインは小さく微笑む。聖南の決意のこもった眼差しは力強く自分を捉えている。仲間達に目を向けると彼らも笑っていた。
「よぉーし、聖南姫、特訓するか!」
「うん! やるよ、フェイラスト!」
「僕も僕もー!」
「私もやるよー!」
皆が聖南をこれでもかと抱き締めて撫でた。そんな様子を黒いのは眺めている。にゃはは、と笑っていた。
「やれやれ、これなら明日は大丈夫そうだねぇ」
ラインに視線を送ると、彼もまた視線を返した。やるじゃない、と目で語る。
「それじゃあ、私も少し手伝うとするよ」
黒いのも聖南の頬を小突く。彼女からやめろと文句が上がったがお構い無し。
ライン達はこの日ウォーミングアップを重ねた。そして夕暮れには、精霊の力も借りた術式や攻撃の一片を見出だしたのだった。
「明日、嫌な予感がするんだけどなぁ」
黒いのが一人呟く。皆を見守る眼差しは変わらず。彼女は呼ばれてライン達の元へ戻っていった。
南ベルク大陸の北西に突き出た、山がそびえる半島である。山の中には、奴隷を解放しようと立ち上がったレジスタンス達が洞窟をくり貫いてアジトにしていた。
到着した頃には夕暮れ。西の空に太陽が沈んでいく。一行はレジスタンスのアジト入り口を探していた。
「迷路になってる~」
歩き疲れた聖南が天然の迷路に悩まされていた。背の高い草木が生い茂り道を塞ぐ。キャスライが空を飛んで上から正解の道を示し、皆を誘導する。なんとか天然の迷路を抜けた。キャスライが下りてくる。ふと、彼の耳に物音が入る。
「人の声がするよ。こっちだ」
キャスライを先頭に山裾を進んでいく。すると人影があった。見張りの人だ。持っていた槍を向けられて、キャスライがフェイラストの後ろに隠れた。
「俺達は奴隷解放のためにここへ来ました。よければ手伝わせてください」
「本国の人間じゃないんだな?」
「本国?」
「北ベルク大陸の機械都市だよ。……って、聞いてきたってことはそうじゃないんだな。よし、入っていいぞ」
見張りは槍を収めてくれた。ラインと握手を交わすと中に入れてくれた。
アジトは山と山の裾野を抜けた先にある洞窟の中にあった。中は広いが荷物で雑然としている。聖南は座れるところを探していた。一日中歩いたためにくたくただ。
「なんだ、あんた達」
筋骨隆々の大きな男がこちらにやって来た。ラインは訳を話すと、男は笑顔で迎え入れてくれた。
「以前俺らに助けてもらったことがあんのか! 通りでここを知ってる訳だ」
「それで、旅の途中に寄りました。できれば奴隷解放の際に協力してもいいでしょうか」
「そいつはありがてぇ。だがな、今は、なかなか動けねぇんだ」
「何故?」
「本国の連中が軍の一部を動かして俺らの仕事を邪魔してきやがる。本国の連中は、奴隷の鉱山で得た金や銀を独占してるからな。王国や帝国にも輸出しているが、ほぼ密輸みてぇなもんさ」
男はため息を吐いた。苦労がうかがえる。レジスタンスも楽ではない。骨が折れる仕事だと語る。
「だが、やりきった後の酒はめちゃくちゃ美味いぞ。あんた、名前は」
「ラインです」
「俺はダンク。よろしくな」
二人は握手を交わした。ダンクはライン達を休ませる部屋まで案内すると、仲間に呼ばれて去っていった。
「わぁ、二段ベッドだぁ」
聖南が物珍しそうに眺めている。簡素な二段ベッドであるが、彼女にとっては珍しいもののようだ。
「あたし上で寝るー!」
「じゃあ僕その下で寝ようかな」
「まだ夜じゃないし気が早いよ二人とも」
「だって疲れたー」
聖南は二段ベッドのはしごを上ってベッドに寝転んだ。ようやく休めるとあって気も緩みきっていた。
「俺はここのリーダーと話をしてくる。みんなは待っててくれ」
「あ、それなら私も行く。私達のこと覚えている人がいるかもしれないから」
黒いのとフェイラストとキャスライは、休みたいと言うので残して部屋を出た。
洞窟の中は広く作られていた。しかし、そこかしこに荷物が置いてあってその分スペースが狭められている。片付ける暇もないようだ。通りがかった人にレジスタンスのリーダーの居場所を聞き出す。教えてもらった道を行くと、ある部屋に辿り着いた。
「これは……」
ラインとルフィアは静かに驚いた。広い部屋を埋め尽くすように人が横たわっている。布一枚を敷いたその上に寝ている人もいた。そして、彼らを看病する人達が忙しそうに動き回っていた。
「まるで戦時中の医療施設みたいだ」
「この人達、怪我を負ってる。治してあげようよ」
