Ancient Artifact(エンシェント アーティファクト)

黒之輪

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第六章 繁殖を求める異端

127.【中編】グロウス孤児院

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 宿で一夜を過ごし、ラインとアルカは朝食を食べて身支度をして、まっすぐグロウス孤児院に向かった。門の前では先生が客人の応対をしていた。ちょうど帰るところのようだ。客人が帰るのを待って、二人は先生に取り合う。先生は快く中に招き入れた。

「たくさん遊ぼー!」
「やれやれ、とばしすぎも気をつけろよ」

 アルカの元気のよさにラインが笑う。少年はラインを見上げてむふふと笑った。

「昨日の午後からも遊んだというのに、全く元気な奴め」
「えへへ、だってー」
「まぁいい。俺は俺で付き合うとしよう」
「わぁい!」

 二人は孤児院に入っていく。その後ろ姿を影から見ている者がいたことに気づかなかった。

*******

 中に入ると、広間で遊んでいた子ども達が二人をすぐに見つけた。先生に案内されてきた二人にわらわらと群がる。

「ねぇねぇ、あそぼ!」
「またおもしろいことおしえてくれよ!」

 子ども達はラインとアルカに興味津々だ。先生が一旦子ども達を管轄の先生に返して、二人を院長室に案内した。

「はいはい、いらっしゃいな」

 扉を開けると、デスクを前に仕事をこなす院長リンダ・グロウスがいた。ラインとアルカを見て満面の笑顔を浮かべる。

「今日も来てくださってありがとう。子ども達も喜ぶわ」
「招いてくれてありがとうございます。それで、今日は何をしましょうか?」

 ラインが問いかけると、リンダはうーん、と悩んでひらめく。

「そうね、ラインさんには少し協力をお願いしたいのだけど、よろしくて?」
「なんでも言ってください。仕事の邪魔にならない程度にこなしますよ」
「そう。ふふ、じゃあね、折り入って相談があるの。依頼屋クライアさんとして引き受けてくださるかしら?」
依頼屋クライアとして?」
「今から来る人とお話ししてほしいのよ。もちろんわたしも同席するわ。アルカくんにもお手伝いしてほしいのだけど、いいかしら?」
「はい、がんばります!」
「よし、それじゃあ頑張りましょう」

 トントン、とノック音がした。入ってきたのは細身の男だ。貴族然とした装いに、緑の短髪が後ろへ撫でつけて整えられている。書類の入った封筒を抱えていた。

「リンダ院長、……と、こちらのかたは?」
「ご苦労様、レムールさん。こちらのかたは、ラインさんとアルカくんよ。ベッティを助けてくれたの」

 リンダの話を聞いて、レムールと呼ばれた男は目を輝かせる。

「あのベッティくんを助けたんですか。それはすごい」
「ボクが助けたんだよ!」
「こんな子どもが助けてくれたのかい!? それはすごいなぁ!」

 彼がしゃがんでアルカに視線を合わせる。アルカが自信ありげにむふふと笑った。

「……で、リンダ院長、話してほしい人物というのは、彼ですか?」
「そう。彼はレムール・ラルヴァさんよ。この孤児院を良くしてくれる頼もしいかたなのよ~」

 紹介された男――レムール・ラルヴァは立ち上がって一礼した。

「紹介に預かりました、レムール・ラルヴァと申します! リンダ・グロウス院長の経営する孤児院の補助をしています。よろしくお願いします!」

 礼儀正しく一礼して、ラインに向き直る。少し興奮気味だ。

「まさか、ラインさんって、あの有名な依頼屋クライアの紅の疾風さんですか?」
「そうだが、どうした?」
「いやぁ、僕、ファンなんですよ! まさか本物に会えるなんて思ってもみませんでした。握手してもらってもいいですか!」

 差し出された手を交わす。握手したとき、ラインに違和感があった。

(今、何かチクリとしたような)

 しかし一瞬だったため確証はない。手についていたゴミが、握手したときに悪さしたのだろうと考えた。

「はぁー! 夢のようだ……! ありがとうございます!」

 興奮気味のレムールだが、はっとしてかぶりを振って封筒を開けた。一部始終を見てにこにこしていたリンダの前に書類を差し出す。

「こちら、以前おっしゃっていた土地利用の話です。子ども達のため近くに公園を設立したいとの話、国王と町長に話を聞いてもらえました」

 リンダがメガネを直して書類を受け取り、ぱらぱらとめくって内容を読み取る。

「いい具合に進められてるわね。これなら公園の設立できそうね」
「はい。しかし、資金がもう少し足りず。国王にも頼んだのですが、議会で議題に上げてもいまいち反応がなくて……」
「そうなのよね。わたしも出せるだけ出すつもりだけれど。で、そこでラインさんなのよ」
「そこで俺、とは。話の流れからして、俺が資金援助をすればいいのですか?」
「そう、あなたなの。依頼屋クライアさんとしてお願いするわ。もちろん依頼屋クライアさんの仁義に則って報酬は出します」
「内容は?」

