Ancient Artifact(エンシェント アーティファクト)

黒之輪

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第五章 勇敢なる者

114.奪われる力

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 連行されたアルカは、カイムの実験室に入れられた。高い天井からステンドグラスの光が下りている。拘束したアルカを禍々しい紋の中心にセットした。

「あ、あ……」

 拘束の術式で身動きが取れない。パネル達も同じく。四角パネルが三日月の口を逆さまにして怒りを示していた。

「ケタ、ケタケ」
 ――アルカ、逃げろ。

 四角パネルが語りかける。しかし、指すら動かせないこの状況で、どうやって。

「ククク、初代の力、どのようなものか味わってやろう」

 カイムが術式の組成式を呼び出す。禍々しい紋に魔力が送り込まれた。

「やだ、パパ、やめて!」

 アルカの悲鳴は届かず。カイムは黙々と作業を続けた。パネルが勝手に浮遊する。四角、三角、丸パネルが、紋に描かれた三角形の頂点に移動した。紋が黒く光る。アルカを囲んで、口を開き、舌を伸ばし、眼を見開いた。桃色の面がどす黒く変色する。緑のふちはよどんだ緑色に変わりトゲが生えた。

「パネルさん! 初代さま!」
「さぁ、力を私へ移すのだ!」

 禍々しい紋が黒き光を放ちアルカを包み込む。

 ――「こちらイディオ。順調だ。そのまま剥ぎ取ってしまえ」

 ゲヘナからのバックアップを受けて、黒き光はアルカについた初代アポリオンの力を剥ぎ取る。

「やめて! いたいよ、こわいよ! ねぇ、やめてよ、パパ!」

 苦しみ悶えるアルカのことを一切無視して、カイムは非道な実験を続ける。愚息がどうなろうとかまわない。弱者に相応しくないものを剥ぎ取り、相応しい自分に移すのだから。

「ケタ、ケタ……ケ、タ」
「パ、ネル、さん」

 四角パネルが苦しそうに何かを伝えようと声を絞り出す。剥離術式の光がアルカから初代アポリオンの力を剥ぎ取っていく。拘束の術式で動かない体をよじりながら、アルカはパネルに手を伸ばそうと必死でもがいた。

「……ケタ、ケ」
 ――……アル、カ。

 瞬間、四角パネルが苦悶の叫びを上げる。

「ギィェエエエエエエ!」

 パネルの叫びか、初代アポリオンの叫びか。四角パネルに呼応して三角、丸パネルも叫び声を上げた。

「パネルさん!!」

 突如アルカから力が抜ける。初代の力が剥ぎ取られた瞬間だった。頭の双葉は細々としおれ、髪と肌のツヤが失われた。初代の力を継承する前の、弱いアルカに戻ったのだ。

「あ、あぁ……っ」

 黒き光が収まった。三つのパネルは、ふちにトゲの生えた、黒色の面に変わっていた。

「さぁ、新たな宿主は私だ。私に来るのだ、初代アポリオン!」

 三つのパネルは黒き光を放ち、ひとつに融合する。ひと塊となった光がカイムへ浸透した。

「クハハハ、これが、これが初代アポリオンの力か! 実によく体に馴染むぞ」

 カイムは笑う。初代の力を手に入れた自分は無敵とさえ感じるほどに。

「パネル、しゃん……」

 紋の上で横たわる小さな灯火を見る。初代の力が抜けて、元の弱々しい少年に戻ったアルカ。カイムはにやりと嗤う。

「イディオ実験長、この出来損ないはあなたにプレゼントしますよ。思う存分搾り取ってください」

 ――「初代アポリオンの力を継承した理由を探ってから、素材として有効活用させてもらうよ。どうも」

 カイムはアルカの頭を鷲掴み、眼前へと持ってくる。

「貴様のような下賤げせんな輩は、アポリオンの家に必要ない。初代の力を持ってきたことだけは褒めてやろう。だが、それまでだ」

 アルカを放り投げる。受け身をとれず床に転がった。アルカは拘束の術式が解けていることに気がつく。体に力を込めるも、立ち上がることができなかった。急激な弱体化に体が追いついていないのだ。

