シャウトの仕方ない日常

鏡野ゆう

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閑話 4 パンサー影さん編

閑話 築城の人々 4

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「昨日の夜、駅長さんから連絡あったとーー!!」

 そんな興奮気味の電話があったのは、子供達を学校に追い立てた直後だった。メールがあるのに、なんで朝から電話と思っていたけど、話の内容を聞いて納得。この興奮は、文字では絶対に伝わらない。

「駅長さんから? もしかして横断幕にクレームでもついた?」

 基地周辺にも、いろいろな考えの人はいる。残念だけど、せっかく頑張って作た横断幕、撤去かな……。

「違う違う!! 横断幕に、かげさんからの返事があったとよ!! 駅舎に貼りつけてあるから、ぜひ見にきてって!!」
「え?! 影さんからの返事?!」
「今から全員に連絡いれるけん、お昼のランチがてら、駅にいこ!!」
「わかった!! 何時にどこに?」

 待ち合わせの時間と場所を決めて、手分けして連絡を回すことにした。どんなにうれしくても、すっぴんで飛び出すわけにはいかない。スマホを片手に出かける準備をしながら、連絡を回していく。

 そして二時間後、横断幕作成にたずさわった女性陣が全員、待ち合わせ場所に集まった。急な連絡だったのに参加率100%とは、さすが影さん。ブルーに行く前と変わらず、地元ファンの心をしっかりつかんでいる。

「みんな……ヒマってわけじゃないよね?」
「影さんのことは、優先事項の筆頭やけん」
「わざわざ駅長さんから連絡が入ったんやもん。早く来んとー」
「予定が入っていても、影さんの前では全部キャンセルやけーん」

 人のことは言えないけれど、あいかわらず、みんなの影さん愛は強烈だ。

「昨日の夜に駅長さんから連絡があったということは、影さんが戻ってきたのは昨日ってことなのかな?」
「駅長さんの話っぷりからして、もうちょっと前だった感じやったけどねー」

 影さんからの返事、一体どんなものだろうと楽しみにしながら、みんなで駅舎に向かう。

「全国の影さんファンに、見せられないのが残念やねー」
「影さん、ブルーでも人気あったけんねえ……」
「でも今はブルーやないけん、表には出されへんもんねー」

 広報活動をするブルーインパルスにいる時は、それなりに名前も写真も流れるけれど、その任務から離れると表に出ることはほぼなくなる。それが、第一線で飛んでいる要撃機パイロットの常だった。だから地元基地にブルーのライダーが戻ってきていても、地元ファンはそのことを表立っては言わない。それが暗黙のルールだ。

 私達が駅舎に向かうと、駅長さんが外で待っていた。最初に連絡をくれたママさんが、駅に電話をしておいてくれたのだ。

「みなさん、おそろいで」
「わざわざの御連絡、ありがとうございます~」
「いえいえ。私達も影さんが戻ってきたことを喜んでますからね。一日でも早く、皆さんに見ていただこうと思って」

 横断幕が貼られているのは、改札口を出てすぐのところ。そして影さんのメッセージが貼られているのは、その横にある駅の事務所のガラス窓だ。

「掲示板に貼ろうかと思ったんですけどね。はがされたら一大事なので、中から貼ってあります」

 そこに貼られた白い紙には、黒のマジックで力強い筆跡の文字が書かれていた。

【 横断幕おおきに!! ただいまやで!! 影 】

 それを読んで全員がニヤニヤしてしまう。

「影さん、文章まで関西弁!」
「しかも簡潔!」
「声がめっちゃ脳内で再生されるー!」
「これ、おにぎりじゃ?」

 文章の最後にあった三角形の物体を指でさす。どう見てもおにぎりだ。

「影さん、おにぎりの習慣は健在みたいで安心したー」
「あとは飛ぶ時の例の言葉を聴くだけやねー」

 その場で盛り上がっていると、航空自衛隊の制服を着た人がやってきた。築城ついき基地の広報担当をしている人で、私達もよく顔を知っている人だ。

「ああ、みなさん、いらっしゃいましたね。駅長さんから連絡があって、皆さんが来られると聞いたので、お礼にうかがいました。任務の都合上、影山かげやまは来ることができないので、そこは先に謝っておきます」

 丁寧なあいさつに、さすが広報担当と思いつつ、その場にいた全員が恐縮して頭をさげた。

「パイロットの安全上、ここには貼りだせないのですが、影山と基地司令が横断幕の前で写真を撮りましたので、それを見ていただこうと、持ってまいりました」

 その言葉に全員が控えめにざわつく。

「見せるだけで申し訳ないのですが」

 広報さんが私達の前に、持ってきていたファイルをひろげる。横断幕の前で、基地司令さんと影さんがニコニコ顔で立っていた。

「ああ、影さん!」
「ブルーじゃない影さん、久し振りや!」
「築城の影さんが復活ー!」
「パンサー影さん復活ー!」

 この場にいない旦那や子供達がうらやましがりそうな写真だ。写真を持ち帰ることができないのが残念!

「影さん、もう飛んでるんですか?」
「三年間もT-4で飛んでいたのに、早々にF-2で飛ぶの大変そう」
「戻る前にF-2での再訓練は受けてますので、その点は大丈夫ですよ。ご安心ください」

 広報の人はニコニコしながら言った。

「ってことは、いよいよ影さんの飛びたないを聴ける日が!」
「無線機の出番!」

 これからはカメラと無線機を手に、基地周辺の撮影ポイントに通う日が続きそうだ。そんなことを話しながら、広報の人と駅長さんとみんなで、影さんのメッセージを前に記念写真を撮った。このサインは横断幕と一緒に、後日、引き上げる予定だ。

 そうこうしているうちに、電車がホームに入ってきた。おりてくるお客さんの邪魔になるから、そろそろ私達も退散しなければ。

「わざわざの御連絡、ありがとうございました」
「いえいえ。この横断幕も、駅の収益に貢献してくれていたので」
「それと基地からも、わざわざ来ていただいて。写真も見せていただいて、ありがとうございます」
「いえいえ。地元の人達あってこその築城基地の活動ですから」
「せやで。いつも協力おおきにや。ま、わいはあいかわらず飛びたないけどなー」
「え?!」

 お客さんが改札口から出てきたので、横に移動して広報さんと話していたら、いきなり関西弁が通りすぎていった。あわてて声がしたほうに目を向けたけれど、駅舎から出ていくお客さん達の背中ばかりだ。

「いま、影さんの声した?!」
「関西弁だったよね?!」
「飛びたない言ってたよね?!」

 ザワザワする私達の横で、駅長さんと広報さんはニヤニヤするばかりで何も言わなかった。
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