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ぐびぐびっと汁まで飲み干しどんぶりから顔を離したゼトが、うどんで温まった腹をさすりながら、思い出したようにくちを開いた。
「そういや、新商品どうする? 正直、増やしたところで売るのに手一杯な気がしてきたんだけどよ」
「そうねえ。でも、このくっきぃ人気がいつまで続くか、わからないのよねえ。いまのうちに次の新商品の試作だけ、しておけばいいんじゃないかしら」
ナツメグの提案に、ゼトはうれしそうに目を輝かせた。彼自身、好きで菓子舗をやっているので、まだ知らぬ菓子を作ることは楽しみらしい。
いそいそと立ち上がって空になったどんぶりを回収すると、玄関の引き戸からするりと外に出て手ぶらで戻ってきた。うどん屋に器を返してきたようだ。
その足で台所のほうに行ったかと思うと、すぐに一冊の冊子を手に戻ってきた。
「じゃあ、どれ作る? ぷでんぐ……は、牛の乳がねえな。アプルパイはりんごがないし……」
わくわくした顔で冊子をめくりはじめたゼトだったが、レシピを見てはあれがないこれがない、とページをめくっていく。ページをめくるたび、輝いていたゼトの顔はくもっていき、眉間にしわが寄る。
食後の一服を楽しんでいたリュリュナは、それに気が付いてあわてて湯飲みを置き、ゼトの横から冊子をのぞきこんだ。
「ええと、アップルパイなら、りんごの代わりにかぼちゃを入れてもおいしいですよ。餡子でも有りだと思いますし。ただ、パイ生地を作るなら寒いところでバター、ええと、牛酪(ぎゅうらく)が溶けないようにしなきゃだめなんですけど……」
言いながら、明り取りの木格子窓に目をやったリュリュナの声はしりすぼみになっていく。
同じく窓を見あげたゼトは悲しそうにつぶやく。
「あったけえな。すっかり春の陽気で、昼からますますあったかくなるよな……」
「そうねえ、洗濯ものもよく乾くわ……」
ナツメグまでもがゼトと並んで切なげに言うものだから、リュリュナは慌てて手をあげた。
「はい! あの、だったらドーナツ作ってみたいです!」
「どうなつ?」
「はじめて聞くわね。どんなお菓子かしら」
ゼトとナツメグが興味を持ったことで、リュリュナは勢いづいてしゃべりだす。
「揚げ菓子です。小麦粉と膨らし粉と砂糖、それから牛酪をすこしまぜて形をつくって、油で揚げるお菓子です」
昨日、ユンガロスに天ぷら屋へ連れて行ってもらったことで食べたくなったのだ、ということは言わずにリュリュナが説明すると、ゼトがさっそく立ち上がった。
「おっし! それなら全部、家にあるな。牛酪なら、くっきぃ用のをすこしもらえばいいだろ。ほかに必要なものはねえのか?」
「ええと、卵を入れたり入れなかったりしますね。入れるとしっとりしますけど、お豆腐を入れたものでもしっとりもっちりおいしいですよ」
材料を思い出しながら答えたリュリュナは、そういえばここでは卵はすこし高価なのだった、と代わりになりそうなものを答える。
それに食いついたのはナツメグだった。
「まあ、お豆腐がお菓子になるの? それはいいわねえ。もし商品として扱えるようなら、ご近所のお豆腐屋さんにお豆腐を卸してもらえるもの」
店舗型の客商売である以上、近隣の飲食店との付き合いもいろいろと気になるものらしい。現状では日に一丁買う程度なので、あまり豆腐屋の売り上げに貢献できていないのだ。
「まあ、そうだけどよ。ますは試作だ。今朝、買った豆腐がたしか鍋に入ってたな」
先走るナツメグを軽く諫めて、ゼトが台所に向かう。その後ろにくっついて台所に向かったリュリュナは、ゼトにざるを差し出した。
「すこし、水を切ります。ここに豆腐を乗せて、もう一枚ざるをうえに乗っけて、重しをしておいて」
水を張った鍋のなかでゆらめく豆腐をざるに乗せ、説明しながら水切りをする。そのあいだに、ほかの材料を用意していく。
何かすることあるかしら、と後ろからのぞいてくるナツメグには、鉄鍋に油を熱しておいてもらうことにした。
「小麦粉は、だいたい水切りしたお豆腐と同じくらいの重さを入れて。そこに崩したお豆腐をまぜて、お砂糖と膨らし粉を入れて、まぜます」
「おお、混ぜたぞ。それから?」
