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第四章

護衛ではなくて 

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 結局、指名された以外で最後までその場に残ったのは、生徒会役員達とザカリーだった。
 全員そこから王城へと移動し、レオンハルトとルチア、そして四人の令嬢達は早速話を聞かれる事になった。日を置かずに即聴取が行われたのは、口裏合わせや脅迫ができないようにとの事。
 そしてその日のうちに、スピネル公爵とローズ男爵も城に呼ばれ、重臣達が集められ、緊急の会議が行われた。
 生徒会役員達とザカリーは必要に応じて話を聞かれるらしく、今日は待機になるとの事。

「……それにしても、驚いたわ……」

 食事の後、広く豪華な客室でくつろぎながら、ヴィクトリアが呟く。

「あんな卑怯な真似をしてくるなんて、思いもしなかったから」
「はい、わたしもびっくりしました。ありもしない事をでっち上げて陥れようだなんて……怖いですね」
「ミルリー伯爵令嬢が真実を言ってくれたから良かったけれど……あの言葉が無かったらと考えると、ゾッとするわ」
「あら、リザなら負けなかったでしょう?」
「そりゃあ、負ける気はしなかったけれど……時間はかかったでしょうね。脅しに屈しなかったミルリー伯爵令嬢と、ディラン様に感謝だわ」
「あ~、ディラン様……ちょっと意外だったわ。ありがたかったけれど、あの方は王太子殿下の腹心の友でしょう?」
「……だからこそ、だと思うわ。このまま放っておいては破滅するもの、レオンハルト様は」
「だよねぇ……僕も騎士として仕える国王があんな……いや、なんでもないや!」

 不敬な発言だと気付いて慌てて話を変えるリアム。

「それよりも、驚いたと言えばうちの兄が……本当に、なんとお詫びをすればいいか……申し訳ございませんでした、エリザベート様」
「リアムくんが謝る必要はないわ。もちろん、カーネリアン伯爵家にも抗議などしないわ」

(オリバーには腹が立つけれど、リアムくんに被害が及ぶのは困るもの。リアムくんはヴィヴィの大切な婚約者で、アメジスタ侯爵家の跡取りになるんですものね。カーネリアン家はオリバーでどうにかしてもらわないと)

「……リザ」
「なあに?」
「……ありがとう」
「……いいのよ、ヴィヴィ。さっき、あんな辛い場面で、一緒にいてくれて本当に嬉しかったわ」

 小声で礼を言ったヴィクトリアとキュッと手を握り、皆を見回した。

「クリス、リアムくん、ダニエル、オニキス先生、ありがとうございました。エドワード様、テオール様も、ありがとうございます。」
「……我々は、何もしなかったがな」
「大っぴらにエリザベートの側についちゃうと、第一王子派、第二王子派が、あーだこーだと騒ぐから……」
「でも、いざというときは公平な立場で物を言ってくれるという安心感があって、心強かったですわ」
「まあ……結局何の役にも立たなかったけどね」

 そう苦笑しつつ、エドワードは皆を見回して言った。

「ま、とにかく今日は城に泊まってもらう事になるよ。みんなバラバラで、監視付き」
「口裏合わせができないようにだろうな。まあ、護衛という名の監視役がわんさかといるこの部屋でなら、一緒にいていいというのだから、良い方だ」

 エドワードの言葉にテオールがそう返すと、生徒会役員のメンバーとザカリーが頷く。

「望んで残ったんですもの、文句は言いませんわ。王城に滞在するというもの、なかなか経験する事ができない事ですし」
「そうだねヴィヴィちゃん。ちょっとだけワクワクするね」
「……じゃあ、少し城の中を案内しようか?」
「えっ? いいんですか? エドワード様」
「まだ寝るには早いしね。オニキス先生もどうでしょう」
「私は……案内してもらおうか」

(断ろうとしたけれど、クリスが行きたそうにしているのに気づいて了承したわね)

 こっそり笑っているエリザベートも誘われたが、

「わたくしはいいわ。城の中はよく知っているし、会いたくない方々もいるし」
「ああ、そうだね。さっきも、元教育係の先生方に囲まれちゃって、大変だったもんね」
「ええ……」

 食事の後、偶然出くわしたのだが『私はエリザベート様こそが王太子妃に相応しいと思っておりました』だの『王太子殿下は私共の意見を受け入れて下さいません! どうかエリザベート様からお話ししていただけませんか』等、頭が痛くなるほどまくし立てられた。
 もちろん『もう関係ないですから』と逃げたが『私共はエリザベート様を支持します』『婚約者として戻れるよう働きかけます』と騒いでいた。

