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第四章 運命に抗う者達
90.*穢れていく心
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ゲヘナに戻ったナイルは、一ヶ月以上過ごした地上世界に別れを告げた。ここに戻ってきたということは、ただでは帰れない。頭では分かっていた。しかし。
(俺は、母さんのところに帰りたい)
温かな生活。セレスと猫達と、そしてライン。彼らとの思い出を胸にしまい、ナイルは近づいてくる黒い手の男を見据えた。
「おかえり、模造品No.081。任務を放棄して、彼らと遊び呆けていた愚か者」
「……ごめんなさい」
「一ヶ月以上も命令を無視して、仲良く絆を育む生活は楽しかったかい?」
黒い手の男――イディオは蔑む態度でナイルを追及する。幼子は親に叱られてうつむいていた。
「はぁ。……とにかく、やりたい実験がたんまりとあるんだ。早速、始めるとするよ」
「うん」
ナイルはイディオのあとをついていった。
はじめにナイルの体を調べる。体内に渦巻く穢れは送り出したときよりも少なくなっていた。ライン達との生活で光を覚えたせいだろう。イディオは眉間にしわを寄せた。
「まずは体内に穢れを注ぐところからだ。触手の魔神との交尾に勤しんでくれ」
「……やだ」
「なんだって?」
「嫌だ。したくない」
拒否の姿勢をみせる幼子に、イディオは机をダンと強く叩いた。ナイルがびくりとする。
「お前は実験体No.2081の模造品だ。ぼくに使われるだけの人形! 自覚を忘れるな!」
「でも、したくない」
「オリジナルと接触して何を仕込まれたか知らないけど、お前はぼくの実験体でしかない存在なんだよ! 分かったら言うことを聞け!」
イディオがダーカーを呼び出す。彼らはナイルに拘束の術式をかけて捕らえた。嫌がるナイルを引きずるように運び、触手の魔神の控える巣穴に投げ込んだ。
「嫌だ。嫌だ……!」
キシュオオオオォォォ……!
久しぶりに見る優良個体に触手の魔神が歓声を上げる。今までナイル以外の模造品個体とまぐわってきたが、どれもガラクタになって廃棄となってしまったのだ。ようやくやってきた優良個体を見て、魔神は触手を伸ばしてナイルを引き上げた。
兄弟達は実験に耐えきれず死んだ。ナイルには聞こえている。彼らの声が。思念が。触手の魔神に愛でられることへの恐怖が。
(みんな、ごめんね……)
自分がいない間に、どれだけの「自分」が犠牲になったのだろう。イディオは自分達を道具としてしか見ていない。人間として見てくれたライン達がどれだけ優しかったか。彼らから与えられたぬくもりを、奪われないように必死で胸の中に隠した。
触手の魔神の愛撫は既に始まっている。ナイルとの交尾を待ちわびていたのだ。
もう待てない。魔神はナイルの漆黒の服を溶かし、さらけ出された肉体に触手を這わせた。
(……体は渡しても、心までは渡さない。俺を人間として見てくれた、母さんとにいさん達にまた会うんだ)
こんなところで死んでたまるか。ナイルは意を決して、迫る触手を頬張った。
*******
触手の魔神との交尾が終わり、ナイルの体は外も内も精液でまみれていた。一方的な熱い抱擁に疲労が酷い。頭がぼうっとしていた。ダーカーが培養槽に使う紫の穢れた液体を運んでくる。ばしゃり、とナイルに勢いよくかけた。体についた精液が洗い流された。
「穢れは注がれたな。規定値まで戻ってきている。これならできる。少しの休憩ののち、次の実験に移るぞ」
イディオが指示を出して他の研究者に準備をさせる。ナイルはダーカーに両脇を抱えられ、ふらふらとおぼつかない足取りで次の実験に向かう。
部屋に運び込まれたナイルは、裸のまま仰向けで台に寝かされた。首、胴、手足を拘束される。怯える気持ちをひた隠しにして、ナイルは視線で辺りを確認する。がらがらとキャスターの音が聞こえた。計器を挟んだ隣に、同じく台に拘束された「自分」がいた。
(兄弟を、何に使うつもりなんだ?)