「パパ……」

 今のカイムは記憶の中の優しい父親ではない。虐待と折檻を繰り返す恐怖の存在だ。アルカはそれでも、あのときのような優しい父になってほしいと願っていた。

「出来損ないの分際で私を父と呼ぶな。貴様はもはや愚息ですらない。ただのゴミクズだ」

 父の金の眼光が降り注ぐ。仮面の奥の瞳が嘲笑う。アルカは立ち上がって逃げたかった。けれど力が入らない。体がいうことをきかない。

 助けて、お兄ちゃん。

 そのとき、扉が勢いよく開け放たれた。駆け込む数人の足音。

「アルカ少年!」
「アルカくん!」
「遅れてごめんよ!」
「おまえー! アルカくんから離れろー!」

 フェイラスト達がようやく辿り着いた。しかし、既に実験は終わっている。一足遅かった。

「ようこそ我が実験室へ」

 わざとらしく丁寧にお辞儀をしてカイムは出迎える。フェイラストが舌打ちして返した。

「アルカ少年に何しやがった。また虐待を繰り返していたのか!?」
「ハハハ、そんなことをしても今は意味がない。……あぁ、もしかしてゴミクズを助けに来たのかなぁ? 苦労をかけたな。残念だが、ゴミクズでも最後まで搾取して捨てるつもりだ。イディオ実験長に渡す手筈になっていてねぇ。ククク」

 カイムがいやらしく嗤う。手を広げると、影から何十匹もの蛇が鎌首をもたげた。威嚇の声を出した瞬間、宙を滑りながらフェイラスト達に襲いかかる。

「うわ、なにこいつ!」

 散開してそれぞれ武器を構えた。聖南が鈴を鳴らして地の術式を起動し岩石を落とす。十匹程度の蛇は潰れて黒い染みとなった。

「アルカくんを返しなさい!」
「これはこれは創造源神さまのご息女。あなたの願いでもお応えできませんなぁ!」

 ルフィアが放つ氷の術式が影の蛇とぶつかり合う。相殺して二つとも砕け散った。

「アルカくんを、よくも!」
「俗物が私に楯突いたところで、無駄な足掻きよ」

 キャスライの一閃で十の蛇が斬り裂かれる。翅を広げて宙を舞い、襲い来る蛇をかわした。

「アルカ少年、待ってろよ!」

 フェイラストが銃撃で蛇を撃ち落とす。目の端に違和感を覚えて飛び退くと、大きなパネル状の四角い物体が回転して通り過ぎた。

「今の、パネル……!?」

 驚いたフェイラストがカイムを見る。彼の周囲には、四角、三角、丸パネルがいびつな姿になって浮かんでいた。

「おっと、外してしまった」

 わざとらしく大きなリアクションをして、カイムは次なるパネルを射出する。隣に牙の生えたパネルを呼び出して、口から波動弾を放つ。フェイラストが紙一重で避けた。

「そのパネルは……!」

 体勢を整えてカイムに銃口を向ける。魔眼でパネルを認識すると、アルカに継承されたはずのパネル達だと理解した。

「これか? これは初代アポリオンの力だ。ゴミクズに必要ないものは、私が有効活用するのが筋だろう?」

 クハハハハハ。カイムの笑い声がこだまする。フェイラストがぎりと歯を強く噛んだ。

「てめぇ! アルカ少年から、無理やり力を奪ったってのかよ!」

 魔眼でターゲッティング、即座に引き金を抜いた。浄化の力を含んだ弾丸は過たずカイムを狙う。だが、よどんだ黒いパネルが弾丸を全て防いだ。

「はっはは、便利な盾だな。私には、こちらの方が似合うかな?」

 カイムが手をひねって指示を出すと、大量の影の蛇と黒いパネルが出現した。

「貴様ら俗物に耐えられるか」

 いっせいに襲い来る脅威。フェイラストが跳び回りながら引き金を引く。

「アルカくんに、なんて酷いことを!」
「あたし、絶対絶対許さないんだから!」
「父親でも、自分の子どもにやっていいことと悪いことがあるよ!」

 ルフィア、聖南、キャスライが怒りを示す。氷の術式がつぶてを伴って渦巻けば、地の術式で巨大な招き猫を落とす。消失と共に小判がじゃらじゃらまき散らされる。小判を蹴りながら不規則にキャスライが動き、蛇をパネルを断ち切った。

