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第四章 運命に抗う者達
73.【後編】第一の試練_運命に抗え
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フェイラスト、キャスライ、聖南は第一の試練を無事に通過した。
残るは二人、ルフィアとライン。
ルフィアがは青の道を抜けると、一面に桃色の花が咲く花園に辿り着いた。懐かしい花の香りが鼻を抜けた。
「ここは、天上界にある楽園の花園?」
振り返ると、元来た道は消えていた。桃色の花園に一人残されたようだ。ルフィアが歩けば、意思持つ花は左右に動いて道を開けた。花は彼女に行き先を示す。花がなくなった場所には、短い草の道が向こうまで続いていた。しばらく進んでいくと、人影を見つけた。長身の男性だ。彼が振り向いた。ルフィアが目を丸くする。
「お父さ……っ!?」
思わず声が上擦る。駆け出して近寄ると、紛うことなきルフィアの父親――創造源神だった。
「ルフィア、我が愛しき娘よ。よく此処まで辿り着いた」
「お父さんが、悪しき者なの……?」
「左様。我が悪しき者である。しかし、我はお前の記憶から構成された存在。本物の創造源神ではない。そこは間違えるな」
「うん、そうだね。そうなんだよね。いきなりお父さんが出てくるんだもの。ちょっとびっくりしちゃった」
創造源神はふっと小さく笑みをこぼす。風が吹いた。花園から桃色の花びらが舞い上がり、幻想的な景色を魅せる。
「さて、我が愛しき娘、ルフィアよ。我は、ここに悪しき者として現れた。何故か、解るか?」
「全然想像がついてないの。どうしてここにお父さんが出てきたの?」
「それは、な。……我が至らなかったからだ」
創造源神は瞳を伏せる。ルフィアを映すことは憚られた。
「ルフィア、我はお前を守れなかった。ダーカーに誘拐を許し、ゲヘナにて何か良からぬことをされただろう。我はそれを深く後悔している。お前を守れなかった自分に憤りを覚えている。しかし、今まで聖性で満たされていた天上界にまで、地上界から漏れ出た穢れが迫ってきている。我は、あの頃よりも遥かに弱いのだ。少しの穢れでも我を蝕む」
「お父さん……」
ルフィアは知っている。父は全盛期だった頃よりも、遥かに力が衰えていることを。
創造源神は人々の信仰や祈りを糧にして力を強める。全盛期の頃は神の民全てが創造源神を敬い、厚く信仰した。しかしリリスが悪魔へ変貌し、アンディブ戦争が起きた。地上は穢れが優勢となり、聖性は激減した。戦争が終わってからも、穢れは地上界エルデラートを漂ったまま。彼にとっては毒でしかなかった。以来、彼は地上界エルデラートに降り立つことをやめた。
神域と天上界を行き来していた頃。リリスがケルイズ国の前身を造り上げたとき、神への信仰を無意味とする無神論者を生み出す。それにより創造源神への信仰は減少した。四千年の時を経て、ケルイズ国以外でも信仰を辞めた民が増え、今では神域以外の場所へ降臨できない状態になってしまったのだ。それほど彼の力は衰え、当時の力には到底及ばない。
「うん。分かるよ。お父さんが私を守れなかったこと。でも仕方ないじゃない。お父さんは、穢れに汚染されたら、自浄力が働いても消し去れないかもしれないのだから。穢れが残ったら、お父さんは存在することすら危うくなってしまうもの」
「左様。……だから、天上界にお前と妻エトワールを残して神域に帰還した。お前が誘拐されていくところを神域で視ていた。我は、我はなんて弱いのだ。娘一人守れぬ父親など、神である以前の問題だ。一人目の妻との子もダーカーによって殺害された。二人目の妻の子ケティスは地上で無事に暮らしていると聞くが、会いに行くことすら叶わぬ。愛する者に会いに行けぬつらさは、時を経る毎に強まる。我は、父親として何一つしてやれていない」
自責の念にかられる父を見て、ルフィアはなんと言葉をかけてよいか悩んでいた。けれど、言いたいことはもう決めていた。うなだれる父の前に回り込んで、そっと抱き締めた。
「大丈夫。お父さんの想いは伝わってるから。自分を責めないで」
「ルフィア、しかし」
「しかしもでももないよ。子どもの頃、お父さんが教えてくれたこと、今でも役に立ってるよ。信仰が薄れていくとお父さんが弱ってしまうのは知ってる。だけど子どもの頃はよく分かってなかった。分かったのは、旅に出てからかな。地上にはどうしてこんなに穢れが溢れているんだろうって、感じてしまったから。お父さんが降りるには厳しいって、知ったから」
ルフィアは彼の背に手を回す。
「お父さんが神域から旅路を見守ってくれること、気づいてたよ。クロエも私達のこと見ててくれたんだよね。お父さんの代わりになって、導いてくれた。責めなくていいんだよ。私は大丈夫。ここにいるから」
「ルフィア、……我を赦してくれるのか」
「赦すも何も、私はお父さんのこと恨んでないし、責めるつもりもないよ。ふふ、心配しないで」
「そうか。……そうか」
潤ませた虹色の瞳を何度かまばたきして、創造源神はルフィアを抱き締めた。ルフィアも彼の胸に頭を預ける。父娘の間で無言の会話がおこなわれた。
しばらくして、創造源神がルフィアを離した。頬にひとつ涙が零れていた。
「感謝する。ルフィア、我が愛しき娘よ。お前の旅路に祝福を」
「ありがとう。お父さんの気持ちが聞けて嬉しかった。じゃあ、私、行くね」
「うむ。行ってきなさい」
花園は異空間の景色に変わる。創造源神の姿も消えていった。
