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最終章 闇を照らす彩色を
132.悪意の世界ゲヘナ
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時空間を越えて姿を現した場所は、ダーカーの世界ゲヘナ。
一切の光を遮断し、彩星のバランスを保つ属性すらも穢れに汚染される世界。天も地も穢れにより漆黒に彩られ、血のような赤い川が大地を割って流れている。星の瞬きすらも否定する、完全なる穢れの世界がそこにあった。
ライン達はダーカーの波を越えて穢れた大地に下り立つ。身体中に濃厚な穢れがまとわりついて気持ち悪さを訴える。呼吸すらままならない。苦しむ声を漏らしていた。
「みんな、私のそばに」
ルフィアが浄化の術式を発動する。金紋が足元に現れ、白き光を天に伸ばす。辺り一帯を浄化し周囲を清める。ライン達の穢れが払われた。
「助かったよルフィア。……それにしてもすごいところだね。息が詰まる世界だ」
キャスライが辺りを見回す。耳に意識を集中させて音を聞く。ダーカーの奇声が聞こえた。穢れが音を立てて漆黒の大地を造り上げていく。
「見て、浄化の紋の下、地面がなくなっちゃってる!」
聖南が下を指差す。皆が地面を見ると、浄化された穢れがごっそり失われていた。どうやらこの世界、大地をはじめ何もかもが穢れで構築されているようだ。金紋の下には粘つく泥のような黒い液体が波打っている。浄化の金紋が失われたら、液状化した穢れの底に沈むのだろう。そうなれば死は免れない。
「穢れでできた世界か。おっさんの魔眼で視たら、きっと真っ黒いもやがかかってそうだな。前が見えなくなりそうだ」
フェイラストがメガネを直す仕草をする。眉間にしわを寄せて遠くを睨んだ。魔眼が疼く。穢れに反応しているのだろう。
「すごく、真っ暗な世界」
アルカが尻尾をゆらゆらさせて、落ち着きなく頭を左右に向ける。魔劫界と違う濃すぎる穢れに困惑していた。不安そうにポシェットを抱いた。
悪魔といえど、穢れをまとい過ぎれば毒となる。ルフィアの浄化の術式で適度な量に保たれていた。
「……二度と来ることはないと思っていた」
ラインが深海色の瞳を鋭くさせて遠くを見つめる。忌まわしき実験の記憶をよみがえらせた。
あのときは実験施設の内部しか見たことがなかった。まさか外の景色は穢れが構築させた漆黒の世界だったとは。
ラインがルフィアの浄化の金紋を利用して浄化の加護をかけた。気づいたルフィアも同じようにかけていく。二重の浄化の加護で守りを固める。一歩踏み出した。穢れの大地が浄化されて蒸発していった。
「行こうか」
「うん、行こう」
ラインとルフィアが先を行く。皆も後に続いた。
空も、大地も、全てが漆黒で。
光を一切消失していた。
穢れの対をなす聖性も無く。
完全に穢れで包まれていた。
ダーカーとの戦闘が起きると思っていたが、一度もエンカウントすることがなかった。地上界に侵攻していなくなってしまったのだろうか。ゲヘナはとても静かだった。
「僕の耳にはダーカーの声がするんだ。だから、きっとどこかにいると思うんだけど……」
「大将のイディオの周りにも控えてる奴がいるだろうよ。それに、……見えてきたぜ」
フェイラストが目を鋭くさせて見つめる先には、かつて実験を受けた施設があった。ケルイズ国の技術が使われているのか、外観は巨大な四角い箱のような作りになっていた。大きなドーム状の部屋は、恐らく。
「ライン、たぶんあそこが触手の魔神のいる部屋だ。あんなにでかかったとはな」
「……嫌な思い出だ」
「……だな」
二人が苦い表情で施設を見る。アルカが二人を見上げていた。
「お兄ちゃんと、先生、ここに来たことあるの?」
「あぁ。また来ることになるとは思ってなかったがな」
「とっとと終わらせて帰ろうぜ。地上界にダーカーが溢れちまってるのに、オレ達はゲヘナに行かせてもらえたんだ」
「神さま、たたかってくれてるから。きっと、だいじょーぶ」
施設の近くにやってくる。どうやらここが世界の端のようだ。施設より向こう側は切り落とされたように何もない。
正面に回り込むと、大きな穴が開いていた。ここから出入りするようだ。
「キャスライ、何か聞こえねぇか?」
「ダーカーの声がしなくなった。施設の中からは、気持ち悪い音がするよ」
「もしかしたら、触手の魔神かも」
「ルフィアの言うとおりだろう。奴がいるはずだ」
「行くしかねぇよな」
「あたし、さっきから震えが止まらないんだけど」
聖南の隣にアルカがやってくる。彼女の腕に尻尾を巻きつけた。
「聖姉ちゃん、だいじょーぶ。みんないっしょだから、だいじょーぶ」
