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第五章 勇敢なる者
114.奪われる力
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連行されたアルカは、カイムの実験室に入れられた。高い天井からステンドグラスの光が下りている。拘束したアルカを禍々しい紋の中心にセットした。
「あ、あ……」
拘束の術式で身動きが取れない。パネル達も同じく。四角パネルが三日月の口を逆さまにして怒りを示していた。
「ケタ、ケタケ」
――アルカ、逃げろ。
四角パネルが語りかける。しかし、指すら動かせないこの状況で、どうやって。
「ククク、初代の力、どのようなものか味わってやろう」
カイムが術式の組成式を呼び出す。禍々しい紋に魔力が送り込まれた。
「やだ、パパ、やめて!」
アルカの悲鳴は届かず。カイムは黙々と作業を続けた。パネルが勝手に浮遊する。四角、三角、丸パネルが、紋に描かれた三角形の頂点に移動した。紋が黒く光る。アルカを囲んで、口を開き、舌を伸ばし、眼を見開いた。桃色の面がどす黒く変色する。緑のふちはよどんだ緑色に変わりトゲが生えた。
「パネルさん! 初代さま!」
「さぁ、力を私へ移すのだ!」
禍々しい紋が黒き光を放ちアルカを包み込む。
――「こちらイディオ。順調だ。そのまま剥ぎ取ってしまえ」
ゲヘナからのバックアップを受けて、黒き光はアルカについた初代アポリオンの力を剥ぎ取る。
「やめて! いたいよ、こわいよ! ねぇ、やめてよ、パパ!」
苦しみ悶えるアルカのことを一切無視して、カイムは非道な実験を続ける。愚息がどうなろうとかまわない。弱者に相応しくないものを剥ぎ取り、相応しい自分に移すのだから。
「ケタ、ケタ……ケ、タ」
「パ、ネル、さん」
四角パネルが苦しそうに何かを伝えようと声を絞り出す。剥離術式の光がアルカから初代アポリオンの力を剥ぎ取っていく。拘束の術式で動かない体をよじりながら、アルカはパネルに手を伸ばそうと必死でもがいた。
「……ケタ、ケ」
――……アル、カ。
瞬間、四角パネルが苦悶の叫びを上げる。
「ギィェエエエエエエ!」
パネルの叫びか、初代アポリオンの叫びか。四角パネルに呼応して三角、丸パネルも叫び声を上げた。
「パネルさん!!」
突如アルカから力が抜ける。初代の力が剥ぎ取られた瞬間だった。頭の双葉は細々としおれ、髪と肌のツヤが失われた。初代の力を継承する前の、弱いアルカに戻ったのだ。
「あ、あぁ……っ」
黒き光が収まった。三つのパネルは、ふちにトゲの生えた、黒色の面に変わっていた。
「さぁ、新たな宿主は私だ。私に来るのだ、初代アポリオン!」
三つのパネルは黒き光を放ち、ひとつに融合する。ひと塊となった光がカイムへ浸透した。
「クハハハ、これが、これが初代アポリオンの力か! 実によく体に馴染むぞ」
カイムは笑う。初代の力を手に入れた自分は無敵とさえ感じるほどに。
「パネル、しゃん……」
紋の上で横たわる小さな灯火を見る。初代の力が抜けて、元の弱々しい少年に戻ったアルカ。カイムはにやりと嗤う。
「イディオ実験長、この出来損ないはあなたにプレゼントしますよ。思う存分搾り取ってください」
――「初代アポリオンの力を継承した理由を探ってから、素材として有効活用させてもらうよ。どうも」
カイムはアルカの頭を鷲掴み、眼前へと持ってくる。
「貴様のような下賤な輩は、アポリオンの家に必要ない。初代の力を持ってきたことだけは褒めてやろう。だが、それまでだ」
アルカを放り投げる。受け身をとれず床に転がった。アルカは拘束の術式が解けていることに気がつく。体に力を込めるも、立ち上がることができなかった。急激な弱体化に体が追いついていないのだ。
「パパ……」
今のカイムは記憶の中の優しい父親ではない。虐待と折檻を繰り返す恐怖の存在だ。アルカはそれでも、あのときのような優しい父になってほしいと願っていた。
「出来損ないの分際で私を父と呼ぶな。貴様はもはや愚息ですらない。ただのゴミクズだ」
父の金の眼光が降り注ぐ。仮面の奥の瞳が嘲笑う。アルカは立ち上がって逃げたかった。けれど力が入らない。体がいうことをきかない。
助けて、お兄ちゃん。
そのとき、扉が勢いよく開け放たれた。駆け込む数人の足音。
「アルカ少年!」
「アルカくん!」
「遅れてごめんよ!」
「おまえー! アルカくんから離れろー!」
フェイラスト達がようやく辿り着いた。しかし、既に実験は終わっている。一足遅かった。
「ようこそ我が実験室へ」
わざとらしく丁寧にお辞儀をしてカイムは出迎える。フェイラストが舌打ちして返した。