丸い広間の向こうに青い道が伸びている。ルフィアは穏やかな気持ちで先へ進んだ。
*******
ラインは紅の道を進む。辿り着いた先は、見慣れた街並みだった。立ち止まって記憶の中の景色と比べる。間違いない、ここは。
「フォートレスシティ、か」
振り向くと紅の道は消えていた。神経を張って街を進むが、気配が一切感じられない。無人のようだ。詰め所にも兵はおらず、商店街には店主も買い物客もいない。その中で一点だけ、強い存在感を放つものを感じ取った。それは突然現れたといってもいい。
「そこに行けということか」
ラインは勝手知ったる街の中を早足で突き進む。気配が大きくなる。着いた場所は、生家のある住宅街の広い場所だ。近くにある噴水は時が止まったように水を空中で留めていた。視線をずらす。黒い人影があった。
「よう。遅かったじゃねぇの。待ちくたびれたわよ」
「お前は『破壊を司る者』だな」
「そこはクロエと呼んでほしかったなぁ。まぁそれはいいとしてだ」
黒き彼女は近づいてきた。真正面に立つ。ラインは両手をズボンのポケットに入れて彼女を見据えた。
「私は本物の『破壊を司る者』じゃないよ。ただの記憶から作られた存在さ。もう分かってると思うけど、私が試練の悪しき者だよ」
「だろうな。お前の他に誰もいないようだし」
「そういうこと。じゃ、早速本題に入ろうか」
にゃは、と笑ってすぐに真剣な顔つきに変わった。
「ライン・カスティーブ、お前は私を悪となじるか?」
「悪となじる、……いや、悪ではないだろう」
「それは何故だい?」
「お前は少なからず俺を、俺達を助けてくれた。俺にとってはある意味命の恩人だ。リリスの闇に堕ちた俺に、もう一度やり直すチャンスをくれた。ゲヘナで実験を受けていたときも、お前は俺を神域から視ていたんじゃないか?」
「正解だよ。心配で仕方なかったからね」
「旅の途中で俺達に加わったのも、手助けと言いつつ直接自分の目で見ておきたかった、というのも感じられた。お前はなにかと俺達を助け、道を逸れそうなときに引き戻してくれる。神域にいたときも、創造源神と一緒に視ていたんだろう」
ラインは言葉を切って、黒き彼女から目を離す。生家を見上げた。
「本来俺はリリスの愛玩用として、滅びた世界で一生弄ばれるだけの存在だった。それを止めてくれたお前に感謝している。ゲヘナから脱出して、母さんにもまた会えたしな。確かにお前は態度が悪いし、口も悪い。人によっては嫌な奴に見えるだろう。だが、本質は、ただのお節介焼きの人間だ。……違うか?」
ラインがひとつ息を吐いた。彼女を見ると、にゃははと笑っていた。
「いやぁー、あんたさんには全部お見通しだったか。あれまぁ、私ってばそんなに分かりやすい?」
「分かりやすすぎてため息が出るぞ」
「それは困ったねぇ。じゃ、あんたさんは私を悪とは言わないんだ」
「あの時、俺を殺しかけたことを悪と呼ぶのか?」
「んまぁ、そうなる予定だったし、あんたさんがもっと、こう、激昂するとばかり思ってたんだけどなぁ。予定がズレズレのズレだよ」
「あいにくと怒るほどの感情は無いな。他を当たってくれ」
「ひょえー、手厳しい」
黒いのは街並みと共に透けて消えていく。
「ここでお別れだねぇ。じゃ、残りの試練を頑張ってね~」
目を細めて手を振って消えていった。黒き彼女と街並みが消える。ラインは丸い広間の中央に立っていた。その先には紅の道が伸びている。
「残りって、なんだ。まだ何かあるのか」
疑問に思いながら、ラインは紅の道を進んでいった。
*******
紅、橙、緑、紫、青。
五色の虹を思わせる色彩から、五人の姿が現れた。合流する先には、燭台が円形に等間隔で並ぶ、とても広い円形の広間があった。淡い金と白の異空間に戻ってきた皆は、しばらく振りとばかりに顔を合わせる。
「いやぁ~おっさんのとこも結構なもんだったぞ」
「僕は、リューガに会えたよ。ずっとあそこに居たかったな。でも、それじゃあ試練失格だもんね。名残惜しいけど、ここまで来たよ」
「キャスライ偉い!」
聖南が小さく跳びはねて祝福する。照れ臭そうに彼は笑った。
「あたしは母上が出てきた。試練をクリアしたらさ、この子を呼べるようになったよ!」
聖南が巳槌を紹介する。火の精霊サラマンダーほどの巨大なサイズではない、翼を携えた大きな青い蛇だ。尻尾が名前の通り槌の形になっている。小さなカンカン帽がおしゃれだ。巳槌は会釈して挨拶した。
「皆様、初めまして。巳槌と申します。以後、よろしくお願いしますね」
「礼儀正しい蛇さんだねぇ。帽子がかわいいなぁ」
「でしょ、キャスライ。巳槌は帽子集めが好きなんだって。なんかいいのあったら教えてあげて」
「帽子集めが趣味たぁ良い趣味してるぜ。おっさんの気に入ってる帽子を見せてやりたいくらいだ」
「その機会がありましたら、是非に」
「おう」
ふと、人が近づいてくる気配がする。皆がそちらを振り向くと、紫陽が広間の反対側から歩いてきた。中央の円で立ち止まり、お辞儀をした。
「皆様、無事に通過できたようですね。通過できなければ、諦めて帰っていただこうかと思ってしまいました」
「紫陽さん、え、この感じ、なに?」
聖南がぶるると震えた。異様な気配に皆が構える。フェイラストがガンホルダーの二丁拳銃を抜いた。キャスライも冥夜を両手に握る。聖南が麗鈴を突き出した。
「待って!」
ルフィアがお互いを制する。ラインも一歩前に出た。
「あなたは、私達の試練を見ていたんですね」
「さよう。見ていましたとも。この寺院の長として、務めを果たさなければなりませんので」