「パパ、もう、やめて」

 アルカが這ってカイムの足に手を置いた。泣きそうな顔で懇願する。

「なんだゴミクズ。まだいたのか。貴様はさっさとゲヘナに送らないとなぁ!」

 カイムがアルカを蹴り飛ばす。黒いパネルを何枚もアルカの周囲に現し、波動で拘束した。

「やめなさい!」
「アルカくんに乱暴するなー!!」
「自分の子どもなのに、どうしてそんなことかできるんだ!」
「アルカ少年に手ぇ出すんじゃねぇ!!」

 怒号が飛び交う。気にも留めず、カイムは転移術式を起動した。

「パパ、やだ!」

 アルカの下に転移の紋が広がる。フェイラストが駆け出す。カイムが転移を指示する。フェイラストは、間に合わない。

「くそがぁぁあっ!」

 銃をガンホルダーに入れて手を伸ばすも届かない。瞬間、疾風がそばを駆け抜けた。疾風は転移寸前のアルカを取り上げる。転移するべき対象が何もないまま転移が起動した。

「ハハハ、これでゴミクズは消え去ったな。後は、貴様らを始末するだけだ」

 カイムは気づいていない。当たり前だ。疾風の速さは神速。原初の存在にすら見破れぬ速度なのだから。

「アルカくんが、そんな」

 気づいていないのはルフィア達もだった。聖南ががくりとへたり込む。キャスライが悲しげな顔をした直後、ピクリと耳に風が入った。

「まさか」

 彼らの間に割って入る一陣の疾風。風の中心で紅のロングコートがはためいた。

「……待たせたな」

 その場に響く低い声。すっと立ち上がった彼の腕の中には、先ほど転移されたはずのアルカが抱かれていた。

「馬鹿な、転移は成功したはずだ。何故、何故貴様がゴミクズを!」

 カイムが動揺する。アルカは確かに転移したはずだ。何も見えなかったし、確かに消えたはずなのに。カイムが狼狽える。

「ライン・カスティーブ、貴様ァ!!」

 紅の疾風――ラインはカイムを深海色の瞳で睨みつける。アルカを下ろして背後に回した。

「肉の実験素材となって、今ごろ知能の欠片もない魔物となっていたはずだろう! 何故だ、何故! 貴様がここにいる!」
「肉になり損ねたからな。それだけだ」

 短く返答して、亜空間から星剣の柄を現す。左手に握る寸前、カイムの頭上に映像が浮かんだ。

「やぁ、実験体No.2081。君の担当のイディオ実験長だ」

 にたりと笑うイディオが映し出された。ラインのそばにフェイラスト達もやってくる。

「ライン、助かったぜ」
「礼は後だ。……なんの用だ。今さら出てきたところで、お前の実験に付き合う気はないぞ」

「怖い怖い。そう睨まないでよ。ククク、そこの小さな子どもはカイムと取り引きしててね。その子を渡してもらおう。今すぐカイムの方へやるんだ」

 イディオがアルカを指差す。アルカは怖くて震えてラインのコートをきゅっと掴んでいた。守るようにライン達が前に出る。

「お前のろくでもない実験素材にさせない。カイムにも渡さない。……消えてもらおう」

 ラインがかっと目を開くと、熾天の炎によってイディオの映像が焼き切れた。火の粉がカイムの周囲に降り注ぐ。

「貴様如きに、ここで浄化されても困るからな。今は見逃してやろう。私の気分が変わる前にとっとと失せろ」

 周囲に展開していた影の蛇と黒いパネルがカイムに戻っていく。憎き紅が復活したとあっては分が悪いと考えたようだ。カイムは仮面を直して金の眼光を向ける。

「今のうちだぞ? 早く屋敷から出ていくがいい」
「ライン、あいつをぶっ飛ばそうぜ」
「あたし、今すぐあいつぶん殴らないと気が済まない!」
「僕も同感」
「ううん、アルカくんは助かったもの。私達も一旦立て直すために引き下がろうよ」

