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第二章
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リュカの向かいに座り、しばらくもじもじしていたリリーだったが、意を決したように頭を下げた。
「あ、あの! 今日は申し訳ございませんでした、わたしのせいでお仕事を休む事になって。昨日、あんな態度をとったのに……本当に申し訳ございません!」
「気にするな。昨晩は私も配慮が足りなかった。……クッキーでも食べるか? 今日、料理長にもらった物だ。冷めているが茶もある。」
「はい、いただきます。……えっ? なにこれ、すっごくおいしい!」
それほど食べたいわけではなく、勧められたので手に取ったクッキーだったが、あまりのおいしさに、リリーは思わず声を上げた。
「うわー、びっくり! わたしが働いていたパン屋さんでもクッキーは売っていて、おいしいって評判だったんです。でも、全っ然違います! 材料が違うんでしょうね。うっわ、冷めててもお茶おいしい! いいお茶っ葉使ってるんでしょうね。リュカ様もクッキー食べました?」
「いや、食べていない」
「えっ? そうなんですか? 食べた方がいいですよ!」
ニコニコしながら、弾んだ声で話すリリー。
クッキーのおいしさで、緊張が解けたようだ。
話しやすくなった事を料理長に感謝しながら、リュカもクッキーを口に運んでみる。
「ねっ、おいしいですよね! 明日、料理長さんにおいしかったってお礼言いましょう!」
「君は、言えないだろう?」
「はい。ですからリュカ様が言って下さいね。わたしは可愛い仕草でお礼しますから。はー、おいしい。もう一個食べていいですか?」
「ああ、全部食べていい」
そう答えながら、リュカは『確かに、おいしい』と思った。
いつも口にしている食事や菓子、身に着けている物。どれも『間違いのない物』だとは思っているが『肌触りが良い』や『おいしい』と思ってはいなかったと改めて気付く。
(それが、当たり前の事だから……)
自分を含め、父も母も弟も妻も、皆『当たり前』と思ってきた事。
しかし、目の前にいる女性は、それらにいちいち感激し、嬉しそうに笑い、話す。
(平民だからか、それとも彼女がそういう人物なのか……)
そんな事を考えながら、自分用に酒を用意し、「さて」と切り出す。
「マグノリア孤児院を調べた。君が実在したリリーという女性で、猫になってしまったということは認めざるをえない事実のようだ。不明な点も多いが、それについては君自身わからないのだな?」
コクコクと頷くリリー。
「では、しかたがない。これからの事について話をしよう。……まだはっきりはしないが、君が人間の姿になるのは、夜だけのようだな」
「そうですね……今のところは」
「それなら、夜は私の部屋に来れば問題は無いな。勿論、非常時に備えて逃げ込める場所を何か所か用意しておく必要はあるから、明日確認しよう。何か心配事は?」
「えーと……今すぐには思いあたらないです」
「そうか。では、ちょっと尋ねたいのだが」
「はい」
「人間になったり猫になる時、なにか兆しはあるのか? どこか痛いとか苦しいとか、体調の変化などは?」
「えーと……あまり無いです。昨日は眠っているうちに変わっていたし、さっきもウトウトしていて、なんだか身体がムズムズするなぁ、と思ってたら変わってたし」
「そうか、わかった。何か変わった事や気づいた事があったら、すぐにわたしに報告するように。……では、そろそろ休むか」
グラスに残っていた酒を飲みほしソファーを立ったリュカを見上げ、リリーは「あの~」と声を掛けた。
「すみません、今日もソファーをお借りしていいでしょうか。できれば毛布も……」
「それでは体が痛いだろう。私のベッドで一緒に眠るといい」
「えええええーっ?」
大げさなほど驚き真っ赤になるリリーに、リュカまでつられそうになるが、そこは8つ年上の大人の男性として、平然として見せる。