台に寝ていたのは同じ模造品の「自分」の一人。彼も裸のまま仰向けに寝かせられていた。視線を向ける。向こうもこちらを見た。
「……こわい」
向こうの「自分」が震えた声で呟いた。涙目で見つめられている。研究者達が集まってきた。皆が配置につくと、イディオが指で開始の合図を出した。
「魔力同調の実験を始める。模造No.081、そこの出来損ないの魔力を取り込め」
出来損ない。隣の「彼」のことだ。魔力同調とは、相手の魔力を取り込む行為をいうらしい。
取り込んだら「彼」は消えてしまうのではないか。脳裏によぎった想像に、ナイルは唇を噛んだ。
(従わなければ俺が殺される。従うんだ。従わなくちゃ……)
魔力同調。隣の「自分」はナイルと同じ模造品。ラインというオリジナルから造られた兄弟の一人。魔力構成も組成式も違わぬ同位体。魔力同調することは簡単だろう。
ナイルは隣で見つめる兄弟の視線を痛く感じている。
それをおこなえば「彼」は消えるだろう。
同調し、取り込む側のナイルに魔力を奪われて。
「模造品No.081、ぼくの言うことが聞けないのか?」
イディオが苛々した声で急かす。ナイルは「彼」を見た。声を出さずに、
「ごめんね」
と、悲しみを含んだ表情で伝えた。
ナイルが目を閉じる。「彼」の魔力と同調を始めた。体を縁取るように紫の淡い光が現れる。同調した「彼」も同じ光をまとった。研究者達が計器を見つめた。出来損ないの「彼」から魔力と穢れがナイルに移動していく。不可視の魔力と穢れが、モニターには粒子となって動いていく様子がはっきりと映っていた。
「消える……俺、消える」
魔力と穢れを奪われていく恐怖が襲う。体が薄れて、四肢の末端から消えていく。ナイルに自分が取り込まれていることを感じた。それに気づいた瞬間「彼」は、この場に似つかわしくない優しげな笑みを浮かべた。
「一緒になるなら、こわく、ない」
ただ消えるのではなく、ナイルに取り込まれるなら消えるのも怖くない。「彼」はナイルに全てを委ねた。そして、二分も経たずして彼は台の上から姿を消した。
魔力同調によって、出来損ないの「彼」はナイルの魔力と穢れの一部になった。
「第一段階は成功したな。それでいい。じゃ、次の相手はこいつだ」
イディオが指示を出すと、空になった台と交換するように新たな台が運ばれてきた。既に事切れた兄弟が寝ていた。腹を裂かれ、あるべき臓器を抜き取られた脱け殻だ。ナイルがひっ、と小さく悲鳴を上げた。
「死んだやつとの魔力同調はできるのか。さぁ、始めろ」
ナイルは死んでいる「彼」をこれ以上見られなかった。暴れてそこから逃げたかった。だが、拘束された四肢は動かない。
イディオの命令に背けば、何をされるか分からない。ただでさえライン達と共にいて任務を放棄したのだ。もっと酷いことをされるだろう。死をもたらすような、酷いことを。
悲しみを押し殺して魔力同調を始めた。脱け殻の「彼」に残っていた微弱な穢れを感じ取り、そこから引っ張り出すように魔力と同調する。脱け殻の「彼」からほんのわずかな魔力と穢れを抜き取る。「彼」は台から消え去りナイルに取り込まれた。
*******
魔力同調はあらゆる生物とおこなわれた。ナイルは取り込んだ魔力と穢れによって、脅威的な存在に変化を始めていた。しかしまだ足りない。ナイルを完全に変貌させるほどの魔力が足りないのだ。
魔力同調の実験が終わって、ナイルはようやくタオル一枚を与えられた。腰に巻いて局部を隠す。目の前ではイディオが唸り声を発している。彼にとって気に入らないことが起きているようだ。