「アルカくん、尻尾くすぐったいよー」
「えへへー」
聖南の調子が戻ってきた。アルカが尻尾を離す。彼女はアルカの頭をわしゃわしゃ撫でた。小さなツノも撫でる。アルカからきゃー、と小さく嬉しい悲鳴が上がった。
「やれやれ、お前達は緊張感ないな」
「ふふ、いいじゃない。二人とも、元気になった?」
「アルカくんのおかげで!」
「はい!」
聖南とアルカのにっこり笑う顔を見て、ルフィアも優しげに微笑む。つられてキャスライもほんわかした笑みを浮かべた。フェイラストがかははと笑う。
「全く。……まぁ、このくらい緩い方が、俺達らしいんだろうな」
仲間を見てふっと笑う。すぐに深海色の瞳を施設に向けた。
「入るぞ。何があってもいいように構えておけ」
仲間達から返事がくる。彼らはついに実験施設へと潜入した。
*******
施設の中は薬品と血なまぐさいにおいが入り交じっていた。ケルイズの技術で建築された施設は、内部が赤い肉の壁に覆われていて生き物のようだった。ところどころ黒く太い触手が張り巡らされている。
「この黒い触手に刺激を与えるな。これは、触手の魔神のものだ」
「あれからだいぶ経ったからなぁ。景観も変わってるな」
当時の内部を知るラインとフェイラストが記憶と照らし合わせる。少し先を見てくる、と言って二人は先行していった。
「兄さんとフェイラストは、ここを知ってるんだよね。私は夢魔に侵入されていたから記憶がおぼろげなの。ラインのことはよく覚えているけど、それ以外はさっぱりで」
「ルフィアもここにいたって言ってたもんね。……あたしだったら、最悪なこと考えてたかも」
聖南が身震いする。肉で覆われた壁は脈打つようにドクン、とうごめいている。時折、黒い触手が動いてじゅるじゅる気色悪い音を立てた。
「あまり集中して音を聞きたくないかな……」
粘りけのある水音がキャスライの耳に入る。遠くで悲鳴のような声も聞こえた。誰かいることを察知したが、今は行かない方がいいだろう。
「アルカくん、大丈夫?」
「うん。ボクは、魔劫界で慣れてるから。ルフィアお姉ちゃんも、だいじょーぶ?」
「私も、なんとかね。無理しないでね」
ルフィアがアルカの頭を撫でた。少年はにこにこ笑って返す。この笑顔が自分を助けてくれているのだと、きっと少年は気づかないだろう。そうしていると、ラインとフェイラストが戻ってきた。
「先を見てきたが、触手が邪魔をして行ける場所が限られている。それと、あまり見せたくないものを見せることになりそうだ」
「見せたくないものって?」
「……行けば分かる」
「おっさんもあまり口では説明したくねぇ。どうせ通り道になるんだ。来てくれ」
ラインとフェイラストが先を進む。皆は二人の後に続いた。
触手を避けながら辿り着いた部屋は異様に広く、いくつもの円柱形の培養槽が設置されていた。ガラスは割られ、近くで紫色の液体が水溜まりを作っている。他の培養槽では、繋がれた管が紫色の液体を放出し続けており、肉の床に吸収され続けていた。
培養槽の中には誰もいない。何故それが破壊されたのかは、黒い触手が答えを示していた。
「……見せたくないものって、これのこと?」
ルフィアが口元を押さえて戦慄する。聖南が視線を逸らした。キャスライも目を細くして見ることを拒んだ。
「まるで、卵みたい」
アルカがラインのそばにやってきて紅のコートを掴んだ。顔には出ていないが、尻尾が恐怖でびりびりして震えていた。
天井、床、壁。至るところにライン達と同じくらい大きな卵が産み付けられていた。薄いピンク色の膜の中には、培養槽から溢れる紫色の液体が詰まっている。液体に浮かぶのは、百合の花の頭をした黒い人型の生き物だった。細かな触手が身体中に繋がり栄養を送る。体を丸めて液体に浮遊していた。
ラインが卵のひとつに近づく。触れてみた。膜はしっかりと張られ固く閉じられている。紫色の液体は、自分が培養槽に浸けられていたときと同じ穢れの液体だろう。壁に張り付いていた触手の一本が、液体溢れる培養槽に伸びた。水を飲むように穢れの液体をごくごくと飲んでいく。ごぽ、と卵の中の液体が動いた。新鮮な穢れを取り入れているようだ。
ラインが卵から離れて仲間のもとに戻る。小さく首を横に振って、何もないことを伝えた。
「深く触れない方がいいだろう。これは、触手の魔神の卵で、中にいる人型は奴の子どもだ」
「子ども生んで繁殖してたってことかよ」
「ね、ねぇ。まさか、そのうち孵化してさ。地上界に攻めてくる、なんてことないよね?」
「聖南姫の読みは当たってると思うぜ。あれだけ大事にしていたこの実験施設を、触手の魔神の巣にしてるんだ。イディオがそういうこと企んでる証拠だ」
