冴えない理系大生はVRゲーム作って一山当てたい!

千華あゑか

文字の大きさ
29 / 36
※アクセス制限につき解読不可(訳:改装中につき読み進めることを推奨いたしません)

第22話 地平に溶ける凄惨(せいさん)の月

しおりを挟む
 救護舎では早くも半分ほどの壁が作り終えられていた。と言っても、壁に用いられた布に新品の物など一つもなく、破けた穴からは冷たい夜風が吹き込んでくる。傷負い疲弊した身体にはさぞ応えるだろう。

「うううう……、寒い……。早く、ご飯配らなくちゃ」

 袖口やらから吹き込む夜風に身震いしながら、テララはまず両腕に当て木された怪我人の傍らに座った。

「あ、あの、お夕飯持ってきました。食べられそうで――」
「うぐぐっ……、うがあああああ!!!? ふざけるなああああ!!!!!!!!」
「――キャッ!?」

 一体何を間違えたというのか。寝込みや死角から急に声をかけた訳ではない。テララは努めて物静かにその者に食事を勧めただけだけだ。
 それだというのに、その男は突然大きなうなり声を上げて、振り上げた腕をもってテララを薙ぎ倒した。
 ――アツッ!?
 その弾みでスープがこぼれ、細い手が真っ赤に腫れる。

「この腕で! この……どうやって仕事ができるって言うんだ……!! どうやって……、どうして……! 守ろうと……したんだ……。なのに、なのに俺だけが……! 俺だけ……うぐっ。こんな腕っっっっ!!!?」
「……あ、あの……、また新しいの運んできますね。その……、私がお口まで運べば食べ――」
「いいからっ!! 放っておいてくれっ!!!!!!!!」

 自分の言葉に嘘はつきたくない。テララは焼けるような熱さを必死でこらえながら、努めて穏やかに笑顔を向けた。
 けれど、その男性の荒ぶる後悔と自責の怒号に、そんなもの通用しなかった。全く届かなかった。それは返って男をさいなませるだけだった。
 その生涯全てを呪い憎しむ叫びに気圧けおされるまま、少女はかける言葉も、固めたばかりの意思も見失って一度調理場へと戻っていった。





「おや、早かったね。もう1人目終わったのかい?」
「……あっ、いえっ!? えっと……、運ぶ途中でつまづいて溢しちゃって……。ぎ足してもらいに……」
「ああ、そういうことかい。火傷しなかったかい?」
「――へ、平気です!」

 咄嗟に後ろ手に隠した手を握り締めた。

「あれが来た後だったから歩きづらかったでしょ? 悪いね、さっきは少し多くよそいすぎちゃったかね」
「そ、そんなことは……ない……です……」

 だめ……。我慢しなくちゃ……。

「少しくらいこぼれちまっても、まだまだあるから全然気にしなくていいからね。急がなくたっていいんだ。テララちゃんのやりやすいようにゆっくりとね。……はあい。それじゃまたお願いね?」
「すみません……。あ、ありがとうございます……!」

 ――気持ち悪い……。
 未熟な決意。つくろった善意。村の深刻な現状。理不尽な仕打ち。分け隔てない優しさ。
 何一つちゃんと向き合えないまま。息を吐くように付いたみじめめな嘘。
 ――すごく気持ち悪い……。
 今にもその深緑の瞳はにじみ曇ってしまいそうだった。
 きっと調理場に戻った際の顔もろくに誤魔化せていなかったのだろう。少しだけ明るさの増したムーナの声色が、今のテララには苦しかった。
 こんなつもりじゃなかったのに……。ううん。まだ……。まだ、諦めちゃだめ……!
 とめどなくあふれてきた自分の弱さ。うみのように何度振り払ってもにじみ出てくるそれを奥歯でぎゅっと噛みしめて、テララはもう一度救護舎へと爪先を向けた。





 気を取り直して、今度は先程の向かい側で横になる村人の下に食事を運ぶことにした。
 何がいけなかったんだろう。もう少し静かに話しかけたらよかったのかな? 今度は上手くできるかな……。また、怒られるかな……。

「あの、お夕飯……、持ってきました。よ、よかったら食べて、下さい……」

 失敗に捕らわれて、答えのない自問を繰り返す。そんな状態で相手の顔も見ずにかけた声には、気弱さが残ったままだった。食事を持った手が微かに震えている。発せられた言葉から、幾分相手への配慮が薄れてしまう。
 情けない。声が全然張れない。顔も見れないなんて……。
 誰かを気遣う気持ちより、自分の心配ばかり。憂うつな影が小さな胸内にまたその影を伸ばしてゆく。

「……ああ、ありがとう。その、気が沈んでしまってるところすまないけど、食べさせてくれはなしいかな?」

 それは思いがけない言葉だった。期待することすら忘れてしまっていた言葉だった。
 いたって平凡でありきたりなのに、随分と遠回りをしたような感覚。そのほんの些細な一言が、無意識に食事だけを置いてその場から去ってしまおうと背を向けた少女の影を払ってゆく。
 テララは涙ぐんだ瞳を見開いて固まってしまった。