「模造品No.081を魔力同調によって強化できた。あとは、必要ない心を消すにはどうすればいい。消し去るほどの強い力、穢れを与えるには……」
ぶつぶつとぼやきを口にしながら、集めたデータを見て、ペンを走らせ、またデータを見ている。
(俺の心を消し去るのか。魔力同調で得た力を使って、にいさんや母さん達を殺させるつもりなんだな)
ナイルは悟っている。元より自分は、ラインとその家族を殺すよう命令されて地上に昇ったのだ。あのとき心というものはなかった。ラインとセレス、ルフィア達の接触によって、ナイルの心が生まれた。ナイル自身も、ライン達に与えられた心を大切にしたいと考えている。
しかし、模造品No.081としての自分に心は必要ない。むしろ邪魔になる存在。地上のあらゆるものを殲滅することを最終目的とするダーカーや、実験にしか興味のないイディオにとって、大きな問題点だ。
兵器に心は要らない。
あるべきは強力な、圧倒的な力のみ。
ナイルは考える。心を消される前に、なんとしてでも脱出してラインに会わなくては。
(もしかしたら、魔力同調でにいさんの穢れを俺に移せるかもしれない)
はっとひらめいた。ルフィアの浄化の術式ですら払われなかった固着した穢れ。ラインの魔力を冒し、障害となっているもの。それを魔力同調で自分に移せば、ラインの助けになるかもしれない。
(試そう。俺は、ここにいちゃいけない。急がないと)
決意したナイルは早速行動に移そうとした。でもどうしたらここから脱出できるのか。
考える。考えて、考えて――。
「はぁい。悩んでるようね?」
ナイルの背筋がぞく、と悪寒を走らせる。恐怖が襲う。
ゆっくりと声の方へ振り向くと――。
堕淫魔リリスが、妖艶な笑みを浮かべていた。
*******
リリスの居城。黒き花咲き、魔が飛び交う城の上階。彼女の部屋。
ベッドの上では、熱い吐息といやらしい水の音が響いていた。
「そう、あっ、ん、そう。いい子ねぇ。あぁっ、は、ソコよ」
「はぁっ、はっ、あっ……」
ナイルがリリスと性行為に勤しんでいた。リリスの肉壺に己の男根を激しく叩きつけている。獣のような腰使いで快楽の海に浸っていた。
触手の魔神との交尾すら嫌がっていたナイルが、何故。
十数分前。
脱出を考えるナイルのもとに現れたリリス。データを見ていたイディオも彼女に気づいて視線を向けた。
「そんなに悩んでいるなら、わたしとセックスしない?」
「あぁ、そうだな。模造品No.081の心を消すほどの力なら、リリスが一番持っている。ほら、模造品No.081、リリスに抱かれてこい」
「ひっ、いっ、いやだ!」
首を横に振る。おびえた眼差しでリリスを見た。欲望にまみれた赤い瞳がナイルの心に突き刺さる。自分を暴かれているようで怖くて、今すぐ逃げ出したかった。体が動かない。リリスが迫る。ナイルと体を密着させた。
拒むナイルは顔を逸らして精一杯の抵抗をみせる。両手で体を押し退けようとしてみたが、何故か力が入らなくて意味がなかった。一歩後ずさる。リリスが一歩詰める。
「ふふ、可愛い反応。ねぇナイル、怖がることはないのよ。わたしと気持ちよくなるだけ。わたしの部屋に行きましょう?」
「やだ、やだぁ……っ!」
「大丈夫よ。ふふふ……」
リリスが手を添えてナイルの顔を自分に向ける。強引にキスをした。唾液をナイルに与える。彼女の唾液をはじめとする体液には強い媚薬の効果が含まれている。ナイルは知っていた。だから飲み込まないように舌の付け根でのどを閉じた。
(嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!)
