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第五章 勇敢なる者
107.力を継ぐ者
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ライン、アルカ、ディクストス夫妻はオアーゼへ転移してやって来た。固定転移紋から出てきて、向かうはオアーゼ国王の待つ宮殿。
「国王に謁見しよう。久しぶりの訪問だしな」
「待たされることなければいいけどよ」
「過去に、一週間待たされたことがあったな」
「はは、そんな話してたな。クヴェル王はお茶目な人だって聞いてるぜ。旅人に化けて国の内外を視察してるとか、占い師になって人々の悩みを解決してるとか。そんな話はよく聞く」
話しながら宮殿へと辿り着く。外にいる兵士二人に国王謁見の旨を伝える。すると、ラインに武器を向けてきた。
「貴様、なんの真似だ!」
「大災厄の日、貴様と同じ顔をしたダーカーを襲撃させたな!」
兵士が言う大災厄。それは、リリスとの戦いに起きた、闇に閉ざされた地上界の戦いをいう。ラインと同じ顔をした量産型・ラインが街を襲い、恐怖に陥れたことが深く記憶に刻まれているのだろう。
ラインは両手を上げて武器を持っていないことを示す。それでも兵士は鎮まらない。むしろ一人、また一人と増援が来てしまった。
「おとなしく縄につけ!」
緊張の糸が張りつめたそのとき。
「お前達、そこまでだ」
陽気で明るいながら、低く真剣な声が渡る。兵士が声の主へまさかと振り返ると、クヴェル王が宮殿の入り口に立っていた。
「王、しかしこの者は!」
「俺も大災厄のことを忘れた訳じゃない。それでも戦っていたのは彼らさ。見ていなくても分かる。ラインが戦っていたんだ」
王の真剣な表情と声に、兵士は静まり返る。階段を下りてラインの前にやって来ると、青い眼差しで睨み付けた。
「大災厄、分かるよな。ダーカーと呼ばれる魔物が世界中を脅かした、災害のことだ」
「分かっています」
「お前と同じ顔をしたダーカーが何体もこの国を襲撃した。民はお前の姿を恐れている。でも俺はお前がアレと同じだとは思っていない。お前は正しい道を歩んで、大災厄に立ち向かっていった。そうだな?」
「……はい」
クヴェルはラインの揺るがない深海色の瞳を見た。強い意思を湛えた眼差しは鋭く真実をうつしている。ふっ、とクヴェルが笑って、次第に大笑いしてライン達と兵を驚かせた。
「いやいや、こういう真剣なのは苦手でな。疑ってすまない。手を下ろしてくれ。お前は正真正銘、本物のラインだ。初めて出会った頃よりだいぶ成長して再来したようだな」
「どうも。国王もあの頃よりだいぶ成長しましたよ」
すると、ラインの背後に隠れていたアルカが顔を覗かせた。
「……こわくない?」
「お、その子は新入りか? 初めまして、俺はオアーゼ国王のクヴェルだ。よろしく」
にかっと笑うと、アルカは恥ずかしくてすぐ隠れてしまった。
「はは、恥ずかしがりやか。 国王は怖くないぞ! ……さて、この国に、俺になんの用事があってきた。できることなら手伝わせてくれ」
ラインは再び地下の蔵書を拝見したいと伝える。クヴェルは快く承諾してくれた。兵士に戻るよう指示を出し、国王自らライン達を案内する。
「ふぃー、とりあえず、ラインの牢屋行きは免れたようだな。クヴェル王、寛大な措置痛み入ります」
「大災厄のことは国の皆が覚えている。ラインの顔をした金色の災厄が降り注いだのだ。俺の指示と作戦が悪くて、何人もの兵と人民の命を失った。この国が、一番被害が酷かったのだ」
歩きながら話す。通りすぎる神官や兵がラインを見てざわざわしている。アルカは、寄せられる猜疑心こもった視線が怖くて、ラインと手を繋いで歩く。フェイラストとケティスも嫌な雰囲気に眉をひそめた。
「防護障壁を張るのが遅くて、不浄の黒い雨をしばらく受け続け、人民や獣はダーカーとなった。浄化を司る術式を使用しない限り倒せないと知った頃には、既に煙が上がっていた」
「国王様は、それをどうやって鎮めたのですか?」
「分からない。気がついたらダーカーも雨も消えていた。その間に防護障壁が完成して、これでひと安心と思った矢先、金色の災厄が転移して侵入してきたんだ。そのとき、全身黒い服の女性が戦っていた目撃情報を多数聞いている。いったい彼女は何者だったのか」
全身黒い服の女性は恐らく黒いののことだろう。ここに来て戦っていたのか。ラインは裏で動いていた彼女に感謝した。
地下の蔵書へ入り、火の術式込められたランプをつける。地下が一気に明るくなった。
「大災厄のあと、俺もここを確認に来たんだ。何事もなくて本当によかった」
「大災厄の中でもここは無事で助かったぜ。でも、本が弱ってるかもしれねぇから、扱いは慎重にやらねぇと」
「そうね。手分けして探しましょう」
「何を調べるんだ。俺も手伝おう」