「俺の試練に出てきた黒いのが言っていた。「残りも頑張ってね」と。もしや、お前は、その残りの試練ということか?」
紫陽は上品な笑みを浮かべてこくりと頷く。
「私が、最後の試練となります。聖南様、ご無礼をお許しください。これも皆様のため、誠心誠意やらせていただきます」
紫陽の体が光り出す。姿を包み込むほど光ると、姿が大きくなっていく。光が収束する。紫陽花の花を体に咲かせた青紫の狐が現れた。三本の太い尻尾が扇のようにピンと立ち上がる。直立した大きな耳には藤の花のピアスがはめられていた。
「藤乃紫陽は、世を忍ぶ仮の姿。真名、ウィスティジア・ルナール。参ります!」
ウィスティジアは大きな青い狐火を喚ぶと周囲に配置した。円形の広間を三重の線で囲み逃げ場を無くす。皆が武器を構えて対峙した。
「紫陽さん、手加減しないからね!」
聖南がしゃらんと鈴を鳴らす。巳槌が翼をはためかせて空へ上昇。一気に滑空してくるりと回り、尻尾の槌を振り下ろす。ウィスティジアは回避せず障壁で受け止めた。ガキィン、と鋭い音が鳴る。巳槌は反動で聖南のもとに戻った。
「障壁で防いでいるようです。あれを剥がさない限り攻撃は通らないでしょう。皆様、お気を付けて!」
「聖南、何か剥がせそうな術式ある?」
「じゃあ、こうする!」
しゃらんと鈴を何度も鳴らす。高位の地の術式を発動するようだ。地の精霊ノームの力を借りて広間全体に地の紋を広げた。
「震天動地の地の術式だよ!」
聖南が勢いよく鈴を振り下ろす。地の紋から幾重にも連なる岩壁の突きが発動した。それでもウィスティジアは動かない。障壁で護られている。きちんとお座りした姿勢を崩さず、尻尾を揺らしていた。
地の術式を合図に皆が動き出す。ルフィアが聖南の隣で水の術式を唱える。前衛ではライン、キャスライがウィスティジアに迫る。フェイラストは跳び上がってマガジンを切り替え、一気に銃撃を始めた。狙い過たずウィスティジアの頭部を撃ち抜いたと思った。しかし全ての弾丸が障壁で阻まれていた。
「はぁっ!」
キャスライが瞬殺の一閃を繰り出すが、障壁に傷ひとつつかない。次いでラインが連撃を放つもこれもいまひとつ。障壁は分厚く、堅い守りをみせている。
「どうしましたか。まさか、これすら突破できないとでも?」
ウィスティジアが睨みつける。と、一呼吸遅れてルフィアの水の術式が迫っていた。空中にいくつもの水の紋が出現し、大きなバブルを放つ。障壁に触れると、バチンと大きな音と共に破裂。水滴が氷結してトゲのように障壁へ刺さった。
「障壁が崩れない。これじゃないんだ」
ルフィアが悔しそうに歯噛みする。しかし効果はあったか。氷結したトゲは障壁に刺さったままだ。
「聖南、大きな招き猫を呼んで、氷が刺さったところに落として!」
「分かったぁ!」
返事をしてすぐに術式を構える。鈴を鳴らすと、地と光の混合術式である招き猫が空から落下した。どしん、と障壁に底をつける。招き猫に押し込まれた氷のトゲは障壁に深々と突き刺さった。小判を撒き散らして招き猫は消えていく。その瞬間を待っていたとばかりにラインが動く。氷のトゲがある箇所一点を狙い素早い連撃を繰り出した。
バキィ――!
初めて障壁から音がした。ほぉ、とウィスティジアからため息が漏れる。ラインが跳び退くと次いでキャスライが追撃の一閃を繰り出す。障壁のヒビに入り込んだ短剣がすぱっと障壁を分割した。もうすぐで穴があくだろう。
「巳槌、だめ押しもういっちょ!」
「承知しました!」
羽ばたいた巳槌が先ほどと同じく、一回転して尻尾の槌を振り下ろす。すると、入り込んだトゲを押し込み、ヒビを広げる。もう一回転して二撃目を加える。しかしまだ割れない。
「巳槌、どけ!」
上空からフェイラストの声がする。巳槌はすぐさま回避した。
「オレ達を甘く見るんじゃねぇ」
フェイラストは二丁の銃を構え、一撃に魔力を込めて放った。発射した際の強い反動で、空中でくるりと回った。彼の放った弾丸は目測通りヒビに命中する。障壁に触れた瞬間、弾丸は火の術式を発動して小爆発を起こした。ドォンと大きな爆発音と共に煙が上る。
皆は一旦同じ場所に集まった。固唾を飲んで様子を見守る。果たして、障壁は。
「お見事です」
煙の中から声がした。晴れると、皆が一点集中して攻撃した場所に大きな穴があいていた。ふわりと光の粒子となって障壁が消失する。ウィスティジアがお座りをやめて四足で立ち上がった。青い狐火を召喚すると、四方に放って燭台の炎を増幅させた。
「私の炎を消してみせよ」
ウィスティジアの青い目が光る。小さな白い狐火を周囲に呼び寄せ、ライン達に向けて放った。散開。
「ルフィア、お前の水の術式で燭台の火を消せ!」
「分かったよ兄さん!」
ウィスティジアの目標がルフィアに向かう。気配を感じ取ったルフィアが背に一対の青い羽を生やした。羽ばたいて空を飛ぶ。紙一重で白い狐火を回避し、聖剣で叩き切る。このままでは水の術式を唱える暇がない。長期戦になれば不利になるのはこちら側だ。
「お願いみんな、援護して!」
「了解だぜ!」
「僕達ならできるはずだから!」
「あたしだって頑張るもーん!」
「行くぞ、お前達!」
ルフィアは空に留まり、皆に背を預けて水の高位の術式を唱え始めた。ウィスティジアの狙いはルフィアだ。術式を唱える間だけでいい、守りきるのだ。
「させないもん!」
聖南が異空間に浮かぶ石の上に立ち、地の魔力を通して操縦する。ルフィアの周囲に陣取った。
体の奥底から感じる。地の精霊ノームが助けてくれている。
――いいか聖南。アイツが火を放ったら、一気に術式をぶつけるのサ!