リリスが術式を行使してきた。体の自由がきかない。ナイルは閉じていたのどを開かれ、意思に反して唾液を飲み込んだ。体がびりびりと快楽の痺れを走らせる。彼女の強力な媚薬効果によって股間が固くなるのも感じた。リリスが舌を差し入れて濃厚なキスをする。ナイルの口の中を丁寧に犯した。溢れる唾液が口の端から漏れる。
多量の唾液を飲み込んだナイルは、唇が離れると蕩けた表情に変わっていた。ナイルの抵抗の意思は失われ、頭の中はセックスを今すぐしたくてたまらない思考でいっぱいになっている。股間は勃起して行為を待ち焦がれていた。
「ねぇ、ナイル。わたしとセックスしよ?」
「……うん」
従順になったナイルは、リリスに抱きついて、すり寄って、快感を求める雄に成り下がった。ライン達に与えられた心が機能していない。リリスの淫術に飲み込まれていた。
そして現在。
リリスの部屋に転移したナイルは、箍が外れたように彼女を犯し始めた。
暴力的なキスをして。
全身で快楽を求めて。
獣のように女体を貪った。
ベッドが軋む。リリスを掻き抱いて胎内に男根を突き立てる。何度も、何度も。
先にも言ったが、彼女の体液は強い媚薬の効果が含まれている。それを敏感な部位で感じ取れば、セックス以外のことを考えるなどできない体にされる。
特に性器から零れる愛液は、口にしただけで彼女の魔力と穢れを取り込むことができる。さらに、リリスに強い依存心を抱くようになり、リリスが術式を行使すれば、愛玩道具として成り下がる。強い淫術が組み込まれ、下腹部に淫紋が浮かぶだろう。
部屋に来る前から、頭の中がセックスのことで支配されていたナイル。
「ココ、舐めて。丁寧に。愛液も飲んでね。きっと気持ちよくなるわ」
思考能力も抵抗力も奪われた彼は、疑うことなく彼女の要望を聞いてしまった。
リリスの性器を舐めて、愛液を体内に取り込んだ。
ナイルに強い淫術が施された。
下腹部には淫紋が浮かび、リリスの性奴隷となった証を刻んだ。
心が、穢れに汚染された。
ナイルの心にしまってあった、ライン達との思い出が汚泥にまみれる。
汚れて、穢れて、破れて、蹂躙されて、記憶から薄れていく。
心は汚泥に飲み込まれて。
ナイルの瞳から光が失われた。
*******
セックスも佳境に差し掛かる頃、ナイルはリリスのことで頭がいっぱいだった。快楽を貪る獣でしかない。理性は飛んでいた。
「はっ、はあっ……!」
「あぁ、ソコ! 奥、奥に出して!」
肉壺がナイルの雄を締め付け、今か今かと濃厚な精液を待ちわびる。
「リリス、リリス……っ!」
限界が迫る。がちがちに勃起した雄は吐き出す寸前だ。リリスが甲高い声を出す。ナイルは激しい突きで胎内を圧迫する。
「精液、ちょうだい! ん、ああぁ――っ!!」
「あっ、ああぁあっ!!」
――ドクンっ!
