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プロローグ 英雄の最期
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俺たちは甘かった。
「第2階層防御反応、I2システム起動。貪食開始」
「こ、こいつ! 腕が伸びて――!?」
偽りの平和。生かされた幸せ。計られた死。
無残に引き裂かれた最後の家族。妹や幼馴染。いくら自分の無力を呪って殴りつけても、消えることのないこの胸の痛みさえ。
俺の両親の代よりずっと前から。その全てが、たった一つの存在よって綿々と繰り返されてきた。それを今日、この手で打ち破ることができる。浮かれていたんだ。
「逃げろっ!?」
「――なっ!? お前、何をっ!?」
「グゴオオオオオオッ!!!?」
「おい!? しっかりしろっ!!!!」
俺たちの村だけじゃない。この世界に不満を、疑心を抱いていた勇士たちが両手で数え切れないくらい大勢集まったんだ。皆、この造られた世界を一緒に壊そうと息巻いていた。寝る間も惜しんで計画を練り、鍛練に励み、酒も飲み交わした。頼もしかった。掛け替えのないほど嬉しかった。それだと言うのに――。
「お、俺たちにはまだ無理、だったんだ……。ウググッ!? 村を、世界を……救うだなんてよ、ガハッ!?」
最後の最後まで俺を守ってくれていた腐れ縁のクソ野郎が、俺を突き飛ばし身代わりとなって奴の毒牙にかかってしまった。首を絞め上げられ、俺の傍からどんどん遠く、離れてゆく。
やめてくれ。もう、これ以上は見たくない! 見せつけないでくれ……! 壊さないでくれ……。
「もういい! それ以上喋るな!! 今、助けてやる!! 絶対にだ!! そしたらもう一度打って出よう!! まだやりようはある!!」
「や、やめろ……! お……お前まで無駄死に、する気か……!!」
無駄死に。そうだ、まさしくその通りだった。奴の根城に攻め入ったところまでは計画通りだった。だが、そこまでだ。こんな短すぎる武勇伝なんて酒のツマミにさえなりゃしねえ。
何処からともなく冷たく表情のない声が聞こえた次の瞬間には、仲間たちの身体は物言わぬ肉の塊となっていた。何もなかった場所から、意識の、予想の遥か外からの迎撃。何が起こったのか。視界を真っ赤に塗りつぶされ、まるで理解できなかった。
「ゴハッ!? ……これで、いいんだ……。これは、負けじゃ……ない。負けであって……たまる、か……。ウググッ!? そ、そう……だろ?」
吊り上げられたその身体が、手足が、あらぬ方へ捻じれ、引き伸ばされていく。
「このこと……村に、……帰って、もう、一度……出直す……んだ。グオオオッ!? そ、そう……すりゃあ……、次、こそ……勝てる。守れる、だろうさ……」
「なっ、何言ってんだ!? それならお前も一緒だ!! 俺だけおめおめと帰れるわけねえだろっ!!」
「――聞き分けろ、この間抜けっ!!!! こんなこと……、何度も、繰り返してたま、るか……!! お……お前が、始めたことだ。お前が……居たから……俺たちは、こんな……ところまで、グアアアッ!? まだ……、まだ、お前は責任を、果たして……ない。最後まで、お前らしく……皆を巻き込んで……、俺たちの……夢……を……叶えて……」
「……くそう!」
「頼ん、だぜ……。相棒……グガッ!? グアアアアアアアアッ!!!?」
「やめろおおおおおおおおおおおっ!!!!!!」
捻じ切られた身体から弾け飛んだ。真っ赤に、無残に、惨めに。
向見ずな俺の悪ふざけに筋を通してくれた。気に食わないこと、間違ってることを俺がぬかした日には、全力でぶつかってくれた。夜が明けるまで殴り合って、潰れた顔を突き合わせて笑い合った。大切な人を失って荒れていた俺に、清々しくてもったいなさすぎる居場所をくれたんだ。
「……なのに、どうしてまた俺は……」
相棒の最期の言葉。逃げるか。それとも――。
「んなものっ!? 選ばずに居られるわけねえだろおおおおっ!!!! くそったれええええええっ!!!!」
――グゴハッ!!!? ボハッ!? ……ち、ちく、しょう……。
まるで身体が失くなっちまったように力が抜けて、地面に叩きつけられた。
それが、どう……した……ボハッ!? まだ、やれ……る……。
だが、どれだけ力んでも、叫んでも、起き上がれない。息が、熱い。苦しい……。それならば這ってでもあの野郎に喰らい付いて、俺たちの思いの丈を力の限りその身に刻み込んでくれる。武器を取ってもう一度――。
……こいつは、俺の脚じゃ、ねえか……。ハハッ……、笑え、ねえ――ガハッ!?
