七海の商店街観察日誌 in 希望が丘駅前商店街

鏡野ゆう

文字の大きさ
2 / 5

七海の商店街観察日誌 1

しおりを挟む
『政治家の嫁は秘書様』の沙織ちゃん、そして『希望が丘駅前商店街 ―姉さん。篠宮酒店は、今日も平常運転です。―』の燗さんはお名前だけですが登場します。


++++++++++


 私の名前は鏡野かがみの七海ななみ、パパが市役所の市民課に勤めているごく普通の地方公務員の一家の長女です。

 私の家は駅前商店のアーケードに面した場所にあるマンション。一階はテナントで旅行代理店が入っている。正面エントランスは実のところ商店街の通りには面していない裏側にあるんだけれど、お隣にある雑貨屋さんとの間に細い路地のような抜け道があって、お買い物帰りの人とかは結構その抜け道を使っている。私もその一人。

 最近、うちの商店街は色々な意味で騒がしい。地元で事務所が直ぐそばにある国会議員の先生が婚約したとかで何故だかテレビの取材クルーがうろつくようになったから。食べ物を買ったりするので売り上げが増えて良いでしょうって思うでしょ? ところがね、それがそうでもないんだ。お母さんが酒屋の奥さんに聞いたところによると、色々なところで大迷惑をかけているらしくて、実のところ皆さんご立腹。

 しかも議員の婚約者さんも追い回されて困っていっていうんだからね。芸能人じゃない一般の人を追い掛け回すなんて一体どんな神経してんだか。何が知る権利ガーなんだか、馬鹿じゃないの?って思う。

 そんなわけで一度逃げている途中の婚約者さんと鉢合わせしたことがあるんだけど、まだ選挙権は無いけど地元民としては助けなきゃということで抜け道を案内してあげた。

「ありがとうございます、助かりました」

 私は制服を着ていたから明らかに年下だって分かっている筈なのに、そのお姉さんはすごく丁寧なお礼を言ってくれた。議員さんの婚約者さんは秘書さんだって聞いていたけど、秘書さんって皆こんな感じなのかな。でも思っていたよりもずっと若いよ。もしかして私とあまり変わらないんじゃないかな。

「どういたしまして。しばらくはここで隠れていた方が良いかもですよ」
「でも、ここ、マンションの敷地ですよね……」
「大丈夫大丈夫。あ、なんならしばらく一緒にいますよ。ここが見つかったらまた抜け道を通ってまいちゃわなきゃいけないし」

 ここはマンションの駐車場。ちょっとした公園もあってベンチもあったりする。たまにここで住人のオチビちゃん達をママ友さん達が遊ばせているのを見かける。一緒にベンチに座ると、お姉さんは溜め息をついた。

「なんだか大変ですねー」
「本当に。まさかこんなことになるなんて思ってなくて」
「ですよね。きっとテレビの人達って物凄くヒマなんてすよ。あ、これ、どうぞ」

 そう言ってカバンの中に入れていたイチゴ味のチョコレートを差し出した。

「疲れた時は甘いものが一番ですよ」
「いただきます」

 しばらく二人でチョコを食べながら世間話をした。そこで分かったのはお姉さんが二十二歳だってこと。わっかーい! そんな若いのに秘書になれるんだ?

「政策秘書以外は特別な資格が必要なわけじゃないんですよ」
「そうなんですか? 何か特別な資格が絶対に要るんだと思ってました」
「もちろん持っていた方が良いとは思いますけどね」
「えーっと、重光先生には秘書さんは何人いるんですか? テレビでよく映っているお兄さんが一人いるのは分かってますけど」
「私設秘書の私を含めて四人です」
「ひえー……すっごーい。あ、私設ってなんですか?」

 こんなに根掘り葉掘り聞いちゃって良いのかな? プライベートなことじゃないから大丈夫? 良かった♪ 政治の世界なんて遠い世界の出来事だから謎な部分が多いし聞いていると楽しい。

「簡単に言えば私設は先生の自腹で雇った秘書で、残りの三人が公設秘書なんですけど、そっちは税金で雇われる秘書ってことですね」
「へえ……そんなにたくさん秘書がいないと仕事ができないってどんだけ大変なんだろ、国会議員って」
「まあ私が言うのもなんですけど、国会議員ってなかなかゆっくり休めない職業だなって思います。もちろんそれにつく秘書さんも」
「じゃあ、お姉さんも?」
「私は何て言うか新人なのでそんなに大変じゃないですよ?」
「でもこれからが大変ですよね、国会議員が旦那さんになるんだもん」
「んー……そうなのかなあ……」

 そこでいきなりお姉さんのポケットの辺りで携帯がブーブーいった。慌てて携帯を出すお姉さん。

「はい、久遠です。……えっと、いま……」
「アーバン希望が丘」
「アーバン希望が丘ってマンションの中に隠れてます。……そうです、一階が旅行代理店のとこです」

 お姉さんは電話の向こうの人から何か指示を出されているようで短く返事をして頷いている。そして腕時計を見て分かりましたと返事をすると電話を切った。

「十分後に迎えが来るから正面にいるようにって言われたので……」
「案内します。車が来るまでは中のエントランスにある接客コーナーで座っていれば良いですよ。植木がたくさんあって外からは見えにくいけど、中からは外が良く見えるし」