二人はオルガスムに達した。
その瞬間、ナイルの中にリリスの濃厚な魔力と穢れが濁流のように流れ込んだ。びりびりと痺れる心地よい快楽と共に、リリスの力が全身を伝う。
彼女の力が巡ると、淫紋が淡く光る。達したばかりのナイルの体が、もう次を求めていた。
荒い息遣いで二人はキスを交わす。舌を絡めて唾液を交換した。
堕淫魔リリスは性奴隷ナイルを撫でる。闇より暗い瞳で誘惑した。
「ナイル、もっと力が欲しい?」
「……欲しい。力をよこせ」
「ふふ、いいわよ。あなたの精液でわたしを満たして。満たして、満たして、わたしを満足させて、わたしを愛して!」
「孕むほど、……犯す」
堕淫魔と性奴隷は、再び行為を始めた。
深く、深く、繋がって。
二度と戻れないところまで。
(俺は、母さんのところに帰りたい)
温かな生活。セレスと猫達と、そしてライン。彼らとの思い出を胸にしまい、ナイルは近づいてくる黒い手の男を見据えた。
「おかえり、模造品No.081。任務を放棄して、彼らと遊び呆けていた愚か者」
「……ごめんなさい」
「一ヶ月以上も命令を無視して、仲良く絆を育む生活は楽しかったかい?」
黒い手の男――イディオは蔑む態度でナイルを追及する。幼子は親に叱られてうつむいていた。
「はぁ。……とにかく、やりたい実験がたんまりとあるんだ。早速、始めるとするよ」
「うん」
ナイルはイディオのあとをついていった。
はじめにナイルの体を調べる。体内に渦巻く穢れは送り出したときよりも少なくなっていた。ライン達との生活で光を覚えたせいだろう。イディオは眉間にしわを寄せた。
「まずは体内に穢れを注ぐところからだ。触手の魔神との交尾に勤しんでくれ」
「……やだ」
「なんだって?」
「嫌だ。したくない」
拒否の姿勢をみせる幼子に、イディオは机をダンと強く叩いた。ナイルがびくりとする。
「お前は実験体No.2081の模造品だ。ぼくに使われるだけの人形! 自覚を忘れるな!」
「でも、したくない」
「オリジナルと接触して何を仕込まれたか知らないけど、お前はぼくの実験体でしかない存在なんだよ! 分かったら言うことを聞け!」
イディオがダーカーを呼び出す。彼らはナイルに拘束の術式をかけて捕らえた。嫌がるナイルを引きずるように運び、触手の魔神の控える巣穴に投げ込んだ。
「嫌だ。嫌だ……!」
キシュオオオオォォォ……!
久しぶりに見る優良個体に触手の魔神が歓声を上げる。今までナイル以外の模造品個体とまぐわってきたが、どれもガラクタになって廃棄となってしまったのだ。ようやくやってきた優良個体を見て、魔神は触手を伸ばしてナイルを引き上げた。
兄弟達は実験に耐えきれず死んだ。ナイルには聞こえている。彼らの声が。思念が。触手の魔神に愛でられることへの恐怖が。
(みんな、ごめんね……)
自分がいない間に、どれだけの「自分」が犠牲になったのだろう。イディオは自分達を道具としてしか見ていない。人間として見てくれたライン達がどれだけ優しかったか。彼らから与えられたぬくもりを、奪われないように必死で胸の中に隠した。
触手の魔神の愛撫は既に始まっている。ナイルとの交尾を待ちわびていたのだ。
もう待てない。魔神はナイルの漆黒の服を溶かし、さらけ出された肉体に触手を這わせた。
(……体は渡しても、心までは渡さない。俺を人間として見てくれた、母さんとにいさん達にまた会うんだ)
こんなところで死んでたまるか。ナイルは意を決して、迫る触手を頬張った。
*******
触手の魔神との交尾が終わり、ナイルの体は外も内も精液でまみれていた。一方的な熱い抱擁に疲労が酷い。頭がぼうっとしていた。ダーカーが培養槽に使う紫の穢れた液体を運んでくる。ばしゃり、とナイルに勢いよくかけた。体についた精液が洗い流された。
「穢れは注がれたな。規定値まで戻ってきている。これならできる。少しの休憩ののち、次の実験に移るぞ」
イディオが指示を出して他の研究者に準備をさせる。ナイルはダーカーに両脇を抱えられ、ふらふらとおぼつかない足取りで次の実験に向かう。
部屋に運び込まれたナイルは、裸のまま仰向けで台に寝かされた。首、胴、手足を拘束される。怯える気持ちをひた隠しにして、ナイルは視線で辺りを確認する。がらがらとキャスターの音が聞こえた。計器を挟んだ隣に、同じく台に拘束された「自分」がいた。
(兄弟を、何に使うつもりなんだ?)