フェイラストが魔眼を起動して卵を睨む。ドクン、と鼓動するそれは穢れによって漆黒に染まっていた。百合頭の人型を視ると触手の塊に見えた。本質はやはり穢れを固めた肉塊か。フェイラストが魔眼を切った。
「っ! みんな、今、人の声がした」
キャスライが耳をぱたぱた動かす。卵を避けて培養槽の部屋を歩いていくと、別の部屋に繋がる穴を見つけた。魔神の触手が壁にたくさん張り巡らされている。
「こっちだよ。人の声がする。誰かいるのかもしれない」
「培養槽に捕らえられていた実験体かもしれねぇけど、この状況で残ってるとしたらダーカーかもしれねぇ。気をつけていこうぜ」
「お前達、武器を構えておけ。何が起こるか分からんからな」
ラインが亜空間から星剣を引き抜く。左手に握って、剣先を下に向けて先を歩いた。皆が武器を持ち、アルカが四角パネルを呼んだ。
キャスライ以外にも人の声が聞こえた。
いったい何がいるのだろうか。気を引き締めて赤い肉の通路を進んだ。
*******
声を辿ってきた部屋は、ドームにいる触手の魔神の観測所。そこには、様々な計測のための機械が設置されている。それらが潰れていたり、破壊されていたり。見るも無惨な光景だった。
強化ガラスの向こうには触手の魔神がいる。こちらに気づいているのか、それとも眠っているのか。巨大な百合頭は静かに脈動して身体中の触手を落ち着かせていた。
「お前は……!」
観測所の機材の隅で隠れていた人物を見つけた。顔に火傷の跡ある男は、アルカの父親カイムその人であった。
「まっ、待ってくれ! 殺さないでくれ……!」
構えたライン達を見て、カイムは止めるように手でジェスチャーした。見たところ酷く弱っているようだ。衣服はぼろぼろで、肌には注射の痕跡が見え隠れした。
アルカが四角パネルをそばに呼んでカイムの前にやってくる。ラインのコートを掴んでカイムをきりと睨みつける。
「おぉ、アルカじゃないか。こんなところにまで来て、私を助けに来てくれたのか? はは、よくできた息子じゃないか。さぁ、パパと一緒にここを出よう」
突き放すように愚息と呼んでいたあのときと違い、まるで人が変わったような態度だ。かつての優しい父親の態度に、しかしアルカは睨むのをやめない。
「嘘つきだ。パパは、嘘つき」
「嘘つきなわけないだろう。もうここにいるのはこりごりだ。ほら、お前の友達と一緒に出よう。……アルカ、頼む」
助けてくれ。
懇願するカイムはなりふり構っていられないようだ。弱った父親の姿に、アルカは少し心が揺らいだ。少年のコートを掴む手が震えるのを察知したラインが口を開く。
「何故お前がここにいる。……と、問うても今は意味がない」
ラインがコートを掴んでアルカの姿を隠した。
「自分の息子にあれだけのことをしておきながら、今さら助けてくれだと。あまりにも都合がよすぎるんじゃないか?」
「ま、待て。私はもう深く反省した。ゲヘナで実験を受けて、散々な目に遭ってきた。妻は実験に耐えきれず死んだ。息子達。スカー、リュゼ、アバリシアは、……あそこだ」
指差す先には触手の魔神。ラインはカイムから視線を外さなかった。代わりに目のいいキャスライが魔神を見る。体に取り込まれていく彼らを見つけた。
「ライン、どうやらその人の言っていることは本当みたいだ。三人の姿が見えたよ」
「でも、オレ達に教えてどうすんだ。まさか助けてくれって言うのか?」
フェイラストが銃口を向ける。カイムが乾いた笑い声を漏らした。
「はは、できたらそうしてもらいたいところだ。私も含めてゲヘナから助けてほしい」
「ふざけないでよ! あれだけアルカくんに酷いことしておいて、自分が酷いことされたから出してくれだなんて! どれだけ勝手なこと言ってるのか分かってんの!?」
聖南が怒りの声をあげる。握り拳を作って今にも殴りかかりそうだった。
カイムが小さく悲鳴を上げて身を引いた。背中が機材に当たる。ガランガランと屑鉄が転がった。
「私も聖南と同じ意見。アルカくんだけじゃなく、ラインを肉の化け物に変えようとしたことも忘れないで。私達をはめようとしたことも、全部」
ルフィアが静かな怒りを示す。皆はカイムを哀れむことなく、静かに怒りを示していた。都合よく助けろと言われて、助ける思いを持った者は誰もいなかった。
「……パパ」
アルカがコートの影から出てくる。ラインの少し前に出た。四角パネルが、ギザギザの三日月の口を逆さまにして威嚇している。
「アルカ、お前だけは私の味方だろう? さぁ、おいで。家に帰ろう」
カイムは手招きする。アルカが自分を慕い、こちらに来ると思って。
「いやだ」
しかしアルカはきっぱりと言い放つ。カイムが固まった。
「ボクは、ラインお兄ちゃんのおうちで、セレスママと、お兄ちゃんといっしょに暮らすの。嬉しいことも、悲しいことも、たくさんおはなしして、わけあうの」