「アルカ少年に何しやがった。また虐待を繰り返していたのか!?」
「ハハハ、そんなことをしても今は意味がない。……あぁ、もしかしてゴミクズを助けに来たのかなぁ? 苦労をかけたな。残念だが、ゴミクズでも最後まで搾取して捨てるつもりだ。イディオ実験長に渡す手筈になっていてねぇ。ククク」
カイムがいやらしく嗤う。手を広げると、影から何十匹もの蛇が鎌首をもたげた。威嚇の声を出した瞬間、宙を滑りながらフェイラスト達に襲いかかる。
「うわ、なにこいつ!」
散開してそれぞれ武器を構えた。聖南が鈴を鳴らして地の術式を起動し岩石を落とす。十匹程度の蛇は潰れて黒い染みとなった。
「アルカくんを返しなさい!」
「これはこれは創造源神さまのご息女。あなたの願いでもお応えできませんなぁ!」
ルフィアが放つ氷の術式が影の蛇とぶつかり合う。相殺して二つとも砕け散った。
「アルカくんを、よくも!」
「俗物が私に楯突いたところで、無駄な足掻きよ」
キャスライの一閃で十の蛇が斬り裂かれる。翅を広げて宙を舞い、襲い来る蛇をかわした。
「アルカ少年、待ってろよ!」
フェイラストが銃撃で蛇を撃ち落とす。目の端に違和感を覚えて飛び退くと、大きなパネル状の四角い物体が回転して通り過ぎた。
「今の、パネル……!?」
驚いたフェイラストがカイムを見る。彼の周囲には、四角、三角、丸パネルがいびつな姿になって浮かんでいた。
「おっと、外してしまった」
わざとらしく大きなリアクションをして、カイムは次なるパネルを射出する。隣に牙の生えたパネルを呼び出して、口から波動弾を放つ。フェイラストが紙一重で避けた。
「そのパネルは……!」
体勢を整えてカイムに銃口を向ける。魔眼でパネルを認識すると、アルカに継承されたはずのパネル達だと理解した。
「これか? これは初代アポリオンの力だ。ゴミクズに必要ないものは、私が有効活用するのが筋だろう?」
クハハハハハ。カイムの笑い声がこだまする。フェイラストがぎりと歯を強く噛んだ。
「てめぇ! アルカ少年から、無理やり力を奪ったってのかよ!」
魔眼でターゲッティング、即座に引き金を抜いた。浄化の力を含んだ弾丸は過たずカイムを狙う。だが、よどんだ黒いパネルが弾丸を全て防いだ。
「はっはは、便利な盾だな。私には、こちらの方が似合うかな?」
カイムが手をひねって指示を出すと、大量の影の蛇と黒いパネルが出現した。
「貴様ら俗物に耐えられるか」
いっせいに襲い来る脅威。フェイラストが跳び回りながら引き金を引く。
「アルカくんに、なんて酷いことを!」
「あたし、絶対絶対許さないんだから!」
「父親でも、自分の子どもにやっていいことと悪いことがあるよ!」
ルフィア、聖南、キャスライが怒りを示す。氷の術式がつぶてを伴って渦巻けば、地の術式で巨大な招き猫を落とす。消失と共に小判がじゃらじゃらまき散らされる。小判を蹴りながら不規則にキャスライが動き、蛇をパネルを断ち切った。
「パパ、もう、やめて」
アルカが這ってカイムの足に手を置いた。泣きそうな顔で懇願する。
「なんだゴミクズ。まだいたのか。貴様はさっさとゲヘナに送らないとなぁ!」
カイムがアルカを蹴り飛ばす。黒いパネルを何枚もアルカの周囲に現し、波動で拘束した。
「やめなさい!」
「アルカくんに乱暴するなー!!」
「自分の子どもなのに、どうしてそんなことかできるんだ!」
「アルカ少年に手ぇ出すんじゃねぇ!!」
怒号が飛び交う。気にも留めず、カイムは転移術式を起動した。
「パパ、やだ!」
アルカの下に転移の紋が広がる。フェイラストが駆け出す。カイムが転移を指示する。フェイラストは、間に合わない。
「くそがぁぁあっ!」
銃をガンホルダーに入れて手を伸ばすも届かない。瞬間、疾風がそばを駆け抜けた。疾風は転移寸前のアルカを取り上げる。転移するべき対象が何もないまま転移が起動した。
「ハハハ、これでゴミクズは消え去ったな。後は、貴様らを始末するだけだ」
カイムは気づいていない。当たり前だ。疾風の速さは神速。原初の存在にすら見破れぬ速度なのだから。
「アルカくんが、そんな」
気づいていないのはルフィア達もだった。聖南ががくりとへたり込む。キャスライが悲しげな顔をした直後、ピクリと耳に風が入った。
「まさか」
彼らの間に割って入る一陣の疾風。風の中心で紅のロングコートがはためいた。
「……待たせたな」
その場に響く低い声。すっと立ち上がった彼の腕の中には、先ほど転移されたはずのアルカが抱かれていた。
「馬鹿な、転移は成功したはずだ。何故、何故貴様がゴミクズを!」
カイムが動揺する。アルカは確かに転移したはずだ。何も見えなかったし、確かに消えたはずなのに。カイムが狼狽える。