リュリュナに言われるままに、ゼトは手際よく材料を混ぜていく。彼が抱えた丸っこい鍋の中身が均等なぼってりした生地になったのを確認して、リュリュナはうなずいた。
「揚げます!」
「えっ、生地作り、これだけか?」
「豆腐ドーナツはとってもかんたんなんです。揚げるときは、さじを二本使って生地を丸めながら熱した油に落としてもらって……」
油のなかでしゅわしゅわと音を立てる生地が、ころりと浮き上がってくる。それを菜箸で転がして全面が均一なきつね色になったら、できあがりだ。
生地を次々と油に落としていき、すべて揚げ終わったころには、もうナツメグとゼトは待ちきれない様子でドーナツを見つめていた。
「どうぞ、揚げたてのは熱いから、最初のほうに揚げたやつを食べてみてください」
最後のひとつを油吸い用の紙にころり、と置いたリュリュナが言えば、姉義弟はさっそく手を伸ばしてドーナツをつまみあげた。
ぱくり、くちに放り込んで、むぐむぐと味わう。
「……もちもちだな」
「そうねえ。もちもちしてるわ。けど……」
こくり、と飲み込んだナツメグは、ひとくちサイズのドーナツたちを見て首をかしげる。
「とっても素朴な味ね。手に油が付いてしまうのも気になるわ」
「そうか? おれは好きだけど」
姉義弟で意見が分かれた。シンプルすぎると言うナツメグと、この素朴さが良いというゼト。
もぐもぐ味見をしながらふたりの意見を聞いていたリュリュナは、ドーナツを飲み込みさらなる提案をする。
「表面にいろいろまぶしても、おいしいですよ。砂糖で甘さを増したり、きなこで香ばしさを増したのもおいしいです。手が汚れるのは、短めの竹串を差して食べればいいかな?」
「きなこ! おれきなこつけて食べたい!」
「竹串はいい案ね。あたしはお砂糖がいいわ。でもきなこも食べてみたいわねえ」
ゼトとナツメグはさっそく動き出し、台所をあさってあれやこれやと持ってきた。「きなこうまいぞ!」「いろんな味を選べるのはいいわねえ。ごまはどうかしら?」ときゃっきゃと盛り上がりながら、いろいろな味の豆腐ドーナツを生み出している。
楽し気な姉義弟のようすを見てリュリュナがにこにこしていたとき、がらり、と表の木戸が開く音に続いて、陽気な声が聞こえて来た。
「ユンガロスさまの隠し子はここっすかー?」
「そういや、新商品どうする? 正直、増やしたところで売るのに手一杯な気がしてきたんだけどよ」
「そうねえ。でも、このくっきぃ人気がいつまで続くか、わからないのよねえ。いまのうちに次の新商品の試作だけ、しておけばいいんじゃないかしら」
ナツメグの提案に、ゼトはうれしそうに目を輝かせた。彼自身、好きで菓子舗をやっているので、まだ知らぬ菓子を作ることは楽しみらしい。
いそいそと立ち上がって空になったどんぶりを回収すると、玄関の引き戸からするりと外に出て手ぶらで戻ってきた。うどん屋に器を返してきたようだ。
その足で台所のほうに行ったかと思うと、すぐに一冊の冊子を手に戻ってきた。
「じゃあ、どれ作る? ぷでんぐ……は、牛の乳がねえな。アプルパイはりんごがないし……」
わくわくした顔で冊子をめくりはじめたゼトだったが、レシピを見てはあれがないこれがない、とページをめくっていく。ページをめくるたび、輝いていたゼトの顔はくもっていき、眉間にしわが寄る。
食後の一服を楽しんでいたリュリュナは、それに気が付いてあわてて湯飲みを置き、ゼトの横から冊子をのぞきこんだ。
「ええと、アップルパイなら、りんごの代わりにかぼちゃを入れてもおいしいですよ。餡子でも有りだと思いますし。ただ、パイ生地を作るなら寒いところでバター、ええと、牛酪(ぎゅうらく)が溶けないようにしなきゃだめなんですけど……」
言いながら、明り取りの木格子窓に目をやったリュリュナの声はしりすぼみになっていく。
同じく窓を見あげたゼトは悲しそうにつぶやく。
「あったけえな。すっかり春の陽気で、昼からますますあったかくなるよな……」
「そうねえ、洗濯ものもよく乾くわ……」
ナツメグまでもがゼトと並んで切なげに言うものだから、リュリュナは慌てて手をあげた。
「はい! あの、だったらドーナツ作ってみたいです!」
「どうなつ?」
「はじめて聞くわね。どんなお菓子かしら」
ゼトとナツメグが興味を持ったことで、リュリュナは勢いづいてしゃべりだす。
