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【12】 カムイノミ 空に矢を放ち神の国へ帰そう
① お礼の儀式をしたい
しおりを挟むこの十月は初雪を始めに、一度溶けた後に、また降り積もった。
時は下旬。庭にある彩りは落ち葉だけになった。
退院をした舞は庭仕事はほどほどで、部屋で事務作業のみを再開させる。
ビューロデスクで、ノートパソコンに向かっているとドアからノックの音。
「おう、父ちゃんがホットチョコレートを作ってくれたぞ。あとクッキーな」
「ありがとう」
ひと息のお茶を、優大が持ってきてくれた。コックコート姿のいつもの彼が、ベッドサイドのナイトテーブルに置いてくれる。
あれからも、いままでどおりだった。違うのは、一緒に出かけることが『デート』ぽくなっただけ。三年も一緒に働いて、この一年はひとつ屋根の下で一緒に暮らしていたから、あまり日常に変化はないのだ。ただ、ちょっと見つめる視線の柔らかさとか、言葉の受け答えが微妙に変化しただけで。
その優大だが、すぐには部屋を出て行かなかった。
「次の診察日も俺が、車で連れて行くからな」
「ありがとう。その日の帰りに、連れて行って欲しいところがあるの」
優大が急にぴきんと緊張を募らせた気がした。
「どどど、どこだよ。おまえが行きたいところなら、どこだって連れて行ってやる。そ、そのさ、そろそろ、マジなデートしてえなって……。そういうやつ?」
こういうの、いままでなかったなあと舞もちょっと笑ってしまう。それほどに深い恋人同士になったわけでもなく、恋人同士と呼ぶにはまだ早い気もする。
「えーっと、肋骨が治るまで、いろいろ、先延ばしでごめんなさい。いま優大君が乗っかるのムリ」
「バ、バカ。そんなこと考えてねえよ!」
「え、考えてなかったの? 私は考えていたのに」
「女から言うなよ! 俺だって、その……がまん……、いや、そんな話してねえだろ」
舞もわかっているけれど、いちいち意識しては男の気持ちを抑え込んでいる優大を見ると、つい意地悪を言いたくなってしまう。そんな舞もまだ、男と女の空気に慣れていないからだ。
舞はやっと真面目になって優大にお願いをする。
「この家の元の持ち主だった、お婆様の息子さんのところへ行きたいの」
「あれか、整形外科の先生が言っていた『お礼』についてか」
「うん。いろいろ調べたんだけれど。イオマンテ、というのかな。でも熊送りの言い方らしくて、それとは別の儀式名があるみたいなんだけれど。とにかくその儀式をしたいの」
「だとしたら。いろいろ準備も必要かもな」
「イナウとか花矢のことかな。アイヌ独特のお道具なんだよね。カムイノミはアイヌでは狩猟をする男性しかしないとか、お道具を準備するのも男性の仕事だったり、年齢や性別によって役割があったりして、私ができることがないような気はするの。どうしよう」
「まあ、舞のことを気に入って現れていたカムイだろうから、気持ちさえ通じれば、満足してくれると思う。でもな。その罰を受けて帰れなくなっていたのなら、キムン・カムイみたいに、改めて儀式をして、あちらの国で豊かに過ごせるようにお土産をたくさん持たせて、花矢を打ってそれに乗ってもらってカムイの国に帰ってもらったほうがいいんじゃね」
舞も改めて、アイヌとカムイが繋げている、自然の恵みを感謝する循環たる奥の深さに感嘆する。
「そうだね。罰を受けて帰れなくて、この丘から出られなくて、昔の記憶もなくなってしまうほど長くここを彷徨っていたんだもの。キムン・カムイの時のように、見つけてあげられたアイヌが帰れるようにしたほうがいいよね。それにカララク様は、私たちにたくさんの富をもたらしてくれた。だったら、それまでのようにアイヌからの感謝を受けられたカムイとして神の国に帰っても、もう罰じゃないよね」
「そうだな。罰も、あらためてアイヌに感謝されたら帰ってきてもよい――というものだったかもしれないからな」
「土の中でもまだ骨が朽ちなくて、それまでずっと彷徨うだなんて……。どれだけ寂しい思いをされてきたことか……」
舞の目の前にはもう現れてくれなくなったが、きっとまだあの谷と森と、丘のガーデンを彷徨っているはず。カラスを話し相手にして、ひとりぼっち。骨が朽ちるまで。あの美しく優しい人に、いつまでもそんな年月を送って欲しくない。
「また、望まれたカムイとしてアイヌの国との間を行きできる神様にもどしてあげたい」
「そうだな。俺の目の前にも現れてくれて、舞のところまで導いてくれた恩あるカムイだ。美羽にとってもだ。俺もちゃんと送ってあげたい」
雪が降り積もる前に。二人は気持ちを揃え、雪虫が飛んでいる窓の外を見つめた。
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