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第四章 運命に抗う者達
71.【前編】第一の試練_運命に抗え
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真国、龍島にそびえる神殿――龍昇寺院。
かつて、聖南の母とその母達が戦ってきた物之怪を弾くために造られた建造物だ。真国のダーカーと呼ばれる怪異、物之怪。彼らは本島にあたる神威島を襲っては混乱を巻き起こした。聖南の母、恵の決死の戦いによって、今日まで物之怪は見られない。
巫女は代々女性が務めてきた。聖南と玲奈もその力を内に宿している。いつか、物之怪が現れた時、巫女である聖南が先陣を切って戦うことになるだろう。国の守護獣である十二聖獣を従えて。
ライン達は、そんな物之怪との戦いの歴史を描いた絵画を鑑賞していた。橋の渡り口にいた初老の男に案内され、寺院を巡る。
「こうして物之怪は退治され、平和を取り戻したのですよ」
「母上、ほんとにすごいことしてたんだ。やっぱり母上はかっこいいなぁ。……でも、死んじゃった。帰ってきてほしかったのに」
俯きながら聖南がぽつりと言葉を漏らす。スカートをぎゅっと掴んだ。それに気づいたラインが彼女の頭に手をぽんと置いた。
「子どもの頃に母を亡くして悲しいのは当たり前だ。お前はそれを受け入れることがどうしてもできなかった。だから捜し回って、母の影を追い続けた。気持ちは分かる。俺も、父さんの死をすぐに受け入れることはできなかったからな」
「ラインさんも、受け入れられなかったんだ。……あたし、ずっと探してた。初めてラインさんとルフィアに会って、旅をして、真国に帰ったときも。帰ってきたら、宮廷に戻ってきてるんじゃないかって、期待してた。でも、現実はそうじゃなかったし。ラオブのせいで父上まで大変な目に遭ってたし」
顔を上げる。絵画の中の巫女を見つめた。
「時々思うんだ。母上があの戦いに行かなかったらって。あたしも誘拐されることもなかったし、母上に甘えることもできたし。だから、……今でも、ちょっと許せない。母上がいない現実が、未だに信じられない」
聖南の頭に生えている一本の毛が元気の無さを示している。ラインが聖南の頭を撫でる。ぽんぽんと軽く叩いた。
「お前の母親は命がけで国と民を守ったんだ。母親の頑張りは否定するな。物之怪を阻止できなかったら、次に狙われていたのはお前と妹だったかもしれない。家族を、自分の娘を守りたいと、決意を固めた親の覚悟を忘れるな。死んだことが許せなくても、だ」
「……うん。あたし、母上が守ってくれたこの国が好きだよ。民も生き物も、十二聖獣達もみんな好き。だから、……母上のしたことは、意味があったんだって思える。あたしと玲奈を置いて死んでしまったのはやっぱり許せないけど。その代わりに、父上が男手ひとつで育ててくれたのは分かるから。豊城爺やにもたくさん迷惑かけたしね。それに、誘拐されなかったら、ラインさん達にも会えなかったし!」
聖南の頭から手を離す。彼女はこちらを向いていつものようににこりと笑った。ラインも口許をつり上げる。見守っていた初老の男は、優しそうな表情で静かに頷いた。
「聖南様は、我ら寺院で修行する者にとっても大切なお方。無論、妹様も同じ存在です。唯一無二の真国の宝であります。この寺院で修行する以上に、皆さんと出会って、ずいぶんと成長してきたとお見受けしました。聖南様なら、きっと試練を乗り越えられますよ」
「へへ、ありがと……、あれ、そういえば名前聞いてないや」