アルカは真剣な眼差しで父親を見つめる。
「ボクはパパを助けない。スカーお兄ちゃんも、リュゼお兄ちゃんも、アバリシアお姉ちゃんも。ボクを攻撃して、初代さまのことも傷つけた。それなのに、今さら助けてほしいって言われても、ボクはいやだ」
たどたどしい口調で、自分の意見を主張する。四角パネルが静かに見守っていた。
「ボクは、パパのこと、信じない。みんなを、ラインお兄ちゃんたちを信じる」
アルカの決意に四角パネルがうなずく。三日月の口が開いた。
―― これほど賢明な子を、私利私欲のままに囲おうとするなど。不可能も程々にしておくのだな、カイムよ ――
「そ、その声は初代、……様」
―― 今さら俺に敬意を示さなくていい。……お前の血を引いていながら悪しき心にならず、優しき心に育った少年の気持ちすら分からないか。となれば、何故俺が力の継承をこの子に選んだかも、理解に及ばないだろうな ――
呆れたようにリベリオが語る。
あの本に書かれていたリベリオの情報は偽りだった。リリスに手ずから造られた悪魔でありながら、リベリオは平穏と安らぎを愛する性質だった。だからこそ、悪魔でありながら悪魔に反逆し、神と天使達の味方をしたのだ。
アルカを選んだのは、アルカの固有魔力が自分と似ていたからということもある。しかし一番重要だったのは、少年が優しき心を持っていたことだ。
―― と、お前に語ったところで、真実ではないとはね除けるだろう。だが、これが真実だ。俺は争いを好まない。だから、優しきアルカに継承したのだ ――
リベリオの代わりに四角パネルがため息を吐いた。カイムが驚愕の表情で息を詰まらせた。
「パパ、だから初代さまはパパを嫌がったんだよ。……ボクだって、たたかうの、本当は嫌い。でも今は、ラインお兄ちゃんの役に立ちたいから。ボクもいっしょにいくことを決めたの」
だから、とアルカはきりと真剣な眼差しで父親を見据える。
「パパはここにいて。スカーお兄ちゃんたちといっしょに。ボクは、パパたちを助けない。ラインお兄ちゃんを助けるんだ」
そう言ってアルカはラインの背後に隠れた。四角パネルがケタケタ笑ってアルカのそばに寄り添う。
カイムが意気消沈して、ずるずると壁に背を滑らせて床に沈んだ。
「はは、愚息め……初代の残滓め……。貴様らは、悪魔でありながら、腑抜けのような性質だったとは。地上をかつてと同じ悪魔の楽園にすることこそ、全悪魔の願いと動いてきた私を愚弄しうる考えだ」
―― 残滓ではないぞ。肉体が滅んだだけで俺そのものは現世まで残っている。要は、お前が聞いている俺の声は本物だ ――
「ええい、もうなんでもいい。……とっとと行け。私の前から消え失せろ」
「そうか。行くぞ、お前達」
「待って。あたしにちょっと時間ちょうだい」
聖南が前に出る。隣に地の精霊ノームが姿を現した。
「そいやぁ!」
「はいヤー!」
二人が拳を振るう。息の合った二人の拳がカイムの顔にめり込んだ。
「ぶはっ、あぁ……!?」
「あー、すっきりした。一発ぶん殴らないと気が済まないって言ってたでしょ。あたしとノームで、前回と今回の分同時に支払わせてもらったからね!」
「セイナをこんなに怒らせるなんて、オマエ、なかなかやるネェ」
ノームが姿を消した。ライン達が待っている。聖南は合流して、皆と共に観測所をあとにした。
「……小娘が、くそっ!」
近くの機材に拳を立てた。カイムは計器を適当にいじり、スイッチを押す。するとガスが放出された。ドームで眠っていた触手の魔神が目を覚ます。巨大な百合頭が持ち上がる。触手の体がぐねぐねと動き始めた。
「魔神よ、奴らを殺せ! 私をコケにした奴らを!」
魔神の百合頭がこちらに向けられる。触手が強化ガラスを割って入り込みカイムを襲う。
「やめろ、私ではない! 私ではないぃぃぃ!!」
触手はカイムを頭から丸呑みして体内に取り込む。触手が戻っていった。
――シュルルルル!
蛇の鳴き声のような奇声を上げて、触手の魔神が目覚める。取り込む最中だったスカー、リュゼ、アバリシアの三兄姉がぐちぐちと触手に沈んだ。
「あいつ、触手の魔神を起こしやがった!」
「ぐらぐらゆれてるよぉ!」
「見て、あそこ穴があいてる!」
聖南が示した先、壁に大きな穴が穿たれていた。魔神の触手が引いていく。脱出するなら今のうちだ。
「ここで戦うには不利だ。外へ出るぞ!」
皆が一斉に駆け出す。気配を感じ取ったのか、魔神が触手で建物を破壊する。強化ガラスの向こうから触手が突き出しては引いていき、何度もライン達を狙う。
ようやく脱出して穢れの大地に戻ってきた。皆が集まり武器を構える。ルフィアと聖南が術式をいつでも発動できるように力を溜めていた。
――シュルルルル!