「いや、やめておこう」
「どうして?」
「治してほしいと言われたらにしよう。勝手に手を出して何か言われるよりはいい」
二人はリーダーがどこにいるか聞く。だが、忙しいのか相手にされない。確かにこの部屋に案内されたのだが、入れ違ったのか。そう思ったとき、こちらにやって来る人影があった。
「お前達、暇をしているなら手伝ってくれ!」
たくましい体つきの女性が、長いポニーテールを揺らして近づいてきた。彼女にレジスタンスのリーダーか問うと、そうだと答えが返ってくる。
「ん? ……お前達、どこかで会ったか?」
ラインはかつて奴隷鉱山で働かされ、レジスタンスに助けられた旨を伝える。今回ここへ来たのは、奴隷解放のためだということも。
「そうか。それは助かる。私の意思に賛同してくれてありがたい。名前は?」
「ラインだ」
「ルフィアです。よろしくお願いします」
「私はミラ。ラインにルフィア、まずはここにいる怪我人の治療を手伝ってもらいたい。術式が使えるなら行使してもいい。頼めるか?」
「そういうことならお任せあれ、ですよ!」
ルフィアが早速とばかりに治癒術を唱え始める。癒しの力を生来内包する彼女だ。治癒術は一番得意だった。
「みんなを癒して」
部屋一面に広がる術式を起動する。治癒の紋はフィールド一帯を覆い尽くし、怪我人をたちまち治療していった。
「おお、なんだこの光は」
「傷が治っていく!」
「す、すごい!」
治癒術が収まる。自分の怪我をした箇所が急激に治ったのを見て驚く人々で溢れた。
「私達が何日もかかる治癒を、たった数秒で全快にさせただと……!?」
これにはミラも驚く他なかった。ルフィアの笑顔を見るに、彼女がただ者ではないと悟る。
「とてつもない力を持つ者だとは。これは驚いた。はは、うちのレジスタンスに入る気はないか?」
「それはラインが決めることなので。私からはなんとも」
そう言われてラインを見る。彼は表情ひとつ変えずに腕を組んで立っている。
「俺達は通りがかった旅人です。レジスタンスに入ることはできません。ですが、今回は奴隷鉱山の解放を目的にお手伝いができないかと思ってやって来ました。近い内に奴隷解放を行うのであれば、俺達は協力します」
「願ってもいない申し出だ。いいだろう。客将としての参戦を許す。他に仲間はいるのか?」
「部屋で休息を取っている者が四人います」
「なるほど分かった。明後日に仕掛ける鉱山があるんだ。そこに襲撃する。それまでアジト一帯の使用を許可しておく。他の者にも伝えておこう」
ルフィアの治癒によってミラの信頼を得た二人は、一旦皆の元に戻ることを伝えて部屋を後にした。
「お前、いきなりやりすぎじゃないか?」
「どのみち治療が必要な人達だったもの。一気にやった方がいいでしょ」
「一人一人治療に当たるよりは楽だがな」
「まだ文句ある?」
「いや、やめておこう」
部屋の前に戻ると、ダンクが出てくるのが見えた。二人は声をかける。
「おう、アジトの中にいてくれてよかったぜ」
「何かあったのか?」
「スパイ活動してる奴から良くない知らせが入ってな。本国の連中が動き出したみてぇだ」
「北ベルク大陸の人間が動いてるのか」
「なんとしても奴隷解放を防ぎたいみてぇだな。そうだ、リーダーには会えたか?」
「はい。会いました。明後日の作戦に私達も参加することを伝えてきましたよ」
「そいつは心強いぜ。だけどあんた達は旅人なんだ。あんまり無茶はするなよ」
ダンクはそう言って去っていった。二人は部屋の中に入る。聖南とキャスライが既に夢の中に入っていた。フェイラストと黒いのが椅子に腰かけて喋っている最中だった。
「おう、戻ったみてぇだな」
「どうだったん?」
ラインとルフィアが椅子に座る。先程のことを説明し、明後日に襲撃を仕掛けることを伝えた。
「ほーん。明後日には襲撃があるんだ」
「そんな気楽な口調で言えることかよ。重大任務だぞ」
「気楽でいいじゃない。私にとってはその程度のことだよ」
フェイラストが黒いのの頭をコツンとグーで叩いた。彼女はにゃははと笑う。
「さっきダンクさんが来ていたみたいだけど、何か話でもあった?」
「いんや、重要そうな話は特にないよ。奴隷解放手伝ってくれてありがとうとは言ってたかな」
「オレ達にできることならやらせてくれと言っておいたぜ」
「そうだね。私達にもできることあるはずだもんね」
ところで、とラインが話を変える。