台に寝ていたのは同じ模造品の「自分」の一人。彼も裸のまま仰向けに寝かせられていた。視線を向ける。向こうもこちらを見た。
「……こわい」
向こうの「自分」が震えた声で呟いた。涙目で見つめられている。研究者達が集まってきた。皆が配置につくと、イディオが指で開始の合図を出した。
「魔力同調の実験を始める。模造No.081、そこの出来損ないの魔力を取り込め」
出来損ない。隣の「彼」のことだ。魔力同調とは、相手の魔力を取り込む行為をいうらしい。
取り込んだら「彼」は消えてしまうのではないか。脳裏によぎった想像に、ナイルは唇を噛んだ。
(従わなければ俺が殺される。従うんだ。従わなくちゃ……)
魔力同調。隣の「自分」はナイルと同じ模造品。ラインというオリジナルから造られた兄弟の一人。魔力構成も組成式も違わぬ同位体。魔力同調することは簡単だろう。
ナイルは隣で見つめる兄弟の視線を痛く感じている。
それをおこなえば「彼」は消えるだろう。
同調し、取り込む側のナイルに魔力を奪われて。
「模造品No.081、ぼくの言うことが聞けないのか?」
イディオが苛々した声で急かす。ナイルは「彼」を見た。声を出さずに、
「ごめんね」
と、悲しみを含んだ表情で伝えた。
ナイルが目を閉じる。「彼」の魔力と同調を始めた。体を縁取るように紫の淡い光が現れる。同調した「彼」も同じ光をまとった。研究者達が計器を見つめた。出来損ないの「彼」から魔力と穢れがナイルに移動していく。不可視の魔力と穢れが、モニターには粒子となって動いていく様子がはっきりと映っていた。
「消える……俺、消える」
魔力と穢れを奪われていく恐怖が襲う。体が薄れて、四肢の末端から消えていく。ナイルに自分が取り込まれていることを感じた。それに気づいた瞬間「彼」は、この場に似つかわしくない優しげな笑みを浮かべた。
「一緒になるなら、こわく、ない」
ただ消えるのではなく、ナイルに取り込まれるなら消えるのも怖くない。「彼」はナイルに全てを委ねた。そして、二分も経たずして彼は台の上から姿を消した。
魔力同調によって、出来損ないの「彼」はナイルの魔力と穢れの一部になった。
「第一段階は成功したな。それでいい。じゃ、次の相手はこいつだ」
イディオが指示を出すと、空になった台と交換するように新たな台が運ばれてきた。既に事切れた兄弟が寝ていた。腹を裂かれ、あるべき臓器を抜き取られた脱け殻だ。ナイルがひっ、と小さく悲鳴を上げた。
「死んだやつとの魔力同調はできるのか。さぁ、始めろ」
ナイルは死んでいる「彼」をこれ以上見られなかった。暴れてそこから逃げたかった。だが、拘束された四肢は動かない。
イディオの命令に背けば、何をされるか分からない。ただでさえライン達と共にいて任務を放棄したのだ。もっと酷いことをされるだろう。死をもたらすような、酷いことを。
悲しみを押し殺して魔力同調を始めた。脱け殻の「彼」に残っていた微弱な穢れを感じ取り、そこから引っ張り出すように魔力と同調する。脱け殻の「彼」からほんのわずかな魔力と穢れを抜き取る。「彼」は台から消え去りナイルに取り込まれた。
*******
魔力同調はあらゆる生物とおこなわれた。ナイルは取り込んだ魔力と穢れによって、脅威的な存在に変化を始めていた。しかしまだ足りない。ナイルを完全に変貌させるほどの魔力が足りないのだ。
魔力同調の実験が終わって、ナイルはようやくタオル一枚を与えられた。腰に巻いて局部を隠す。目の前ではイディオが唸り声を発している。彼にとって気に入らないことが起きているようだ。