「国王自ら!? いやいやオレ達でやりますって!」
「ラインを疑ってしまったのを悪いと思ってるんだ。フェイラスト、いいだろう?」
「いや、まぁ、人数は多い方がいいってのは事実ですけどぉ」
「素直に折れろ。教えてくれ」
「魔劫界にあるアポリオンという家を調べに来ました」
「ラインお前はためらいねぇなぁ……」
「ふふ、変に頑固なあなたよりはいいわよ」
「ケティまでそんなこと言うのかよ」
ラインの背後から、アルカが顔を出す。クヴェルを見上げて恥ずかしそうに、
「あの、あの……、アポリオンは、ボクのおうちのことです」
自分の家ということを告げた。
「なるほど。自分の家のことを調べに来たのか。なら、見つけてやらないとな」
クヴェルに気合いが入る。頭文字順に並んでいる本棚は、ある程度頭には入れてある。アポリオンの記事があったかまでは覚えていないので、そこに辿り着くにはしらみ潰しに探さなければ。
アポリオンに関する本を探して一時間が過ぎた。
フェイラストが魔眼を使用して怪しいオーラが見えた本を中心に読み漁った。天使言語で書かれているものは、ラインとケティスが翻訳する。アルカは難しい本の内容にくらくらした。クヴェルは奥の蔵書を見回っていて姿が見えない。
「アポリオン、ないのかな」
諦め気味にアルカが呟く。本を片付けて、新しく隣の本を手に取る。表紙には「悪魔の名家」と記されていた。
「あくまの、めいか……」
とてとてと歩いて、積まれた本に隠れたラインのところへ。テーブルに座って資料を読んでいた。アルカは両手で差し出す。
「これ、読んで」
「……悪魔の名家?」
「うん。あるかかな、ないかかな」
手渡された「悪魔の名家」を読む。目次には創星歴から存在する古い家名がずらりと並んでいた。その中にアポリオンの文字を見つける。
「アルカ、やったな。アポリオンの記述があるぞ」
「あるか!?」
「そう、あるかだな」
目次に記されたページをめくる。するとそこには、写実的な絵と共に書かれたアポリオンの記述が残されていた。
「……アンディブ戦争で造られた、魔王ダインスレイブに次ぐ悪魔の名。アポリオンは自分の血を絶やさず、永遠に続くことを望んだ。しかし、世界三つ分かれで魔劫界に落とされた」
ラインは読み進めていく。写実的な絵は、アポリオンを中心に新たな子が生まれていくことを示している。
「アポリオンの血を残すためならば、近しき者の交配も是とする。血の濃さが強きアポリオンの後継を生み出す。アポリオンの後継者は軍団となり、再び地上に舞い戻るだろう」
神のように光を放つアポリオンと、地上を支配するアポリオンの子らの絵で締められていた。
「ライン、物騒な内容を読んでるじゃねぇか」
「確かに物騒だな。アポリオンは、現代まで続く反逆の悪魔の家系ということか」
フェイラストが隣に座る。彼が読んだ本は目的の内容ではなかった。ケティスもフェイラストの隣に座った。疲れたようで、ようやく一息吐いた。
「ケティもだめだったとよ」
「ごめんなさいね。力になれなかったわ」
アルカがケティスに近づく。彼女は慈しみを以てアルカを撫でた。嬉しくてアルカが笑う。少年の笑顔で疲れが吹き飛んだ。
「おーい、これはどうだい?」
奥からクヴェルが戻ってきた。一冊の本を持って。黒い本には「アポリオン」と大々的に書いてある。
「これは「魔王ダインスレイブ」って名前の厚い本から出てきたんだ。もしかしたら、当たりかもしれない」
席についてページを開こうとすると、がっちりと固く閉ざされて開かない。クヴェルが力を入れてもびくともしない。
「なんたこの本、開かないぞ!」
「王、もしかしたら、アルカなら開くかもしれない」
「アルカくん、……そうか、少年の家はアポリオン。悪魔の生まれ。それなら、合点がいく」
クヴェルがアルカを呼ぶ。アルカを着席させて、本を開くように言った。
「あ!」
アポリオンの血族を認識して本が解錠する。強い術式で閉じられていたようだ。アルカの固有魔力、桃色の魔力の色を放ち、ゆっくりと光が静まった。
「……王さま、あける?」
「君が開けるといい。アポリオンの名前が綴られた本なんだ。君に開く権利がある」
アルカの隣に着席して覗きこむ。ライン、フェイラスト、ケティスが見守った。
「ひらくよ」
アルカが表紙をめくる。何もない。次のページ。まだ何もない。三ページ目をめくる。生きているかのように蠢く文字達がページを埋め尽くしていた。
「なんだこの本。生きてるぞ」
「ボクのおうちに、こういう本あった。だから、わかる」
アルカは文字を指先で叩く。とんとん、と軽く叩くと、ばらばらの文字が元の場所に整列した。
「文字さん、ちょっとだけ、うごかないでね」
本を読む。アルカは指でなぞりながら文章を解読する。
「……アポリオン。悪魔の祖リリスから、ダインスレイブと共に造られた悪魔。滅ぼす力を以て、世界を滅亡に導くもの」
いつもたどたどしいアルカの言葉ではない。本がアルカに読ませているのだ。難しい表現や言葉もするすると出てきた。