「奴隷解放の際、確実に戦闘になるだろう。きっと人を斬ることになる。その覚悟はできるか」
「そうだな。人間を相手にするわけだ。オレはできるぜ」
「私はできれば斬りたくないけど、そうは言っていられないもの。戦うよ」
「それなら私も平気よ。問題は聖南姫じゃないかい?」
「確かにな……」
恐らく彼女は尻込みするだろう。普段は魔物相手ばかりだから。出会った時、砂漠の国オアーゼで人間を相手にしたとき以来だ。もしかしたら遅れを取るかもしれない。
「聖南には明日、俺から伝えておこう」
「あぁ。その方がいいぜ」
フェイラストが大あくびをした。ねみぃ、と一言漏らす。掛け時計を見れば既に夜の時間だ。
「そういやメシ食いたいときは、部屋から出て左に行った突き当たりにあるってよ。食堂になってるとさ」
「腹減ったねぇ~」
「少し食べてくるか」
「私も行く」
寝ている二人を残して、彼らは夕食を食べに向かう。食堂で軽く腹ごしらえをして、部屋に戻って寝ることにした。
*******
翌朝。襲撃を明日に控えたレジスタンスの動きが活発だ。聖南とキャスライも食堂に連れていき朝食を済ませる。二人は昨晩熟睡だったようで、すっかり元気になっていた。
部屋に戻って昨夜の懸念を相談する。聖南は口をへの字にしてむっとしていた。
「奴隷解放の際、戦闘になった場合は人を斬ることになりかねない。お前はできるか?」
椅子に座った聖南は真剣なラインの視線と目が合う。
「魔物相手じゃないもんね。人を相手にしなきゃいけないんだよね」
「そうだ。命の奪い合いになるかもしれない。臆することなく戦えるか?」
「んー……、が、頑張るよ」
「戦いに綺麗も汚いもあったものではないからな。お前が一国の姫であっても戦いには関係無い。奪うか、奪われるかだ」
「分かったよ」
「もし、きつかったら俺達の後ろにいろ。無理して前線に出ることはない」
「うん」
キャスライにも大丈夫か聞いたが、彼は大丈夫と答えた。強くうなずいたのを見て、ラインの懸念は晴れた。
「いいか聖南。戦闘になったらオレの近くにいろよ。敵の攻撃を防いでやるからよ」
「ありがとフェイラスト」
扉が開いた。ダンクが呼びにきたのだ。案内するからついてこいと言われ、一行は彼の後に続いた。
教会の内装のような部屋に通された。長椅子の代わりに木の椅子が並べられている。椅子はレジスタンスの面々で埋め尽くされていた。ライン達は後方の椅子に座る。部屋の奥には、教会と同じように彩星エルデラートを模した球体を支える、翼の生えた彫像が飾られてあった。
ミラが登壇する。さながら司祭が聖なる言葉を紡ぐ教会の場に見えるが、彼女の決意のこもる眼差しがそれではないと伝えた。
「お前達、覚悟はできているな」
レジスタンスの皆が力強く返事をした。キャスライが驚いて耳をふさいだ。
「明日の朝、ミドガルズ鉱山を襲撃する。手薄となっている西側の山道から攻め入る。その後、各部隊で鉱山にはびこる監視役を叩く。本国の軍が動いているが、気負いするな。我らの力を示すのだ!」
レジスタンスのメンバーが力強く返事をする。聖南がびっくりして跳びはねた。
「これは殺戮ではない。人を助けるための行為だ。そのことを間違えるな!」
「はい!」
「今回は心強い者がいる。客将として我らに参加してくれるそうだ。彼らに負けないようにな」
「はい!」
まるで軍隊を指揮する将軍のように、ミラは仲間達を鼓舞する。話が終わり、一同解散となった。レジスタンスの面々は持ち場に戻っていった。
一息吐いたミラの元にライン達が向かう。彼女も気づいてこちらを見る。
「会議に参加してくれてありがとう。明日は思う存分暴れてくれ」
「そのつもりだ。俺達はどう動けばいい?」
「お前達はお前達で好きに動くといい。臨機応変に立ち回ってくれ。それと、今回は本国の連中が動いている。やりづらくなりそうだ。危険を感じたら深追いせずにすぐ逃げろ。逃げることも戦略の内だ」
「もし本国の連中に捕まったら?」
「そうなったら我々は助けられない。覚悟してくれ」
「分かった」
一通り話し終え、ライン達は講堂を後にした。
レジスタンスのメンバーが慌ただしくなっている。昨夜ルフィアが治療して復活したメンバーも動き回っていた。
「明日までどうする」
「ウォーミングアップする?」
「それもそうだな」
ラインが皆に伝えると、聖南が手を上げた。
「あたし、もしかしたら怖くて動けなくなるかもしれないから。手伝って」
