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第四章

王妃殿下との取引き

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 風呂に入り、侍女用のお仕着せ一式を借りて着替えをし、エリザベートはルークが寝ている部屋に行った。

「毒はそれほど強い物ではなく、すぐに吐き出したので大丈夫です。念のため解毒薬も飲ませたので、ご安心下さい」
「そうですか。ありがとうございます」

 殿医の話を聞きながら、眠っているルークを見た。

(……王妃殿下のお茶会の席でこんな事が起こるなんて驚いたわ……でも、ルークが無事で良かった……)

 学園に登校した初日に、ルークがレオンハルトに殴られた。
 あの後、ルークの指導をしているスピネル公爵家の元騎士団長、カルーセンに聞いた話を思い出す。

『護衛騎士の役目は主人を守る事です。その為に、自分の命を懸ける事も厭いません。学園には王族をはじめ、身分の高い方々がたくさんいるので、対応には充分気を付けるよう指導しています。エリザベート様を守る為とはいえ、高貴な方を傷つけてしまったら、エリザベート様が責任を問われる事になりかねない。だから、自分の身を呈してお守りするようにと』

(……だからあの時、ルークは防ぐ事もせずレオンハルトに殴られたのね。そして今回も、毒が入っているという事を証明するために、自分で毒入りの紅茶を飲んだ……)

「……無茶、しないでちょうだい……」

 規則正しい呼吸をし、眠っているルークの柔らかな金色の髪を撫でながら、エリザベートは呟いた。

「ルークを買った事を、後悔したくないから……」

 コンコンコン

「はい、どうぞ」

 扉がノックされて返事をすると、侍女が入ってきて頭を下げた。

「エリザベート様、王妃殿下がお呼びでございます」
「わかりました」
 
 ルークの事が心配だったが、殿医がついていてくれるというのでお願いし、部屋を出た。



「侍女の制服なんて着せちゃって、ごめんなさいね。すぐに別の物を用意させるわ」
「いえ、このままで大丈夫です。動き易いですし、着心地が良くて驚いております」
「そう? ならいいのだけれど。……護衛の容態はどう?」
「ありがとうございます。殿医様に診ていただいたおかげで落ち着いております」
「それは良かったわ。でも、殿医が診る前に危険は脱していたようだったわね。エリザベート嬢の、治療で」
「治療というほどではございませんが……」

 どこか、探るようなニュアンスのある王妃の言葉に、エリザベートは気づかない振りをする。

「なにせ、数か月前に自分自身が体験しておりますので……その時の経験が役に立ちました。水を飲んで吐き出して、を繰り返して、体内から毒を出したのが良かったようです」
「わたくしは見ていなかったのだけれど、最後にあなたが出した水を飲ませたら、だいぶ顔色が良くなったとか? 何か特別な力があるのかしら?」
「それなら嬉しいのですが……残念ながらわたくしは水魔法の力しかもっておりません。ただ、わたくしの出す水は冷たくておいしいと評判で、公爵家の騎士達は皆、訓練後に飲んでおりますので、彼も馴染みのあるその味にホッとしたのかもしれません」
「……そう……フフッ、とにかく良かったわ」

 それ以上言及する気は無いようで王妃は微笑み、そして、スッと真面目な表情になった。

「改めて、感謝と謝罪を。わたくしが管理する場所であのような危険な目に遭わせてしまい申し訳なかったわ。護衛騎士も侍女も多くいたというのに、気づいたのは貴女の護衛だけだったとは情けない……どちらを狙っての事かまだわからないけれど、この事はきちんと調査のうえ、結果を知らせると約束します」
「……王妃殿下に何も無く、本当に良かったです。わたくし共の事は、お気になさらず」

(……本心ではないけれど、臣下として言うべきなのはこういう事だわ。でも……)