「悪魔が敗れ、世界三つ分かれにより落陽した我は、この本に託す。次代のアポリオン、血の濃き者が方舟となりて悪魔を救う」
「方舟……」
ラインはアルカを見つめる。少年の名前の意味は、確か。
「方舟」
「そして、これを発見したアポリオンの者に託そう。我が力を封してある。最後のページから、反対に六枚めくれ」
アルカの読み上げが終わると、再び文字がばらばらになって動き始めた。言われた通り、最後のページから反対に六枚めくる。ばらばらの文字が動き出した。アルカに指先でとんとん、と叩かれると、文字が整列して文章を作り出す。
「在るべき者へ、力を」
瞬間、ページがパラパラと勝手にめくれていく。全ての文字が空中に浮かび、初代アポリオンの残した力に変化して、黒い球体となった。
皆に緊張が走る。アルカは球体を食い入るように見ていた。
「アルカくん、それは危険な気がする。触らない方がいい」
クヴェルがアルカの手を掴む。球体に触れないように押さえた。
「初代アポリオンの力ってことだろ。現世によみがえったら、とんでもねぇことになるんじゃねぇか?」
「わたしも不安だわ。強い闇の力を感じるもの。アルカくんがアルカくんでいられなくなってしまいそうで、怖いわ」
フェイラストとケティスも、恐ろしいものを見ているように怪訝な表情だ。ラインが席を立つ。アルカのそばに寄り添った。
「……決めるのはアルカだ。選択を与えられているのは、アルカだけだ」
「ボクが、受けとるの?」
「初代アポリオンの後継者は、アポリオンの血を引いたお前しかいない。だから、お前が決めろ。アルカ、お前がどうなろうと俺はお前を受け止めるつもりだ」
ラインの覚悟の決まった眼差しを受けて、アルカもこくりとうなずく。
「いいのか、ライン。もしこの子が暴走して、地上に反旗を翻すような真似をしてみろ。魔劫界から悪魔が溢れて、地上界のみならず天上界までこの子を敵とみなすぞ」
「クヴェル王、それでも俺はアルカの味方でいたい。アルカを一人にはさせない」
「世界を敵に回しても、か。その瞳を見ると、お前の覚悟は変わりそうにないな」
クヴェルは深くため息を吐いた。掴んでいたアルカの手を離す。
「いいの?」
「君の保護者がそう言うんだ。アルカくん、君の好きにしなさい」
「うん」
立ち上がって黒い球体に手を伸ばす。初代アポリオンの力を、アルカが袖から手を出して両手で包み込む。触れた瞬間、ゴムボールのようにぐにゃりと歪む。
与えるは我が滅ぼす力。
眠りし力を呼び覚まし。
この世を楽園に変えるのだ。
アルカの固有魔力に接続した球体は、徐々に形を崩していき、黒い光の粒子となってアルカに集束していく。アルカは体の奥からわき上がる力を感じていた。人に化ける術式が力によって剥がれる。尻尾とツノが現れ、耳が尖った。
「ほわわ……」
強力な魔力が全身を駆け巡る。細々としていた頭の双葉は大きく成長して見事な双葉となる。尻尾の先の方と、左腕に赤いリングが浮遊するようになった。両耳には赤いピアスが装着する。尻尾の先端、矢印型の中に埋め込まれた宝石が美しく光る。魔力純度が増幅した。
「ほわぁ。なんだか、あったかくて、ぽかぽかする」
意外な反応に、アルカ以外の者が驚く。アルカが受け止めきれずに、力が暴走するのを覚悟していたラインも目を見開いていた。
「アルカ、なんともないか?」
「ないかさんだよ」
血色も良くなって、目のクマも取れている。強力な魔力を吸収したことによって、身体的な変化が訪れたようだ。
「なんだかね、元気になった気がするの。おめめもはっきり見えるようになったし、みんなの声もきちんと聞きとれるよ。おてても震えないの」
アルカが袖から手を出してみんなに見せる。確かに震えていない。臆病な少年はいつも震えていた。だが、今のアルカは生まれ変わったように元気に満ちている。
「まさか、虐待や暴力のせいで衰えていた機能が復活したのか?」
「たくさん攻撃されて、おめめは悪くなっちゃったの。おみみも聞こえにくくなったの。それがね、なくなったの。あと、とっても強くなった気がする」
そう言うと、アルカは袖で隠れた両手を頭上に伸ばす。
「出てきて!」
亜空間が口を開けると、そこから謎のパネルが現れた。四角パネルは、ふちを緑、面を桃色に彩られている。片面には牙が生え揃う三日月の口がついていた。ふわふわと浮遊して待機している。
「これは、なんだ?」
未知なる存在にクヴェルが身構える。パネルは主のアルカの目の前に下りてきた。ラインが手を伸ばそうとすると、三日月の口が開いて噛みつこうとしてきた。
「だめ!」
アルカが叱ると、パネルは身を引いた。主の言うことは聞くようだ。
「パネルさん!」
アルカの声に四角パネルはくるくる回って、ケタケタと笑い声を上げた。アルカもつられて笑う。
「むふふ、パネルさん、よろしくね!」
「ケタケタケタ!」