「はっは、そうでしたな。私の名は藤乃紫陽、紫陽と申します。この寺院の長を務めております」
「お、長って、一番偉い人ぉ!?」
聖南の驚く声が静かな寺院に響いた。しまった、と聖南が慌てて口を手で押さえる。他の僧がこちらを注目した。紫陽が笑う。
「長といっても、それほど大それたことはしていません。皆をまとめ、先頭に立って修行をしているに過ぎませんから」
「それが偉いんだってば。もう、そうならそうと早く言ってくれれば、あたしもちゃんとした言葉で話したのに」
ぷー、と聖南の頬が膨らむ。紫陽は上品な仕草で微笑んだ。
「姫様のお心遣い感謝致します。さて、本題に入りましょうか。皆様、私についてきてください」
案内されて寺院の内部をどんどん進んでいく。寺院のメインである大聖堂に辿り着くと、中では大勢の参列客や修行僧が祈りを捧げていた。聖南とキャスライが感嘆の声を漏らした。
「聖南はここに来たことあるんだよね?」
「そうだよキャスライ。あたしはここに来たことある。でも、赤ちゃんの頃や誘拐される前だからそんなに記憶に無いんだ。よく分かんないけど、この寺院が怖かった思い出はある。なんでかは、覚えてないけど」
紫陽が参列者の隙間を縫って奥へと進んでいく。皆もあとを追った。祭壇の上に飾られた像を聖南は見上げた。十二の翼と羽を広げた創造源神が、彩星を包む遥かに大きな像を。そして、大聖堂の天井に描かれた十二聖獣の姿を見た。立派な角を生やした大きな白い龍が、他の十一の聖獣を長い体で取り囲んでいる図だ。
「あれが、辰流」
「シンリュウってなんだ?」
聖南の見上げる方向を見ながらフェイラストが問いかけた。聖南は腰帯にある母の形見を手に取る。麗鈴はしゃらんと音を奏でた。
「あたしの召喚する十二聖獣の、最高神みたいなもの。十二聖獣の一匹である辰流は、天に嵐を呼び寄せる白い龍。他の十一の聖獣を召喚可能にならないと呼び寄せることのできない、とっても強い聖獣だよ」
聖南の話を聞きながら紫陽のあとを追う。ルフィアが今まで聖南が召喚した聖獣を思い出していた。
「えっと……、恵鼠。嶽丑。虎蓮。夘沙。優馬。賢鶏。戌威。鎖亥。全部で八の聖獣を召喚したみたいだよ。あとは誰が残ってるの?」
「辰流除いてあと三匹だから、えーと。……巳を司る巳槌、未を司る宵未、申を司る猿赫の三匹だよ」
話をしながら大聖堂を抜けて、紫陽は関係者以外立ち入り禁止の通路へ進む。一度こちらを振り向いて、ついてくるように優しく伝えた。皆も通路を進んでいく。ルフィアは気づいた。父である創造源神の力が増していることに。
「お父さんの力の気配がする」
「ルフィアのお父さんってことは、やっぱり龍昇寺院は創造源神様が創ったの?」
「……私には分からない。けど、この通路の向こうから、お父さんの力を感じるの。本の通りなら、きっとお父さんが関与してると思う」
「となれば、ますますここが試練の神殿ってことで正解に近づいて来てやがるぜ」
「僕は創造源神様がラスカ族という種族に創り変えてくれたから、なんとなく分かるよ。千年以上も前の話だけど、たぶん、そうだと思うんだ」
各々感じたことを口に出す。ラインは黙々と紫陽のあとをついて歩く。彼は重苦しい扉の複雑な鍵を解いた。大きな扉が開かれる。光がまぶしい。目を細くして、光の向こうを見ようとする。
「さぁ、お入りください」
紫陽に促され、一行は部屋に入る。そこは先ほどまで見た寺院の作りではなく、まるで異空間に入り込んだようだった。淡い金と白の入り交じる空間に、光の球体や宝石の瓦礫が浮遊している。手すりのない円形の広間へと、広い道はまっすぐ続いている。紫陽が先を歩く。周りの景色の変わりようにただ呆然とするしかなかった。魔力を流すガラスのような床を進み、円形の広間にやって来た。紫陽が歩みを止め、皆に向き直る。
