冴えない理系大生はVRゲーム作って一山当てたい!

千華あゑか

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第20話 生者の責務

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 だが、そのつかの間の感傷も一度波が引いてしまえばたちまち現実に引き戻されてしまう。

「それじゃ、そろそろ戻ろっか。村のこと……、お姉ちゃんに話さなくちゃ……」

 天災の傷痕きずあと残るティーチ村には、まだ村人たちの悲痛な叫びが絶え間なく響き渡っていた。その暴力的なまでに死がむき出しの光景は、大人であっても吐気を催すには十分すぎる。
 テララに至っては――。

「どうしてこんなことに――ウグッ!?」

 改めてその立ち込める死臭に圧倒され、嘔吐えずき、ただ無力に立ち尽くすしかなかった。五体満足であるはずの身体が、今にも碧い炎が腹を喰い破って燃え上がり、全身を焼きつくしてしまいそうな。そんな強烈な錯覚に襲われる。耐え切れず膝を着いたテララの嗚咽おえつが納まらない。顔の血の気も失われてゆく。
 今にも気がどうにかなってしまいそうな振るえる少女の手を、また握り締める小さな手があった。

「ソーマ……? あ、ありが……とう……」
「テ、ララ? ナ……。ナ、ナキ……?」
「う、ううん……。もう……、平気だから……。でも……。手、少しだけつないでても、いい……?」

 ぎこちなく頬を吊り上げ歯を見せてみても、その銀眼に映るテララの表情はひどく影が下りて怯えたものだった。
 人の身が焼ける臭い。いだことのない悪臭が鼻にまとわわり付き、腹の中を掻き乱す。腹にはろくに詰めてもいないのに、テララの吐気は当分納まりそうにない。
 震え、嘔吐き、何度も立ち止まるテララに付き添うように、ソーマはその手を握り、二人は姉の待つ部屋を目指した。
 その帰り際、たった一つの小さな支えにしがみ付く少女の瞳に、瓦礫を掻き分け助けを請う血塗れた何かが映り込んだ。

「――ヒャッ!?」

 ――人の手だ!?
 その方に意識を向ける。微かだが弱々しい、助けを求める声が聞こえる。どうやらその腕は子供のもののようだ。確か、その辺りに住んでいたのは年の近い少女の家族だったか。
 崩れ落ちる家屋。真っ赤に血塗られた手。人の焼ける臭い。止むことのない悲鳴。腹底から沸き上がる恐怖。
 ――怖い。
 正直なところ、それがテララが真っ先に抱いた感情だった。けれど少女は知っている。その恐怖に立ち向かい、掴んだ手の先の温かさを。本当に怖くてたまらないのは、その手を伸ばす者であることを。喉元まで込み上がった臆病者の自分を必死に呑み込んで、テララはその幼い腕を助けるべく慌て駆け寄った。

「い、いま……。ウグッ!? ……今、た、助けてあげるからねっ!!」

 その余りにも小さすぎる腕は血で本来の色が定かではないが、まだヘキチョウがその碧を灯らせてはいなかった。幸い隣にはソーマが居る。巨体のあのスクートスを一人でひっくり返してみせた剛腕の持ち主だ。瓦礫に埋まった身体を引き出すのもきっと苦じゃないかもしれない。

「ほ、ほらっ! 手を伸ばして……! あと……。あと、ちょっとだよ……!? ――キャッ!?」

 しかし、それはわずかに遅かった。まだ少しだけ未熟だった。
 瓦礫の隙間から伸びたその腕を掴もうとテララが手を伸ばしたまさにその瞬間。崩れかけていた家屋が一気に倒壊し、消え入りそうな命で生きたいと叫ぶ幼い腕を残酷にもし折り潰し去った。
 うめきすがる声が、必死で助けを求める祈りが、崩れる轟音の中へと呑まれ途絶えてしまった。

 間一髪のところでテララはその瓦礫に呑まれずに済んだ。だが、それで本当によかったのか。
 静かに揺らぐ碧い炎と、それに呑まれ灰塵へと朽ちてゆく少女の腕が、深緑の瞳が燃え盛るように映り込む。

 もっと私がしっかりしてたら。

「うそっ!? 待ってっ!!!?」

 臆病で自分勝手じゃなかったら。

「待って……! 今っ! いま……私……が……。そん、な……」

 もっと早く気付いてあげられてたら。

「助けてあげるよって……言ったのに……」

 また私が……。ワタシノセイ……。

「……あ、……ああ……。あ、あ……、――ウグッ!!!?」

 途絶えることなく村に響く悲愴に満ちた無念や怨嗟えんさ。それはまるで生者への憎悪、嫌忌けんきとなってテララの胸を握り潰してゆく。
 全身に爪を立て襲い来るそれにテララはたまらずその場から、この現実から逃げるようにソーマの手を引いて姉の下に急ぎ駆けて行った。