 リンダが口角を上げる。メガネがきらりと光った。

「公園設立のための資金、残り三百万ゴルフォスの調達。あなたほど力のある依頼屋クライアさんなら、きっとできるはずよ」

 三百万ゴルフォス。平屋の家が一軒建つほどの金額だ。それを調達するには高額賞金首を狙って仕事をこなす他ない。

「やりますよ。それくらいなら俺にもできます」
「お兄ちゃん、できる?」

 難しい話で暇そうにしていたアルカがコートを引っ張る。三百万というとてつもない金額にびっくりして頭の双葉がぴーんと立っていた。ラインは心配そうな眼差しで見上げてくるアルカの頭を撫でる。

「心配するな。お前は俺が出ている間、孤児院にいるか?」
「うん。みんなといっしょに、お勉強したい!」
「院長、アルカを預けても大丈夫ですか?」
「えぇ、大丈夫よ。あら、まさか今から出るのですか?」
「善は急げと言いますから」
「あらあらまぁまぁ、嬉しいわねぇ。そうそう、報酬は」
「報酬はアルカを大事に預かってください。それで契約成立です」
「えぇ!? いや、だってきちんとした報酬を……!」
「これは俺の気まぐれです。なので、お気になさらず」

 ラインの申し出にリンダは固まる。

 危険な依頼をするのだから、相応の報酬を考えていたのに。値上げされることも覚悟の上だった。だのに、アルカを預かる、という報酬を自分から希望するなんて。

 リンダはぽかんとしていたが、次第に笑みがこぼれた。

「あはは、そんな、ラインさん! 依頼と報酬が釣り合いませんよ!」
「いいんです。それに、俺には今やるべきことがあるので」
「やるべきこと?」
「それは言えません。それに比べたら、今回の依頼は軽い方です」

 ラインがふっと笑う。リンダはそれを見て上品に笑った。

「……分かりました。これ以上言っても曲がりそうにないですもの。大事なアルカくんをお預かり致します。依頼屋クライアさん、お気をつけて」
「はい」

 熱い視線を感じると思って振り向くと、レムールが尊敬の眼差しで見つめていた。

「すごい、すごいですよラインさん! 依頼屋クライアさんってもっと、こう、なんというか、傲慢でがめついイメージだったんですけど、こんなに余裕がある取り引き初めて見ました!」
「俺がちょっと変わってるだけだ。他の依頼屋クライアがそうだとは限らないから、変な幻想を持たない方が身のためだ」
「は、はい!」

 コートを引っ張るアルカを見る。にこにこ笑って見上げていた。

「ラインお兄ちゃん、いってらっしゃい!」
「あぁ、行ってくる。お前もいい子にしてるんだぞ」

 アルカの頭を撫でると、コートから離れた。

「それでは、行ってきます」
「ありがとうねぇ。お気をつけて」
「よろしくお願いします!」

 ラインは院長室を出ていく。リンダが席から立ち上がり、残されたアルカのもとへ歩み寄る。

「アルカくん、それじゃあ、今日一日よろしくね!」
「はーい!」

 にっこり笑顔でアルカは答える。見ていたレムールもうんうんとうなずいた。

 このとき、まだ誰も知ることはなかった。
 彼の、正体に。

*******

 ラインは三百万ゴルフォスを稼ぐために高額賞金首の居所を目指す。
 アルカは孤児院の皆と共に授業を受けたり、遊んだりしていた。

 魔劫界ディスアペイアに学校はない。年の近い子ども達と一緒に授業を受けることが初めてなアルカはどきどきしていた。

「たくさん絵を描きましょうねぇ~!」

 院長のリンダが元気よく声をかけた。子ども達が同じく元気に返事する。アルカも混ざって一緒に授業を受けた。

 ペン、マーカー、絵の具にクレヨン。お絵描きの道具箱から好きな道具を取り出して、様々な色の紙に絵を描く。小さい子に大きい子が付き添う。自由に描きなぐる子もいれば、なかなかペンが進まない子もいた。

 アルカはお絵描きが大好きだった。固有結界に浮かぶ子どもの描いたような絵は、アルカの絵なのだ。正確には、今まで描いた絵がイメージとしてそこに浮いているのだが。

「おえかき、おえかき~」

 想像力を働かせてペンを走らせる。太陽があり、雲があり。その下には人がいて。稚拙ではあるが、子ども達の中では上手い方だった。隣の女の子がアルカのイラストに見入っていた。

「アルカくん、じょうず!」
「えへへ。おえかき好きなんだ。いっぱい描くもん!」

  人を描いて、ラインの家にいる猫を描いて。自分も描いてみたりして。アルカの柔軟な発想からもたらされたイラストは賑やかだった。

「むふふ、次はラインお兄ちゃん描こうかな」

 依頼屋クライアで頑張っている大好きな兄を思い浮かべながら、ペンやマーカーを走らせた。


 ラインは高額賞金首の潜む地に来ていた。廃墟の町が佇む暗い土地だ。国も管理を放棄した場所に賞金首の集団が住み処にしている。仕事は彼らを排除すること。内容は簡単だが、相手が高額賞金首だけあって危険度はSランクだ。
 賞金首の額は四百万ゴルフォス。依頼された三百万ゴルフォスよりも百万高い金額だ。