「ここが、第一の試練を受けていただく神殿の内部でございます。普段は私と帝様にしか入室できぬ場所です。しかし、あなたがたは帝様の拇印のついた書状をお持ちですね?」
そのことは一切話していないのに。皆が驚きを隠せなかった。紫陽がほほ、と上品に笑う。
「そうでなければここに入れませんとも。さぁ、行ってみてください。ここから先はあなたがたでお進みください」
紫陽が空間の方へ手を伸ばす。すると来た道と反対側に、魔力が流れてガラスのような床が現れた。
「紫陽さん、あなたはいったい何者なのですか?」
ルフィアが問いかけるも、彼は上品な笑みを浮かべるのみだった。
「うー、あたしも全然知らないから、紫陽さんのこと何者か分かんないよぉ」
聖南も混乱した様子だ。隣のキャスライも困惑している。フェイラストは魔眼を用いて紫陽を見破ろうとしたが、術式で固くガードされていて見ることはできなかった。ますます怪しい。フェイラストは眉間にしわを寄せる。
「行って確かめてみてください」
紫陽はそれだけ述べて、どうぞと新たな道に手を差し出す。
「行くしかないだろう。何があろうと帰ってくるさ。ここで立ち止まっている訳にはいかないんだ」
ラインの言葉に皆が気を引き締める。異空間へ伸びる魔力ガラスの道を見据えた。
「行こう、試練へ」
一行は魔力ガラスの広い道を、一歩一歩確かめるように歩み出した。
「"また"お会いしましょうね」
紫陽が五人の背中を見送る。そして、光へ包まれる。何処かへと転移した。
*******
龍昇寺院の奥の院。今まさに第一の試練がおこなわれていた。
――運命に抗え。
――悪しき者に惑わされず、正面から向き合え。
ラインは本に記述されていた内容を思い返していた。悪しき者とはいったい誰のことか。ダーカーなのか、それとも別の者か。一抹の不安を抱えたまま、ラインを先頭にして五人は魔力ガラスの道を進んだ。すると、見えてきたのは五本に分かたれた道だ。左から紅、橙、緑、青、紫の順に色がついている。
「まるで虹みたいな光……」
聖南が思わず言葉を漏らす。確かに虹の色のように見える。七色には足りなくとも、虹を示すには充分な色だ。
「ねぇ、もしかしてこの色って、私達のことを示しているのかな。私は青で、ラインが紅で。キャスライが緑、聖南は橙、フェイラストが紫だと思うの」
「それぞれの色のところに進めってことか?」
「たぶん、そうだと思う」
試しにルフィアが紅の道を進もうとすると、色が始まる位置で見えない壁が行く手を阻んだ。引き返して青の道へ行くと、今度は色が始まる位置から先へ進むことができた。
「ここから先はみんなとばらばらになるんだ。ぼ、僕、ちょっと自信無いなぁ……」
「大丈夫だよキャスライ。きっとみんなまた一緒になるよ!」
聖南がキャスライの背をとんとん叩いた。ありがとう、とキャスライが笑う。フェイラストが横切った。紫の道を進む。
「オレは先に行く。また後で会おうぜ」
ウインクして彼は紫の道の先にある空間へと消えていった。
「あたしも行くね!」
「だ、大丈夫かな……」
元気いっぱいな聖南と尻込みしているキャスライが、対照的な態度で橙と緑の道にある空間へ消えていった。
「私も行くよ、兄さん、またね」
「あぁ、気を付けてな」
青の道の先にある空間へ、ルフィアは静かに消えていった。
静まり返った空間に、ラインは一人残っていた。紅の色が始まる位置まで移動する。
「……さて、行くか」
意を決して、ラインは紅の道を突き進む。道の行く先には空間が口を開けている。近づくとぼんやりとその先にある輪郭が浮かんできた。