「いいだろう。外へ出よう」
皆はアジトの外へ向かう。途中、ルフィアが治療した者が礼を言うことがあった。彼女は笑顔で答えた。
アジトから出て海の方へ歩いていく。山頂には雪が積もっている。冬が近くに感じられた。
「ちょ、ちょっと寒いね」
寒がりなキャスライが震えていた。フェイラストが上着を貸してあげた。目を細めてぽかぽかだぁと呟いた。
ラインが聖南と間合いを取る。彼女は麗鈴を構えて少し震えていた。
「聖南はどうしたいんだ?」
「あたしは……」
「何も要望がなければ突っ込むぞ」
瞬速を使う構えを取る。聖南は待って待ってと手をぶんぶん振った。
「あのね、ぶっちゃけるとね。あたし、人間相手に本気で戦ったことないから、怖いの」
ぽつりと言葉を漏らした。
「魔物ならいつも通り戦えばいいでしょ。でも人間を相手にして、命を奪うようなこと、あたし、できるか分からない」
「普通はそういうもんだぜ、聖南」
「フェイラスト……」
「それでもやらなきゃ、こっちがやられる。捕まれば、捕虜となって拷問を受けるかもしれない。自分の命を守るために動かないといけないんだからよ」
「そうだよ。私だってできれば誰も殺したくないよ。けれど、そうは言ってられない状況でためらっていたら、私達がやられちゃう」
「ルフィア……」
「でもね、聖南。あなたは無理して人を殺めることはない。私達の後ろにいて、足止めをしてくれてもいい。無理はしないで」
仲間の助言を受けて聖南は考える。
これからの戦いの場面で、人間を相手にすることは大いに有りうる。臆することなく戦えるかは分からない。足が震えて、手が震えて、得意の術式も使えないまま捕らえられてしまうかもしれない。
聖南は下を向いた。責められている訳ではないのは分かっている。しかし、彼女には難しい問題だった。
「聖南」
ラインが近づいてきて、しゃがみこんだ。
「今は俺達がいるからいい。俺達がいないときや、お前だけが戦えるときに、お前が動けなければ全滅する」
「うん……」
「そのときは逃げろ」
「えっ」
ラインの意外な言葉に彼と目を合わせる。彼は真剣な眼差しだ。
「依頼屋で盗賊や賞金首を相手にしているから、俺は慣れているつもりだ。戦える。だが、お前は一国の姫だ。俺達と来なければ、誰かと戦うことなんてなかっただろう」
ラインは静かに話す。聖南は聞き入っていた。
「とにかく逃げろ。無理に人を殺めることなんてない。もし、そうしなければいけないときにやるんだ。俺達がいるときはお前を守ってやる。いいな」
「……うん」
聖南は小さく頷いた。ラインが立ち上がる。聖南の頭をぽんと叩いて慰めた。
「とにかく、逃げる」
「逃げることも戦略の内だ。覚えておけ」
「うん」
聖南は麗鈴を見つめる。ライン達は逃げることを許してくれた。危ない目に遭わないように努めると言ってくれた。
(あたしは、本当にそれでいいの?)
自分に問う。守られてばかりでいいのか。逃げてばかりでいいのか。仲間を助けず逃げてしまうのか?
「あたし……」
聖南の手が震えている。鈴がしゃらしゃら鳴った。ラインを再び見据える。今度は力強い眼差しで。
「ねぇ、あたしも、戦うから!」
聖南の悩み不安を湛えた瞳は晴れていた。栗色の瞳がきりと深海色を突き刺す。
「確かに、人を殺してしまうのは怖いよ。でも、みんながピンチのときに一人で逃げたくない! あたしも一緒に戦うし、捕まるし、拷問でもなんでも受ける!」
「本気だな?」
「本気だよ!」
ラインは小さく微笑む。聖南の決意のこもった眼差しは力強く自分を捉えている。仲間達に目を向けると彼らも笑っていた。
「よぉーし、聖南姫、特訓するか!」
「うん! やるよ、フェイラスト!」
「僕も僕もー!」
「私もやるよー!」
皆が聖南をこれでもかと抱き締めて撫でた。そんな様子を黒いのは眺めている。にゃはは、と笑っていた。
「やれやれ、これなら明日は大丈夫そうだねぇ」
ラインに視線を送ると、彼もまた視線を返した。やるじゃない、と目で語る。
「それじゃあ、私も少し手伝うとするよ」
黒いのも聖南の頬を小突く。彼女からやめろと文句が上がったがお構い無し。
ライン達はこの日ウォーミングアップを重ねた。そして夕暮れには、精霊の力も借りた術式や攻撃の一片を見出だしたのだった。
「明日、嫌な予感がするんだけどなぁ」
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