三日月の口が桃色の面に沈んで消える。ただの桃色のパネルに変わった。アルカが袖で隠れた手でパネルの緑のふちを掴む。手元に引き寄せた。優しく抱き締める。
「今のは、初代アポリオンの力か?」
ラインが再びパネルに触れる。今度は噛みつかれることはないようだ。
「にしては奇怪なパネルが生まれたみてぇだけど、なんのために使うんだ?」
「口がついていたから、何かを食べるのかしら」
フェイラスト、ケティスもアルカに近寄ってパネルを観察する。緑のふちに桃色の面。四つの頂点に赤い球体がついている。
「とりあえず、これでアポリオンの本は全てアルカの力に変わった。本の方は白紙になったわけだな」
ラインが「アポリオン」を開く。魔力感知しても何も感じられない。ただの紙切れをまとめた本に変わっていた。
「アルカ、それを片付けることはできるか?」
「うん、できるよ」
アルカがパネルを放すと、亜空間に消えていった。収納されたようだ。
「アルカくんは、反逆の悪魔の末裔か。王として、このまま見過ごすわけにはいかないなぁ」
クヴェルの目つきが変わる。良き隣人から一国の王として、アルカを睨む。雰囲気が変わったことに気づいたアルカがラインの背後に隠れた。
「ライン、この子をオアーゼで保護させてくれ。砂漠の国は、かつての戦争で悪魔の棲みついた土地。少年にもゆかりのある場所だ。初代アポリオンの血を引く悪魔の末裔が、初代の力を取り戻したとなれば、国は黙って帰すわけにはいかない」
剣を抜いてもおかしくないほどの緊張が走る。フェイラスト、ケティスはアルカを守るようにラインの隣に並んだ。背後のアルカが心配そうに見つめている。
「それはできない相談だ」
「ライン!」
「あんたの言い分も理解している。だが、アルカは俺のところに来たんだ。傷ついた状態で。それに、そばに俺がいた方が都合がいいだろう?」
「それは、そうだが」
「国として、国王御自ら手の内に収めておきたいのは分かっている。しかし、だめだ。アルカはそれを望まない」
クヴェルは見た。ラインの並々ならぬ覚悟の眼差しを。彼のコートを掴んで怯えているアルカを。
「クヴェル王、その辺にしてやってくれ。こうなっちまったら、テコでも折れねぇぞ」
「そうね。わたしも彼に賛成よ。アルカくんは、見知らぬ土地に投げ出されて怖かったはずだわ。怖がりのこの子を、外に出られるように、人間の姿になれる術式を創ったのよ。ラインさんの気持ち、少しでも汲み取ってほしいわ」
「ディクストス夫妻も、ラインとアルカくんを離すことに反対と」
夫妻はうなずく。ラインは背後のアルカを見る。怯えた眼差しでクヴェルを見ていた。
「……アルカくん、君は、世界に反逆するなんて考えはないかい?」
びくっ、とアルカは肩を跳ねさせて隠れる。少しだけ顔を覗かせて、
「し、しません! ボク、そんなことしないもん!」
不安げな表情で強く訴えた。
クヴェルはひとつ息を吐く。すると、かははと笑いだした。
「ははは、分かったよ。君のその様子じゃあ、反逆なんて考えなさそうだ」
クヴェルが膝をついてアルカと目線を合わせる。アルカはもぞもぞ動いてラインの前に出た。
「でも、これだけは覚えておくんだ。君は悪魔だ。世間一般では、悪魔は地上にいないことになっている。魔劫界という世界に皆が移住したからだ」
「うん、知ってる」
「君がもし、ここで手に入れた力を使って、世界を滅亡に導く存在になったら。ラインの手に負えない存在になったら。君は確実に浄化される。最悪の場合、君は殺される。それを肝に命じておくんだよ」
「……うん」
クヴェルが立ち上がって、ラインを見据えた。
「小さな悪魔の子を頼む。お前のそばにいるなら、きっと大丈夫だ」
「あぁ。アルカを殺させやしない。反逆の悪魔にさせない」
「頼む」
クヴェルが深く一礼した。国王が頭を下げるなんて、とフェイラストが動揺したが、クヴェルは深々と頭を下げた。
「……さぁ、戻ろう。あぁ、アルカくん、君の家のことが書かれた本は、君が持っていたほうがいい。またラインに読んでもらいな」
「はい!」
本を元の場所に片付けて。手元に残すのは「アポリオン」と「悪魔の名家」だけにした。
宮殿に戻ってきたライン達は、国王と別れて固定転移紋に向けて歩き出す。
「アルカ、今度時間ができたら力の制御の仕方を教えてやる」
「ちからのせーぎょ?」
「今日もらった力、ある程度慣れておいた方がいい。もしものときに使えるようにな」
「はーい!」
「オレ達は一度ルレインシティに戻るぜ。先天性失翼症について、調べてみたいからよ」
「もし治せる症例なら、アルカくんの治療を考えるわ。長いこと先の話かもしれないけれど、研究しがいがあるわよ」
ケティスが微笑む。アルカもつられて微笑んだ。
固定転移紋に到着して、ディクストス夫妻は先に転移をして消えた。
「帰ったら手を洗って、軽くおやつにしよう」
「おやつ! やったー!」
固定転移紋からフォートレスシティへ飛んだ。