「…………え? 今……、何て……?」

 聞き間違いだったかもしれない。知らない内に弱さに甘えた自分が望んだだけかもしれない。そんな不安が少女らしさを閉じ込めて放さなかった。
 一度息を深く吸い呼吸を整える。自分の歩幅でゆっくりともう一度。そうして糸くずくらいにちっぽけになった自分らしさを握り締めて、テララはその方に向き直った。でもだめだ。まだその者の顔を真直ぐ見られそうにない。

「……ああ、いや。余裕があればでいいんだよ。食事を手伝ってもらいたいんだ」
「その……私でもよければ、お手伝い……します……」
「優しいんだね。ありがとう。私はドーテと言うんだ。その声はえっと……」
「テ、テララです……」
「ああ、チサキミコ様の妹さんか。情けないことに眼をやられてしまってね。君の顔を見るどころか、自分の身体が今どうなっているかさえ分からないんだ。気が付かなくてごめんよ」

 優しくかけられた声のとてつもない違和感。
 固い木の実の殻がひび割れる。そんな鋭い衝撃が頭の天辺から胸の中。自分大事さでうずくまっていたテララを貫いた。
 その男性の言葉に、はたと視線を引き寄せられた瞬間。目に飛び込んだその状態にテララは思わず息を詰まらせた。
 顔面を赤黒く汚れた帯で何重にも巻かれた痛々しい姿がそこにはあった。両眼があるはずの箇所が大きく窪んでいる。恐らくはもう。むごいことに、右腕と左膝から下も見当たらなかった。

「さっき、向こうで怒鳴られていたのも.その、君かい?」
「……えっ!? あ、はい……」
「そうか。それは気の毒だったね……。顔が見えないから当てずっぽうになってしまうんだけど。向かい側の人.染工せんこうのコールさんじゃないかな?」
「確か、そうだったと思います……」
「さっきの様子だと腕を痛めたのかな? あの人、とても仕事熱心な人だってよく聞いてたから。それにあれの所為で奥さんまで……。ずいぶんと気が滅入っただろうね。大声で取り乱してしまうのも分かる気がするよ」
「そう……、だったんですね……」

 まだ赤みの引かない手がうずいた。

「根はすごく真面目で、繊細な人なんだそうだ。だから、……今回のことは、あまり悪く思わないであげてほしい」
「…………は、い……」
「だから、テララちゃん。君は何も悪いことなんてないんだ。こうして怪我した僕らに食事を運んでくれる。むしろ感謝したいくらいなんだよ。本当に、ありがとう」
「……い、いいえ……。そんな……。あ、ありがとう……ございます……」

 顔が見えない。そのはずなのに、ドーテの表情はとても優しく、怯え強張ってしまっていた少女の怖気おじけをそっと語りほぐしていった。

「僕もここに運ばれて手当てを受けるまでは、彼のように混乱してたから分かるんだ……。とは言っても、僕は彼のように何か手に職を持っていたわけでもない。ただの独り身だったから、諦めがついただけなんだろうけどね……痛ててて……!?」
「あ、無理に起きようとしなくてもっ! 今、お口まで運びますね?」

 この惨状では度々忘れられてしまう人の温かさに、普段の調子を少しずつ取り戻す。まだ若干潤みがちではあったが、深緑の目はもううつむくことはなかった。その逃れようのない現実から背けることなく、今度はちゃんと自分にできることを見据えている。そんな目をしている。
 テララは膝の上に彼の頭を置きながら、十分に冷ませたスープを汚れた帯の間から口元に運んでやった。

 その視界の片隅では、クス爺が汗を噴き上げながら施術を施しているのが見えた。死期迫る村人たちをなんとか生き永らえさせようと独り猛然と闘っている。
 クス爺、無事だったんだ。よかった……。1人でみんなの傷を診て回ってるんだ。私も、まだ諦めちゃだめだよね。 こんな惨事だからこそ、良く見知った姿一つ見られただけで救われる。怖くないと言えば嘘になるかもしれない。それでも随分落ち着いた眼差しで、テララはドーテの食事をスープが空になるまで手伝ってやった。

 食事の後、ドーテは一言礼を添えると、とても穏やかな表情で眠りに就いたようだった。
 それからテララは臆する素振りは見せなかった。クス爺の背中を追うように、術後の怪我人の下に懸命に食事を運び続けた。
 理不尽な罵声を浴びようと。いたたまれない有様で、碧い炎がくすぶり泣きわめかれようと。五体満足な身体の自分に何度自己嫌悪しても、テララはにじむ目元を拭って、たくましく介抱を続けた。
 それは、灰白かいはく色の月がもう少しで地平の彼方へ隠れてしまうほど、辺りに鳴り響いていた叫喚や叱責の声がすっかり寝静まる頃まで続いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

月弥総合病院

僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

リボーン&リライフ

廣瀬純七
SF
性別を変えて過去に戻って人生をやり直す男の話

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

処理中です...