「模造品No.081を魔力同調によって強化できた。あとは、必要ない心を消すにはどうすればいい。消し去るほどの強い力、穢れを与えるには……」
ぶつぶつとぼやきを口にしながら、集めたデータを見て、ペンを走らせ、またデータを見ている。
(俺の心を消し去るのか。魔力同調で得た力を使って、にいさんや母さん達を殺させるつもりなんだな)
ナイルは悟っている。元より自分は、ラインとその家族を殺すよう命令されて地上に昇ったのだ。あのとき心というものはなかった。ラインとセレス、ルフィア達の接触によって、ナイルの心が生まれた。ナイル自身も、ライン達に与えられた心を大切にしたいと考えている。
しかし、模造品No.081としての自分に心は必要ない。むしろ邪魔になる存在。地上のあらゆるものを殲滅することを最終目的とするダーカーや、実験にしか興味のないイディオにとって、大きな問題点だ。
兵器に心は要らない。
あるべきは強力な、圧倒的な力のみ。
ナイルは考える。心を消される前に、なんとしてでも脱出してラインに会わなくては。
(もしかしたら、魔力同調でにいさんの穢れを俺に移せるかもしれない)
はっとひらめいた。ルフィアの浄化の術式ですら払われなかった固着した穢れ。ラインの魔力を冒し、障害となっているもの。それを魔力同調で自分に移せば、ラインの助けになるかもしれない。
(試そう。俺は、ここにいちゃいけない。急がないと)
決意したナイルは早速行動に移そうとした。でもどうしたらここから脱出できるのか。
考える。考えて、考えて――。
「はぁい。悩んでるようね?」
ナイルの背筋がぞく、と悪寒を走らせる。恐怖が襲う。
ゆっくりと声の方へ振り向くと――。
堕淫魔リリスが、妖艶な笑みを浮かべていた。
*******
リリスの居城。黒き花咲き、魔が飛び交う城の上階。彼女の部屋。
ベッドの上では、熱い吐息といやらしい水の音が響いていた。
「そう、あっ、ん、そう。いい子ねぇ。あぁっ、は、ソコよ」
「はぁっ、はっ、あっ……」
ナイルがリリスと性行為に勤しんでいた。リリスの肉壺に己の男根を激しく叩きつけている。獣のような腰使いで快楽の海に浸っていた。
触手の魔神との交尾すら嫌がっていたナイルが、何故。
十数分前。
脱出を考えるナイルのもとに現れたリリス。データを見ていたイディオも彼女に気づいて視線を向けた。
「そんなに悩んでいるなら、わたしとセックスしない?」
「あぁ、そうだな。模造品No.081の心を消すほどの力なら、リリスが一番持っている。ほら、模造品No.081、リリスに抱かれてこい」
「ひっ、いっ、いやだ!」
首を横に振る。おびえた眼差しでリリスを見た。欲望にまみれた赤い瞳がナイルの心に突き刺さる。自分を暴かれているようで怖くて、今すぐ逃げ出したかった。体が動かない。リリスが迫る。ナイルと体を密着させた。
拒むナイルは顔を逸らして精一杯の抵抗をみせる。両手で体を押し退けようとしてみたが、何故か力が入らなくて意味がなかった。一歩後ずさる。リリスが一歩詰める。
「ふふ、可愛い反応。ねぇナイル、怖がることはないのよ。わたしと気持ちよくなるだけ。わたしの部屋に行きましょう?」
「やだ、やだぁ……っ!」
「大丈夫よ。ふふふ……」
リリスが手を添えてナイルの顔を自分に向ける。強引にキスをした。唾液をナイルに与える。彼女の唾液をはじめとする体液には強い媚薬の効果が含まれている。ナイルは知っていた。だから飲み込まないように舌の付け根でのどを閉じた。
(嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!)