「初代アポリオンの力、愚息が手に入れるとは……」
路地の裏から眺めるものがいた。
仮面の男は、闇に紛れて姿を消した。
「国王に謁見しよう。久しぶりの訪問だしな」
「待たされることなければいいけどよ」
「過去に、一週間待たされたことがあったな」
「はは、そんな話してたな。クヴェル王はお茶目な人だって聞いてるぜ。旅人に化けて国の内外を視察してるとか、占い師になって人々の悩みを解決してるとか。そんな話はよく聞く」
話しながら宮殿へと辿り着く。外にいる兵士二人に国王謁見の旨を伝える。すると、ラインに武器を向けてきた。
「貴様、なんの真似だ!」
「大災厄の日、貴様と同じ顔をしたダーカーを襲撃させたな!」
兵士が言う大災厄。それは、リリスとの戦いに起きた、闇に閉ざされた地上界の戦いをいう。ラインと同じ顔をした量産型・ラインが街を襲い、恐怖に陥れたことが深く記憶に刻まれているのだろう。
ラインは両手を上げて武器を持っていないことを示す。それでも兵士は鎮まらない。むしろ一人、また一人と増援が来てしまった。
「おとなしく縄につけ!」
緊張の糸が張りつめたそのとき。
「お前達、そこまでだ」
陽気で明るいながら、低く真剣な声が渡る。兵士が声の主へまさかと振り返ると、クヴェル王が宮殿の入り口に立っていた。
「王、しかしこの者は!」
「俺も大災厄のことを忘れた訳じゃない。それでも戦っていたのは彼らさ。見ていなくても分かる。ラインが戦っていたんだ」
王の真剣な表情と声に、兵士は静まり返る。階段を下りてラインの前にやって来ると、青い眼差しで睨み付けた。
「大災厄、分かるよな。ダーカーと呼ばれる魔物が世界中を脅かした、災害のことだ」
「分かっています」
「お前と同じ顔をしたダーカーが何体もこの国を襲撃した。民はお前の姿を恐れている。でも俺はお前がアレと同じだとは思っていない。お前は正しい道を歩んで、大災厄に立ち向かっていった。そうだな?」
「……はい」
クヴェルはラインの揺るがない深海色の瞳を見た。強い意思を湛えた眼差しは鋭く真実をうつしている。ふっ、とクヴェルが笑って、次第に大笑いしてライン達と兵を驚かせた。
「いやいや、こういう真剣なのは苦手でな。疑ってすまない。手を下ろしてくれ。お前は正真正銘、本物のラインだ。初めて出会った頃よりだいぶ成長して再来したようだな」
「どうも。国王もあの頃よりだいぶ成長しましたよ」
すると、ラインの背後に隠れていたアルカが顔を覗かせた。
「……こわくない?」
「お、その子は新入りか? 初めまして、俺はオアーゼ国王のクヴェルだ。よろしく」
にかっと笑うと、アルカは恥ずかしくてすぐ隠れてしまった。
「はは、恥ずかしがりやか。 国王は怖くないぞ! ……さて、この国に、俺になんの用事があってきた。できることなら手伝わせてくれ」
ラインは再び地下の蔵書を拝見したいと伝える。クヴェルは快く承諾してくれた。兵士に戻るよう指示を出し、国王自らライン達を案内する。
「ふぃー、とりあえず、ラインの牢屋行きは免れたようだな。クヴェル王、寛大な措置痛み入ります」
「大災厄のことは国の皆が覚えている。ラインの顔をした金色の災厄が降り注いだのだ。俺の指示と作戦が悪くて、何人もの兵と人民の命を失った。この国が、一番被害が酷かったのだ」
歩きながら話す。通りすぎる神官や兵がラインを見てざわざわしている。アルカは、寄せられる猜疑心こもった視線が怖くて、ラインと手を繋いで歩く。フェイラストとケティスも嫌な雰囲気に眉をひそめた。
「防護障壁を張るのが遅くて、不浄の黒い雨をしばらく受け続け、人民や獣はダーカーとなった。浄化を司る術式を使用しない限り倒せないと知った頃には、既に煙が上がっていた」
「国王様は、それをどうやって鎮めたのですか?」
「分からない。気がついたらダーカーも雨も消えていた。その間に防護障壁が完成して、これでひと安心と思った矢先、金色の災厄が転移して侵入してきたんだ。そのとき、全身黒い服の女性が戦っていた目撃情報を多数聞いている。いったい彼女は何者だったのか」
全身黒い服の女性は恐らく黒いののことだろう。ここに来て戦っていたのか。ラインは裏で動いていた彼女に感謝した。
地下の蔵書へ入り、火の術式込められたランプをつける。地下が一気に明るくなった。
「大災厄のあと、俺もここを確認に来たんだ。何事もなくて本当によかった」
「大災厄の中でもここは無事で助かったぜ。でも、本が弱ってるかもしれねぇから、扱いは慎重にやらねぇと」
「そうね。手分けして探しましょう」
「何を調べるんだ。俺も手伝おう」
「国王自ら!? いやいやオレ達でやりますって!」
「ラインを疑ってしまったのを悪いと思ってるんだ。フェイラスト、いいだろう?」
「いや、まぁ、人数は多い方がいいってのは事実ですけどぉ」
「素直に折れろ。教えてくれ」
「魔劫界にあるアポリオンという家を調べに来ました」
