花好きカムイがもたらす『しあわせ』~サフォークの丘 スミレ・ガーデンの片隅で~

市來茉莉(茉莉恵)

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【6】 スミレ・ガーデン シーズンオフ 父の様子がおかしい

⑤ 父が東京へ行った理由

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 その提案をする日が来る。三が日が終わり、スミレ・ガーデンカフェも通常営業に戻った仕事始め。その日の夕のミーティングも住居キッチンのダイニングテーブルで行われる。その時に優大と話し合ったことを、舞から提案してみた。

 父がどう思うかは娘の舞でも未知数で、どう反応するのかドキドキしている。
 今日は削ったチョコレートをミルクで溶かしたホットチョコレートが、父が作ってくれたドリンクだった。父がマグカップを手にして、チョコレートの香りを確かめながら呟いた。

「うん。いいよ。そうしよう」

 いつもの穏やかな父の反応だったので、舞も優大もホッとした。

「だったら。オーナーであって、お父さんでもある私からも、君たちにお願いしたいことがあるんだ」

 父からお願いとはなんだろうかと、ふたりで顔を見合わせた。

「十日ほど、出張をしたいんだけれどいいかな」
「出張? え、会社勤めじゃないのに?」

 舞から尋ねると、優大も不思議そうに頷いている。

「今年で三年目。経営を軌道に乗せるのに必死で、札幌にすら帰っていない。営業はベーカリーと卵などのテイクアウトや小物の販売のみにして、その間、オーナーひとりで、東京まで出向いてマーケティングリサーチをしたいんだ」

 なるほどと舞も納得した。ずっと羊と丘の町に閉じこもっていたが、飲食店のオーナーとして、何が売れ筋になるのか、今後のための飲食データのアップデートをしたいのだと理解した。実際に、父がエルム珈琲のメニュー開発に勤めていたときは、首都圏に出てマーケティングの出張には良く出向いていたから初めてのことではない。

「そうなんだ。うん。わかった。いいよね、優大君も」
「もちろんです。では、出張期間は俺が焼いたパンと焼き菓子のみの販売で、売り上げまとめはどうしたらいいですか」
「私のところまでメールで報告して。東京でオンラインでの帳簿をつけておくから。舞もいいかな。接客を手伝ってあげてくれ」

 二人揃って『わかりました』と了解する。

「優大君。悪いけれど、この家で舞が一人になる間の留守をお願いしたいんだ。セキュリティは入れているけれど、人が少ない土地柄だから、女性一人置いていくのが心配でね」
「大丈夫です。実家に帰らないで下の部屋でちゃんと番犬をしますから」

 自分から番犬と言い出したので、舞はもう少しで笑いそうになったが堪えた。
 というか。おかしくない? 独身の娘を男と二人きりに父親からさせているの、おかしくない? と舞は思い至る。

「うん、優大君だから頼んでいるんだよ。くれぐれもよろしく頼んだよ」
「任せてください」

 だが、父と優大の間では当たり前のようなやり取りになっている。

「えーっと。では私が帰ってきたときに、なにか変わったことがあったのなら報告するように。まあ、二人とも、もう三十路の大人なのだから、それぞれ責任を持ってできるよね」

 父が、いつにないほどにニヤリと意味深な笑みを見せた気がした。
 優大は気がついていない。いつも通り素直なまま『大丈夫です』と張り切っているだけなのに対し、娘の舞は『男と二人きり留守になってどうなろうとも、ちゃんと自分で責任を持ちなさい』と言われているような気にもなった。

