シャウトの仕方ない日常

鏡野ゆう

文字の大きさ
57 / 77
閑話 4 パンサー影さん編

閑話 築城の人々 3

しおりを挟む
「ちょっと派手やったかな……」
「そんなことなかよ。航空祭の時のより、ずっと地味やし」

 できあがった横断幕をひろげ、これまでの頑張りの成果を見ながら、その場にいた女性陣がそれぞれの感想を口にしている。

「地味にしたら、駅のポスターに埋もれると」
「影さん、大阪の人やけん、このぐらい派手でもよかとよー」
「あ、大阪やったら、ヒョウ柄いれなあかんやなかと?」
「それ、大阪のオバチャンやーー!!」
「あ、そうやったー!!」

 全員が声をあげて笑った。

「それにしても、駅舎にかざる許可がもらえて本当に良かった」
「駅長さん、いい人でよかったー」
「そりゃ、航空祭ではたくさんの人が電車を利用するけんねー。大変やけど、年に一度の大口の顧客さんやし」

 私達が作っていたのは、築城ついき基地の近くにある駅舎にかざる横断幕だ。一体なんの横断幕かって? もちろん、影さん帰還のお祝い横断幕だ。

「影坊主さんもつけたし、他に忘れてるものないよね?」
「パンサー影さんの似顔絵も描いたし、問題なかとよー」

 大きな文字とイラストの隙間には、子供達の思い思いのメッセージも書かれている。予想以上にメッセージを書く子供達が増えて、白地の部分のほとんどが文字でうまっていた。これをすべて読むのは、なかなか大変な労力になると思う。はたして影さんは、このメッセージを全部、読んでくれるだろうか?

「影さん、ちゃんと見てくれるかな、この横断幕」
「そこは抜かりなかよ。絶対に通る場所の正面に、はりつける約束をとりつけたし」
「おおー」

 その言葉に、全員が拍手をする。

「予備の日を含めて、一週間つけることになってるから、影さんが見逃すことはないと思う」
「いつこっちに帰ってくるのかな、影さん」
「今頃、どこにいるんやろ」
「ドルフィンからF-2に戻る訓練、どれくらいかかると?」
「それって松島まつしま基地で受けると? 松島にはF-2の訓練部隊あるよね?」
「でももう影さん、松島基地のマニアさんの写真には、出てこんよね?」

 広報担当でもあるブルーインパルスにいる間は、いろんな写真が出回っているライダーさんやキーパーさん達も、その任務から離れると、パッタリと表には出てこなくなる。特にライダーさんは、防空任務に戻ると、安全上の問題もあって、顔出しはほとんどなくなるらしい。

「いまさらなんだけど、影さん、本当に築城に戻ってくるよね?」

 あまりにも影さんの消息が不明すぎるので、少しばかり不安になってきた。松島基地でのラストフライトのセレモニーから、そろそろ一ヶ月。いまのところ、影さんが築城に戻ってきた様子はない。

「そこは間違いなかと。前の横断幕の時に、基地の人が言いよったし」


【 おかえりなさい、影さん! 早くパンサーとして戻ってきてね!! 】


 影さんのラストショーは築城基地航空祭だった。これはその時に作った、横断幕に書いた言葉だ。基地の人いわく、それを上空から見た影さんは、「あんなん書かれたら、絶対に戻ってこなアカンやんなあ」と笑っていたらしい。

「横断幕の相談をした時に、駅に飾るなら、この期間にしたら良かかもしれんってことやったし、そこは間違いなかと思う」

 基地の人も、広報からはずれた隊員の動向を、部外者に教えることはできない。このアドバイスも、ギリギリのラインでのことなのだ。それもこれも、影さんの飛行を撮り続けている夫達と、影さんを愛する周辺住民と基地が交流を続けてきた結果でもあった。

「そう言えば、うちの人、無線機を新しいのにしたとよ」
「あ、うちも!」
「うちは望遠レンズを新しいのにしたと! また私に内緒でヘソクリしてたとよ!! 腹立つ!!」
「私、自分用のデジタル一眼を買った……」
「おおお、沼沼、たいへん!!」