「ただ、今後の事を考えると、誰がどういう目的でこのような事をしたのか、知らなければならないと思います」
「そうね。弱めの毒物だったとはいえ、安心して過ごせないからしっかり調べるわ。……せっかく、今後は仲良くできると思った矢先に残念だけれど、事実がハッキリするまでは安全の為にも交流を控えた方が賢明なようね。ああ、ドレスとシュークリームが……残念だわ」
「それでしたら、シュークリームのレシピをこちらの料理人にお教えしましょうか?」
「ええっ?」

 驚いたようにエリザベートを見つめる王妃。

「シュークリームのレシピを?」
「はい」
「うちの料理人に?」
「はい。そうすれば、今後お好きな時に作らせる事ができて良いかと」
「それは、そうだけれど……いいの? 貴重なレシピを教えてしまって」
「はい。もちろん、多くの時間と労力をかけて作り出したレシピですから、今のところ一般に公開する予定はございませんが、王妃殿下にでしたら喜んで献上致します。但し、お願いしたい事がございます」
「何かしら? わたくし所有のエメラルド鉱山くらいならすぐに譲渡できるわよ。さすがに、ダイヤモンド鉱山は一人の判断では無理だけれど、少し時間をもらえれば陛下に相談して」
「い、いえっ! そのような事ではなく!」

(宝石鉱山なんてもらっても……いえ、まあ、将来独立した後の資金は多いに越したことはないけれど、でも、あまりにも多すぎる対価は怖いわ! それにわたしがお願いしたいのはそういう事じゃなくて……)

「実はわたくしの作る菓子は、美味しいのですがこれまでの菓子よりも太りやすいのです。たまに、少しだけなら大丈夫ですが、毎日大量に食べ続けては、太ったり、お肌が荒れたり、健康を害する可能性がございます。なので、その点ご注意いただきたい、という事で、対価を頂きたいわけではございません」
「まあ! そうなの? わかったわ、充分注意をして、決して貴女のせいにしたりしないと約束するわ」

(貴女のせいにしたりしないって……自己責任で沢山食べるということ……ではないわよね? 大丈夫よね?)

 少々の杞憂を、エリザベートは頭の端に追いやった。

「……それにしても、何か礼はしないと。何がいいかしら。わたくし所有の宝石が沢山あるんだけど、見てみる?」
「いえ、本当に、そう言っていただけるだけで胸がいっぱいです」
「でもねぇ……ああ、そうだわ、布地や毛皮はどう? 他国から献上された物等、使いきれないほど沢山あるのよ」
「布地! それはとても興味がございます。うちの仕立て人は、珍しい布地や素材に目が無くて」
「そうでしょう、そうでしょう。なにせシルクという、この国では馴染みのない布地でドレスを作った人物ですものね。見繕って、公爵邸に届けさせるわ。もし気に入ったものがあって大量に取引したい時には、わたくしが外交の者に取り次いであげましょう」
「ありがとうございます」
 
 思わぬ収穫だ。
 
(マダム・ポッピンが喜ぶわ! それに、わたしの独立後の一番の資金源となるだろうし、今のうちに出来る限り大きくしておきたいから、本当に嬉しいわ)

「何か困ったことがあったら、遠慮なく頼って頂戴ね。わたくしはエリザベート嬢の味方だから」
「ありがとうございます。では早速、シュークリームの作り方をお教え致しますね。ちょうど作業しやすい格好をしておりますし、ちょっとコツがいる物なので直接指導したいのですが、大丈夫でしょうか?」
「ええ、ありがたいわ。このレシピは他人に教える事無く保護するわ。もちろん貴女が教えたい場合は構わないけれど、断りにくい相手から尋ねられたら、『王妃に公開を止められている』と言っていいわよ。他のお菓子についてもね」
「ありがとうございます」

 

 その日は念の為、ルークを動かさない方が良いという事で二人は城に滞在する事となり、エリザベートは料理人にシュークリームとパウンドケーキ、クッキーの作り方を指導し、王妃にとても感謝されたのだった。



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