「騒ぐな、なにもしない。大体、猫だった時は一緒にくっついて寝ていただろう。ベッドは広い。お互いの身体に全く触れることなく眠れる」
「そ、そりゃあそうですけど……じゃあ、有り難くそうさせていただきます」
あまりにもリュカが平然と言うので、恥ずかしがっている事の方が恥ずかしいと、リリーは素直にリュカの後に続いてベッドに潜り込んだ。
「うわー、猫の時も気持ちいいと思っていたけど、この姿だとさらにベッドの気持ち良さがわかります。はー、ふかふか、最高」
恥ずかしがっていたわりに、ベッドを満喫するリリー。
そして、横のリュカに、小さな声で話かけた。
「あの……本当に、どうしてこんなに良くして下さるんですか? それこそ、化け物として殺そうとか思わないのですか?」
「……リリーだからな……」
「えっ?」
「可愛がってきた黒猫のリリーを、殺せる訳がないだろう。……最初のうちは、ミッシェルの命を救ってくれたのだから、というくらいで、触れ合うつもりはなかった。だがすぐに、その可愛さに参ってしまった」
リリー自身にばれているのだから、いまさら取り繕っても意味がないだろうと、リュカは言葉を続けた。
「城でも屋敷でも、いつも気が抜けなかった。正しい近衛騎士団員、厳格な当主でなければならないからだ。それが、リリーの前では何も気にせず、何も考えず、柔らかい毛や早い心音や温もりを感じて、ありのままの自分でいられた。舌を出したままにしていたり、白目をむいて眠っていたり、寝返りをうってソファーから落ちたのに『わざとですけど?』というような顔をしている姿が可愛くて、癒されていた。見ているだけで、身体と心の疲れが消えていくようだった」
「……リュカ様……」
意外な言葉に、リリーはキュンとして言った。
「あの……昨日はやめて欲しいって言いましたけど……これからも、お腹に顔埋めていいですよ?」
「……もう、黙って寝ろ」
「はぁい」
ピシャリと注意され、調子に乗ったと反省し、リリーはおとなしく目をつぶった。
「あ、あの! 今日は申し訳ございませんでした、わたしのせいでお仕事を休む事になって。昨日、あんな態度をとったのに……本当に申し訳ございません!」
「気にするな。昨晩は私も配慮が足りなかった。……クッキーでも食べるか? 今日、料理長にもらった物だ。冷めているが茶もある。」
「はい、いただきます。……えっ? なにこれ、すっごくおいしい!」
それほど食べたいわけではなく、勧められたので手に取ったクッキーだったが、あまりのおいしさに、リリーは思わず声を上げた。
「うわー、びっくり! わたしが働いていたパン屋さんでもクッキーは売っていて、おいしいって評判だったんです。でも、全っ然違います! 材料が違うんでしょうね。うっわ、冷めててもお茶おいしい! いいお茶っ葉使ってるんでしょうね。リュカ様もクッキー食べました?」
「いや、食べていない」
「えっ? そうなんですか? 食べた方がいいですよ!」
ニコニコしながら、弾んだ声で話すリリー。
クッキーのおいしさで、緊張が解けたようだ。
話しやすくなった事を料理長に感謝しながら、リュカもクッキーを口に運んでみる。
「ねっ、おいしいですよね! 明日、料理長さんにおいしかったってお礼言いましょう!」
「君は、言えないだろう?」
「はい。ですからリュカ様が言って下さいね。わたしは可愛い仕草でお礼しますから。はー、おいしい。もう一個食べていいですか?」
「ああ、全部食べていい」
そう答えながら、リュカは『確かに、おいしい』と思った。
いつも口にしている食事や菓子、身に着けている物。どれも『間違いのない物』だとは思っているが『肌触りが良い』や『おいしい』と思ってはいなかったと改めて気付く。
(それが、当たり前の事だから……)
自分を含め、父も母も弟も妻も、皆『当たり前』と思ってきた事。
しかし、目の前にいる女性は、それらにいちいち感激し、嬉しそうに笑い、話す。