 仲間達が進言する。ラインはコートを掴むアルカの手が震えていることに気づいていた。恐怖に耐える少年のために今は引くべきだ。

「今は抑えろ。アルカは助かった。この屋敷にいるだけで、俺達の不利になる。アポリオンの血筋しかいない屋敷だ。アルカ以外にも子どもがいるはず」

 ラインの読みは正しかった。魔力感知で気配を察すると、入り口の扉に三人の気配を感じた。

「ライン、マジで帰るのかよ!」
「やだー! 今すぐぶん殴るー!」
「一旦落ち着け。……お前の言う通り、そうさせてもらおう」
「それはよかった。よい判断だ。ククク」

 聖南とキャスライが歯を剥き出しにして怒りを示しているが、ラインがなだめて落ち着かせた。転移の紋を開き、六人は屋敷へと帰った。

「……ククク、あとはじっくりと体に馴染ませるだけだ」

 カイムが嗤う。ご機嫌に実験室で作業を始めた。扉の前にいた三人の兄妹も、彼の実験に付き合った。

*******

 日が傾いていた。
 屋敷に戻ってきたライン達は、まずアルカの心配をした。ルフィアが治癒術をかけて傷を癒す。フェイラストがキッチンから適当に菓子と水を持ってきた。聖南とキャスライが怒り収まらずむくれている。

 アルカを椅子に座らせて、テーブルに菓子と水を置いて。一段落ついたと安堵のため息を吐いた。

「アルカ少年、痛いとことかねぇか?」
「ルフィアお姉ちゃんが、なおしてくれたよ」
「アルカくん、ほんとに大丈夫!?」
「何かあったらすぐに僕達に言ってね!」
「ありがと、聖姉ちゃんにキャス兄ちゃん」
「アルカくんが助かってよかった。でも、リベリオさんが……」

 ルフィアがアルカを見る。パネルとなって少年に力を貸していた彼は、果たして無事なのだろうか。

「リベリオとは、いったい誰だ?」
「おう、ラインは知らねぇんだったな。説明するとだな……」

 フェイラスト達が、ラインの眠っていた間に起きたことを説明する。

 リベリオ・アポリオンのこと。
 書物に記された初代アポリオンの記述は偽者の仕業であること。
 アンディブ戦争で「悪魔に反逆した悪魔」であること。
 アルカと固有魔力が近しく、力になることを自ら選んだこと。

「……で、どうすんだ。アルカ少年は取り戻したが、初代アポリオンの力は奪われちまった。取り返さねぇとろくなことにならねぇぞ」
「そうだね。僕達でまたアポリオンの屋敷に行くにしても、向こうに味方はいないし」

 考え込む一同。聖南がおもむろにアルカへ問いかけた。

「アルカくんってさ、他に兄弟とかいるの?」
「きょうだい、いるよ。スカーお兄ちゃん、リュゼお兄ちゃん、アバリシアお姉ちゃんの三人だよ」
「アルカくんは末っ子なんだねぇ。こんなにかわいい弟が大変な目に遭ってるのに、助けてくれないなんて、酷い!」

 聖南がぷくっと頬を膨らませる。ルフィアがアルカの隣の椅子に座った。

「お兄ちゃんとお姉ちゃんは、アルカくんに何をしたの?」

 アルカは思い出す。追放される前の暴力の記憶を。先ほどまで自分の部屋に捕らわれていた瞬間を。体は震え出して、恐怖に涙が浮かんだ。

「……いっぱい、たたかれたの。なぐられて、けられたの。ボクが、弱くて、翼なしだから」
「兄弟にも攻撃されていたんだね。ごめんね、怖いこと思い出させたでしょう。……ごめんね」
「ううん、お姉ちゃんは、あやまらなくていいの。ボクが、弱いから。でも、初代さまの力をもらって、強くなったよ。パパはそれが欲しくてボクをおうちに連れて帰ったんだ。おへやにいたときも、お兄ちゃんとお姉ちゃんにけられたり、なぐられそうになった。でも、パネルさんが守ってくれた」

 アルカから痛ましい出来事を聞かされて、五人は口を閉ざす。どうして、何故、アルカがこのような目に遭い続けなくてはいけないのか。しかし、弱肉強食の魔劫界ディスアペイアで弱き者が淘汰されるのは必然のこと。リベリオの言っていたとおり自然のことわりである。