「ラインお前はためらいねぇなぁ……」
「ふふ、変に頑固なあなたよりはいいわよ」
「ケティまでそんなこと言うのかよ」
ラインの背後から、アルカが顔を出す。クヴェルを見上げて恥ずかしそうに、
「あの、あの……、アポリオンは、ボクのおうちのことです」
自分の家ということを告げた。
「なるほど。自分の家のことを調べに来たのか。なら、見つけてやらないとな」
クヴェルに気合いが入る。頭文字順に並んでいる本棚は、ある程度頭には入れてある。アポリオンの記事があったかまでは覚えていないので、そこに辿り着くにはしらみ潰しに探さなければ。
アポリオンに関する本を探して一時間が過ぎた。
フェイラストが魔眼を使用して怪しいオーラが見えた本を中心に読み漁った。天使言語で書かれているものは、ラインとケティスが翻訳する。アルカは難しい本の内容にくらくらした。クヴェルは奥の蔵書を見回っていて姿が見えない。
「アポリオン、ないのかな」
諦め気味にアルカが呟く。本を片付けて、新しく隣の本を手に取る。表紙には「悪魔の名家」と記されていた。
「あくまの、めいか……」
とてとてと歩いて、積まれた本に隠れたラインのところへ。テーブルに座って資料を読んでいた。アルカは両手で差し出す。
「これ、読んで」
「……悪魔の名家?」
「うん。あるかかな、ないかかな」
手渡された「悪魔の名家」を読む。目次には創星歴から存在する古い家名がずらりと並んでいた。その中にアポリオンの文字を見つける。
「アルカ、やったな。アポリオンの記述があるぞ」
「あるか!?」
「そう、あるかだな」
目次に記されたページをめくる。するとそこには、写実的な絵と共に書かれたアポリオンの記述が残されていた。
「……アンディブ戦争で造られた、魔王ダインスレイブに次ぐ悪魔の名。アポリオンは自分の血を絶やさず、永遠に続くことを望んだ。しかし、世界三つ分かれで魔劫界に落とされた」
ラインは読み進めていく。写実的な絵は、アポリオンを中心に新たな子が生まれていくことを示している。
「アポリオンの血を残すためならば、近しき者の交配も是とする。血の濃さが強きアポリオンの後継を生み出す。アポリオンの後継者は軍団となり、再び地上に舞い戻るだろう」
神のように光を放つアポリオンと、地上を支配するアポリオンの子らの絵で締められていた。
「ライン、物騒な内容を読んでるじゃねぇか」
「確かに物騒だな。アポリオンは、現代まで続く反逆の悪魔の家系ということか」
フェイラストが隣に座る。彼が読んだ本は目的の内容ではなかった。ケティスもフェイラストの隣に座った。疲れたようで、ようやく一息吐いた。
「ケティもだめだったとよ」
「ごめんなさいね。力になれなかったわ」
アルカがケティスに近づく。彼女は慈しみを以てアルカを撫でた。嬉しくてアルカが笑う。少年の笑顔で疲れが吹き飛んだ。
「おーい、これはどうだい?」
奥からクヴェルが戻ってきた。一冊の本を持って。黒い本には「アポリオン」と大々的に書いてある。
「これは「魔王ダインスレイブ」って名前の厚い本から出てきたんだ。もしかしたら、当たりかもしれない」
席についてページを開こうとすると、がっちりと固く閉ざされて開かない。クヴェルが力を入れてもびくともしない。
「なんたこの本、開かないぞ!」
「王、もしかしたら、アルカなら開くかもしれない」
「アルカくん、……そうか、少年の家はアポリオン。悪魔の生まれ。それなら、合点がいく」
クヴェルがアルカを呼ぶ。アルカを着席させて、本を開くように言った。
「あ!」
アポリオンの血族を認識して本が解錠する。強い術式で閉じられていたようだ。アルカの固有魔力、桃色の魔力の色を放ち、ゆっくりと光が静まった。
「……王さま、あける?」
「君が開けるといい。アポリオンの名前が綴られた本なんだ。君に開く権利がある」
アルカの隣に着席して覗きこむ。ライン、フェイラスト、ケティスが見守った。
「ひらくよ」
アルカが表紙をめくる。何もない。次のページ。まだ何もない。三ページ目をめくる。生きているかのように蠢く文字達がページを埋め尽くしていた。
「なんだこの本。生きてるぞ」
「ボクのおうちに、こういう本あった。だから、わかる」
アルカは文字を指先で叩く。とんとん、と軽く叩くと、ばらばらの文字が元の場所に整列した。
「文字さん、ちょっとだけ、うごかないでね」
本を読む。アルカは指でなぞりながら文章を解読する。
「……アポリオン。悪魔の祖リリスから、ダインスレイブと共に造られた悪魔。滅ぼす力を以て、世界を滅亡に導くもの」
いつもたどたどしいアルカの言葉ではない。本がアルカに読ませているのだ。難しい表現や言葉もするすると出てきた。
「悪魔が敗れ、世界三つ分かれにより落陽した我は、この本に託す。次代のアポリオン、血の濃き者が方舟となりて悪魔を救う」
「方舟……」
ラインはアルカを見つめる。少年の名前の意味は、確か。