ドームが突き破られる。建物が破壊されていく。触手の魔神が、何千とある触手を動かして漆黒の空を埋め尽くす。本体である百合頭が見下ろしていた。
「規格外だろこのサイズ!」
「こんなの異端者と変わんないじゃん!」
フェイラスト、聖南が狼狽える。アルカが不安げに尻尾を揺らしてポシェットを抱いた。頭の双葉も怖くてしおれている。
「ごめんなさい。また、パパがみんなを攻撃してきた……!」
「アルカ、気にするな。どのみちこいつとは決着をつけなくてはいけなかったからな」
「私も、このまま彼をのさばらせていたら、いつか地上界を襲うと思うから」
ラインが星剣ユーリエルを構える。ルフィアも星剣ジブリールのを大地に突き刺した。浄化の金紋を敷きフィールドを制圧する。
「みんな、来るよ!」
キャスライが叫ぶ。空気を裂くような触手のうごめく音が聞こえた。
触手の魔神が迫る。
皆は覚悟を決めて戦いに臨んだ。
一切の光を遮断し、彩星のバランスを保つ属性すらも穢れに汚染される世界。天も地も穢れにより漆黒に彩られ、血のような赤い川が大地を割って流れている。星の瞬きすらも否定する、完全なる穢れの世界がそこにあった。
ライン達はダーカーの波を越えて穢れた大地に下り立つ。身体中に濃厚な穢れがまとわりついて気持ち悪さを訴える。呼吸すらままならない。苦しむ声を漏らしていた。
「みんな、私のそばに」
ルフィアが浄化の術式を発動する。金紋が足元に現れ、白き光を天に伸ばす。辺り一帯を浄化し周囲を清める。ライン達の穢れが払われた。
「助かったよルフィア。……それにしてもすごいところだね。息が詰まる世界だ」
キャスライが辺りを見回す。耳に意識を集中させて音を聞く。ダーカーの奇声が聞こえた。穢れが音を立てて漆黒の大地を造り上げていく。
「見て、浄化の紋の下、地面がなくなっちゃってる!」
聖南が下を指差す。皆が地面を見ると、浄化された穢れがごっそり失われていた。どうやらこの世界、大地をはじめ何もかもが穢れで構築されているようだ。金紋の下には粘つく泥のような黒い液体が波打っている。浄化の金紋が失われたら、液状化した穢れの底に沈むのだろう。そうなれば死は免れない。
「穢れでできた世界か。おっさんの魔眼で視たら、きっと真っ黒いもやがかかってそうだな。前が見えなくなりそうだ」
フェイラストがメガネを直す仕草をする。眉間にしわを寄せて遠くを睨んだ。魔眼が疼く。穢れに反応しているのだろう。
「すごく、真っ暗な世界」
アルカが尻尾をゆらゆらさせて、落ち着きなく頭を左右に向ける。魔劫界と違う濃すぎる穢れに困惑していた。不安そうにポシェットを抱いた。
悪魔といえど、穢れをまとい過ぎれば毒となる。ルフィアの浄化の術式で適度な量に保たれていた。
「……二度と来ることはないと思っていた」
ラインが深海色の瞳を鋭くさせて遠くを見つめる。忌まわしき実験の記憶をよみがえらせた。
あのときは実験施設の内部しか見たことがなかった。まさか外の景色は穢れが構築させた漆黒の世界だったとは。
ラインがルフィアの浄化の金紋を利用して浄化の加護をかけた。気づいたルフィアも同じようにかけていく。二重の浄化の加護で守りを固める。一歩踏み出した。穢れの大地が浄化されて蒸発していった。
「行こうか」
「うん、行こう」
ラインとルフィアが先を行く。皆も後に続いた。
空も、大地も、全てが漆黒で。
光を一切消失していた。
穢れの対をなす聖性も無く。
完全に穢れで包まれていた。
ダーカーとの戦闘が起きると思っていたが、一度もエンカウントすることがなかった。地上界に侵攻していなくなってしまったのだろうか。ゲヘナはとても静かだった。
「僕の耳にはダーカーの声がするんだ。だから、きっとどこかにいると思うんだけど……」
「大将のイディオの周りにも控えてる奴がいるだろうよ。それに、……見えてきたぜ」
フェイラストが目を鋭くさせて見つめる先には、かつて実験を受けた施設があった。ケルイズ国の技術が使われているのか、外観は巨大な四角い箱のような作りになっていた。大きなドーム状の部屋は、恐らく。
「ライン、たぶんあそこが触手の魔神のいる部屋だ。あんなにでかかったとはな」
「……嫌な思い出だ」
「……だな」
二人が苦い表情で施設を見る。アルカが二人を見上げていた。
「お兄ちゃんと、先生、ここに来たことあるの?」
「あぁ。また来ることになるとは思ってなかったがな」
「とっとと終わらせて帰ろうぜ。地上界にダーカーが溢れちまってるのに、オレ達はゲヘナに行かせてもらえたんだ」
「神さま、たたかってくれてるから。きっと、だいじょーぶ」
施設の近くにやってくる。どうやらここが世界の端のようだ。施設より向こう側は切り落とされたように何もない。
正面に回り込むと、大きな穴が開いていた。ここから出入りするようだ。
「キャスライ、何か聞こえねぇか?」
「ダーカーの声がしなくなった。施設の中からは、気持ち悪い音がするよ」
「もしかしたら、触手の魔神かも」
「ルフィアの言うとおりだろう。奴がいるはずだ」
「行くしかねぇよな」
「あたし、さっきから震えが止まらないんだけど」
聖南の隣にアルカがやってくる。彼女の腕に尻尾を巻きつけた。