(平民だからか、それとも彼女がそういう人物なのか……)
そんな事を考えながら、自分用に酒を用意し、「さて」と切り出す。
「マグノリア孤児院を調べた。君が実在したリリーという女性で、猫になってしまったということは認めざるをえない事実のようだ。不明な点も多いが、それについては君自身わからないのだな?」
コクコクと頷くリリー。
「では、しかたがない。これからの事について話をしよう。……まだはっきりはしないが、君が人間の姿になるのは、夜だけのようだな」
「そうですね……今のところは」
「それなら、夜は私の部屋に来れば問題は無いな。勿論、非常時に備えて逃げ込める場所を何か所か用意しておく必要はあるから、明日確認しよう。何か心配事は?」
「えーと……今すぐには思いあたらないです」
「そうか。では、ちょっと尋ねたいのだが」
「はい」
「人間になったり猫になる時、なにか兆しはあるのか? どこか痛いとか苦しいとか、体調の変化などは?」
「えーと……あまり無いです。昨日は眠っているうちに変わっていたし、さっきもウトウトしていて、なんだか身体がムズムズするなぁ、と思ってたら変わってたし」
「そうか、わかった。何か変わった事や気づいた事があったら、すぐにわたしに報告するように。……では、そろそろ休むか」
グラスに残っていた酒を飲みほしソファーを立ったリュカを見上げ、リリーは「あの~」と声を掛けた。
「すみません、今日もソファーをお借りしていいでしょうか。できれば毛布も……」
「それでは体が痛いだろう。私のベッドで一緒に眠るといい」
「えええええーっ?」
大げさなほど驚き真っ赤になるリリーに、リュカまでつられそうになるが、そこは8つ年上の大人の男性として、平然として見せる。
「騒ぐな、なにもしない。大体、猫だった時は一緒にくっついて寝ていただろう。ベッドは広い。お互いの身体に全く触れることなく眠れる」
「そ、そりゃあそうですけど……じゃあ、有り難くそうさせていただきます」
あまりにもリュカが平然と言うので、恥ずかしがっている事の方が恥ずかしいと、リリーは素直にリュカの後に続いてベッドに潜り込んだ。
「うわー、猫の時も気持ちいいと思っていたけど、この姿だとさらにベッドの気持ち良さがわかります。はー、ふかふか、最高」
恥ずかしがっていたわりに、ベッドを満喫するリリー。
そして、横のリュカに、小さな声で話かけた。
「あの……本当に、どうしてこんなに良くして下さるんですか? それこそ、化け物として殺そうとか思わないのですか?」
「……リリーだからな……」
「えっ?」
「可愛がってきた黒猫のリリーを、殺せる訳がないだろう。……最初のうちは、ミッシェルの命を救ってくれたのだから、というくらいで、触れ合うつもりはなかった。だがすぐに、その可愛さに参ってしまった」
リリー自身にばれているのだから、いまさら取り繕っても意味がないだろうと、リュカは言葉を続けた。
「城でも屋敷でも、いつも気が抜けなかった。正しい近衛騎士団員、厳格な当主でなければならないからだ。それが、リリーの前では何も気にせず、何も考えず、柔らかい毛や早い心音や温もりを感じて、ありのままの自分でいられた。舌を出したままにしていたり、白目をむいて眠っていたり、寝返りをうってソファーから落ちたのに『わざとですけど?』というような顔をしている姿が可愛くて、癒されていた。見ているだけで、身体と心の疲れが消えていくようだった」
「……リュカ様……」
意外な言葉に、リリーはキュンとして言った。
「あの……昨日はやめて欲しいって言いましたけど……これからも、お腹に顔埋めていいですよ?」
「……もう、黙って寝ろ」
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ピシャリと注意され、調子に乗ったと反省し、リリーはおとなしく目をつぶった。
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