「軽くひねるか」

 星剣を左手に握り町へ。待ち構えていた団の一員が行く手を塞ぐ。

「一人で来るなんて、わざわざ死にに来たかァ?」
「ここが誰の場所か分かってて来てんだよな? 物騒なモン持って来てんだからよ」

 十と数人。武器を持ち囲んでいる。感じる魔力から、堕天使が混ざっているのを感知した。ラインは剣先を男達に向ける。

「分かってて来ているとも。訳ありなんでな、お前達に構っている暇はない。退け」
「馬鹿にしやがって!」

 矢が放たれる音がした。右手で飛んできた矢を掴む。ぐしゃりと握り潰して投げ捨て、瞬速で男達に飛び込んだ。

「なんだ、あいつ消えっぐぶぇ!?」

 原初の存在にすら見切れぬ速さを、ただの人間が目に映すことなどできず。囲んでいた男達はなすすべなく倒れ伏した。ラインは瞬速のまま廃墟を蹴って矢の放たれた方向へ跳び上がる。逃げる男を見つけて頭上から思いっきり踏みつけた。打ち所悪かった男は首を曲げて息絶えた。

「……さて」

 瞬速で移動する。町を通り抜ける。最奥の広場にのさばる巨漢。彼が高額賞金首だ。がははと下卑た声で笑っている。

「……っ!」

 誰にも気づかれることなく、瞬速で巨漢の首を斬り落とした。あまりの速さに斬られても数秒何事もなく、突然血が噴出して首が吹き飛んだ。泣き別れた体が倒れて砂ほこりを上げた。

 敵襲に気づいた時には既に遅く、次々に倒れていく仲間を見ながら、男達は見えない攻撃に恐怖して逃げ回る。しかし誰も紅の疾風から逃れることはできず、十分も経たないうちに賞金首の統括する集団は全滅した。

 空からラインが降ってくる。軽く着地して辺りを見回す。最小限の攻撃で仕留めた敵は、皆が地に伏していた。依頼完遂の証拠として、高額賞金首から純金のネックレスを剥ぎ取った。

「……帰るか」

 星剣を亜空間に片付け、転移を起動する。依頼を受けた依頼屋クライアの店に向かった。

*******

 昼と夕方の境目となり。
 ラインはグロウス孤児院に戻ってきた。院長室に入る。リンダがデスクに座っていた。

「おかえりなさい! 戻ってきたってことは、まさか、もう?」
「そのまさかです。ただ、賞金の額が高額なので、お渡しするのは分割になります」

 ラインは今日分の二百万ゴルフォスをリンダへ渡した。五万ゴルフォス紙幣が二十枚ずつまとめられて入った封筒を確認して、リンダは深々と頭を下げた。

「本当に、本当にありがとう。これで公園が設立できます。ラインさんには感謝しかないわ」
「俺の気まぐれなので気にしないでください。それに、俺よりアルカに刺激があるみたいで。同年代の子どもと接する機会をくださって感謝しています」
「まぁまぁ、そんなことを言っていただけるなんて」
「アルカの貴重な経験には、いくら支払っても足りないくらいです。ここであいつに友達ができて、人見知りと臆病なところを克服できたらいいと考えていますよ」

 リンダがふふ、と笑う。金庫にお金をしまい、改めてラインにお礼を述べた。

「本当に感謝しています。ありがとう、ラインさん。わたし達の方も、アルカくんにたくさんのことを教えてもらっているわ。お勉強よりも、本を読むのが好きみたいね」
「そうですね。本を読んで勉強するのが得意みたいで」
「特に絵本や物語を好んで読んでいるわ。孤児院にある本を全部読み尽くしてしまいそう。子ども達もアルカくんに難しいところを教えてもらいながら楽しんでいたわ」
「そうでしたか。それは、よかった」

 その様子を想像してラインは微笑む。人に教えるのが好きのなのも相まって、アルカは快く教えているだろう。

「さて、どうします? 日も傾きましたし、アルカくんと一緒に宿へ戻りますか?」
「そうします。明日に残りの賞金をもらってきます。俺もその公園ができる場所に行ってもいいですか?」
「えぇ、もちろん! アルカくんも一緒に行きましょう!」

 今日は活動を終えることに決めた。冬の一番深い月である。日が傾くのも早い。ラインはリンダに案内されて、アルカのいる教室に向かう。教室の扉を開けると、アルカがラインを見つけて頭の双葉をぴんと立たせた。

 子ども達から惜しむ声が聞こえたが、時間なので仕方ない。また明日と伝えて二人は孤児院をあとにした。

「それじゃあ、また明日、アルカくん」
「はい、また明日!」 

 ばいばい、と手を振ってリンダと別れた。アルカはラインと手を繋いで宿へと帰る。アルカは今日の授業の話を楽しそうに語った。

「……アルカくん」

 物影から見ている少年が息を切らして覗いている。

「こらこら、駄目じゃないか。ちゃんと"家"に戻らないと」
「ひっ……!」

 背後から伸びる手に拘束され、少年は闇に消えていった。
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