「聖姉ちゃん、だいじょーぶ。みんないっしょだから、だいじょーぶ」
「アルカくん、尻尾くすぐったいよー」
「えへへー」
聖南の調子が戻ってきた。アルカが尻尾を離す。彼女はアルカの頭をわしゃわしゃ撫でた。小さなツノも撫でる。アルカからきゃー、と小さく嬉しい悲鳴が上がった。
「やれやれ、お前達は緊張感ないな」
「ふふ、いいじゃない。二人とも、元気になった?」
「アルカくんのおかげで!」
「はい!」
聖南とアルカのにっこり笑う顔を見て、ルフィアも優しげに微笑む。つられてキャスライもほんわかした笑みを浮かべた。フェイラストがかははと笑う。
「全く。……まぁ、このくらい緩い方が、俺達らしいんだろうな」
仲間を見てふっと笑う。すぐに深海色の瞳を施設に向けた。
「入るぞ。何があってもいいように構えておけ」
仲間達から返事がくる。彼らはついに実験施設へと潜入した。
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施設の中は薬品と血なまぐさいにおいが入り交じっていた。ケルイズの技術で建築された施設は、内部が赤い肉の壁に覆われていて生き物のようだった。ところどころ黒く太い触手が張り巡らされている。
「この黒い触手に刺激を与えるな。これは、触手の魔神のものだ」
「あれからだいぶ経ったからなぁ。景観も変わってるな」
当時の内部を知るラインとフェイラストが記憶と照らし合わせる。少し先を見てくる、と言って二人は先行していった。
「兄さんとフェイラストは、ここを知ってるんだよね。私は夢魔に侵入されていたから記憶がおぼろげなの。ラインのことはよく覚えているけど、それ以外はさっぱりで」
「ルフィアもここにいたって言ってたもんね。……あたしだったら、最悪なこと考えてたかも」
聖南が身震いする。肉で覆われた壁は脈打つようにドクン、とうごめいている。時折、黒い触手が動いてじゅるじゅる気色悪い音を立てた。
「あまり集中して音を聞きたくないかな……」
粘りけのある水音がキャスライの耳に入る。遠くで悲鳴のような声も聞こえた。誰かいることを察知したが、今は行かない方がいいだろう。
「アルカくん、大丈夫?」
「うん。ボクは、魔劫界で慣れてるから。ルフィアお姉ちゃんも、だいじょーぶ?」
「私も、なんとかね。無理しないでね」
ルフィアがアルカの頭を撫でた。少年はにこにこ笑って返す。この笑顔が自分を助けてくれているのだと、きっと少年は気づかないだろう。そうしていると、ラインとフェイラストが戻ってきた。
「先を見てきたが、触手が邪魔をして行ける場所が限られている。それと、あまり見せたくないものを見せることになりそうだ」
「見せたくないものって?」
「……行けば分かる」
「おっさんもあまり口では説明したくねぇ。どうせ通り道になるんだ。来てくれ」
ラインとフェイラストが先を進む。皆は二人の後に続いた。
触手を避けながら辿り着いた部屋は異様に広く、いくつもの円柱形の培養槽が設置されていた。ガラスは割られ、近くで紫色の液体が水溜まりを作っている。他の培養槽では、繋がれた管が紫色の液体を放出し続けており、肉の床に吸収され続けていた。
培養槽の中には誰もいない。何故それが破壊されたのかは、黒い触手が答えを示していた。
「……見せたくないものって、これのこと?」
ルフィアが口元を押さえて戦慄する。聖南が視線を逸らした。キャスライも目を細くして見ることを拒んだ。
「まるで、卵みたい」
アルカがラインのそばにやってきて紅のコートを掴んだ。顔には出ていないが、尻尾が恐怖でびりびりして震えていた。
天井、床、壁。至るところにライン達と同じくらい大きな卵が産み付けられていた。薄いピンク色の膜の中には、培養槽から溢れる紫色の液体が詰まっている。液体に浮かぶのは、百合の花の頭をした黒い人型の生き物だった。細かな触手が身体中に繋がり栄養を送る。体を丸めて液体に浮遊していた。
ラインが卵のひとつに近づく。触れてみた。膜はしっかりと張られ固く閉じられている。紫色の液体は、自分が培養槽に浸けられていたときと同じ穢れの液体だろう。壁に張り付いていた触手の一本が、液体溢れる培養槽に伸びた。水を飲むように穢れの液体をごくごくと飲んでいく。ごぽ、と卵の中の液体が動いた。新鮮な穢れを取り入れているようだ。
ラインが卵から離れて仲間のもとに戻る。小さく首を横に振って、何もないことを伝えた。
「深く触れない方がいいだろう。これは、触手の魔神の卵で、中にいる人型は奴の子どもだ」
「子ども生んで繁殖してたってことかよ」
「ね、ねぇ。まさか、そのうち孵化してさ。地上界に攻めてくる、なんてことないよね?」
「聖南姫の読みは当たってると思うぜ。あれだけ大事にしていたこの実験施設を、触手の魔神の巣にしてるんだ。イディオがそういうこと企んでる証拠だ」
フェイラストが魔眼を起動して卵を睨む。ドクン、と鼓動するそれは穢れによって漆黒に染まっていた。百合頭の人型を視ると触手の塊に見えた。本質はやはり穢れを固めた肉塊か。フェイラストが魔眼を切った。
「っ! みんな、今、人の声がした」