「ライン・カスティーブ、貴様ァ!!」
紅の疾風――ラインはカイムを深海色の瞳で睨みつける。アルカを下ろして背後に回した。
「肉の実験素材となって、今ごろ知能の欠片もない魔物となっていたはずだろう! 何故だ、何故! 貴様がここにいる!」
「肉になり損ねたからな。それだけだ」
短く返答して、亜空間から星剣の柄を現す。左手に握る寸前、カイムの頭上に映像が浮かんだ。
「やぁ、実験体No.2081。君の担当のイディオ実験長だ」
にたりと笑うイディオが映し出された。ラインのそばにフェイラスト達もやってくる。
「ライン、助かったぜ」
「礼は後だ。……なんの用だ。今さら出てきたところで、お前の実験に付き合う気はないぞ」
「怖い怖い。そう睨まないでよ。ククク、そこの小さな子どもはカイムと取り引きしててね。その子を渡してもらおう。今すぐカイムの方へやるんだ」
イディオがアルカを指差す。アルカは怖くて震えてラインのコートをきゅっと掴んでいた。守るようにライン達が前に出る。
「お前のろくでもない実験素材にさせない。カイムにも渡さない。……消えてもらおう」
ラインがかっと目を開くと、熾天の炎によってイディオの映像が焼き切れた。火の粉がカイムの周囲に降り注ぐ。
「貴様如きに、ここで浄化されても困るからな。今は見逃してやろう。私の気分が変わる前にとっとと失せろ」
周囲に展開していた影の蛇と黒いパネルがカイムに戻っていく。憎き紅が復活したとあっては分が悪いと考えたようだ。カイムは仮面を直して金の眼光を向ける。
「今のうちだぞ? 早く屋敷から出ていくがいい」
「ライン、あいつをぶっ飛ばそうぜ」
「あたし、今すぐあいつぶん殴らないと気が済まない!」
「僕も同感」
「ううん、アルカくんは助かったもの。私達も一旦立て直すために引き下がろうよ」
仲間達が進言する。ラインはコートを掴むアルカの手が震えていることに気づいていた。恐怖に耐える少年のために今は引くべきだ。
「今は抑えろ。アルカは助かった。この屋敷にいるだけで、俺達の不利になる。アポリオンの血筋しかいない屋敷だ。アルカ以外にも子どもがいるはず」
ラインの読みは正しかった。魔力感知で気配を察すると、入り口の扉に三人の気配を感じた。
「ライン、マジで帰るのかよ!」
「やだー! 今すぐぶん殴るー!」
「一旦落ち着け。……お前の言う通り、そうさせてもらおう」
「それはよかった。よい判断だ。ククク」
聖南とキャスライが歯を剥き出しにして怒りを示しているが、ラインがなだめて落ち着かせた。転移の紋を開き、六人は屋敷へと帰った。
「……ククク、あとはじっくりと体に馴染ませるだけだ」
カイムが嗤う。ご機嫌に実験室で作業を始めた。扉の前にいた三人の兄妹も、彼の実験に付き合った。
*******
日が傾いていた。
屋敷に戻ってきたライン達は、まずアルカの心配をした。ルフィアが治癒術をかけて傷を癒す。フェイラストがキッチンから適当に菓子と水を持ってきた。聖南とキャスライが怒り収まらずむくれている。
アルカを椅子に座らせて、テーブルに菓子と水を置いて。一段落ついたと安堵のため息を吐いた。
「アルカ少年、痛いとことかねぇか?」
「ルフィアお姉ちゃんが、なおしてくれたよ」
「アルカくん、ほんとに大丈夫!?」
「何かあったらすぐに僕達に言ってね!」
「ありがと、聖姉ちゃんにキャス兄ちゃん」
「アルカくんが助かってよかった。でも、リベリオさんが……」
ルフィアがアルカを見る。パネルとなって少年に力を貸していた彼は、果たして無事なのだろうか。
「リベリオとは、いったい誰だ?」
「おう、ラインは知らねぇんだったな。説明するとだな……」
フェイラスト達が、ラインの眠っていた間に起きたことを説明する。
リベリオ・アポリオンのこと。
書物に記された初代アポリオンの記述は偽者の仕業であること。
アンディブ戦争で「悪魔に反逆した悪魔」であること。
アルカと固有魔力が近しく、力になることを自ら選んだこと。
「……で、どうすんだ。アルカ少年は取り戻したが、初代アポリオンの力は奪われちまった。取り返さねぇとろくなことにならねぇぞ」
「そうだね。僕達でまたアポリオンの屋敷に行くにしても、向こうに味方はいないし」
考え込む一同。聖南がおもむろにアルカへ問いかけた。
「アルカくんってさ、他に兄弟とかいるの?」
「きょうだい、いるよ。スカーお兄ちゃん、リュゼお兄ちゃん、アバリシアお姉ちゃんの三人だよ」
「アルカくんは末っ子なんだねぇ。こんなにかわいい弟が大変な目に遭ってるのに、助けてくれないなんて、酷い!」
聖南がぷくっと頬を膨らませる。ルフィアがアルカの隣の椅子に座った。