リリスが術式を行使してきた。体の自由がきかない。ナイルは閉じていたのどを開かれ、意思に反して唾液を飲み込んだ。体がびりびりと快楽の痺れを走らせる。彼女の強力な媚薬効果によって股間が固くなるのも感じた。リリスが舌を差し入れて濃厚なキスをする。ナイルの口の中を丁寧に犯した。溢れる唾液が口の端から漏れる。
多量の唾液を飲み込んだナイルは、唇が離れると蕩けた表情に変わっていた。ナイルの抵抗の意思は失われ、頭の中はセックスを今すぐしたくてたまらない思考でいっぱいになっている。股間は勃起して行為を待ち焦がれていた。
「ねぇ、ナイル。わたしとセックスしよ?」
「……うん」
従順になったナイルは、リリスに抱きついて、すり寄って、快感を求める雄に成り下がった。ライン達に与えられた心が機能していない。リリスの淫術に飲み込まれていた。
そして現在。
リリスの部屋に転移したナイルは、箍が外れたように彼女を犯し始めた。
暴力的なキスをして。
全身で快楽を求めて。
獣のように女体を貪った。
ベッドが軋む。リリスを掻き抱いて胎内に男根を突き立てる。何度も、何度も。
先にも言ったが、彼女の体液は強い媚薬の効果が含まれている。それを敏感な部位で感じ取れば、セックス以外のことを考えるなどできない体にされる。
特に性器から零れる愛液は、口にしただけで彼女の魔力と穢れを取り込むことができる。さらに、リリスに強い依存心を抱くようになり、リリスが術式を行使すれば、愛玩道具として成り下がる。強い淫術が組み込まれ、下腹部に淫紋が浮かぶだろう。
部屋に来る前から、頭の中がセックスのことで支配されていたナイル。
「ココ、舐めて。丁寧に。愛液も飲んでね。きっと気持ちよくなるわ」
思考能力も抵抗力も奪われた彼は、疑うことなく彼女の要望を聞いてしまった。
リリスの性器を舐めて、愛液を体内に取り込んだ。
ナイルに強い淫術が施された。
下腹部には淫紋が浮かび、リリスの性奴隷となった証を刻んだ。
心が、穢れに汚染された。
ナイルの心にしまってあった、ライン達との思い出が汚泥にまみれる。
汚れて、穢れて、破れて、蹂躙されて、記憶から薄れていく。
心は汚泥に飲み込まれて。
ナイルの瞳から光が失われた。
*******
セックスも佳境に差し掛かる頃、ナイルはリリスのことで頭がいっぱいだった。快楽を貪る獣でしかない。理性は飛んでいた。
「はっ、はあっ……!」
「あぁ、ソコ! 奥、奥に出して!」
肉壺がナイルの雄を締め付け、今か今かと濃厚な精液を待ちわびる。
「リリス、リリス……っ!」
限界が迫る。がちがちに勃起した雄は吐き出す寸前だ。リリスが甲高い声を出す。ナイルは激しい突きで胎内を圧迫する。
「精液、ちょうだい! ん、ああぁ――っ!!」
「あっ、ああぁあっ!!」
――ドクンっ!
二人はオルガスムに達した。
その瞬間、ナイルの中にリリスの濃厚な魔力と穢れが濁流のように流れ込んだ。びりびりと痺れる心地よい快楽と共に、リリスの力が全身を伝う。
彼女の力が巡ると、淫紋が淡く光る。達したばかりのナイルの体が、もう次を求めていた。
荒い息遣いで二人はキスを交わす。舌を絡めて唾液を交換した。
堕淫魔リリスは性奴隷ナイルを撫でる。闇より暗い瞳で誘惑した。
「ナイル、もっと力が欲しい?」
「……欲しい。力をよこせ」
「ふふ、いいわよ。あなたの精液でわたしを満たして。満たして、満たして、わたしを満足させて、わたしを愛して!」
「孕むほど、……犯す」
堕淫魔と性奴隷は、再び行為を始めた。
深く、深く、繋がって。
二度と戻れないところまで。
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