 そして舞も父を送り出す気持ちにはなったのに。優大と十日もこの家で二人きりになることに胸がざわついていたのだ。意識しているのは自分だけなのだろうか。


 しかしそんな舞の杞憂も無駄に終わる。
 父が東京出張に出かけている間、優大は自分が店を任されたからと、きちんとパンと焼き菓子を生産し、店を開けて、接客をし、レジを締め、店締めもきちんとする。夜はいつも通り、二人で口悪い会話を交わしつつも笑い飛ばして、夕食を共にする。その後は、優大が一階で休み、舞も二階の自室で休む。時々、スマートフォンの会話アプリで『もう寝たのかよ』、『寝ていない。吹雪の風がうるさくて眠れない』、『なんか飲むか。ホットレモネード、柚子茶、ホットワイン、ホットミルク。作るぞ』、『柚子茶がいい』、『ダイニングに来いよ』。『できあがった。置いておく』という通知が来て、ダイニングに行くが、そこには優大の姿はないのだ。

 決して夜は舞と無闇に一緒に過ごさない。優大は徹底していた。そして舞は安心もしていた。父に託された責任を全うしているのだ。優大はそういう男だ。舞はますますそう確信をして、そんな彼を信じている。なにが大事か良くわかっている、舞を大事にしてくれる人間のひとりになっている。

 オーナー留守中のカフェ営業も、若い二人だけで無事に終えることができた。
 舞よりも優大がオーナー代理の責務を果たしていた。舞はただの娘であるかもしれないが、優大は正スタッフという責任を舞よりも重く感じていて、そして留守の営業をやり遂げたことで、さらなる自信をつけたようだった。




 だが、東京から帰ってきた父の様子が変わったことを察知したのは、娘の舞だった。
 夜のダイニングでうなだれて、じっとしている姿をよく見かけるようになった。たまに滅多にやらない『ひとり酒』をしていた。

 父のあんな思い詰めた顔を見たのは、いつぶりだろうか。伯母の借金問題の時は、舞は離れて暮らしていたので父の様子を知るよしもなかったが、そこから遡れば、やはり、あの人と別れたとき以来だと思い返す。そして舞は胸騒ぎがするのだ。あのときのように、父も自分も、どうしようもなく哀しく空しい思いをするなにかがおきるのではないかと。まさか。このお店、やっぱりダメなの? 続けられないの?

 どうしようか。舞は優大に相談をしようと思い至ったが、いま彼は資格を取る勉強中で、余計な心配をさせたくないと思ってしまった。

 舞がそうして迷っているうちに、父から持ちかけてきた。

「舞、今夜、話がある」

 外が真っ暗になった閉店間際に、レジ締めをしている父に言われる。

 優大との食事を終えた後、父がミルクティーを作ってくれ、それを挟んで父と娘で向き合う準備が整う。

「えっと、俺はお先に失礼いたします。部屋で休んでいますね」

 優大がなにかを察して、ダイニングキッチンを出て行った。父も止めなかった。

 ダイニングキッチンの側にある優大の部屋のドアが閉まった音が聞こえると、父はひと呼吸置いて、舞へと向かう。

「大事な話と相談だ。まず、舞には謝っておく。東京への出張はマーケティングを目的にしていたのも本当だが、もっと違う目的で出かけていた」

 違う目的? 娘の舞にも告げられない理由があって出向いたということだった。

「どうしたの。なにかあったの? このお店、危ないの?」

 父が首を振る。そして、側に控えていた封書を舞へ差し出した。

「結果が出るまでと思って黙っていた」

 舞はその封書に記されている差出人を確認する。鑑定研究所とある。
 その封筒の中身を見ようとしたところ、先に父が告げた。

「別れた彼女に子供が生まれていた。十四歳になっていた。別れてすぐの子だ。知らなかったんだ。彼女が一人で産んで育てていた、首都圏で。急に連絡があったから、こちらだってそんなことすぐに信じられない。だから鑑定をしたんだ」

 別れた彼女が誰なのか、聞かずとも舞にはわかる。あの日、ママとして憧れたあの人の綺麗な姿がいまでも鮮烈に蘇るほどに、遠いものではないから。そして父がうなだれながら告げたことに、舞の一切の動きが止まる。封書の中身を出そうとしたその指先も、瞬きも、思考も――。

「私の子だったよ。舞の妹だ」

 さらに衝撃に襲われる。もう封筒の中身を取り出そうと指が動くことはなかった。
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