「お兄ちゃんとお姉ちゃんは、アルカくんに何をしたの?」
アルカは思い出す。追放される前の暴力の記憶を。先ほどまで自分の部屋に捕らわれていた瞬間を。体は震え出して、恐怖に涙が浮かんだ。
「……いっぱい、たたかれたの。なぐられて、けられたの。ボクが、弱くて、翼なしだから」
「兄弟にも攻撃されていたんだね。ごめんね、怖いこと思い出させたでしょう。……ごめんね」
「ううん、お姉ちゃんは、あやまらなくていいの。ボクが、弱いから。でも、初代さまの力をもらって、強くなったよ。パパはそれが欲しくてボクをおうちに連れて帰ったんだ。おへやにいたときも、お兄ちゃんとお姉ちゃんにけられたり、なぐられそうになった。でも、パネルさんが守ってくれた」
アルカから痛ましい出来事を聞かされて、五人は口を閉ざす。どうして、何故、アルカがこのような目に遭い続けなくてはいけないのか。しかし、弱肉強食の魔劫界で弱き者が淘汰されるのは必然のこと。リベリオの言っていたとおり自然の理である。
それでも。
自分達は関わったのだ。
ここで放り投げては、アポリオンの家と同じことをするだけ。
アルカを助けたい。
皆の気持ちは同じだった。
「アルカ、初代の力を取り返そう」
「ラインお兄ちゃん?」
「初代がお前を選び、力を継承した。ならば、お前が初代の力を扱えるようになるべきだ。強くなることで奴らを黙らせる。追放したことを後悔させるほどにな」
「でも、うばわれちゃった」
「だから取り返す。お前の父親をこれ以上放っておけば、必ずお前を殺しにやってくる。母親もお前のことを虐待していたなら、同じことをするだろう。暴力を振るう兄妹もな」
アルカの弱々しい細い双葉がぴこぴこ動いた。尻尾を揺らす。椅子から立ち上がって、ラインを見上げた。
「ボク、初代さま、助けたい」
真剣な眼差しでラインを見つめる。涙で潤んだ金色と水色の瞳に強き意思を灯した。
「助けたいの。だから、お兄ちゃん、手伝って」
「あぁ、もちろんだ」
ふっと微笑んで答える。アルカの頭を撫でてあげると、にっこりと笑った。
「やること決まったみたいだな。おっさんはどこまでもついていくぜ」
「あたし、一発ぶん殴らないと収まらないよ!」
「僕も、アルカくんを酷い目に遭わせたこと許さない!」
「リベリオさんを取り戻して、アルカくんを自由にしようね」
仲間達が意気軒昂と盛り上がる。聖南にいたっては、怒りでぐるると犬のようにうなっていた。
「アルカをアポリオンの家から解放する。束縛を断ち切る。……決まりだな」
ラインの言葉に皆がうなずく。しゃがんでアルカと目線を合わせた。
「アルカ。お前自身の運命に抗う時だ」
「ボクの、うんめい」
「俺がもらった言葉を、お前にも授けよう」
運命に抗え。
歴史を裏切れ。
未来を変えろ。
己の道を示してみせろ。
かつて破壊を司る者に授かった言葉をアルカにも伝える。アルカは言葉を反芻して心に刻み込む。
「うんめいに、あらがう」
「抗った先に、何が待ち受けているのか分からない。お前の目で確かめろ。いいな?」
「うん。わかった」
不意に、屋敷の固定転移紋が起動した。光から出てきたのは黒いのだ。ラインが立ち上がって彼女を確認する。慌てているように見えた。
「大変だよ。フォートレスシティ全体を包み込む巨大な術式の結界が生み出された。中にも入れないし外にも出られなくなってしまった」
ルフィア達が驚きの声を上げる。ラインとアルカは同じ人物を頭に思い浮かべていた。
「母さんは無事なのか?」
「ママはだいじょうぶ?」
「セレスお母さんは無事よ。ただ、深い眠りに陥ってる」
ラインは眉間にしわを寄せた。深い眠りに落ちた、というのは生理的現象ではないのか。しかし術式の結界が張られたとなれば、なんらかの術式に眠らされたと考えるのが正しい。
「ラインさん考えてるね?」
「カイムが何かしているな?」
「恐らく。アルカくんが使ってたパネルかね。あれが街の至るところにふよふよ浮いてるのよ。アルカくんが使ってたときと見た目が変わってたから、同じ力を使える人物が操作してるって筋で当たってると思う」
五人は納得した。アルカの父親カイムが何かしているに違いない。アルカがラインのコートをつまんで引っ張った。
「お兄ちゃん、ボク、いかなきゃ。パパを止めて、初代さまを助けるんだ」
「あぁ。ルフィア達も来てくれるな?」
皆の覚悟は決まっている。ならば、やることはひとつだけだ。
「カイムを止める。アルカに初代の力を取り返す。行くぞ、お前達」
皆がうなずいた。アルカも大きく首を縦に振る。
「クロノワ、アポリオンの屋敷をマークしておいてくれ」
「なんか動きがある感じ?」
「念のためだな。頼む」
「あいよ!」