「うん!」
ウィスティジアが小さな白い狐火を合体させて大きな狐火を作り、こちらに向かって放ってきた。聖南が呼気と共に地の紋を空中に敷き、地の術式を発動させた。地の紋から蛇のようにうねる岩を出現させて狐火を相殺する。爆発した狐火が四方八方に散る。
「そらよ!」
フェイラストが広間を駆け、跳び回り狐火を避ける。その間にも何発か小爆発する弾丸を撃ち込んだ。足に当ててバランスを崩す。ウィスティジアが揺らいだ。
「僕だって、やるときはやる!」
キャスライがルフィアの周囲に集まろうとしていた狐火を断つ。風の精霊シルフィードが協力している。冥夜には風がまとわりついていた。
――やるじゃないか。
「ここで頑張らなきゃ、試練を越えらんないからね!」
しかしウィスティジアはまだルフィアを狙っている。不意に紅蓮の炎が掠めた。
「お前の相手はこっちだ、狐」
ラインがウィスティジアの視線をもらう。ターゲッティングされた。白い狐火が飛んできた刹那、瞬速を発動して縦横無尽に空を駆け、全ての狐火を斬り捨ててみせた。
「なんと、このような速さが繰り出せるのか」
ウィスティジアが驚く。ラインが姿を現した隙を狙うが彼の速さに目が追い付かない。紅の軌跡が見えるだけだった。
「時間稼ぎはここまでだな」
不敵な笑みを浮かべた。ラインはウィスティジアの前に姿を現し挑発する。手を差し伸べて、人差し指をクイと動かし、かかってこいと示す。ウィスティジアが挑発に対して睨みつけて反応する。しかし放たれる狐火はルフィアに向かって動き出した。思わぬ行動にラインが舌打ちした。
「挑発に乗るとでも思うたか?」
ラインは瞬速を発動して狐火を追った。斬撃により狐火が払われる。だが、全ての狐火を払うには間に合わず、ルフィアに迫る。
「あたしがいるもん!」
「僕も!」
「おっさんもいるぜぇ!」
三人がルフィアに直撃する前に攻撃を仕掛けた。逃れた狐火はウィスティジアの意思により散開し軌道を読ませぬ動きで皆を翻弄する、――……いや、翻弄する寸前、紅の軌跡が火を薙いだ。ラインが空中で身をひねり、長い金髪と紅のロングコートをはためかせて着地した。
「みんな、ありがとう」
ルフィアの準備が完了したようだ。水の精霊アンディーンの力を借りて、高位の水の術式を起動した。水の紋が広間一帯に出現し、紋から吹き出た水は回転する津波となって押し寄せる。
――水の流れに身を任せて。あなたの倒すべきものを見定めて。
「うん、大丈夫。私が狙うのは、あの青い炎!」
水流の調べは燭台に灯った狐火をみるみる小さくしていく。同時に、ウィスティジアが津波に飲まれてもがいていた。狐火は消火され、青の毛並みは水を吸って重たくなる。ふさふさだった三本の尻尾も今では細くなっていた。
「くう、……見事、です」
水流がやみ、ウィスティジアは光を放ち姿を変える。藤乃紫陽の姿に戻った。膝をついた彼はぜぇぜぇと息を荒くしている。
ルフィアが青い羽をばさりと動かし着地して、羽を消した。ラインが武器を収めて彼女のそばにやって来た。二人は紫陽に近づく。後から聖南達も駆けつけた。
ラインは片膝をついて紫陽に手を差し伸べる。気づいた彼が手を掴んで立ち上がった。
「お見事です。第一の試練、私はしかと見届けました。よって、皆様は合格です」
「ありがとうございます。戦いの最中とはいえ、無礼な真似をしてすみません」
「いえいえ、戦略を考えてのことでしょう。私の弱点である水の属性は、なんとしても防ぎたかった。それに気づいていたかは分かりませんが、皆様は立派に戦いましたよ」
ラインと紫陽は握手を交わした。ふと、聖南がおずおずと上目遣いで紫陽に近寄る。
「紫陽さん、あ、あたし」
「聖南様、皆様との冒険を通して、とても成長しましたね。帝の奏輝様も喜ばれることでしょう。母君によく似ておられる。母君に負けない、立派な巫女になることでしょう」
「え、えへへ、そうかな?」
「なれますとも」
聖南はにこにこして笑顔を見せた。広間に入ってきた場所とは反対側に道が出現した。どうやら試練は終わりのようだ。魔力ガラスの道の先には、アーチ状に光る出口が開いている。
「皆様、次は第二の試練を受けるのでしょう。ご存知と思いますが、第二の試練は天上界にあります。福音の大陸の西端にて、あなたがたを待つでしょう」
そう言って紫陽は、魔力で藤と紫陽花を象ったブローチを作った。聖南に渡し、にこりと笑う。
「第一の試練突破の証です。お受け取りください。それでは皆様、ご武運を」
「ありがとう、紫陽さん!」
皆は紫陽にお礼を言って、出口への道を歩み出した。
第一の試練は終わりを告げる。
次なる試練へ向けて、ライン達は寺院をあとにした。
残るは二人、ルフィアとライン。
ルフィアがは青の道を抜けると、一面に桃色の花が咲く花園に辿り着いた。懐かしい花の香りが鼻を抜けた。
「ここは、天上界にある楽園の花園?」
振り返ると、元来た道は消えていた。桃色の花園に一人残されたようだ。ルフィアが歩けば、意思持つ花は左右に動いて道を開けた。花は彼女に行き先を示す。花がなくなった場所には、短い草の道が向こうまで続いていた。しばらく進んでいくと、人影を見つけた。長身の男性だ。彼が振り向いた。ルフィアが目を丸くする。
「お父さ……っ!?」
