猫に転生しましたが、思ったよりも大変です。

カナリア55

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第二章

28 夜の茶会 1

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 ベルナルド伯爵家の次期当主として、厳しく育てられた。
 武術や教養は勿論だが、常に人の上に立つ者として威厳を持ち、厳格であれと言われ続けてきた。
 リュカはそれに従い、自らも次期当主であるという自覚を持ち、不平、不満を持つことなく励んできたのだが、

『それで良かったのだろうか……』

 最近、そう思ってしまう事が多々ある。
 疑問を持たずに歩んできたこれまでの人生。それが今、揺らいでいた。

 リリーが人の姿になってから約ひと月。
 昼間は猫でいつも通りに過ごし、夜中は人の姿になって、その日の事をリュカに報告する。
 特に問題なく、二人はこの生活に慣れてきて、そしてリュカは、リリーと話す事を楽しく思うようになっていた。
 リリーは、これまでリュカが接してきた人達とは違った。

(気取らず、見下さず、裏がない。くだらない見栄を張らず、思ったことを正直に話す。なんと素直な事か)

『使用人と気軽に言葉を交わしてはならない。感情を表に出すのはみっともない。常に、家に有益になる行動をせよ』

(両親からそう教わり、そのように努めてきたが……思い起こしてみると、そう言っていたあの人達は、そうではなかった。父上は女性関係にだらしがなく、若い使用人と関係を持つ事もよくあった。母上は毎回怒り狂い、使用人を折檻して追い出し大騒ぎしていた。とはいえ、自分が貞淑な妻だったかといえばそうでもない。父上が病で亡くなったら、すぐさま以前から交際していた愛人の男爵の元へ行ってしまった。まあ、その男爵の奥方はとうに亡くなっているから、問題はないのだが)

 その他にも『貴族としてこうあれ』と様々な事を言われたが、言っている本人達は実行していなかった。
 そして、ここひと月ほどの間、リュカはその教えとは違う事をしてしまう事があったのだが。

(以前よりも、うまくいっている気がする……)

 リリーの後を追いかけて屋敷中をうろつきまわって以降、猫の心配をする優しい主人に親しみを覚えたらしい使用人達は、リュカの前でもにこやかに仕事をするようになった。

(使用人に甘く見られるなと言われたが、そもそもうちの使用人達はロイドの教育が行き届いているから、そんな心配はない。むしろ、私がいる時は皆ビクビクしていたから、今の方がいい。それに料理長も)

 クッキーを貰ったのをきっかけに、その後、夜に少しのお菓子とお茶を用意してもらうようにしたところ、料理長は張り切って、いろいろなものを作ってくれている。そしてそれはお菓子だけではなく食事の方もで、今まで以上に手の込んだ物や見たことがない料理が増えた。

(料理長が、自分の作った菓子を気に入ってもらえたと喜んでいた、とロイドが言っていた。美味しい、不味いと言うのははしたないと母上に教わり言わぬようにしてきたが……たまには感想を伝える事も必要なのだろう。まあ、母上は、あれが不味い、これが不味いとしょっちゅう不満を言っていた。エヴァンもよく言っていたが叱られていなかった)

「リュカ様? 考え事ですか?」
「……別に」

 ふいに人間の姿のリリーが顔を覗きこんできて、その近さに正直驚いたリュカだったが、表情を変えずに対応する。

「そんな所に立っていないで、座ったらどうだ?」
「はーい。あっ! 今日のお菓子はフルーツケーキですね!」

 乾燥させた果物を混ぜ込んだ焼き菓子を見て、嬉しそうにリュカの向かいに座ると、早速手を伸ばす。

「いただたきまーす。……ん~、おいしい~。バターと卵たっぷり。お酒の風味も……でも、ミッシェル様も食べてたはずだから……」

 ブツブツ呟きながら味わうリリーをリュカは見つめていたが、

「これ、リュカ様用にお酒が振られているみたいです。食べてみて下さい」

 そう言われ、一切れ取って食べてみた。

「……なるほど、美味い」
「すごいですね、料理長さんは。食べる人の事を考えていろいろ工夫していて。ミッシェル様のおやつと同じだけど、リュカ様の為にひと手間加えたんですね」
「そうだな。これなら酒にも合う」
「おいしいですね~」

 リュカと目を合わせて話し、ニコニコしながらケーキを食べるリリー。
 雇われた後にきちんと教育を受けた使用人達は、平民の出でも、主人に対してこのような接し方は絶対にしない。

(その点リリーは、畏まらず接してくるので面白い。悪気なく気安く接してくる様子はまさしく、よく懐いている猫そのものだ)

「あの~、最後の一個、半分こでもいいでしょうか?」

(……こういうところが面白い)

 そう思い、リュカは微笑みながら「すべて食べていい」と答えた。
 話してはいないが、この焼き菓子はリリーの為の物だ。
 初めてクッキーを食べたとき、リリーがあまりにも感激しておいしそうに食べていたので、その姿がまた見たくて用意させている。だからリュカは食べなくていいのだが、

「リュカ様の為に料理長さんが考えて用意してくれたお菓子なんですから、わたしの方が沢山頂くわけにはいきません。はい、どうぞ」

 手で半分にされ、差し出される焼き菓子。
 あまりにも無礼な事だし、そもそも、貴族に対してそんな事をしたら罰せられても文句言えない事なのだが、

「では、そうしよう」

 リュカはためらわずに受け取り、口に運んだ。
 貴婦人である母親が見たら、金切り声で騒ぎ立てそうな行動をしている事を、リュカはむしろ楽しく思っていた。
 二人でにこやかに菓子を食べ終え、リュカは酒を飲みながら『本日の報告』を聞く事にした。
 これは、リリーが人間になってから、毎夜行われている事だ。
 最初のうちは、変わった事は無かったか、体調に変化は無いか、等がメインだったが、最近はミッシェルの様子や、ニックの恋の行方など色々話すようになっていた。
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