「揚げ菓子です。小麦粉と膨らし粉と砂糖、それから牛酪をすこしまぜて形をつくって、油で揚げるお菓子です」
昨日、ユンガロスに天ぷら屋へ連れて行ってもらったことで食べたくなったのだ、ということは言わずにリュリュナが説明すると、ゼトがさっそく立ち上がった。
「おっし! それなら全部、家にあるな。牛酪なら、くっきぃ用のをすこしもらえばいいだろ。ほかに必要なものはねえのか?」
「ええと、卵を入れたり入れなかったりしますね。入れるとしっとりしますけど、お豆腐を入れたものでもしっとりもっちりおいしいですよ」
材料を思い出しながら答えたリュリュナは、そういえばここでは卵はすこし高価なのだった、と代わりになりそうなものを答える。
それに食いついたのはナツメグだった。
「まあ、お豆腐がお菓子になるの? それはいいわねえ。もし商品として扱えるようなら、ご近所のお豆腐屋さんにお豆腐を卸してもらえるもの」
店舗型の客商売である以上、近隣の飲食店との付き合いもいろいろと気になるものらしい。現状では日に一丁買う程度なので、あまり豆腐屋の売り上げに貢献できていないのだ。
「まあ、そうだけどよ。ますは試作だ。今朝、買った豆腐がたしか鍋に入ってたな」
先走るナツメグを軽く諫めて、ゼトが台所に向かう。その後ろにくっついて台所に向かったリュリュナは、ゼトにざるを差し出した。
「すこし、水を切ります。ここに豆腐を乗せて、もう一枚ざるをうえに乗っけて、重しをしておいて」
水を張った鍋のなかでゆらめく豆腐をざるに乗せ、説明しながら水切りをする。そのあいだに、ほかの材料を用意していく。
何かすることあるかしら、と後ろからのぞいてくるナツメグには、鉄鍋に油を熱しておいてもらうことにした。
「小麦粉は、だいたい水切りしたお豆腐と同じくらいの重さを入れて。そこに崩したお豆腐をまぜて、お砂糖と膨らし粉を入れて、まぜます」
「おお、混ぜたぞ。それから?」
リュリュナに言われるままに、ゼトは手際よく材料を混ぜていく。彼が抱えた丸っこい鍋の中身が均等なぼってりした生地になったのを確認して、リュリュナはうなずいた。
「揚げます!」
「えっ、生地作り、これだけか?」
「豆腐ドーナツはとってもかんたんなんです。揚げるときは、さじを二本使って生地を丸めながら熱した油に落としてもらって……」
油のなかでしゅわしゅわと音を立てる生地が、ころりと浮き上がってくる。それを菜箸で転がして全面が均一なきつね色になったら、できあがりだ。
生地を次々と油に落としていき、すべて揚げ終わったころには、もうナツメグとゼトは待ちきれない様子でドーナツを見つめていた。
「どうぞ、揚げたてのは熱いから、最初のほうに揚げたやつを食べてみてください」
最後のひとつを油吸い用の紙にころり、と置いたリュリュナが言えば、姉義弟はさっそく手を伸ばしてドーナツをつまみあげた。
ぱくり、くちに放り込んで、むぐむぐと味わう。
「……もちもちだな」
「そうねえ。もちもちしてるわ。けど……」
こくり、と飲み込んだナツメグは、ひとくちサイズのドーナツたちを見て首をかしげる。
「とっても素朴な味ね。手に油が付いてしまうのも気になるわ」
「そうか? おれは好きだけど」
姉義弟で意見が分かれた。シンプルすぎると言うナツメグと、この素朴さが良いというゼト。
もぐもぐ味見をしながらふたりの意見を聞いていたリュリュナは、ドーナツを飲み込みさらなる提案をする。
「表面にいろいろまぶしても、おいしいですよ。砂糖で甘さを増したり、きなこで香ばしさを増したのもおいしいです。手が汚れるのは、短めの竹串を差して食べればいいかな?」
「きなこ! おれきなこつけて食べたい!」
「竹串はいい案ね。あたしはお砂糖がいいわ。でもきなこも食べてみたいわねえ」
ゼトとナツメグはさっそく動き出し、台所をあさってあれやこれやと持ってきた。「きなこうまいぞ!」「いろんな味を選べるのはいいわねえ。ごまはどうかしら?」ときゃっきゃと盛り上がりながら、いろいろな味の豆腐ドーナツを生み出している。
楽し気な姉義弟のようすを見てリュリュナがにこにこしていたとき、がらり、と表の木戸が開く音に続いて、陽気な声が聞こえて来た。
「ユンガロスさまの隠し子はここっすかー?」
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