 それでも。
 自分達は関わったのだ。
 ここで放り投げては、アポリオンの家と同じことをするだけ。

 アルカを助けたい。

 皆の気持ちは同じだった。

「アルカ、初代の力を取り返そう」
「ラインお兄ちゃん?」
「初代がお前を選び、力を継承した。ならば、お前が初代の力を扱えるようになるべきだ。強くなることで奴らを黙らせる。追放したことを後悔させるほどにな」
「でも、うばわれちゃった」
「だから取り返す。お前の父親をこれ以上放っておけば、必ずお前を殺しにやってくる。母親もお前のことを虐待していたなら、同じことをするだろう。暴力を振るう兄妹もな」

 アルカの弱々しい細い双葉がぴこぴこ動いた。尻尾を揺らす。椅子から立ち上がって、ラインを見上げた。

「ボク、初代さま、助けたい」

 真剣な眼差しでラインを見つめる。涙で潤んだ金色と水色の瞳に強き意思を灯した。

「助けたいの。だから、お兄ちゃん、手伝って」
「あぁ、もちろんだ」

 ふっと微笑んで答える。アルカの頭を撫でてあげると、にっこりと笑った。

「やること決まったみたいだな。おっさんはどこまでもついていくぜ」
「あたし、一発ぶん殴らないと収まらないよ!」
「僕も、アルカくんを酷い目に遭わせたこと許さない!」
「リベリオさんを取り戻して、アルカくんを自由にしようね」

 仲間達が意気軒昂と盛り上がる。聖南にいたっては、怒りでぐるると犬のようにうなっていた。

「アルカをアポリオンの家から解放する。束縛を断ち切る。……決まりだな」

 ラインの言葉に皆がうなずく。しゃがんでアルカと目線を合わせた。

「アルカ。お前自身の運命に抗う時だ」
「ボクの、うんめい」
「俺がもらった言葉を、お前にも授けよう」

 運命に抗え。
 歴史を裏切れ。
 未来を変えろ。
 己の道を示してみせろ。

 かつて破壊を司る者に授かった言葉をアルカにも伝える。アルカは言葉を反芻して心に刻み込む。

「うんめいに、あらがう」
「抗った先に、何が待ち受けているのか分からない。お前の目で確かめろ。いいな?」
「うん。わかった」

 不意に、屋敷の固定転移紋が起動した。光から出てきたのは黒いのだ。ラインが立ち上がって彼女を確認する。慌てているように見えた。

「大変だよ。フォートレスシティ全体を包み込む巨大な術式の結界が生み出された。中にも入れないし外にも出られなくなってしまった」

 ルフィア達が驚きの声を上げる。ラインとアルカは同じ人物を頭に思い浮かべていた。

「母さんは無事なのか?」
「ママはだいじょうぶ?」
「セレスお母さんは無事よ。ただ、深い眠りに陥ってる」

 ラインは眉間にしわを寄せた。深い眠りに落ちた、というのは生理的現象ではないのか。しかし術式の結界が張られたとなれば、なんらかの術式に眠らされたと考えるのが正しい。

「ラインさん考えてるね?」
「カイムが何かしているな?」
「恐らく。アルカくんが使ってたパネルかね。あれが街の至るところにふよふよ浮いてるのよ。アルカくんが使ってたときと見た目が変わってたから、同じ力を使える人物が操作してるって筋で当たってると思う」

 五人は納得した。アルカの父親カイムが何かしているに違いない。アルカがラインのコートをつまんで引っ張った。

「お兄ちゃん、ボク、いかなきゃ。パパを止めて、初代さまを助けるんだ」
「あぁ。ルフィア達も来てくれるな?」

 皆の覚悟は決まっている。ならば、やることはひとつだけだ。

「カイムを止める。アルカに初代の力を取り返す。行くぞ、お前達」

 皆がうなずいた。アルカも大きく首を縦に振る。

「クロノワ、アポリオンの屋敷をマークしておいてくれ」
「なんか動きがある感じ?」
「念のためだな。頼む」
「あいよ!」

 黒いのは転移の紋に乗ってすぐに転移した。

 固定転移紋に乗り、転送先をイメージする。
 フォートレスシティへ。果たして何が起きているのだろうか。
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