 幸い、ソーマが落ちた際の床板がちょうど外と居間を繋ぐ道となっていて、何とか姉の待つ部屋に辿り着くことはできた。

「やあ。随分と遅かったね。ピウはどう――」
「お……、お姉ちゃんっ……!! 私っ! 私っ……!!」
「ウグッ!? ……っと。よしよし……。そう……、がんばったんだね」

 部屋に戻った途端、テララは寝床に座り込んだままの姉の懐に飛び込んだ。そして、それまで堪えていた恐怖を吐き出すように声を上げて泣き崩れた。

「つい怠けちゃってさ……。あんたばっかりつらいこと任せて、ごめんね……」

 必死でしがみ付く妹にその理由を訊ねることはしなかった。この一大事だ。腕の中で小さく震える背中を、いつものように茶化したりはしない。ただ優しく、薄汚れてしまった髪をそっと撫でてやる。
 そうしてしばらくの間、テララが落ち着くまでなだめられていると、この家には似つかわしくないほどに大柄な影がその身をかがめながら部屋の戸口を叩いた。
 村の中では珍しく図体が大きく、短髪でえらの張った顔に短い顎髭を蓄えた中年の男だ。

「チサキミコ様っ! 無事ですかいっ!?」

 その大男はどうやら左腕と頭をやられたらしい。袖を裂いて宛がったのか、粗末なボロ布で覆われた傷口からは痛々しく血がにじみ滴っている。

「ああ、守部もりべの。有り難いことに、あたし等はみんな無事だよ」
「そりゃあ何よりで。今回は随分と酷くやられちまって、村中酷い有様だ。流石に俺も泣いちまいそうってもんで」
「フフッ。でかい図体して、気色悪いこと言わないでほしいね」
「ガハハハッ、違いねえ。相変わらずチサキミコ様は人当たりがきついですなあ」
「そっちも相変わらず一言多いみたいでなにより。で……、外は? どれくらい酷いの?」
「ああ、酷いなんて生易しいくらいです。まだ部下の奴から様子を聞きまとめていないですが、村の半分以上は恐らく……」

 この大柄の男、デオは村の警守を任されている守部の団長だ。
 デオ団長が語る村の様子に、落ち着きはじめていたテララの手がわずかかに強張る。
 そう感じた姉は再びその頭を宥めながら話を詰めてゆく。

「そう……、半分も……。そりゃ随分やられちまったね。少し、早いかもしんないけど、それなら早めにこもった方が良さそうかもね」
影籠かげごもりですか? まだ少し早い気もしますが……。ふむ、確かに。単純に運ぶ人手が半分になったとすりゃあ、食糧の拾集やら荷造り、あと岩間までの移動にも日がかかっちまうかもしれねえ」
「村の中でまだまともに建ってる家は、他にいくつくらいあった?」
「今見てきた限りですと、チサキミコ様の所以外はどこも崩れちまって、建っている家なんて1つも見当たらなかったですが。何か考えがおありで?」
「あたし等の所だけか……。そっか……。それじゃ、あまり当てもない。酷な話になるかもしんないけど、動ける連中で怪我した者たちを家の前にでも集めて、使えそうな物持ち寄って皆で看てやって。その方が安心するでしょ」
「なるほど。分かりました。部下が戻ったら自分が指揮をとって急ぎ進めます」
「あんな騒ぎのあとだからさ。みんなで辛抱して、動ける者は手、貸し合わないとね。それじゃ、後のことは頼んだよ」
「へい。では一度部下の様子を見てきます。また後で」

 村の今後の方針が固まった。
 村長からの命を受け、デオ団長は視界を覆う血糊を払うと、左腕を抱えながらも勇みよく部屋を出て行った。痛がる素振りも見せず、下手に傷心を刺激する言葉もかけない。良くも悪くもその図太さは、村の危機に抗う場面では頼もしくもある。

「ふう……。これで少しは、休めそう……かな……」

 そうしてデオ団長の姿が見えなくなったところで、姉の表情が不意に歪んだ。
 テララがその様子に気が付くよりも先に、妹を抱きかかえたまま覆い被さるように倒れ込んでしまった。

「……お、お姉ちゃんっ?! どうしたのっ?」

 それまで何ら普段と変わりない調子で話していたものだから、突然自分にのしかかる姉にテララは戸惑いを隠せない。
 また、寝ちゃった……?
 いぶかしく思いながらその腕から一度離れ、寝床に伏してしまった姉の容態を確かめてみる。正面から診る分には特に変わった様子はないようだ。
 やっぱり寝ちゃっただけ? にしては何だろ……? 気持ち良さそうじゃないというか……。少しだけ、苦しそう……?
 首を傾げながらテララはまた赤く腫れてしまった目をその背後に、死角になっていた後方に回した。
 ――ヒャッ!?
 泣き疲れた深緑の目がその一点囚われ、一切の瞬きを奪われてしまった。