 ここの住人の私が一緒だから他の人に会っても何か言われることもないし。ま、他の住人さんが来てもきっと同じようにお姉さんのことをかくまったと思うけどね。

 それからきっかり十分後、黒塗りの車がマンションの前に止まった。どうやらお姉さんの迎えの車らしい。

「じゃあこれで失礼しますね。ありがとうございました、お蔭で助かりました」
「いえいえ。また何かあったらさっきの抜け道、使って下さい」
「助かります。えっと……」
「七海っていいます。あ、そだ、御婚約おめでとうございます。すっかりお喋りに夢中になっていて忘れてた♪」

 お姉さん恥ずかしそうにペコリと頭を下げると小走りで車の方へと走って行った。そして後ろのドアが開いて、そこへ滑り込む。チラリと見えたのはニュースでも見たことのある議員の先生だった。うわ、生で議員さん見るの初めてかも♪

 それから暫くして、酒屋のおじさん夫婦の盛大な惚気が全国ネットで中継されるという面白い出来事があったんだけど、あれを見てまたテレビの人が何かやらかしたんじゃないかなって思ったよ。だってさ、惚気ているわりには、おじさんの目、笑ってなかったし、テレビのキャスターさんも何だか変な反応してたしね。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

白衣の下 第一章 悪魔的破天荒な医者と超真面目な女子大生の愛情物語り。先生無茶振りはやめてください‼️

高野マキ
ライト文芸
弟の主治医と女子大生の甘くて切ない愛情物語り。こんなに溺愛する相手にめぐり会う事は二度と無い。

さよなら、私の愛した世界

東 里胡
ライト文芸
十六歳と三ヶ月、それは私・栗原夏月が生きてきた時間。 気づけば私は死んでいて、双子の姉・真柴春陽と共に自分の死の真相を探求することに。 というか私は失くしたスマホを探し出して、とっとと破棄してほしいだけ! だって乙女のスマホには見られたくないものが入ってる。 それはまるでパンドラの箱のようなものだから――。 最期の夏休み、離ればなれだった姉妹。 娘を一人失い、情緒不安定になった母を支える元家族の織り成す新しいカタチ。 そして親友と好きだった人。 一番大好きで、だけどずっと羨ましかった姉への想い。 絡まった糸を解きながら、後悔をしないように駆け抜けていく最期の夏休み。 笑って泣ける、あたたかい物語です。

課長と私のほのぼの婚

藤谷 郁
恋愛
冬美が結婚したのは十も離れた年上男性。 舘林陽一35歳。 仕事はできるが、ちょっと変わった人と噂される彼は他部署の課長さん。 ひょんなことから交際が始まり、5か月後の秋、気がつけば夫婦になっていた。 ※他サイトにも投稿。 ※一部写真は写真ACさまよりお借りしています。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

雪の日に

藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。 親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。 大学卒業を控えた冬。 私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ―― ※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。

夢見るシンデレラ~溺愛の時間は突然に~

美和優希
恋愛
社長秘書を勤めながら、中瀬琴子は密かに社長に想いを寄せていた。 叶わないだろうと思いながらもあきらめきれずにいた琴子だったが、ある日、社長から告白される。 日頃は紳士的だけど、二人のときは少し意地悪で溺甘な社長にドキドキさせられて──!? 初回公開日*2017.09.13(他サイト) アルファポリスでの公開日*2020.03.10 *表紙イラストは、イラストAC(もちまる様)のイラスト素材を使わせていただいてます。

玄関を開けたら、血まみれの男がいました

無限大
恋愛
ああ、5分でも遅く帰っていたら。 介護施設に勤める浅野神奈。 帰宅したら、誰もいないはずの家の中で誰かと鉢合わせた。 そこにいたのは血まみれのイケメン。 なにごと? どういう状況?? よくわからないまま始まるラブストーリー。 運命を変えた5分。 これが浅野神奈の運命の出会いだ。

桃と料理人 - 希望が丘駅前商店街 -

鏡野ゆう
ライト文芸
国会議員の重光幸太郎先生の地元にある希望が駅前商店街、通称【ゆうYOU ミラーじゅ希望ヶ丘】。 居酒屋とうてつの千堂嗣治が出会ったのは可愛い顔をしているくせに仕事中毒で女子力皆無の科捜研勤務の西脇桃香だった。 饕餮さんのところの【希望が丘駅前商店街 in 『居酒屋とうてつ』】に出てくる嗣治さんとのお話です。饕餮さんには許可を頂いています。 【本編完結】【番外小話】【小ネタ】 このお話は下記のお話とコラボさせていただいています(^^♪ ・『希望が丘駅前商店街 in 『居酒屋とうてつ』とその周辺の人々 』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/274274583/188152339 ・『希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271 ・『希望が丘駅前商店街~黒猫のスキャット~』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/813152283 ・『日々是好日、希望が丘駅前商店街-神神飯店エソ、オソオセヨ(にいらっしゃいませ)』https://www.alphapolis.co.jp/novel/177101198/505152232 ・『希望が丘駅前商店街~看板娘は招き猫?喫茶トムトム元気に開店中~』 https://ncode.syosetu.com/n7423cb/ ・『Blue Mallowへようこそ~希望が丘駅前商店街』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/582141697/878154104 ・『希望が丘駅前商店街 ―姉さん。篠宮酒店は、今日も平常運転です。―』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/172101828/491152376 ※小説家になろうでも公開中※

処理中です...