思わず声が上擦る。駆け出して近寄ると、紛うことなきルフィアの父親――創造源神だった。
「ルフィア、我が愛しき娘よ。よく此処まで辿り着いた」
「お父さんが、悪しき者なの……?」
「左様。我が悪しき者である。しかし、我はお前の記憶から構成された存在。本物の創造源神ではない。そこは間違えるな」
「うん、そうだね。そうなんだよね。いきなりお父さんが出てくるんだもの。ちょっとびっくりしちゃった」
創造源神はふっと小さく笑みをこぼす。風が吹いた。花園から桃色の花びらが舞い上がり、幻想的な景色を魅せる。
「さて、我が愛しき娘、ルフィアよ。我は、ここに悪しき者として現れた。何故か、解るか?」
「全然想像がついてないの。どうしてここにお父さんが出てきたの?」
「それは、な。……我が至らなかったからだ」
創造源神は瞳を伏せる。ルフィアを映すことは憚られた。
「ルフィア、我はお前を守れなかった。ダーカーに誘拐を許し、ゲヘナにて何か良からぬことをされただろう。我はそれを深く後悔している。お前を守れなかった自分に憤りを覚えている。しかし、今まで聖性で満たされていた天上界にまで、地上界から漏れ出た穢れが迫ってきている。我は、あの頃よりも遥かに弱いのだ。少しの穢れでも我を蝕む」
「お父さん……」
ルフィアは知っている。父は全盛期だった頃よりも、遥かに力が衰えていることを。
創造源神は人々の信仰や祈りを糧にして力を強める。全盛期の頃は神の民全てが創造源神を敬い、厚く信仰した。しかしリリスが悪魔へ変貌し、アンディブ戦争が起きた。地上は穢れが優勢となり、聖性は激減した。戦争が終わってからも、穢れは地上界エルデラートを漂ったまま。彼にとっては毒でしかなかった。以来、彼は地上界エルデラートに降り立つことをやめた。
神域と天上界を行き来していた頃。リリスがケルイズ国の前身を造り上げたとき、神への信仰を無意味とする無神論者を生み出す。それにより創造源神への信仰は減少した。四千年の時を経て、ケルイズ国以外でも信仰を辞めた民が増え、今では神域以外の場所へ降臨できない状態になってしまったのだ。それほど彼の力は衰え、当時の力には到底及ばない。
「うん。分かるよ。お父さんが私を守れなかったこと。でも仕方ないじゃない。お父さんは、穢れに汚染されたら、自浄力が働いても消し去れないかもしれないのだから。穢れが残ったら、お父さんは存在することすら危うくなってしまうもの」
「左様。……だから、天上界にお前と妻エトワールを残して神域に帰還した。お前が誘拐されていくところを神域で視ていた。我は、我はなんて弱いのだ。娘一人守れぬ父親など、神である以前の問題だ。一人目の妻との子もダーカーによって殺害された。二人目の妻の子ケティスは地上で無事に暮らしていると聞くが、会いに行くことすら叶わぬ。愛する者に会いに行けぬつらさは、時を経る毎に強まる。我は、父親として何一つしてやれていない」
自責の念にかられる父を見て、ルフィアはなんと言葉をかけてよいか悩んでいた。けれど、言いたいことはもう決めていた。うなだれる父の前に回り込んで、そっと抱き締めた。
「大丈夫。お父さんの想いは伝わってるから。自分を責めないで」
「ルフィア、しかし」
「しかしもでももないよ。子どもの頃、お父さんが教えてくれたこと、今でも役に立ってるよ。信仰が薄れていくとお父さんが弱ってしまうのは知ってる。だけど子どもの頃はよく分かってなかった。分かったのは、旅に出てからかな。地上にはどうしてこんなに穢れが溢れているんだろうって、感じてしまったから。お父さんが降りるには厳しいって、知ったから」
ルフィアは彼の背に手を回す。
「お父さんが神域から旅路を見守ってくれること、気づいてたよ。クロエも私達のこと見ててくれたんだよね。お父さんの代わりになって、導いてくれた。責めなくていいんだよ。私は大丈夫。ここにいるから」
「ルフィア、……我を赦してくれるのか」
「赦すも何も、私はお父さんのこと恨んでないし、責めるつもりもないよ。ふふ、心配しないで」
「そうか。……そうか」
潤ませた虹色の瞳を何度かまばたきして、創造源神はルフィアを抱き締めた。ルフィアも彼の胸に頭を預ける。父娘の間で無言の会話がおこなわれた。
しばらくして、創造源神がルフィアを離した。頬にひとつ涙が零れていた。
「感謝する。ルフィア、我が愛しき娘よ。お前の旅路に祝福を」
「ありがとう。お父さんの気持ちが聞けて嬉しかった。じゃあ、私、行くね」
「うむ。行ってきなさい」
花園は異空間の景色に変わる。創造源神の姿も消えていった。
丸い広間の向こうに青い道が伸びている。ルフィアは穏やかな気持ちで先へ進んだ。
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ラインは紅の道を進む。辿り着いた先は、見慣れた街並みだった。立ち止まって記憶の中の景色と比べる。間違いない、ここは。
「フォートレスシティ、か」
振り向くと紅の道は消えていた。神経を張って街を進むが、気配が一切感じられない。無人のようだ。詰め所にも兵はおらず、商店街には店主も買い物客もいない。その中で一点だけ、強い存在感を放つものを感じ取った。それは突然現れたといってもいい。
「そこに行けということか」