「おっ!? お姉ちゃんっ!? そ、その傷どうしたのっ!!!?」

 弱々しく折れ曲がった腰辺り。有ろうことかイナバシリで飛散した土塊が、あの分厚い布山を貫いて突き刺さっていた。見ればわずかだが血が滲み出している。傷が深そうだ。

「……い、いやっ! いやだよ……。お姉ちゃんまで……、居なくなっちゃやだよ……!! お姉ちゃん! お姉ちゃんっ!!!?」

 ようやく落ち着かせたばかりだと言うのに、姉の努力虚しくテララはまた泣き喚きはじめてしまった。
 やれやれ。手が掛からないんだか、掛かるんだか……。
 見る見る内に取り乱していく妹に見兼ねて、眠気を我慢して柄にもなく重たくなった口をまた開く。

「もう……、いい加減泣くのよしなって。ウグッ!? ……ほんの少し刺さっただけ、だからさ……」
「ほ、ほんとに……?」
「多分、布で押さえとけば……どうってことない……よ。アググッ!? ……だからさ? 泣いてないで押さえてくれると……、ありがたいんですけど……?」
「えっ、あ、うんっ! うんっ!! すぐやるっ! すぐ押さえるねっ! ――ああ、でも使えそうな布がもう……」
「イッツッ!? ……そんなの、この破けたの使えばいいから……。ほら、お願い……」
「わ、分かった!」

 手当する側が手当てされる側に指図される奇妙な構図だ。
 そこまで口にすると、腰に突き刺さったそれを力一杯に抜き去り、破れた布をテララに突き出す。口調こそ普段を装ってはいるものの、余談も、余所見も許さない動きだ。
 壁際に投げ捨てられた真っ赤な土塊は、手の平大はあるだろうか。おそらく傷は深いはずだろうに――。
 受け取った布を一度払い言われるまま、促されるままに、テララは姉の傷口に宛がった。布の一部を小さく丸めて傷口に詰め、更にそれを畳んだ布で押さえながら、腰全体を裂いた布で巻いてやる。なんとか形にはなった。

「アッグググッ!?」
「あっ!? ご、ごめん! 痛かった……?」
「ううん……、ありがと。流石、手際がよくて、あんたが妹で助かったよ。……んじゃ、続けて悪いんだけどさ……」
「うん。何……?」
「あたし……、このままちょっと休ませてもらうから……。あんた、もし動けそうだったら、守部たちを……。みんなを手伝ってやれる……?」
「デオさんたちを?」
「さっき、話し聞こえてたなら分かるだろうけど……。今、村のみんなも大変……だからさ……。またあんたに甘えて悪いんだけど……。落ち着いたらでいいからさ。手……貸してあげて……」
「う、うん。分かった! あ、んと。だからもう、無理して話さなくていいよ? ゆっくり休んで?」
「ハハハ……。ありがと……。んじゃ、お言葉に甘えて……、おやす……み…………」

 そう言って姉はいつものように首輪の付け根辺りを掻きながら、壁を向いて破けた掛け布に起用に包まった。そして向けられた背中が大きく浮き沈みを繰り返しはじめたかと思えば、早々に寝息を立てはじめた。どうやら相当、限界だったみたいだ。

「落ち着いて……。頑張る……、私なら頑張れる……。よしっ……と! あ、あれ? 脚が……。力、入らない……!?」

 身をていして自分たちを守ってくれた姉の頼み。
 早速、デオ団長の下へと意気込んでみたものの、どうやらテララも限界のようだ。きっとそれまでの緊張が今になって途切れたのだろう。少女の身体はその意に反して、それこそ土塊が崩れるようにその場にへたり込んでしまった。小さな肩に大岩が圧し掛かるような猛烈な疲労感が一気に押し寄せる。

「ふーーんしょ! うーーーーんしょ! だめだ。やっぱり立てないや……。もう、どうしよう……」

 今だから頑張らないといけないのに……! もう嫌い……!
 すっかり出鼻をくじかれてしまってテララはご機嫌ななめだ。斜めついでに視線を横へずらしてみると、いつの間にかこちらでも寝息が立っていた。破れて穴の開いた絨毯じゅうたんの上で、ソーマも身を丸くしてこれまた随分と気持ち良さそうだ。

「みんな、大変だったもんね……。疲れちゃうよね……。よい、しょ……。よいーーしょっと……」

 腕の力だけで床を這いながら、近くにあった適当な布をそっと掛けてやった。生憎、どの掛け布も穴だらけで、夜も深くなると寝冷えしないか心配なところだが、この際、いくつか重ねておけば平気だろう。

 その頃、外はすっかり日が沈み、かしいでしまった天窓に切り取られた空は紫黒色に染まっていた。壁に開いた穴からは傷んだ身体に沁みる夜風が流れ込んでくる。
 二人の寝息がひどく懐かしい。

「私もちょっとだけ……。このまま……、また、あと……で……」

 静かな二つの吐息に誘われて、見守るテララもゆっくりと薄れゆく意識に身を任せることにした。
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