黒いのは転移の紋に乗ってすぐに転移した。
固定転移紋に乗り、転送先をイメージする。
フォートレスシティへ。果たして何が起きているのだろうか。
「あ、あ……」
拘束の術式で身動きが取れない。パネル達も同じく。四角パネルが三日月の口を逆さまにして怒りを示していた。
「ケタ、ケタケ」
――アルカ、逃げろ。
四角パネルが語りかける。しかし、指すら動かせないこの状況で、どうやって。
「ククク、初代の力、どのようなものか味わってやろう」
カイムが術式の組成式を呼び出す。禍々しい紋に魔力が送り込まれた。
「やだ、パパ、やめて!」
アルカの悲鳴は届かず。カイムは黙々と作業を続けた。パネルが勝手に浮遊する。四角、三角、丸パネルが、紋に描かれた三角形の頂点に移動した。紋が黒く光る。アルカを囲んで、口を開き、舌を伸ばし、眼を見開いた。桃色の面がどす黒く変色する。緑のふちはよどんだ緑色に変わりトゲが生えた。
「パネルさん! 初代さま!」
「さぁ、力を私へ移すのだ!」
禍々しい紋が黒き光を放ちアルカを包み込む。
――「こちらイディオ。順調だ。そのまま剥ぎ取ってしまえ」
ゲヘナからのバックアップを受けて、黒き光はアルカについた初代アポリオンの力を剥ぎ取る。
「やめて! いたいよ、こわいよ! ねぇ、やめてよ、パパ!」
苦しみ悶えるアルカのことを一切無視して、カイムは非道な実験を続ける。愚息がどうなろうとかまわない。弱者に相応しくないものを剥ぎ取り、相応しい自分に移すのだから。
「ケタ、ケタ……ケ、タ」
「パ、ネル、さん」
四角パネルが苦しそうに何かを伝えようと声を絞り出す。剥離術式の光がアルカから初代アポリオンの力を剥ぎ取っていく。拘束の術式で動かない体をよじりながら、アルカはパネルに手を伸ばそうと必死でもがいた。
「……ケタ、ケ」
――……アル、カ。
瞬間、四角パネルが苦悶の叫びを上げる。
「ギィェエエエエエエ!」
パネルの叫びか、初代アポリオンの叫びか。四角パネルに呼応して三角、丸パネルも叫び声を上げた。
「パネルさん!!」
突如アルカから力が抜ける。初代の力が剥ぎ取られた瞬間だった。頭の双葉は細々としおれ、髪と肌のツヤが失われた。初代の力を継承する前の、弱いアルカに戻ったのだ。
「あ、あぁ……っ」
黒き光が収まった。三つのパネルは、ふちにトゲの生えた、黒色の面に変わっていた。
「さぁ、新たな宿主は私だ。私に来るのだ、初代アポリオン!」
三つのパネルは黒き光を放ち、ひとつに融合する。ひと塊となった光がカイムへ浸透した。
「クハハハ、これが、これが初代アポリオンの力か! 実によく体に馴染むぞ」
カイムは笑う。初代の力を手に入れた自分は無敵とさえ感じるほどに。
「パネル、しゃん……」
紋の上で横たわる小さな灯火を見る。初代の力が抜けて、元の弱々しい少年に戻ったアルカ。カイムはにやりと嗤う。
「イディオ実験長、この出来損ないはあなたにプレゼントしますよ。思う存分搾り取ってください」
――「初代アポリオンの力を継承した理由を探ってから、素材として有効活用させてもらうよ。どうも」
カイムはアルカの頭を鷲掴み、眼前へと持ってくる。
「貴様のような下賤な輩は、アポリオンの家に必要ない。初代の力を持ってきたことだけは褒めてやろう。だが、それまでだ」
アルカを放り投げる。受け身をとれず床に転がった。アルカは拘束の術式が解けていることに気がつく。体に力を込めるも、立ち上がることができなかった。急激な弱体化に体が追いついていないのだ。
「パパ……」
今のカイムは記憶の中の優しい父親ではない。虐待と折檻を繰り返す恐怖の存在だ。アルカはそれでも、あのときのような優しい父になってほしいと願っていた。
「出来損ないの分際で私を父と呼ぶな。貴様はもはや愚息ですらない。ただのゴミクズだ」
父の金の眼光が降り注ぐ。仮面の奥の瞳が嘲笑う。アルカは立ち上がって逃げたかった。けれど力が入らない。体がいうことをきかない。
助けて、お兄ちゃん。
そのとき、扉が勢いよく開け放たれた。駆け込む数人の足音。
「アルカ少年!」
「アルカくん!」
「遅れてごめんよ!」
「おまえー! アルカくんから離れろー!」
フェイラスト達がようやく辿り着いた。しかし、既に実験は終わっている。一足遅かった。
「ようこそ我が実験室へ」
わざとらしく丁寧にお辞儀をしてカイムは出迎える。フェイラストが舌打ちして返した。
「アルカ少年に何しやがった。また虐待を繰り返していたのか!?」
「ハハハ、そんなことをしても今は意味がない。……あぁ、もしかしてゴミクズを助けに来たのかなぁ? 苦労をかけたな。残念だが、ゴミクズでも最後まで搾取して捨てるつもりだ。イディオ実験長に渡す手筈になっていてねぇ。ククク」