「方舟」
「そして、これを発見したアポリオンの者に託そう。我が力を封してある。最後のページから、反対に六枚めくれ」
アルカの読み上げが終わると、再び文字がばらばらになって動き始めた。言われた通り、最後のページから反対に六枚めくる。ばらばらの文字が動き出した。アルカに指先でとんとん、と叩かれると、文字が整列して文章を作り出す。
「在るべき者へ、力を」
瞬間、ページがパラパラと勝手にめくれていく。全ての文字が空中に浮かび、初代アポリオンの残した力に変化して、黒い球体となった。
皆に緊張が走る。アルカは球体を食い入るように見ていた。
「アルカくん、それは危険な気がする。触らない方がいい」
クヴェルがアルカの手を掴む。球体に触れないように押さえた。
「初代アポリオンの力ってことだろ。現世によみがえったら、とんでもねぇことになるんじゃねぇか?」
「わたしも不安だわ。強い闇の力を感じるもの。アルカくんがアルカくんでいられなくなってしまいそうで、怖いわ」
フェイラストとケティスも、恐ろしいものを見ているように怪訝な表情だ。ラインが席を立つ。アルカのそばに寄り添った。
「……決めるのはアルカだ。選択を与えられているのは、アルカだけだ」
「ボクが、受けとるの?」
「初代アポリオンの後継者は、アポリオンの血を引いたお前しかいない。だから、お前が決めろ。アルカ、お前がどうなろうと俺はお前を受け止めるつもりだ」
ラインの覚悟の決まった眼差しを受けて、アルカもこくりとうなずく。
「いいのか、ライン。もしこの子が暴走して、地上に反旗を翻すような真似をしてみろ。魔劫界から悪魔が溢れて、地上界のみならず天上界までこの子を敵とみなすぞ」
「クヴェル王、それでも俺はアルカの味方でいたい。アルカを一人にはさせない」
「世界を敵に回しても、か。その瞳を見ると、お前の覚悟は変わりそうにないな」
クヴェルは深くため息を吐いた。掴んでいたアルカの手を離す。
「いいの?」
「君の保護者がそう言うんだ。アルカくん、君の好きにしなさい」
「うん」
立ち上がって黒い球体に手を伸ばす。初代アポリオンの力を、アルカが袖から手を出して両手で包み込む。触れた瞬間、ゴムボールのようにぐにゃりと歪む。
与えるは我が滅ぼす力。
眠りし力を呼び覚まし。
この世を楽園に変えるのだ。
アルカの固有魔力に接続した球体は、徐々に形を崩していき、黒い光の粒子となってアルカに集束していく。アルカは体の奥からわき上がる力を感じていた。人に化ける術式が力によって剥がれる。尻尾とツノが現れ、耳が尖った。
「ほわわ……」
強力な魔力が全身を駆け巡る。細々としていた頭の双葉は大きく成長して見事な双葉となる。尻尾の先の方と、左腕に赤いリングが浮遊するようになった。両耳には赤いピアスが装着する。尻尾の先端、矢印型の中に埋め込まれた宝石が美しく光る。魔力純度が増幅した。
「ほわぁ。なんだか、あったかくて、ぽかぽかする」
意外な反応に、アルカ以外の者が驚く。アルカが受け止めきれずに、力が暴走するのを覚悟していたラインも目を見開いていた。
「アルカ、なんともないか?」
「ないかさんだよ」
血色も良くなって、目のクマも取れている。強力な魔力を吸収したことによって、身体的な変化が訪れたようだ。
「なんだかね、元気になった気がするの。おめめもはっきり見えるようになったし、みんなの声もきちんと聞きとれるよ。おてても震えないの」
アルカが袖から手を出してみんなに見せる。確かに震えていない。臆病な少年はいつも震えていた。だが、今のアルカは生まれ変わったように元気に満ちている。
「まさか、虐待や暴力のせいで衰えていた機能が復活したのか?」
「たくさん攻撃されて、おめめは悪くなっちゃったの。おみみも聞こえにくくなったの。それがね、なくなったの。あと、とっても強くなった気がする」
そう言うと、アルカは袖で隠れた両手を頭上に伸ばす。
「出てきて!」
亜空間が口を開けると、そこから謎のパネルが現れた。四角パネルは、ふちを緑、面を桃色に彩られている。片面には牙が生え揃う三日月の口がついていた。ふわふわと浮遊して待機している。
「これは、なんだ?」
未知なる存在にクヴェルが身構える。パネルは主のアルカの目の前に下りてきた。ラインが手を伸ばそうとすると、三日月の口が開いて噛みつこうとしてきた。
「だめ!」
アルカが叱ると、パネルは身を引いた。主の言うことは聞くようだ。
「パネルさん!」
アルカの声に四角パネルはくるくる回って、ケタケタと笑い声を上げた。アルカもつられて笑う。
「むふふ、パネルさん、よろしくね!」
「ケタケタケタ!」
三日月の口が桃色の面に沈んで消える。ただの桃色のパネルに変わった。アルカが袖で隠れた手でパネルの緑のふちを掴む。手元に引き寄せた。優しく抱き締める。
「今のは、初代アポリオンの力か?」
ラインが再びパネルに触れる。今度は噛みつかれることはないようだ。