(試練と名のつくものなんだ。何が出ても恐れるな)
自らを鼓舞して、ラインは空間へと消えていった。
かつて、聖南の母とその母達が戦ってきた物之怪を弾くために造られた建造物だ。真国のダーカーと呼ばれる怪異、物之怪。彼らは本島にあたる神威島を襲っては混乱を巻き起こした。聖南の母、恵の決死の戦いによって、今日まで物之怪は見られない。
巫女は代々女性が務めてきた。聖南と玲奈もその力を内に宿している。いつか、物之怪が現れた時、巫女である聖南が先陣を切って戦うことになるだろう。国の守護獣である十二聖獣を従えて。
ライン達は、そんな物之怪との戦いの歴史を描いた絵画を鑑賞していた。橋の渡り口にいた初老の男に案内され、寺院を巡る。
「こうして物之怪は退治され、平和を取り戻したのですよ」
「母上、ほんとにすごいことしてたんだ。やっぱり母上はかっこいいなぁ。……でも、死んじゃった。帰ってきてほしかったのに」
俯きながら聖南がぽつりと言葉を漏らす。スカートをぎゅっと掴んだ。それに気づいたラインが彼女の頭に手をぽんと置いた。
「子どもの頃に母を亡くして悲しいのは当たり前だ。お前はそれを受け入れることがどうしてもできなかった。だから捜し回って、母の影を追い続けた。気持ちは分かる。俺も、父さんの死をすぐに受け入れることはできなかったからな」
「ラインさんも、受け入れられなかったんだ。……あたし、ずっと探してた。初めてラインさんとルフィアに会って、旅をして、真国に帰ったときも。帰ってきたら、宮廷に戻ってきてるんじゃないかって、期待してた。でも、現実はそうじゃなかったし。ラオブのせいで父上まで大変な目に遭ってたし」
顔を上げる。絵画の中の巫女を見つめた。
「時々思うんだ。母上があの戦いに行かなかったらって。あたしも誘拐されることもなかったし、母上に甘えることもできたし。だから、……今でも、ちょっと許せない。母上がいない現実が、未だに信じられない」
聖南の頭に生えている一本の毛が元気の無さを示している。ラインが聖南の頭を撫でる。ぽんぽんと軽く叩いた。
「お前の母親は命がけで国と民を守ったんだ。母親の頑張りは否定するな。物之怪を阻止できなかったら、次に狙われていたのはお前と妹だったかもしれない。家族を、自分の娘を守りたいと、決意を固めた親の覚悟を忘れるな。死んだことが許せなくても、だ」
「……うん。あたし、母上が守ってくれたこの国が好きだよ。民も生き物も、十二聖獣達もみんな好き。だから、……母上のしたことは、意味があったんだって思える。あたしと玲奈を置いて死んでしまったのはやっぱり許せないけど。その代わりに、父上が男手ひとつで育ててくれたのは分かるから。豊城爺やにもたくさん迷惑かけたしね。それに、誘拐されなかったら、ラインさん達にも会えなかったし!」
聖南の頭から手を離す。彼女はこちらを向いていつものようににこりと笑った。ラインも口許をつり上げる。見守っていた初老の男は、優しそうな表情で静かに頷いた。
「聖南様は、我ら寺院で修行する者にとっても大切なお方。無論、妹様も同じ存在です。唯一無二の真国の宝であります。この寺院で修行する以上に、皆さんと出会って、ずいぶんと成長してきたとお見受けしました。聖南様なら、きっと試練を乗り越えられますよ」
「へへ、ありがと……、あれ、そういえば名前聞いてないや」
「はっは、そうでしたな。私の名は藤乃紫陽、紫陽と申します。この寺院の長を務めております」
「お、長って、一番偉い人ぉ!?」
聖南の驚く声が静かな寺院に響いた。しまった、と聖南が慌てて口を手で押さえる。他の僧がこちらを注目した。紫陽が笑う。