 通称『影さんの叫びをでる会』でも、影さんの雄姿を撮影する準備が着々と進んでいる。もちろん、撮るだけでなく聴く準備もだ。

「松島のマニアさん達も、写真が流れてくるのを楽しみにしてるみたいだったよ」

 夫が、仲の良い松島基地のマニアさんに聞いたところによると、あちらでは、五番機を撮る時のシャッターのタイミングが、行方不明になっているらしい。案の定というかなんというか。しばらくは苦労しそうだとのことだった。そして夫のほうはと言えば、やっと写真を撮るタイミングが戻ってくると喜んでいる。

「影さんが帰ってきたら、休みの日は当分、基地周辺にはりつきそう……」
「しばらくは、いつもの土手がにぎやかになりそうやねー」

 当分の間、カメラと無線機を持った人達が、いつもの撮影ポイントに押し寄せそうだ。もちろん私も行くつもりでいる。そのために無線機も買ったし、自分用のカメラも買ったのだから。

「横断幕はこれで良かと? なにか意見は?」

 特に出なかったので、これで横断幕は完成、あとは駅舎に垂らしにいくだけとなった。当日は都合のつく夫達も一緒に、駅に行くことになっている。

「いよいよだねー」
「いよいよだー」
「新しいシーズンが始まるねー」
「影さんリターンズ!!」

 どこかのB級映画みたいなタイトルに、その場にいた全員が、再び声をあげて笑った。

 パンサー影さん、リターンズ。今から楽しみだ!!
しおりを挟む
感想 50

あなたにおすすめの小説

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

今日も青空、イルカ日和

鏡野ゆう
ライト文芸
浜路るいは航空自衛隊第四航空団飛行群第11飛行隊、通称ブルーインパルスの整備小隊の整備員。そんな彼女が色々な意味で少しだけ気になっているのは着隊一年足らずのドルフィンライダー(予定)白勢一等空尉。そしてどうやら彼は彼女が整備している機体に乗ることになりそうで……? 空を泳ぐイルカ達と、ドルフィンライダーとドルフィンキーパーの恋の小話。 【本編】+【小話】+【小ネタ】 ※第1回ライト文芸大賞で読者賞をいただきました。ありがとうございます。※ こちらには ユーリ(佐伯瑠璃)さん作『その手で、愛して。ー 空飛ぶイルカの恋物語 ー』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/515275725/999154031 ユーリ(佐伯瑠璃)さん作『ウィングマンのキルコール』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/515275725/972154025 饕餮さん作『私の彼は、空飛ぶイルカに乗っている』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/274274583/812151114 白い黒猫さん作『イルカフェ今日も営業中』 https://ncode.syosetu.com/n7277er/ に出てくる人物が少しだけ顔を出します。それぞれ許可をいただいています。 ※小説家になろう、カクヨムでも公開中※

十年目の結婚記念日

あさの紅茶
ライト文芸
結婚して十年目。 特別なことはなにもしない。 だけどふと思い立った妻は手紙をしたためることに……。 妻と夫の愛する気持ち。 短編です。 ********** このお話は他のサイトにも掲載しています

報酬はその笑顔で

鏡野ゆう
ライト文芸
彼女がその人と初めて会ったのは夏休みのバイト先でのことだった。 自分に正直で真っ直ぐな女子大生さんと、にこにこスマイルのパイロットさんとのお話。 『貴方は翼を失くさない』で榎本さんの部下として登場した飛行教導群のパイロット、但馬一尉のお話です。 ※小説家になろう、カクヨムでも公開中※

✿ 私は彼のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい 

設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀ 結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。 結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。 それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて しなかった。 呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。 それなのに、私と別れたくないなんて信じられない 世迷言を言ってくる夫。 だめだめ、信用できないからね~。 さようなら。 *******.✿..✿.******* ◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才   会社員 ◇ 日比野ひまり 32才 ◇ 石田唯    29才          滉星の同僚 ◇新堂冬也    25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社) 2025.4.11 完結 25649字 

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

処理中です...