ラインは勝手知ったる街の中を早足で突き進む。気配が大きくなる。着いた場所は、生家のある住宅街の広い場所だ。近くにある噴水は時が止まったように水を空中で留めていた。視線をずらす。黒い人影があった。
「よう。遅かったじゃねぇの。待ちくたびれたわよ」
「お前は『破壊を司る者』だな」
「そこはクロエと呼んでほしかったなぁ。まぁそれはいいとしてだ」
黒き彼女は近づいてきた。真正面に立つ。ラインは両手をズボンのポケットに入れて彼女を見据えた。
「私は本物の『破壊を司る者』じゃないよ。ただの記憶から作られた存在さ。もう分かってると思うけど、私が試練の悪しき者だよ」
「だろうな。お前の他に誰もいないようだし」
「そういうこと。じゃ、早速本題に入ろうか」
にゃは、と笑ってすぐに真剣な顔つきに変わった。
「ライン・カスティーブ、お前は私を悪となじるか?」
「悪となじる、……いや、悪ではないだろう」
「それは何故だい?」
「お前は少なからず俺を、俺達を助けてくれた。俺にとってはある意味命の恩人だ。リリスの闇に堕ちた俺に、もう一度やり直すチャンスをくれた。ゲヘナで実験を受けていたときも、お前は俺を神域から視ていたんじゃないか?」
「正解だよ。心配で仕方なかったからね」
「旅の途中で俺達に加わったのも、手助けと言いつつ直接自分の目で見ておきたかった、というのも感じられた。お前はなにかと俺達を助け、道を逸れそうなときに引き戻してくれる。神域にいたときも、創造源神と一緒に視ていたんだろう」
ラインは言葉を切って、黒き彼女から目を離す。生家を見上げた。
「本来俺はリリスの愛玩用として、滅びた世界で一生弄ばれるだけの存在だった。それを止めてくれたお前に感謝している。ゲヘナから脱出して、母さんにもまた会えたしな。確かにお前は態度が悪いし、口も悪い。人によっては嫌な奴に見えるだろう。だが、本質は、ただのお節介焼きの人間だ。……違うか?」
ラインがひとつ息を吐いた。彼女を見ると、にゃははと笑っていた。
「いやぁー、あんたさんには全部お見通しだったか。あれまぁ、私ってばそんなに分かりやすい?」
「分かりやすすぎてため息が出るぞ」
「それは困ったねぇ。じゃ、あんたさんは私を悪とは言わないんだ」
「あの時、俺を殺しかけたことを悪と呼ぶのか?」
「んまぁ、そうなる予定だったし、あんたさんがもっと、こう、激昂するとばかり思ってたんだけどなぁ。予定がズレズレのズレだよ」
「あいにくと怒るほどの感情は無いな。他を当たってくれ」
「ひょえー、手厳しい」
黒いのは街並みと共に透けて消えていく。
「ここでお別れだねぇ。じゃ、残りの試練を頑張ってね~」
目を細めて手を振って消えていった。黒き彼女と街並みが消える。ラインは丸い広間の中央に立っていた。その先には紅の道が伸びている。
「残りって、なんだ。まだ何かあるのか」
疑問に思いながら、ラインは紅の道を進んでいった。
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紅、橙、緑、紫、青。
五色の虹を思わせる色彩から、五人の姿が現れた。合流する先には、燭台が円形に等間隔で並ぶ、とても広い円形の広間があった。淡い金と白の異空間に戻ってきた皆は、しばらく振りとばかりに顔を合わせる。
「いやぁ~おっさんのとこも結構なもんだったぞ」
「僕は、リューガに会えたよ。ずっとあそこに居たかったな。でも、それじゃあ試練失格だもんね。名残惜しいけど、ここまで来たよ」
「キャスライ偉い!」
聖南が小さく跳びはねて祝福する。照れ臭そうに彼は笑った。
「あたしは母上が出てきた。試練をクリアしたらさ、この子を呼べるようになったよ!」
聖南が巳槌を紹介する。火の精霊サラマンダーほどの巨大なサイズではない、翼を携えた大きな青い蛇だ。尻尾が名前の通り槌の形になっている。小さなカンカン帽がおしゃれだ。巳槌は会釈して挨拶した。
「皆様、初めまして。巳槌と申します。以後、よろしくお願いしますね」
「礼儀正しい蛇さんだねぇ。帽子がかわいいなぁ」
「でしょ、キャスライ。巳槌は帽子集めが好きなんだって。なんかいいのあったら教えてあげて」
「帽子集めが趣味たぁ良い趣味してるぜ。おっさんの気に入ってる帽子を見せてやりたいくらいだ」
「その機会がありましたら、是非に」
「おう」
ふと、人が近づいてくる気配がする。皆がそちらを振り向くと、紫陽が広間の反対側から歩いてきた。中央の円で立ち止まり、お辞儀をした。
「皆様、無事に通過できたようですね。通過できなければ、諦めて帰っていただこうかと思ってしまいました」
「紫陽さん、え、この感じ、なに?」
聖南がぶるると震えた。異様な気配に皆が構える。フェイラストがガンホルダーの二丁拳銃を抜いた。キャスライも冥夜を両手に握る。聖南が麗鈴を突き出した。
「待って!」
ルフィアがお互いを制する。ラインも一歩前に出た。
「あなたは、私達の試練を見ていたんですね」
「さよう。見ていましたとも。この寺院の長として、務めを果たさなければなりませんので」
「俺の試練に出てきた黒いのが言っていた。「残りも頑張ってね」と。もしや、お前は、その残りの試練ということか?」
紫陽は上品な笑みを浮かべてこくりと頷く。
「私が、最後の試練となります。聖南様、ご無礼をお許しください。これも皆様のため、誠心誠意やらせていただきます」