「長といっても、それほど大それたことはしていません。皆をまとめ、先頭に立って修行をしているに過ぎませんから」
「それが偉いんだってば。もう、そうならそうと早く言ってくれれば、あたしもちゃんとした言葉で話したのに」
ぷー、と聖南の頬が膨らむ。紫陽は上品な仕草で微笑んだ。
「姫様のお心遣い感謝致します。さて、本題に入りましょうか。皆様、私についてきてください」
案内されて寺院の内部をどんどん進んでいく。寺院のメインである大聖堂に辿り着くと、中では大勢の参列客や修行僧が祈りを捧げていた。聖南とキャスライが感嘆の声を漏らした。
「聖南はここに来たことあるんだよね?」
「そうだよキャスライ。あたしはここに来たことある。でも、赤ちゃんの頃や誘拐される前だからそんなに記憶に無いんだ。よく分かんないけど、この寺院が怖かった思い出はある。なんでかは、覚えてないけど」
紫陽が参列者の隙間を縫って奥へと進んでいく。皆もあとを追った。祭壇の上に飾られた像を聖南は見上げた。十二の翼と羽を広げた創造源神が、彩星を包む遥かに大きな像を。そして、大聖堂の天井に描かれた十二聖獣の姿を見た。立派な角を生やした大きな白い龍が、他の十一の聖獣を長い体で取り囲んでいる図だ。
「あれが、辰流」
「シンリュウってなんだ?」
聖南の見上げる方向を見ながらフェイラストが問いかけた。聖南は腰帯にある母の形見を手に取る。麗鈴はしゃらんと音を奏でた。
「あたしの召喚する十二聖獣の、最高神みたいなもの。十二聖獣の一匹である辰流は、天に嵐を呼び寄せる白い龍。他の十一の聖獣を召喚可能にならないと呼び寄せることのできない、とっても強い聖獣だよ」
聖南の話を聞きながら紫陽のあとを追う。ルフィアが今まで聖南が召喚した聖獣を思い出していた。
「えっと……、恵鼠。嶽丑。虎蓮。夘沙。優馬。賢鶏。戌威。鎖亥。全部で八の聖獣を召喚したみたいだよ。あとは誰が残ってるの?」
「辰流除いてあと三匹だから、えーと。……巳を司る巳槌、未を司る宵未、申を司る猿赫の三匹だよ」
話をしながら大聖堂を抜けて、紫陽は関係者以外立ち入り禁止の通路へ進む。一度こちらを振り向いて、ついてくるように優しく伝えた。皆も通路を進んでいく。ルフィアは気づいた。父である創造源神の力が増していることに。
「お父さんの力の気配がする」
「ルフィアのお父さんってことは、やっぱり龍昇寺院は創造源神様が創ったの?」
「……私には分からない。けど、この通路の向こうから、お父さんの力を感じるの。本の通りなら、きっとお父さんが関与してると思う」
「となれば、ますますここが試練の神殿ってことで正解に近づいて来てやがるぜ」
「僕は創造源神様がラスカ族という種族に創り変えてくれたから、なんとなく分かるよ。千年以上も前の話だけど、たぶん、そうだと思うんだ」
各々感じたことを口に出す。ラインは黙々と紫陽のあとをついて歩く。彼は重苦しい扉の複雑な鍵を解いた。大きな扉が開かれる。光がまぶしい。目を細くして、光の向こうを見ようとする。
「さぁ、お入りください」
紫陽に促され、一行は部屋に入る。そこは先ほどまで見た寺院の作りではなく、まるで異空間に入り込んだようだった。淡い金と白の入り交じる空間に、光の球体や宝石の瓦礫が浮遊している。手すりのない円形の広間へと、広い道はまっすぐ続いている。紫陽が先を歩く。周りの景色の変わりようにただ呆然とするしかなかった。魔力を流すガラスのような床を進み、円形の広間にやって来た。紫陽が歩みを止め、皆に向き直る。