カイムがいやらしく嗤う。手を広げると、影から何十匹もの蛇が鎌首をもたげた。威嚇の声を出した瞬間、宙を滑りながらフェイラスト達に襲いかかる。
「うわ、なにこいつ!」
散開してそれぞれ武器を構えた。聖南が鈴を鳴らして地の術式を起動し岩石を落とす。十匹程度の蛇は潰れて黒い染みとなった。
「アルカくんを返しなさい!」
「これはこれは創造源神さまのご息女。あなたの願いでもお応えできませんなぁ!」
ルフィアが放つ氷の術式が影の蛇とぶつかり合う。相殺して二つとも砕け散った。
「アルカくんを、よくも!」
「俗物が私に楯突いたところで、無駄な足掻きよ」
キャスライの一閃で十の蛇が斬り裂かれる。翅を広げて宙を舞い、襲い来る蛇をかわした。
「アルカ少年、待ってろよ!」
フェイラストが銃撃で蛇を撃ち落とす。目の端に違和感を覚えて飛び退くと、大きなパネル状の四角い物体が回転して通り過ぎた。
「今の、パネル……!?」
驚いたフェイラストがカイムを見る。彼の周囲には、四角、三角、丸パネルがいびつな姿になって浮かんでいた。
「おっと、外してしまった」
わざとらしく大きなリアクションをして、カイムは次なるパネルを射出する。隣に牙の生えたパネルを呼び出して、口から波動弾を放つ。フェイラストが紙一重で避けた。
「そのパネルは……!」
体勢を整えてカイムに銃口を向ける。魔眼でパネルを認識すると、アルカに継承されたはずのパネル達だと理解した。
「これか? これは初代アポリオンの力だ。ゴミクズに必要ないものは、私が有効活用するのが筋だろう?」
クハハハハハ。カイムの笑い声がこだまする。フェイラストがぎりと歯を強く噛んだ。
「てめぇ! アルカ少年から、無理やり力を奪ったってのかよ!」
魔眼でターゲッティング、即座に引き金を抜いた。浄化の力を含んだ弾丸は過たずカイムを狙う。だが、よどんだ黒いパネルが弾丸を全て防いだ。
「はっはは、便利な盾だな。私には、こちらの方が似合うかな?」
カイムが手をひねって指示を出すと、大量の影の蛇と黒いパネルが出現した。
「貴様ら俗物に耐えられるか」
いっせいに襲い来る脅威。フェイラストが跳び回りながら引き金を引く。
「アルカくんに、なんて酷いことを!」
「あたし、絶対絶対許さないんだから!」
「父親でも、自分の子どもにやっていいことと悪いことがあるよ!」
ルフィア、聖南、キャスライが怒りを示す。氷の術式がつぶてを伴って渦巻けば、地の術式で巨大な招き猫を落とす。消失と共に小判がじゃらじゃらまき散らされる。小判を蹴りながら不規則にキャスライが動き、蛇をパネルを断ち切った。
「パパ、もう、やめて」
アルカが這ってカイムの足に手を置いた。泣きそうな顔で懇願する。
「なんだゴミクズ。まだいたのか。貴様はさっさとゲヘナに送らないとなぁ!」
カイムがアルカを蹴り飛ばす。黒いパネルを何枚もアルカの周囲に現し、波動で拘束した。
「やめなさい!」
「アルカくんに乱暴するなー!!」
「自分の子どもなのに、どうしてそんなことかできるんだ!」
「アルカ少年に手ぇ出すんじゃねぇ!!」
怒号が飛び交う。気にも留めず、カイムは転移術式を起動した。
「パパ、やだ!」
アルカの下に転移の紋が広がる。フェイラストが駆け出す。カイムが転移を指示する。フェイラストは、間に合わない。
「くそがぁぁあっ!」
銃をガンホルダーに入れて手を伸ばすも届かない。瞬間、疾風がそばを駆け抜けた。疾風は転移寸前のアルカを取り上げる。転移するべき対象が何もないまま転移が起動した。
「ハハハ、これでゴミクズは消え去ったな。後は、貴様らを始末するだけだ」
カイムは気づいていない。当たり前だ。疾風の速さは神速。原初の存在にすら見破れぬ速度なのだから。
「アルカくんが、そんな」
気づいていないのはルフィア達もだった。聖南ががくりとへたり込む。キャスライが悲しげな顔をした直後、ピクリと耳に風が入った。
「まさか」
彼らの間に割って入る一陣の疾風。風の中心で紅のロングコートがはためいた。
「……待たせたな」
その場に響く低い声。すっと立ち上がった彼の腕の中には、先ほど転移されたはずのアルカが抱かれていた。
「馬鹿な、転移は成功したはずだ。何故、何故貴様がゴミクズを!」
カイムが動揺する。アルカは確かに転移したはずだ。何も見えなかったし、確かに消えたはずなのに。カイムが狼狽える。
「ライン・カスティーブ、貴様ァ!!」
紅の疾風――ラインはカイムを深海色の瞳で睨みつける。アルカを下ろして背後に回した。
「肉の実験素材となって、今ごろ知能の欠片もない魔物となっていたはずだろう! 何故だ、何故! 貴様がここにいる!」