紫陽の体が光り出す。姿を包み込むほど光ると、姿が大きくなっていく。光が収束する。紫陽花の花を体に咲かせた青紫の狐が現れた。三本の太い尻尾が扇のようにピンと立ち上がる。直立した大きな耳には藤の花のピアスがはめられていた。
「藤乃紫陽は、世を忍ぶ仮の姿。真名、ウィスティジア・ルナール。参ります!」
ウィスティジアは大きな青い狐火を喚ぶと周囲に配置した。円形の広間を三重の線で囲み逃げ場を無くす。皆が武器を構えて対峙した。
「紫陽さん、手加減しないからね!」
聖南がしゃらんと鈴を鳴らす。巳槌が翼をはためかせて空へ上昇。一気に滑空してくるりと回り、尻尾の槌を振り下ろす。ウィスティジアは回避せず障壁で受け止めた。ガキィン、と鋭い音が鳴る。巳槌は反動で聖南のもとに戻った。
「障壁で防いでいるようです。あれを剥がさない限り攻撃は通らないでしょう。皆様、お気を付けて!」
「聖南、何か剥がせそうな術式ある?」
「じゃあ、こうする!」
しゃらんと鈴を何度も鳴らす。高位の地の術式を発動するようだ。地の精霊ノームの力を借りて広間全体に地の紋を広げた。
「震天動地の地の術式だよ!」
聖南が勢いよく鈴を振り下ろす。地の紋から幾重にも連なる岩壁の突きが発動した。それでもウィスティジアは動かない。障壁で護られている。きちんとお座りした姿勢を崩さず、尻尾を揺らしていた。
地の術式を合図に皆が動き出す。ルフィアが聖南の隣で水の術式を唱える。前衛ではライン、キャスライがウィスティジアに迫る。フェイラストは跳び上がってマガジンを切り替え、一気に銃撃を始めた。狙い過たずウィスティジアの頭部を撃ち抜いたと思った。しかし全ての弾丸が障壁で阻まれていた。
「はぁっ!」
キャスライが瞬殺の一閃を繰り出すが、障壁に傷ひとつつかない。次いでラインが連撃を放つもこれもいまひとつ。障壁は分厚く、堅い守りをみせている。
「どうしましたか。まさか、これすら突破できないとでも?」
ウィスティジアが睨みつける。と、一呼吸遅れてルフィアの水の術式が迫っていた。空中にいくつもの水の紋が出現し、大きなバブルを放つ。障壁に触れると、バチンと大きな音と共に破裂。水滴が氷結してトゲのように障壁へ刺さった。
「障壁が崩れない。これじゃないんだ」
ルフィアが悔しそうに歯噛みする。しかし効果はあったか。氷結したトゲは障壁に刺さったままだ。
「聖南、大きな招き猫を呼んで、氷が刺さったところに落として!」
「分かったぁ!」
返事をしてすぐに術式を構える。鈴を鳴らすと、地と光の混合術式である招き猫が空から落下した。どしん、と障壁に底をつける。招き猫に押し込まれた氷のトゲは障壁に深々と突き刺さった。小判を撒き散らして招き猫は消えていく。その瞬間を待っていたとばかりにラインが動く。氷のトゲがある箇所一点を狙い素早い連撃を繰り出した。
バキィ――!
初めて障壁から音がした。ほぉ、とウィスティジアからため息が漏れる。ラインが跳び退くと次いでキャスライが追撃の一閃を繰り出す。障壁のヒビに入り込んだ短剣がすぱっと障壁を分割した。もうすぐで穴があくだろう。
「巳槌、だめ押しもういっちょ!」
「承知しました!」
羽ばたいた巳槌が先ほどと同じく、一回転して尻尾の槌を振り下ろす。すると、入り込んだトゲを押し込み、ヒビを広げる。もう一回転して二撃目を加える。しかしまだ割れない。
「巳槌、どけ!」
上空からフェイラストの声がする。巳槌はすぐさま回避した。
「オレ達を甘く見るんじゃねぇ」
フェイラストは二丁の銃を構え、一撃に魔力を込めて放った。発射した際の強い反動で、空中でくるりと回った。彼の放った弾丸は目測通りヒビに命中する。障壁に触れた瞬間、弾丸は火の術式を発動して小爆発を起こした。ドォンと大きな爆発音と共に煙が上る。
皆は一旦同じ場所に集まった。固唾を飲んで様子を見守る。果たして、障壁は。
「お見事です」
煙の中から声がした。晴れると、皆が一点集中して攻撃した場所に大きな穴があいていた。ふわりと光の粒子となって障壁が消失する。ウィスティジアがお座りをやめて四足で立ち上がった。青い狐火を召喚すると、四方に放って燭台の炎を増幅させた。
「私の炎を消してみせよ」
ウィスティジアの青い目が光る。小さな白い狐火を周囲に呼び寄せ、ライン達に向けて放った。散開。
「ルフィア、お前の水の術式で燭台の火を消せ!」
「分かったよ兄さん!」
ウィスティジアの目標がルフィアに向かう。気配を感じ取ったルフィアが背に一対の青い羽を生やした。羽ばたいて空を飛ぶ。紙一重で白い狐火を回避し、聖剣で叩き切る。このままでは水の術式を唱える暇がない。長期戦になれば不利になるのはこちら側だ。
「お願いみんな、援護して!」
「了解だぜ!」
「僕達ならできるはずだから!」
「あたしだって頑張るもーん!」
「行くぞ、お前達!」
ルフィアは空に留まり、皆に背を預けて水の高位の術式を唱え始めた。ウィスティジアの狙いはルフィアだ。術式を唱える間だけでいい、守りきるのだ。
「させないもん!」
聖南が異空間に浮かぶ石の上に立ち、地の魔力を通して操縦する。ルフィアの周囲に陣取った。
体の奥底から感じる。地の精霊ノームが助けてくれている。
――いいか聖南。アイツが火を放ったら、一気に術式をぶつけるのサ!