「ここが、第一の試練を受けていただく神殿の内部でございます。普段は私と帝様にしか入室できぬ場所です。しかし、あなたがたは帝様の拇印のついた書状をお持ちですね?」
そのことは一切話していないのに。皆が驚きを隠せなかった。紫陽がほほ、と上品に笑う。
「そうでなければここに入れませんとも。さぁ、行ってみてください。ここから先はあなたがたでお進みください」
紫陽が空間の方へ手を伸ばす。すると来た道と反対側に、魔力が流れてガラスのような床が現れた。
「紫陽さん、あなたはいったい何者なのですか?」
ルフィアが問いかけるも、彼は上品な笑みを浮かべるのみだった。
「うー、あたしも全然知らないから、紫陽さんのこと何者か分かんないよぉ」
聖南も混乱した様子だ。隣のキャスライも困惑している。フェイラストは魔眼を用いて紫陽を見破ろうとしたが、術式で固くガードされていて見ることはできなかった。ますます怪しい。フェイラストは眉間にしわを寄せる。
「行って確かめてみてください」
紫陽はそれだけ述べて、どうぞと新たな道に手を差し出す。
「行くしかないだろう。何があろうと帰ってくるさ。ここで立ち止まっている訳にはいかないんだ」
ラインの言葉に皆が気を引き締める。異空間へ伸びる魔力ガラスの道を見据えた。
「行こう、試練へ」
一行は魔力ガラスの広い道を、一歩一歩確かめるように歩み出した。
「"また"お会いしましょうね」
紫陽が五人の背中を見送る。そして、光へ包まれる。何処かへと転移した。
*******
龍昇寺院の奥の院。今まさに第一の試練がおこなわれていた。
――運命に抗え。
――悪しき者に惑わされず、正面から向き合え。
ラインは本に記述されていた内容を思い返していた。悪しき者とはいったい誰のことか。ダーカーなのか、それとも別の者か。一抹の不安を抱えたまま、ラインを先頭にして五人は魔力ガラスの道を進んだ。すると、見えてきたのは五本に分かたれた道だ。左から紅、橙、緑、青、紫の順に色がついている。
「まるで虹みたいな光……」
聖南が思わず言葉を漏らす。確かに虹の色のように見える。七色には足りなくとも、虹を示すには充分な色だ。
「ねぇ、もしかしてこの色って、私達のことを示しているのかな。私は青で、ラインが紅で。キャスライが緑、聖南は橙、フェイラストが紫だと思うの」
「それぞれの色のところに進めってことか?」
「たぶん、そうだと思う」
試しにルフィアが紅の道を進もうとすると、色が始まる位置で見えない壁が行く手を阻んだ。引き返して青の道へ行くと、今度は色が始まる位置から先へ進むことができた。
「ここから先はみんなとばらばらになるんだ。ぼ、僕、ちょっと自信無いなぁ……」
「大丈夫だよキャスライ。きっとみんなまた一緒になるよ!」
聖南がキャスライの背をとんとん叩いた。ありがとう、とキャスライが笑う。フェイラストが横切った。紫の道を進む。
「オレは先に行く。また後で会おうぜ」
ウインクして彼は紫の道の先にある空間へと消えていった。
「あたしも行くね!」
「だ、大丈夫かな……」
元気いっぱいな聖南と尻込みしているキャスライが、対照的な態度で橙と緑の道にある空間へ消えていった。
「私も行くよ、兄さん、またね」
「あぁ、気を付けてな」
青の道の先にある空間へ、ルフィアは静かに消えていった。
静まり返った空間に、ラインは一人残っていた。紅の色が始まる位置まで移動する。
「……さて、行くか」
意を決して、ラインは紅の道を突き進む。道の行く先には空間が口を開けている。近づくとぼんやりとその先にある輪郭が浮かんできた。
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