「肉になり損ねたからな。それだけだ」
短く返答して、亜空間から星剣の柄を現す。左手に握る寸前、カイムの頭上に映像が浮かんだ。
「やぁ、実験体No.2081。君の担当のイディオ実験長だ」
にたりと笑うイディオが映し出された。ラインのそばにフェイラスト達もやってくる。
「ライン、助かったぜ」
「礼は後だ。……なんの用だ。今さら出てきたところで、お前の実験に付き合う気はないぞ」
「怖い怖い。そう睨まないでよ。ククク、そこの小さな子どもはカイムと取り引きしててね。その子を渡してもらおう。今すぐカイムの方へやるんだ」
イディオがアルカを指差す。アルカは怖くて震えてラインのコートをきゅっと掴んでいた。守るようにライン達が前に出る。
「お前のろくでもない実験素材にさせない。カイムにも渡さない。……消えてもらおう」
ラインがかっと目を開くと、熾天の炎によってイディオの映像が焼き切れた。火の粉がカイムの周囲に降り注ぐ。
「貴様如きに、ここで浄化されても困るからな。今は見逃してやろう。私の気分が変わる前にとっとと失せろ」
周囲に展開していた影の蛇と黒いパネルがカイムに戻っていく。憎き紅が復活したとあっては分が悪いと考えたようだ。カイムは仮面を直して金の眼光を向ける。
「今のうちだぞ? 早く屋敷から出ていくがいい」
「ライン、あいつをぶっ飛ばそうぜ」
「あたし、今すぐあいつぶん殴らないと気が済まない!」
「僕も同感」
「ううん、アルカくんは助かったもの。私達も一旦立て直すために引き下がろうよ」
仲間達が進言する。ラインはコートを掴むアルカの手が震えていることに気づいていた。恐怖に耐える少年のために今は引くべきだ。
「今は抑えろ。アルカは助かった。この屋敷にいるだけで、俺達の不利になる。アポリオンの血筋しかいない屋敷だ。アルカ以外にも子どもがいるはず」
ラインの読みは正しかった。魔力感知で気配を察すると、入り口の扉に三人の気配を感じた。
「ライン、マジで帰るのかよ!」
「やだー! 今すぐぶん殴るー!」
「一旦落ち着け。……お前の言う通り、そうさせてもらおう」
「それはよかった。よい判断だ。ククク」
聖南とキャスライが歯を剥き出しにして怒りを示しているが、ラインがなだめて落ち着かせた。転移の紋を開き、六人は屋敷へと帰った。
「……ククク、あとはじっくりと体に馴染ませるだけだ」
カイムが嗤う。ご機嫌に実験室で作業を始めた。扉の前にいた三人の兄妹も、彼の実験に付き合った。
*******
日が傾いていた。
屋敷に戻ってきたライン達は、まずアルカの心配をした。ルフィアが治癒術をかけて傷を癒す。フェイラストがキッチンから適当に菓子と水を持ってきた。聖南とキャスライが怒り収まらずむくれている。
アルカを椅子に座らせて、テーブルに菓子と水を置いて。一段落ついたと安堵のため息を吐いた。
「アルカ少年、痛いとことかねぇか?」
「ルフィアお姉ちゃんが、なおしてくれたよ」
「アルカくん、ほんとに大丈夫!?」
「何かあったらすぐに僕達に言ってね!」
「ありがと、聖姉ちゃんにキャス兄ちゃん」
「アルカくんが助かってよかった。でも、リベリオさんが……」
ルフィアがアルカを見る。パネルとなって少年に力を貸していた彼は、果たして無事なのだろうか。
「リベリオとは、いったい誰だ?」
「おう、ラインは知らねぇんだったな。説明するとだな……」
フェイラスト達が、ラインの眠っていた間に起きたことを説明する。
リベリオ・アポリオンのこと。
書物に記された初代アポリオンの記述は偽者の仕業であること。
アンディブ戦争で「悪魔に反逆した悪魔」であること。
アルカと固有魔力が近しく、力になることを自ら選んだこと。
「……で、どうすんだ。アルカ少年は取り戻したが、初代アポリオンの力は奪われちまった。取り返さねぇとろくなことにならねぇぞ」
「そうだね。僕達でまたアポリオンの屋敷に行くにしても、向こうに味方はいないし」
考え込む一同。聖南がおもむろにアルカへ問いかけた。
「アルカくんってさ、他に兄弟とかいるの?」
「きょうだい、いるよ。スカーお兄ちゃん、リュゼお兄ちゃん、アバリシアお姉ちゃんの三人だよ」
「アルカくんは末っ子なんだねぇ。こんなにかわいい弟が大変な目に遭ってるのに、助けてくれないなんて、酷い!」
聖南がぷくっと頬を膨らませる。ルフィアがアルカの隣の椅子に座った。
「お兄ちゃんとお姉ちゃんは、アルカくんに何をしたの?」
アルカは思い出す。追放される前の暴力の記憶を。先ほどまで自分の部屋に捕らわれていた瞬間を。体は震え出して、恐怖に涙が浮かんだ。
「……いっぱい、たたかれたの。なぐられて、けられたの。ボクが、弱くて、翼なしだから」