「それじゃあ行こうか。残るのはエリザベート、とルークだね。じゃあ、護衛の二名はここに残って、部屋の外にも二名、後の二名は一緒に来て」

 エリザベートと、共に残ると手をあげて意思表示したルークの二人を残し、他は城内見物に出かけた。

「……ルーク、気分はどう? 目の上、痛くない?」

 ソファーに腰かけた自分の後ろに立っていたルークを振り返って尋ねた。

「はい、大丈夫です。特製ポーションですっかり良くなりました」

 護衛が残っているので『特製』と言ったが、実際はエリザベートが作り出した水ポーションである。王妃殿下のお茶会での件があってから、高級ポーションよりも効くエリザベートのポーションを持たされるようになっていた。
 今回そのポーションを半分傷に垂らし、半分飲んで、ルークの怪我はすっかり良くなった。
 そう、良くはなったのだが、

「痛かったでしょう? ちょっと見せて」

 先ほどまでヴィクトリアが座っていた自分の隣に座るように呼び寄せた。

「殴られたの?」
「いえ、多分、オリバー様が上着に付けていた飾りに擦ったんだと思います」
「……赤くもなっていないし、大丈夫そうね」

 そっと傷があったと思われる場所を指先で撫でる。

「良かった……」
「ご心配をおかけしました」

 ペコリと頭を下げ、微笑むルーク。

「守ってくれて、ありがとう」
「いいえ、エリザベート様の護衛として、当然の事をしたまでです」
「それでも、よ」

 そう言ってルークの頭を撫でたが……、

「ありがとうございます」

 そう微笑まれ、なんとなく気まずくなり手を引っ込めた。

「……ルークも、城内見学に行きたかった?」
「いえ。あ、でも、見ておいた方が護衛するにあたって良かったかもしれません。後で、エリザベート様のお部屋の周辺は確認しておきます」
「ええ、お願いするわ」

 その後、ルークは席を立ち、エリザベートの後ろに戻った。

(……そうね、その位置が、護衛として正しい位置だわ。でも……)

 パーティー会場で、そして先ほどこの部屋で言われた『護衛として当然』という言葉が引っかかる。

(いつもなら、頭を撫でれば嬉しそうにするし、触れれば、照れて赤くなっていたのに……)



 そのうち、見学に出掛けていた皆が戻り、割り当てられた部屋に戻る事になった。

「僕は自室に戻りますが、皆さんは全員同じ階に部屋を用意したから安心して下さい。侍女がいますし、部屋の前には護衛がいるので、何かあった時にはすぐに声をかけて下さいね」

 そう説明をしたエドワードが、部屋を去る前にテオールと共にエリザベートの前にやって来た。

「エリザベート、僕たちは、君と一緒に見た事を証言していいと思っている」
「一緒に、というと……生徒会室での事かしら」
「そう。あの時三人で、見なかった事にしようと決めたけれど……それは、兄上が王太子、そして君がその婚約者であり続けるという事が大前提での話だったからね」
「今は、状況が違うからな。レオンハルト殿下が今のままで考えを改めないのであれば、私達も、色々と考えなければならないだろう」
「……確かにそうね……わかりました」

 頷き、二人と別れ、エリザベートは自分に充てられた部屋に移動した。
 
(専用のお風呂とトイレがついていて、なかなかいい部屋ね)

 侍女があれこれ世話をしてくれて、快適に就寝前の入浴や身体の手入れを終え、ベッドに入る。

(……ルークは、向かいの部屋だったわね……)

「はぁ」

 ため息が出る。

「何なの、わたしったら……」

 愛していると言われ、その思いを受け入れる事はできないと言ったのは自分だ。
 それなのに。

「今更、気になってどうするのよ……」

 触れられても照れなくなり、笑顔だけれども嬉しそうではないその姿に、胸が痛くなる。
 護衛として当たり前、と言われ、寂しく思う。

「オリバーのあんな姿を見たせいかしら……」

 報われる事のない思いとわかっているだろうに、ルチアに害を為す者として攻撃してきたオリバー。あの目、そして繰り返していた『騎士の誓い』。
 恐ろしかったが、あれだけ愛すなんて凄いとも思った。そして、それほど愛されているルチアが、

「羨ましいと、思ったのかしら……」

 自分の心だが、よくわからない。
 自分もルークに『護衛だからあたり前』ではなく『貴女の盾で、剣ですから』とでも、言ってもらいたかったのだろうか。

「まったく……なんて自分勝手なの? ルークの告白を拒否しておいて、今になってもう一度してもらいたいと思うなんて……」

(ルーク、わたしに『ルークが感じているのは恩義であって愛ではない』と言われて、考えたらその通りだったのかしら。だから、わたしに対して照れたりすることが無くなったのかしら。今になって、気になって、寂しくなって、治った事がわかっている肌に触れてみたり、頭を撫でてみたりして……)

「本当に自分勝手だし情けないわね、エリザベート・スピネル。明日もまだまだ戦わなくちゃいけないわよ、しっかりしなさい!」

 自分自身にそう言いきかせた後、どっと疲れに襲われ、エリザベートは目を閉じた。


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