キャスライが耳をぱたぱた動かす。卵を避けて培養槽の部屋を歩いていくと、別の部屋に繋がる穴を見つけた。魔神の触手が壁にたくさん張り巡らされている。
「こっちだよ。人の声がする。誰かいるのかもしれない」
「培養槽に捕らえられていた実験体かもしれねぇけど、この状況で残ってるとしたらダーカーかもしれねぇ。気をつけていこうぜ」
「お前達、武器を構えておけ。何が起こるか分からんからな」
ラインが亜空間から星剣を引き抜く。左手に握って、剣先を下に向けて先を歩いた。皆が武器を持ち、アルカが四角パネルを呼んだ。
キャスライ以外にも人の声が聞こえた。
いったい何がいるのだろうか。気を引き締めて赤い肉の通路を進んだ。
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声を辿ってきた部屋は、ドームにいる触手の魔神の観測所。そこには、様々な計測のための機械が設置されている。それらが潰れていたり、破壊されていたり。見るも無惨な光景だった。
強化ガラスの向こうには触手の魔神がいる。こちらに気づいているのか、それとも眠っているのか。巨大な百合頭は静かに脈動して身体中の触手を落ち着かせていた。
「お前は……!」
観測所の機材の隅で隠れていた人物を見つけた。顔に火傷の跡ある男は、アルカの父親カイムその人であった。
「まっ、待ってくれ! 殺さないでくれ……!」
構えたライン達を見て、カイムは止めるように手でジェスチャーした。見たところ酷く弱っているようだ。衣服はぼろぼろで、肌には注射の痕跡が見え隠れした。
アルカが四角パネルをそばに呼んでカイムの前にやってくる。ラインのコートを掴んでカイムをきりと睨みつける。
「おぉ、アルカじゃないか。こんなところにまで来て、私を助けに来てくれたのか? はは、よくできた息子じゃないか。さぁ、パパと一緒にここを出よう」
突き放すように愚息と呼んでいたあのときと違い、まるで人が変わったような態度だ。かつての優しい父親の態度に、しかしアルカは睨むのをやめない。
「嘘つきだ。パパは、嘘つき」
「嘘つきなわけないだろう。もうここにいるのはこりごりだ。ほら、お前の友達と一緒に出よう。……アルカ、頼む」
助けてくれ。
懇願するカイムはなりふり構っていられないようだ。弱った父親の姿に、アルカは少し心が揺らいだ。少年のコートを掴む手が震えるのを察知したラインが口を開く。
「何故お前がここにいる。……と、問うても今は意味がない」
ラインがコートを掴んでアルカの姿を隠した。
「自分の息子にあれだけのことをしておきながら、今さら助けてくれだと。あまりにも都合がよすぎるんじゃないか?」
「ま、待て。私はもう深く反省した。ゲヘナで実験を受けて、散々な目に遭ってきた。妻は実験に耐えきれず死んだ。息子達。スカー、リュゼ、アバリシアは、……あそこだ」
指差す先には触手の魔神。ラインはカイムから視線を外さなかった。代わりに目のいいキャスライが魔神を見る。体に取り込まれていく彼らを見つけた。
「ライン、どうやらその人の言っていることは本当みたいだ。三人の姿が見えたよ」
「でも、オレ達に教えてどうすんだ。まさか助けてくれって言うのか?」
フェイラストが銃口を向ける。カイムが乾いた笑い声を漏らした。
「はは、できたらそうしてもらいたいところだ。私も含めてゲヘナから助けてほしい」
「ふざけないでよ! あれだけアルカくんに酷いことしておいて、自分が酷いことされたから出してくれだなんて! どれだけ勝手なこと言ってるのか分かってんの!?」
聖南が怒りの声をあげる。握り拳を作って今にも殴りかかりそうだった。
カイムが小さく悲鳴を上げて身を引いた。背中が機材に当たる。ガランガランと屑鉄が転がった。
「私も聖南と同じ意見。アルカくんだけじゃなく、ラインを肉の化け物に変えようとしたことも忘れないで。私達をはめようとしたことも、全部」
ルフィアが静かな怒りを示す。皆はカイムを哀れむことなく、静かに怒りを示していた。都合よく助けろと言われて、助ける思いを持った者は誰もいなかった。
「……パパ」
アルカがコートの影から出てくる。ラインの少し前に出た。四角パネルが、ギザギザの三日月の口を逆さまにして威嚇している。
「アルカ、お前だけは私の味方だろう? さぁ、おいで。家に帰ろう」
カイムは手招きする。アルカが自分を慕い、こちらに来ると思って。
「いやだ」
しかしアルカはきっぱりと言い放つ。カイムが固まった。
「ボクは、ラインお兄ちゃんのおうちで、セレスママと、お兄ちゃんといっしょに暮らすの。嬉しいことも、悲しいことも、たくさんおはなしして、わけあうの」
アルカは真剣な眼差しで父親を見つめる。
「ボクはパパを助けない。スカーお兄ちゃんも、リュゼお兄ちゃんも、アバリシアお姉ちゃんも。ボクを攻撃して、初代さまのことも傷つけた。それなのに、今さら助けてほしいって言われても、ボクはいやだ」
たどたどしい口調で、自分の意見を主張する。四角パネルが静かに見守っていた。
「ボクは、パパのこと、信じない。みんなを、ラインお兄ちゃんたちを信じる」
アルカの決意に四角パネルがうなずく。三日月の口が開いた。