「うん!」
ウィスティジアが小さな白い狐火を合体させて大きな狐火を作り、こちらに向かって放ってきた。聖南が呼気と共に地の紋を空中に敷き、地の術式を発動させた。地の紋から蛇のようにうねる岩を出現させて狐火を相殺する。爆発した狐火が四方八方に散る。
「そらよ!」
フェイラストが広間を駆け、跳び回り狐火を避ける。その間にも何発か小爆発する弾丸を撃ち込んだ。足に当ててバランスを崩す。ウィスティジアが揺らいだ。
「僕だって、やるときはやる!」
キャスライがルフィアの周囲に集まろうとしていた狐火を断つ。風の精霊シルフィードが協力している。冥夜には風がまとわりついていた。
――やるじゃないか。
「ここで頑張らなきゃ、試練を越えらんないからね!」
しかしウィスティジアはまだルフィアを狙っている。不意に紅蓮の炎が掠めた。
「お前の相手はこっちだ、狐」
ラインがウィスティジアの視線をもらう。ターゲッティングされた。白い狐火が飛んできた刹那、瞬速を発動して縦横無尽に空を駆け、全ての狐火を斬り捨ててみせた。
「なんと、このような速さが繰り出せるのか」
ウィスティジアが驚く。ラインが姿を現した隙を狙うが彼の速さに目が追い付かない。紅の軌跡が見えるだけだった。
「時間稼ぎはここまでだな」
不敵な笑みを浮かべた。ラインはウィスティジアの前に姿を現し挑発する。手を差し伸べて、人差し指をクイと動かし、かかってこいと示す。ウィスティジアが挑発に対して睨みつけて反応する。しかし放たれる狐火はルフィアに向かって動き出した。思わぬ行動にラインが舌打ちした。
「挑発に乗るとでも思うたか?」
ラインは瞬速を発動して狐火を追った。斬撃により狐火が払われる。だが、全ての狐火を払うには間に合わず、ルフィアに迫る。
「あたしがいるもん!」
「僕も!」
「おっさんもいるぜぇ!」
三人がルフィアに直撃する前に攻撃を仕掛けた。逃れた狐火はウィスティジアの意思により散開し軌道を読ませぬ動きで皆を翻弄する、――……いや、翻弄する寸前、紅の軌跡が火を薙いだ。ラインが空中で身をひねり、長い金髪と紅のロングコートをはためかせて着地した。
「みんな、ありがとう」
ルフィアの準備が完了したようだ。水の精霊アンディーンの力を借りて、高位の水の術式を起動した。水の紋が広間一帯に出現し、紋から吹き出た水は回転する津波となって押し寄せる。
――水の流れに身を任せて。あなたの倒すべきものを見定めて。
「うん、大丈夫。私が狙うのは、あの青い炎!」
水流の調べは燭台に灯った狐火をみるみる小さくしていく。同時に、ウィスティジアが津波に飲まれてもがいていた。狐火は消火され、青の毛並みは水を吸って重たくなる。ふさふさだった三本の尻尾も今では細くなっていた。
「くう、……見事、です」
水流がやみ、ウィスティジアは光を放ち姿を変える。藤乃紫陽の姿に戻った。膝をついた彼はぜぇぜぇと息を荒くしている。
ルフィアが青い羽をばさりと動かし着地して、羽を消した。ラインが武器を収めて彼女のそばにやって来た。二人は紫陽に近づく。後から聖南達も駆けつけた。
ラインは片膝をついて紫陽に手を差し伸べる。気づいた彼が手を掴んで立ち上がった。
「お見事です。第一の試練、私はしかと見届けました。よって、皆様は合格です」
「ありがとうございます。戦いの最中とはいえ、無礼な真似をしてすみません」
「いえいえ、戦略を考えてのことでしょう。私の弱点である水の属性は、なんとしても防ぎたかった。それに気づいていたかは分かりませんが、皆様は立派に戦いましたよ」
ラインと紫陽は握手を交わした。ふと、聖南がおずおずと上目遣いで紫陽に近寄る。
「紫陽さん、あ、あたし」
「聖南様、皆様との冒険を通して、とても成長しましたね。帝の奏輝様も喜ばれることでしょう。母君によく似ておられる。母君に負けない、立派な巫女になることでしょう」
「え、えへへ、そうかな?」
「なれますとも」
聖南はにこにこして笑顔を見せた。広間に入ってきた場所とは反対側に道が出現した。どうやら試練は終わりのようだ。魔力ガラスの道の先には、アーチ状に光る出口が開いている。
「皆様、次は第二の試練を受けるのでしょう。ご存知と思いますが、第二の試練は天上界にあります。福音の大陸の西端にて、あなたがたを待つでしょう」
そう言って紫陽は、魔力で藤と紫陽花を象ったブローチを作った。聖南に渡し、にこりと笑う。
「第一の試練突破の証です。お受け取りください。それでは皆様、ご武運を」
「ありがとう、紫陽さん!」
皆は紫陽にお礼を言って、出口への道を歩み出した。
第一の試練は終わりを告げる。
次なる試練へ向けて、ライン達は寺院をあとにした。
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