「にしては奇怪なパネルが生まれたみてぇだけど、なんのために使うんだ?」
「口がついていたから、何かを食べるのかしら」
フェイラスト、ケティスもアルカに近寄ってパネルを観察する。緑のふちに桃色の面。四つの頂点に赤い球体がついている。
「とりあえず、これでアポリオンの本は全てアルカの力に変わった。本の方は白紙になったわけだな」
ラインが「アポリオン」を開く。魔力感知しても何も感じられない。ただの紙切れをまとめた本に変わっていた。
「アルカ、それを片付けることはできるか?」
「うん、できるよ」
アルカがパネルを放すと、亜空間に消えていった。収納されたようだ。
「アルカくんは、反逆の悪魔の末裔か。王として、このまま見過ごすわけにはいかないなぁ」
クヴェルの目つきが変わる。良き隣人から一国の王として、アルカを睨む。雰囲気が変わったことに気づいたアルカがラインの背後に隠れた。
「ライン、この子をオアーゼで保護させてくれ。砂漠の国は、かつての戦争で悪魔の棲みついた土地。少年にもゆかりのある場所だ。初代アポリオンの血を引く悪魔の末裔が、初代の力を取り戻したとなれば、国は黙って帰すわけにはいかない」
剣を抜いてもおかしくないほどの緊張が走る。フェイラスト、ケティスはアルカを守るようにラインの隣に並んだ。背後のアルカが心配そうに見つめている。
「それはできない相談だ」
「ライン!」
「あんたの言い分も理解している。だが、アルカは俺のところに来たんだ。傷ついた状態で。それに、そばに俺がいた方が都合がいいだろう?」
「それは、そうだが」
「国として、国王御自ら手の内に収めておきたいのは分かっている。しかし、だめだ。アルカはそれを望まない」
クヴェルは見た。ラインの並々ならぬ覚悟の眼差しを。彼のコートを掴んで怯えているアルカを。
「クヴェル王、その辺にしてやってくれ。こうなっちまったら、テコでも折れねぇぞ」
「そうね。わたしも彼に賛成よ。アルカくんは、見知らぬ土地に投げ出されて怖かったはずだわ。怖がりのこの子を、外に出られるように、人間の姿になれる術式を創ったのよ。ラインさんの気持ち、少しでも汲み取ってほしいわ」
「ディクストス夫妻も、ラインとアルカくんを離すことに反対と」
夫妻はうなずく。ラインは背後のアルカを見る。怯えた眼差しでクヴェルを見ていた。
「……アルカくん、君は、世界に反逆するなんて考えはないかい?」
びくっ、とアルカは肩を跳ねさせて隠れる。少しだけ顔を覗かせて、
「し、しません! ボク、そんなことしないもん!」
不安げな表情で強く訴えた。
クヴェルはひとつ息を吐く。すると、かははと笑いだした。
「ははは、分かったよ。君のその様子じゃあ、反逆なんて考えなさそうだ」
クヴェルが膝をついてアルカと目線を合わせる。アルカはもぞもぞ動いてラインの前に出た。
「でも、これだけは覚えておくんだ。君は悪魔だ。世間一般では、悪魔は地上にいないことになっている。魔劫界という世界に皆が移住したからだ」
「うん、知ってる」
「君がもし、ここで手に入れた力を使って、世界を滅亡に導く存在になったら。ラインの手に負えない存在になったら。君は確実に浄化される。最悪の場合、君は殺される。それを肝に命じておくんだよ」
「……うん」
クヴェルが立ち上がって、ラインを見据えた。
「小さな悪魔の子を頼む。お前のそばにいるなら、きっと大丈夫だ」
「あぁ。アルカを殺させやしない。反逆の悪魔にさせない」
「頼む」
クヴェルが深く一礼した。国王が頭を下げるなんて、とフェイラストが動揺したが、クヴェルは深々と頭を下げた。
「……さぁ、戻ろう。あぁ、アルカくん、君の家のことが書かれた本は、君が持っていたほうがいい。またラインに読んでもらいな」
「はい!」
本を元の場所に片付けて。手元に残すのは「アポリオン」と「悪魔の名家」だけにした。
宮殿に戻ってきたライン達は、国王と別れて固定転移紋に向けて歩き出す。
「アルカ、今度時間ができたら力の制御の仕方を教えてやる」
「ちからのせーぎょ?」
「今日もらった力、ある程度慣れておいた方がいい。もしものときに使えるようにな」
「はーい!」
「オレ達は一度ルレインシティに戻るぜ。先天性失翼症について、調べてみたいからよ」
「もし治せる症例なら、アルカくんの治療を考えるわ。長いこと先の話かもしれないけれど、研究しがいがあるわよ」
ケティスが微笑む。アルカもつられて微笑んだ。
固定転移紋に到着して、ディクストス夫妻は先に転移をして消えた。
「帰ったら手を洗って、軽くおやつにしよう」
「おやつ! やったー!」
固定転移紋からフォートレスシティへ飛んだ。
「初代アポリオンの力、愚息が手に入れるとは……」
路地の裏から眺めるものがいた。
仮面の男は、闇に紛れて姿を消した。
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