―― これほど賢明な子を、私利私欲のままに囲おうとするなど。不可能も程々にしておくのだな、カイムよ ――
「そ、その声は初代、……様」
―― 今さら俺に敬意を示さなくていい。……お前の血を引いていながら悪しき心にならず、優しき心に育った少年の気持ちすら分からないか。となれば、何故俺が力の継承をこの子に選んだかも、理解に及ばないだろうな ――
呆れたようにリベリオが語る。
あの本に書かれていたリベリオの情報は偽りだった。リリスに手ずから造られた悪魔でありながら、リベリオは平穏と安らぎを愛する性質だった。だからこそ、悪魔でありながら悪魔に反逆し、神と天使達の味方をしたのだ。
アルカを選んだのは、アルカの固有魔力が自分と似ていたからということもある。しかし一番重要だったのは、少年が優しき心を持っていたことだ。
―― と、お前に語ったところで、真実ではないとはね除けるだろう。だが、これが真実だ。俺は争いを好まない。だから、優しきアルカに継承したのだ ――
リベリオの代わりに四角パネルがため息を吐いた。カイムが驚愕の表情で息を詰まらせた。
「パパ、だから初代さまはパパを嫌がったんだよ。……ボクだって、たたかうの、本当は嫌い。でも今は、ラインお兄ちゃんの役に立ちたいから。ボクもいっしょにいくことを決めたの」
だから、とアルカはきりと真剣な眼差しで父親を見据える。
「パパはここにいて。スカーお兄ちゃんたちといっしょに。ボクは、パパたちを助けない。ラインお兄ちゃんを助けるんだ」
そう言ってアルカはラインの背後に隠れた。四角パネルがケタケタ笑ってアルカのそばに寄り添う。
カイムが意気消沈して、ずるずると壁に背を滑らせて床に沈んだ。
「はは、愚息め……初代の残滓め……。貴様らは、悪魔でありながら、腑抜けのような性質だったとは。地上をかつてと同じ悪魔の楽園にすることこそ、全悪魔の願いと動いてきた私を愚弄しうる考えだ」
―― 残滓ではないぞ。肉体が滅んだだけで俺そのものは現世まで残っている。要は、お前が聞いている俺の声は本物だ ――
「ええい、もうなんでもいい。……とっとと行け。私の前から消え失せろ」
「そうか。行くぞ、お前達」
「待って。あたしにちょっと時間ちょうだい」
聖南が前に出る。隣に地の精霊ノームが姿を現した。
「そいやぁ!」
「はいヤー!」
二人が拳を振るう。息の合った二人の拳がカイムの顔にめり込んだ。
「ぶはっ、あぁ……!?」
「あー、すっきりした。一発ぶん殴らないと気が済まないって言ってたでしょ。あたしとノームで、前回と今回の分同時に支払わせてもらったからね!」
「セイナをこんなに怒らせるなんて、オマエ、なかなかやるネェ」
ノームが姿を消した。ライン達が待っている。聖南は合流して、皆と共に観測所をあとにした。
「……小娘が、くそっ!」
近くの機材に拳を立てた。カイムは計器を適当にいじり、スイッチを押す。するとガスが放出された。ドームで眠っていた触手の魔神が目を覚ます。巨大な百合頭が持ち上がる。触手の体がぐねぐねと動き始めた。
「魔神よ、奴らを殺せ! 私をコケにした奴らを!」
魔神の百合頭がこちらに向けられる。触手が強化ガラスを割って入り込みカイムを襲う。
「やめろ、私ではない! 私ではないぃぃぃ!!」
触手はカイムを頭から丸呑みして体内に取り込む。触手が戻っていった。
――シュルルルル!
蛇の鳴き声のような奇声を上げて、触手の魔神が目覚める。取り込む最中だったスカー、リュゼ、アバリシアの三兄姉がぐちぐちと触手に沈んだ。
「あいつ、触手の魔神を起こしやがった!」
「ぐらぐらゆれてるよぉ!」
「見て、あそこ穴があいてる!」
聖南が示した先、壁に大きな穴が穿たれていた。魔神の触手が引いていく。脱出するなら今のうちだ。
「ここで戦うには不利だ。外へ出るぞ!」
皆が一斉に駆け出す。気配を感じ取ったのか、魔神が触手で建物を破壊する。強化ガラスの向こうから触手が突き出しては引いていき、何度もライン達を狙う。
ようやく脱出して穢れの大地に戻ってきた。皆が集まり武器を構える。ルフィアと聖南が術式をいつでも発動できるように力を溜めていた。
――シュルルルル!
ドームが突き破られる。建物が破壊されていく。触手の魔神が、何千とある触手を動かして漆黒の空を埋め尽くす。本体である百合頭が見下ろしていた。
「規格外だろこのサイズ!」
「こんなの異端者と変わんないじゃん!」
フェイラスト、聖南が狼狽える。アルカが不安げに尻尾を揺らしてポシェットを抱いた。頭の双葉も怖くてしおれている。
「ごめんなさい。また、パパがみんなを攻撃してきた……!」
「アルカ、気にするな。どのみちこいつとは決着をつけなくてはいけなかったからな」
「私も、このまま彼をのさばらせていたら、いつか地上界を襲うと思うから」
ラインが星剣ユーリエルを構える。ルフィアも星剣ジブリールのを大地に突き刺した。浄化の金紋を敷きフィールドを制圧する。
「みんな、来るよ!」
キャスライが叫ぶ。空気を裂くような触手のうごめく音が聞こえた。
触手の魔神が迫る。
皆は覚悟を決めて戦いに臨んだ。
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