桶いっぱいの水をぶちまけたみたいに俺たちの夢が崩れて、こぼれていく。赤く濁った視界の中に仲間たちの声が、想いが消えてゆく。
……もし、……もしいつか、やり直せ、たなら……。今度、こそ……、こいつら、を……。この世界を……………………。
「外来性発熱原。排除完了。防御反応、解除。実行プロトコル、管理形態に移行」
冷淡な声はそれを最後に再び暗闇の奥へと還る。
鍛度も、力も、覚悟も。己が大願を世界から奪い取るには、どれ一つとして充分ではなかった。誰一人としてその道理をわきまえ、正しい選択を歩んだものはなかった。ただただ無謀に、無駄に、夢を、未来を叫び足掻いた骸が、冷たく赤い澱みの中へと静かに沈み果てた。
「第2階層防御反応、I2システム起動。貪食開始」
「こ、こいつ! 腕が伸びて――!?」
偽りの平和。生かされた幸せ。計られた死。
無残に引き裂かれた最後の家族。妹や幼馴染。いくら自分の無力を呪って殴りつけても、消えることのないこの胸の痛みさえ。
俺の両親の代よりずっと前から。その全てが、たった一つの存在よって綿々と繰り返されてきた。それを今日、この手で打ち破ることができる。浮かれていたんだ。
「逃げろっ!?」
「――なっ!? お前、何をっ!?」
「グゴオオオオオオッ!!!?」
「おい!? しっかりしろっ!!!!」
俺たちの村だけじゃない。この世界に不満を、疑心を抱いていた勇士たちが両手で数え切れないくらい大勢集まったんだ。皆、この造られた世界を一緒に壊そうと息巻いていた。寝る間も惜しんで計画を練り、鍛練に励み、酒も飲み交わした。頼もしかった。掛け替えのないほど嬉しかった。それだと言うのに――。
「お、俺たちにはまだ無理、だったんだ……。ウググッ!? 村を、世界を……救うだなんてよ、ガハッ!?」
最後の最後まで俺を守ってくれていた腐れ縁のクソ野郎が、俺を突き飛ばし身代わりとなって奴の毒牙にかかってしまった。首を絞め上げられ、俺の傍からどんどん遠く、離れてゆく。
やめてくれ。もう、これ以上は見たくない! 見せつけないでくれ……! 壊さないでくれ……。
「もういい! それ以上喋るな!! 今、助けてやる!! 絶対にだ!! そしたらもう一度打って出よう!! まだやりようはある!!」
「や、やめろ……! お……お前まで無駄死に、する気か……!!」
無駄死に。そうだ、まさしくその通りだった。奴の根城に攻め入ったところまでは計画通りだった。だが、そこまでだ。こんな短すぎる武勇伝なんて酒のツマミにさえなりゃしねえ。
何処からともなく冷たく表情のない声が聞こえた次の瞬間には、仲間たちの身体は物言わぬ肉の塊となっていた。何もなかった場所から、意識の、予想の遥か外からの迎撃。何が起こったのか。視界を真っ赤に塗りつぶされ、まるで理解できなかった。
「ゴハッ!? ……これで、いいんだ……。これは、負けじゃ……ない。負けであって……たまる、か……。ウググッ!? そ、そう……だろ?」
吊り上げられたその身体が、手足が、あらぬ方へ捻じれ、引き伸ばされていく。
「このこと……村に、……帰って、もう、一度……出直す……んだ。グオオオッ!? そ、そう……すりゃあ……、次、こそ……勝てる。守れる、だろうさ……」
「なっ、何言ってんだ!? それならお前も一緒だ!! 俺だけおめおめと帰れるわけねえだろっ!!」
「――聞き分けろ、この間抜けっ!!!! こんなこと……、何度も、繰り返してたま、るか……!! お……お前が、始めたことだ。お前が……居たから……俺たちは、こんな……ところまで、グアアアッ!? まだ……、まだ、お前は責任を、果たして……ない。最後まで、お前らしく……皆を巻き込んで……、俺たちの……夢……を……叶えて……」
「……くそう!」
「頼ん、だぜ……。相棒……グガッ!? グアアアアアアアアッ!!!?」
「やめろおおおおおおおおおおおっ!!!!!!」
捻じ切られた身体から弾け飛んだ。真っ赤に、無残に、惨めに。
向見ずな俺の悪ふざけに筋を通してくれた。気に食わないこと、間違ってることを俺がぬかした日には、全力でぶつかってくれた。夜が明けるまで殴り合って、潰れた顔を突き合わせて笑い合った。大切な人を失って荒れていた俺に、清々しくてもったいなさすぎる居場所をくれたんだ。
「……なのに、どうしてまた俺は……」
相棒の最期の言葉。逃げるか。それとも――。
「んなものっ!? 選ばずに居られるわけねえだろおおおおっ!!!! くそったれええええええっ!!!!」
――グゴハッ!!!? ボハッ!? ……ち、ちく、しょう……。
まるで身体が失くなっちまったように力が抜けて、地面に叩きつけられた。
それが、どう……した……ボハッ!? まだ、やれ……る……。
だが、どれだけ力んでも、叫んでも、起き上がれない。息が、熱い。苦しい……。それならば這ってでもあの野郎に喰らい付いて、俺たちの思いの丈を力の限りその身に刻み込んでくれる。武器を取ってもう一度――。
……こいつは、俺の脚じゃ、ねえか……。ハハッ……、笑え、ねえ――ガハッ!?
桶いっぱいの水をぶちまけたみたいに俺たちの夢が崩れて、こぼれていく。赤く濁った視界の中に仲間たちの声が、想いが消えてゆく。
……もし、……もしいつか、やり直せ、たなら……。今度、こそ……、こいつら、を……。この世界を……………………。
「外来性発熱原。排除完了。防御反応、解除。実行プロトコル、管理形態に移行」
冷淡な声はそれを最後に再び暗闇の奥へと還る。
鍛度も、力も、覚悟も。己が大願を世界から奪い取るには、どれ一つとして充分ではなかった。誰一人としてその道理をわきまえ、正しい選択を歩んだものはなかった。ただただ無謀に、無駄に、夢を、未来を叫び足掻いた骸が、冷たく赤い澱みの中へと静かに沈み果てた。
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