「兄弟にも攻撃されていたんだね。ごめんね、怖いこと思い出させたでしょう。……ごめんね」
「ううん、お姉ちゃんは、あやまらなくていいの。ボクが、弱いから。でも、初代さまの力をもらって、強くなったよ。パパはそれが欲しくてボクをおうちに連れて帰ったんだ。おへやにいたときも、お兄ちゃんとお姉ちゃんにけられたり、なぐられそうになった。でも、パネルさんが守ってくれた」
アルカから痛ましい出来事を聞かされて、五人は口を閉ざす。どうして、何故、アルカがこのような目に遭い続けなくてはいけないのか。しかし、弱肉強食の魔劫界で弱き者が淘汰されるのは必然のこと。リベリオの言っていたとおり自然の理である。
それでも。
自分達は関わったのだ。
ここで放り投げては、アポリオンの家と同じことをするだけ。
アルカを助けたい。
皆の気持ちは同じだった。
「アルカ、初代の力を取り返そう」
「ラインお兄ちゃん?」
「初代がお前を選び、力を継承した。ならば、お前が初代の力を扱えるようになるべきだ。強くなることで奴らを黙らせる。追放したことを後悔させるほどにな」
「でも、うばわれちゃった」
「だから取り返す。お前の父親をこれ以上放っておけば、必ずお前を殺しにやってくる。母親もお前のことを虐待していたなら、同じことをするだろう。暴力を振るう兄妹もな」
アルカの弱々しい細い双葉がぴこぴこ動いた。尻尾を揺らす。椅子から立ち上がって、ラインを見上げた。
「ボク、初代さま、助けたい」
真剣な眼差しでラインを見つめる。涙で潤んだ金色と水色の瞳に強き意思を灯した。
「助けたいの。だから、お兄ちゃん、手伝って」
「あぁ、もちろんだ」
ふっと微笑んで答える。アルカの頭を撫でてあげると、にっこりと笑った。
「やること決まったみたいだな。おっさんはどこまでもついていくぜ」
「あたし、一発ぶん殴らないと収まらないよ!」
「僕も、アルカくんを酷い目に遭わせたこと許さない!」
「リベリオさんを取り戻して、アルカくんを自由にしようね」
仲間達が意気軒昂と盛り上がる。聖南にいたっては、怒りでぐるると犬のようにうなっていた。
「アルカをアポリオンの家から解放する。束縛を断ち切る。……決まりだな」
ラインの言葉に皆がうなずく。しゃがんでアルカと目線を合わせた。
「アルカ。お前自身の運命に抗う時だ」
「ボクの、うんめい」
「俺がもらった言葉を、お前にも授けよう」
運命に抗え。
歴史を裏切れ。
未来を変えろ。
己の道を示してみせろ。
かつて破壊を司る者に授かった言葉をアルカにも伝える。アルカは言葉を反芻して心に刻み込む。
「うんめいに、あらがう」
「抗った先に、何が待ち受けているのか分からない。お前の目で確かめろ。いいな?」
「うん。わかった」
不意に、屋敷の固定転移紋が起動した。光から出てきたのは黒いのだ。ラインが立ち上がって彼女を確認する。慌てているように見えた。
「大変だよ。フォートレスシティ全体を包み込む巨大な術式の結界が生み出された。中にも入れないし外にも出られなくなってしまった」
ルフィア達が驚きの声を上げる。ラインとアルカは同じ人物を頭に思い浮かべていた。
「母さんは無事なのか?」
「ママはだいじょうぶ?」
「セレスお母さんは無事よ。ただ、深い眠りに陥ってる」
ラインは眉間にしわを寄せた。深い眠りに落ちた、というのは生理的現象ではないのか。しかし術式の結界が張られたとなれば、なんらかの術式に眠らされたと考えるのが正しい。
「ラインさん考えてるね?」
「カイムが何かしているな?」
「恐らく。アルカくんが使ってたパネルかね。あれが街の至るところにふよふよ浮いてるのよ。アルカくんが使ってたときと見た目が変わってたから、同じ力を使える人物が操作してるって筋で当たってると思う」
五人は納得した。アルカの父親カイムが何かしているに違いない。アルカがラインのコートをつまんで引っ張った。
「お兄ちゃん、ボク、いかなきゃ。パパを止めて、初代さまを助けるんだ」
「あぁ。ルフィア達も来てくれるな?」
皆の覚悟は決まっている。ならば、やることはひとつだけだ。
「カイムを止める。アルカに初代の力を取り返す。行くぞ、お前達」
皆がうなずいた。アルカも大きく首を縦に振る。
「クロノワ、アポリオンの屋敷をマークしておいてくれ」
「なんか動きがある感じ?」
「念のためだな。頼む」
「あいよ!」
黒いのは転移の紋に乗ってすぐに転移した。
固定転移紋に乗り、転送先をイメージする。
フォートレスシティへ。果たして何が起きているのだろうか。
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